10 - 帝都
ガタゴトと揺れる馬車。
窓から見える景色は見慣れないものが多く、お洒落な街並みや着飾った人々、可愛い店や綺麗な店——には目もくれず、ジゼルは砦から持ってきたクッキーを頬張っていた。
ここはアルヴァティア帝国の首都アーヴァン。
ジゼルはヴァレリーとジェレミーと共に馬車に乗り、城へと向かっていた。
レベッカは他の隊員と共に移動してくるため、少し遅れて合流する予定になっている。
本来ならば北の国境付近にある砦から帝都までの移動には一月以上かかるのだが、緊急時や許可証さえあれば転移ゲートの使用が可能であり、かなり時間の短縮が出来る。
しかし転移にはエネルギーとなる魔石が多数必要なため、今回ジゼルたち三人とレベッカ含む少数の隊員以外は騎馬での帰還となる。
ジゼルは事前にレベッカから聞いていた転移ゲートでの移動を楽しみにしていたが、馬車ごと大きく床に描かれた魔法陣に乗るだけで、これといった特別なことは何も無く、こっそり落胆していた。
一瞬で帝都へと移動出来たのは確かに凄いと思うが、少しつまらなかったというのが本音だ。そもそもゲートというから、勝手に凄そうな門を想像していたのもある。
しかしそんなジゼルも中心部へ向かうにつれて見えてきた城に、小さく感嘆の声をあげた。
帝国はかなり広い国土を持ち、この大陸では一番栄えている国でもある。目的地である城は当然壮観だ。
「おい、あまり窓に近づくなよ。そろそろカーテンも閉めておけ」
城を見るのに少しずらしていたフードを直しながら、ヴァレリーの言葉に素直に動く。
「城内に入る前に少しお話ししても?」
「ん?」
「今更ですけど、ジゼルさんは帝国に所属することに抵抗とかはないんですか?」
「……ホントに今更だね」
「うちとしては優秀な人材は逃したくありませんので。ここまで来てしまえば国境と違い直ぐに出て行くのは難しいですし、あなたも面倒はお嫌いでしょう?」
「まあね。帝国については、うーん、別に気にならないかな」
「そうなんですか? 長く旅をしている様でしたから、てっきり一所に居られない性格なのかと」
「それはいい所が無かったからで、僕としてはそろそろ落ち着ける場所は欲しかったんだ」
「それは良かった。ならば我々はここを気に入って貰えるよう努力しましょう。帝国に来たことを後悔はさせませんよ」
「楽しみにしてる」
そう言ってジゼルは、面白そうにクッキーに齧り付いた。
「直ぐには難しいでしょうが、城下にもまた来ましょう。案内しますよ」
「いらない。今見ただけでもう十分」
「少し奥には市場などがあって更に賑わっていますよ。色々な物を売っていますし、楽しめると思いますけど」
「人が多いところは好きじゃないから」
「そうでしたね……」
ジゼルの言葉に、ヴァレリーとジェレミーは顔を寄せ合い小声で喋る。
「想像以上に人の多い場所が苦手みたいですね。これから大丈夫でしょうか……」
「知るかよ。でもそのための個室なんじゃねーの? それに、そんな難しく考えなくても菓子とか美味い食べ物渡しとけば案外大丈夫そうじゃないか?」
そう言って視線を向けた先には、また別のお菓子に夢中のジゼルがいた。
「ん? あ、そういえば、お城に行ってもヴァレリーやジェレミーはずっと一緒?」
視線に気づいたジゼルは首を傾げ、思い出したように重要なことを聞くと、それに二人は苦笑いを浮かべる。
「それな。しょうがねぇからパートナーが見つかるまでは、俺たちがお前の護衛として側にいてやるよ」
「そうですね。ここまで連れて来たのは我々ですし、そもそもうちの団に所属するのですから問題ないでしょう」
「ホントに? じゃあレベッカも?」
「はい、勿論彼女も」
「嬉しい」
レベッカは約束通り、二人にこっちに来てからのことをお願いしてくれていたらしい。
「パートナーも、焦らずゆっくり探しましょう」
「それなんだけど、もしも選んだパートナーが、僕を嫌がったらどうするの?」
「魔法師や治癒師のパートナーはとても栄誉なことですから、嫌がる人はいないと思いますが……。もし仮にそうなったとしても、既に別のパートナーがいるなど特別な理由がない限り、向こう側に拒否権はありません」
「へぇ」
そっけない返事とは裏腹に、フードの下に隠れた目元は細められ、口元は緩やかな弧を描いていた。
◇◆◇
——翌日
「ねぇレベッカ、ホントにこれ着なきゃダメ?」
「今から会うのは皇帝陛下や大臣、えーっと、この国の偉い人たちですから、服装はしっかりしないと。今回は治癒師の正装なので少し派手ですけど、普段の服装はもう少し地味でも大丈夫ですから」
不貞腐れるジゼルを宥めるレベッカ。
ジゼルは今、質のいい真っ白な生地に金糸と銀糸で刺繍された服とローブを身に纏っている。
肌触りはかなりいいが裾も袖も長く、無駄に布がたっぷりで動き難いし何より重たい。
騎士の服よりもお金と手間のかかっている様に、帝国での治癒師の立ち位置が分かるようだった。
「でも凄くお似合いですよ! この目元を隠すベールがまた、いいです!」
「そう? でも派手じゃない? なんか落ち着かないし、シャラシャラしてて——」
コンコンコン。
「はーい!」
興奮した様子のレベッカと、不貞腐れるジゼルの温度差の酷い会話の途中、聞こえたノックの音に扉へと向かったレベッカが相手を確認してドアを開ける。
「……これは、驚きましたね」
「別人じゃないよな?」
「ねぇヴァレリー、これ重いよ。歩くだけで疲れる。脱いでいい?」
「あぁ、本物だわ。……脱ぐなよ。丁度いいじゃないか、優雅に、あー、ゆっくり動いとけ。その見た目なら、喋らなきゃ凄いやつに見えるぞ」
「む……。あれ、ヴァレリーとジェレミーもなんか派手な格好してるね」
普段の制服と似てはいるものの刺繍が増えており、ヴァレリーに至っては胸に輝く徽章がいくつか付いていた。
「おはようございますジゼルさん。昨日はよく眠れましたか? 陛下に会うので我々も今日は正装ですよ」
「こいつはいつでもどこでも寝れるだろ。あー、首が苦しい」
ヴァレリーは適当にジゼルの相手をしながらも、内心は凄く驚いていた。
ジゼルは普段ローブで頭から足元まで隠しているため、陽に当たらない肌はとても白い。その上何かあっても自分で直ぐに治癒が出来るので、傷痕はもちろん肌荒れとも無縁だ。
更にただの惰性から伸ばされていた腰ほどまでのパサついていた銀髪は、ここ最近のレベッカによる手入れで艶を持ち、動く度にサラサラと流れて目を引く。
そして極め付けは額にあるサークレットだろう。
それは白地に様々な色の系で刺繍を施された薄いベールが下げられ、ジゼルの目元を覆う様に隠していた。裾には小さな装飾があり、動くたびにシャラシャラと澄んだ音が鳴る。
すらっとした身体に纏う服は純白。
そこから時折り覗く滑らかな白磁の肌、輝く銀色の髪。
しかしその素顔はベールで隠されている。
はっきり言って今のジゼルは神聖な雰囲気を纏っていた。
「ヴァレリー、これ凄いよ。薄いのに眩しくない。なのにしっかり向こうが見える。不思議」
勿論、雰囲気のみなので、喋ればいっきに気が抜ける。
見える口元は機嫌が良さそうに緩く持ち上がっていた。
「良かったじゃねぇか。どんなに動いても絶対にズレないらしいぞ。誰が何のために作ったのかは知らんが、ずっと城の保管庫に眠ってた魔法具だ。服は今日くらいだが、その頭のはこれからも付けたらいい」
「魔法具? 魔道具じゃなくて?」
「あ、えっと、簡単に言うと魔道具は魔力で動く道具で、魔法具は魔法が込められた物のことです。ネックレスやピアスのような装身具が定番ですかね」
「これは固定と遮断と透視の魔法が込められてるらしい。こんな布に三つも魔法を込めていることに驚きだが、顔を隠すくらいにしか使えん。理解できんが、たまにある天才が遊びで作った物だろう。だがまあ、お前にはピッタリだろ」
「ふぅん、それなら遠慮なく貰う。……ちょっと派手だけど」
明日からもこれを付けて欲しいとジゼルがレベッカにまとわりつく。よほど相性がいいのか、かなり懐いている。
外野に付け入る隙を与えない為にも、最初の印象は大事だろうと正装を用意させていたが、これはこれで少し大変になりそうだとヴァレリーはため息を吐いた。
そして再び聞こえるノックの音。
「どうやらあちらの準備も整ったようですね。行きましょうか」
ジェレミーの言葉に頷き、部屋を出た一行が向かうは謁見の間。




