09 - 取扱説明書
今日も日課のお昼寝を済まし、気ままに治癒をして満足気なジゼルは食堂にいた。お腹が空いたのだ。
これもここ最近の日常になりつつある。
「ここは魔力が多い、いや、濃い? なんだか回復が早い気がする」
「そうなんですか?」
「レベッカは違う?」
「特には……。そもそも魔力の濃さとか分かりませんし」
「そうなの?」
そう言って自身のお皿にある果物を摘む。
ジゼルが普段好んで食べるのは果実が多い。魔力が多く含まれている、気がするから。
ただここは国境近くの砦、本来ならばそんなものは滅多にない。
ジゼルの好みを知ったジェレミーが急ぎ取り寄せ、特別に出されている。有能な治癒師が果物で釣れるなら安いものだと、綺麗な微笑みを浮かべていたとか。
「! これ美味しい」
そしてジゼルは、着々と胃袋を掴まれつつあった。
細い身体の何処に入るのか、ジゼルの食欲は凄い。
最初は驚き心配していたレベッカも、本当に美味しそうに食べるジゼルに最近は微笑ましさを感じている。
「ふふ。ジゼルさん、食べるの好きですよね」
ジゼルはその言葉に頷くと、疎らにだが同じく食堂にいる人たちをなんとなく見回す。そして一人に目を止めた。
その人物は手に持った書類を見ながら歩いており、その頭上に食べ物の乗ったトレーが浮いていた。
「ねぇ、レベッカ。あの人の瞳は水色なのに、なんで物を浮かせられるの? あれは風じゃないの?」
「え? あぁ、あれは無属性魔法です。無属性は誰もが扱える属性で、ただの魔力の塊を飛ばしたり、軽いものならこうやって浮かせたりも出来ます」
そう言って小皿に入った果物を一つ浮かせて見せるレベッカ。
そのままジゼルの方へ運べば、当然の様に口を開けて待つ姿がある。
「ふふっ。そこまで凄いことは出来ない割に制御が意外と難しいので、使う人はあまりいませんけどね。あ、でも滅多にいないですけど、無属性魔法は結界を張ったり、昔は転移の出来る人までいたらしいですよ! 帝都と主要地域を結ぶ転移ゲートも、その人が作ったって話です。凄いですよね〜」
「てんいゲート?」
次々と与えられる果物を口に含みながら、言葉を繰り返し首を傾げるジゼル。
「はい。帝国は広いですから帝都からここ、国境の地域などは行くのにとても時間がかかります。なので簡単に移動出来る転移ゲートは凄く重宝されているんです。まあそれも数が限られていて、今はここを合わせて3箇所しか無いみたいですが」
「昔はもっとあったの?」
「最初は5つ程あったみたいですよ。ただ、国境の広がりに合わせてその転移ゲートも移動しようとした所、壊れてしまった様です。もう一つも同様の理由だと思います」
「そうなんだ」
「ですから、それ以来更に使用権限などが厳しくなり、むやみに近寄ると怒られてしまいます。ジゼルさんも気をつけて下さいね」
「どこにあるか知らないけどね」
「それもそうでしたね」
「……それって今度使うかな?」
相変わらずフードで顔の殆どは隠れているが、毎日一緒にいたからか、レベッカは声のトーンと雰囲気から、ジゼルの感情が少し分かるようになった。どうやら今はわくわくしている様だ。
「そうですね〜、今回は使うと思いますよ。そういえば、明日辺りには帝都に向かうって言っていましたね」
「帝都かぁ……」
「気になりますか?」
「少しね。大きい街はあまり行かないから。レベッカは向こうでも一緒?」
「はい。一応その予定です」
「ヴァレリーやジェレミーも?」
「そうですね。お二人共忙しい方なので、ずっとという訳にはいかないでしょうが、一緒にいられると思いますよ。それに向こうに行けば、ちゃんとした側使えの人が付くことになると思います」
「え、レベッカは?」
「私は本来騎士ですから。やっぱり本職の方たちみたいには上手く出来ませんし」
レベッカの言葉に少しムッとして、不機嫌な様子を見せるジゼル。
「僕のお世話は大変ってこと?」
「まさか! そんな事はないですよ! ただ、ジゼルさんももっとしっかりした人が側にいた方がいいでしょうし……」
「レベッカが嫌じゃないなら、これからも側にいるのはレベッカだけがいい。……無理なら帝都には行かない」
「えぇっ!? 勿論私は全然嫌じゃないですし構いませんけど……うーん。それじゃあお願いしてみましょうっ! ね?」
「ホントに?」
「はい!」
レベッカの言葉に口元を綻ばせたジゼルは、ご機嫌な様子で最後の果物を口へ運ぶと席を立ち、しっかりと食器を片付けてからまた歩き出した。
ジゼルの世話役を任せられてから、レベッカはジゼルをよく観察していた。
分かりにくいだけで意外と感情が表に出てくる。
今はいつもより鼻歌の声のトーンが僅かに高く、歩き方も何処か軽やかで上機嫌だ。そしてこういった時には話しかけてもだいたい聞いていないので、静かに隣を歩く。
気まぐれで自由人。
単純、素直、純真。
どれもジゼルを表す言葉だ。
とても扱いにくいが、分かりやすくもある。
先程のように拗ねたりすることもあり、割と子供っぽい。
最初は色々と規格外過ぎるジゼルに少し距離を測りかねていたレベッカだが、一緒に過ごし様々な面を知るうちに自然と隣に並ぶ様になった。
あまり人と接して来なかったらしいジゼルは、きっとこれから周りにいる人間によって、良い方にも悪い方にも染まるだろう。
そう考えてからはジゼルは見守る対象となり、周りにもまるで親子のようだと言われることもしばしば。本人的には何故姉ではなく母なのかが気になっていたが、単に世話の焼き過ぎである。
そのため慣れない帝都でジゼルが不安にならないよう、変な人に惑わされることのないように、傍で守るつもりだ。
そんな彼女に付き合わされることになるパートナーは、レベッカらしいと笑い、好きにすればいいと言ってくれた。惚れ直した。大好き。
その時のことを思い出したのか口元に笑みを浮かべると、ジゼルの手を引く。
「ジゼルさん、そっちはシャワー室です。使うんですか?」
「え? 使わない。ヴァレリーのとこに行きたい」
「それならこっちですよ」
取り敢えず今は、目を離すと直ぐに迷子になってしまうこの手を握る。
いつか自分の代わりにこの子の手をしっかりと握り、隣を歩いてくれる素敵なパートナーが現れることを願いながら。
そんなレベッカだが、ジゼルが予想以上に他人に興味がないので、なかなか的外れな心配をしている事に気づいていない。
しかし、パートナーとなる者は思いの外直ぐに現れることになる。
現れたというか、捕まったというか。
ジゼルが抱きしめて離さない相手が出来る日は、もう直ぐそこに————。
「……はっ、くしゅんっ! ……んあ?」




