08 - 神出鬼没の凄腕治癒師
「前回の魔法はやはりジゼルさんの助力あってのものだったのでしょうね。あれ以来強力な魔法攻撃もなく、彼方の軍もまた一旦引きましたし、事後処理も引き継ぎも粗方終わりました。明後日辺りにはようやく帝都に向かえそうですね」
「あー、なんか早く来いって手紙きてたな」
「詳しいことは直接報告すると伝えていますから、陛下も気になるのでしょう。それに外に漏らさないよう指示してはいますが、無理でしょうね。第三騎士団は大丈夫だとしても、もともと砦にいた者たちの口を完璧に塞ぐのは難しいです。そもそも本人に隠す気がなさそうですし……」
「はぁ。砦ん中ふらふら歩き回ってるんだって?」
「はい。一応少しは考えているのか、治癒魔法以外は使っていないみたいですが」
「でも治癒魔法は馬鹿みたいに使ってんだろ? レベッカは何してんだ」
「……。まあそんな訳で、噂の治癒師様を早く帝都に連れて行かないと。契約はしましたし後は面倒事が起こらないよう、早めにうちの団員としてお披露目しましょう」
苦笑いを浮かべるジェレミーに対し、ヴァレリーはまた一つ大きなため息をついた。
「めんどくせぇ……」
◇◆◇
あの後、目を回したジゼルはそのまま夕方まで寝ていた。
部屋へと運ばれた食事の匂いでお腹を鳴らしながら起きたので、仕事をしていたジェレミーには笑われ、ヴァレリーは呆れた表情を隠しもしなかった。
そして下手な横槍が入り話が流れてはたまらないと、ジェレミーにより急ぎ準備された書類にサインをして、ジゼルは正式に第三騎士団の所属となる。
そのため二人の仕事が落ち着き次第、帝都へと戻る彼等について行くことになった。
それまでの間ジゼルは、砦内で好きに過ごしていいと言われている。ただし、絶対にレベッカと行動を共にすることが条件でだ。
そのことに特に不満のなかったジゼルは頷き、迎えに来たレベッカと共に昨日案内された部屋へと戻った。彼女がいる限り、ジゼルが迷子になることはない。
ジゼルが砦へ来て数日が経った。
今日もレベッカの案内で部屋へと戻ったジゼルは、窓辺へ寄せた椅子に膝を抱えて座る。
夜の砦は静かだ。
フードを取り、遮るものの無くなった広い視界で空を見上げる。雲に覆われた夜空に月は見えないが、ジゼルにはそれが丁度いい。
ここ数日、ジゼルの周りはとても賑やかだった。
もともと物事や他人にあまり関心がなく、積極的に人と関わることのないジゼルだが、別に人が嫌いな訳ではない。旅をする中で、少ないが仲良くなれた者もいた。
そんな中、今は気になって仕方がないことが一つある。あまり態度に出ないので分からないが、実はずっとソワソワしている。そしてそんな状況を少し、楽しんでいた。
王国の兵にされた時は凄く面倒に思い実際直ぐに逃げ出したが、今は悪くないと、むしろ居心地がいいとさえ思っている。
もっとも、それはジゼルがここで主に関わったのが|ヴァレリーとジェレミー《偉い人》だったからだろう。
末端の兵達と違いうるさく騒ぎ立てることはしないし、出てくる食事は当然いいものだ。
それに忙しい彼等はジゼルに無理に構うこともなければ、レベッカという女性一人をつけるだけで自由にしてくれる。
彼等に何かしらの思惑があろうとも、自身に害が及ばないのならジゼルは気にしない。
そしてレベッカは酷くジゼルと相性が良かった。
ジゼルの知っている女性とはせっかちでよく喋る生き物で、反対にのんびりしており、喋るのがあまり得意ではないジゼルは苦手としていた。
しかしレベッカはそのことを知ってか知らずか、無駄に話しかけないし聞かない。
ジゼルから話題を振ればしっかりと答えてくれる上に、会話を続けるための質問はしてくる。
パートナーのことを聞くとスイッチが入った様に喋り続けるが、それはそれで面白く思っていた。たまに他に気を取られ聞き流してしまっても、怒らないのが更に良かった。
それでも良くないことは、理由も説明した上でやんわりと注意することも忘れない。
ジゼルにとってレベッカは、優しく頼れるお姉さんで、珍しく一緒にいて疲れない人だった。
ヴァレリーやジェレミーも、タイプは違うものの一緒にいて疲れない相手で、ジゼルには新鮮だった。
さて、自由にしていいと言われたジゼルはここ数日、砦のなかをうろうろしていた。
最初はただの暇つぶしからだったが、ある日ヴァレリーの執務室にお邪魔した時に、ふと言われた言葉がある。
その時ジェレミーは出ており、部屋にはヴァレリーとジゼル、レベッカの三人だった。
レベッカは最初こそ遠慮していたが、今ではジゼルと共にヴァレリーやジェレミーと過ごすのにも大分慣れてきていた。諦めたともいう。
部屋を出る前のジェレミーによって用意された、お菓子や紅茶を味わっていたジゼル。そこへヴァレリーが近寄ると、もう一つ用意されていたカップへとポットから紅茶を注ぎ、立ったまま一口飲んだ。ジェレミーが居れば、間違いなく注意されていただろう。
そのまま動かないので、不思議に思ったジゼルが振り仰ごうとした時、突然頭上に手が置かれ驚き固まった。
「この前は悪かった。ついカッとなってな。兵たちの治癒をしてくれてありがとう、凄く助かった」
「……うん」
驚いた時に少し体が揺れたのを感じてか、まるであやす様にそのままフード越しに頭を撫でながら話すヴァレリー。
普通を装ってはいたがフードの下、ジゼルの目は見開き頬は赤く染まっていた。
何故かそわそわとして落ち着かなくなり、ついには席を立つとそのまま逃げるように部屋を出て、レベッカの静止の言葉も聞かず走り出してしまった。
「あ、おいっ!」
「えっ、えっ! ジゼルさん!? ちょっと待って……えぇっ!?」
そして意味もなくうろうろして、レベッカのいない砦内で見事に迷った。
その後匂いにつられて食堂へと辿り着き、無事に捕獲されたジゼルは、レベッカに怒られた。
しかしレベッカに怒られると申し訳ない気持ちの他に、どこかくすぐったくて、暖かいものを胸に感じていつも不思議だった。
胸に手を当てて黙り込むジゼルを見て、体調が悪いのかと心配するレベッカにそのことを話すと、彼女は困ったような、でも何処か照れ臭そうにも見える不思議な表情で笑った。
「心配されて嬉しいのは分かりましたけど、私は今一応怒ってるんですからね〜、もぅ」
今までも何回かこんなことがあったが、それが嬉しいという感情だったことをジゼルは初めて知った。
そして、先程のヴァレリーとのことも、自分のしたことに感謝されたのが嬉しかったのだと思った。
心配も感謝も、される相手によってこうも自身の感情が揺さぶられるのだと、ジゼルは驚いた。
それからジゼルは残りの怪我人の治癒を申し出た。前回は重症者のみだったためだ。
ジェレミーは渋っていたが、残りは軽傷者のみのためそこまで気にする必要もないだろうと、ヴァレリーが許可を出した。
出してしまった。
前回同様あっという間に治してしまったジゼルは、その後も砦内をうろうろしては怪我人を探した。
最初の頃は見つからず疲れるだけで終わったが、ここは砦である。もちろん訓練所があるため、そこに行けば怪我人は沢山いた。訓練であるため皆軽症程度ではあったが、それで十分だった。
ただここで、面倒くさがり屋であり、基本的に適当なジゼルの性格が発揮される。
いちいち話しかけるのも、なんなら近づくのも面倒で、遠くから纏めて魔法をかけた。
それからは毎日訓練所へとレベッカに案内して貰い、傷を治していた。
ジゼルの魔法発動は早い。
詠唱もなく距離も問題としないため、突然光の粒が現れ傷が治る現象に、その場は当然驚き騒ぎになった。
しかしジゼルはそれを確認することなく満足気に立ち去っており、遠い目をしたレベッカがその後を追いかけるのがお決まりとなる。
それもあまり不用意に治癒魔法を使って回らないよう諭すレベッカの言葉に、珍しくジゼルが耳を貸さなかったからだ。
他の魔法だけは絶対に使わないことと、効果の大きすぎる治癒はしないこと。この約束を取り付けるのがレベッカの精一杯だった。
その行動によりすぐに砦内に治癒師のことが広まったが、すっぽり被ったフードで顔を隠していることから関わってくる者はおらず、平穏に過ごしていた。
ヴァレリーは色々不満そうだったが、この程度で済んでいるのはレベッカの努力の賜物と言えなくもない。
「ふふふっ」
ジゼルは、ヴァレリーに感謝されたことが思いの外嬉しかったのだ。
そのため、今自分がしていることを知ったヴァレリーに、また頭を撫でて貰えるだろうかと口元を緩めるジゼルは、彼が頭を抱えて困っていることを知らない。
開いた窓から入ってきた風に攫われた髪の毛は、持ち主の心を表すようにふわふわと、軽やかに揺れていた。




