05 - 一般常識
人は誰しも、産まれた時から多かれ少なかれ魔力を持っている。
基本的には一人一属性で、火の属性なら赤、水なら青、風は緑。
力の強さは色の濃淡で分かり、それらは全て瞳の色に現れる。
そしてごく稀にいる二属性持ちはその色が混ざり合い、火と水なら赤紫、水と風で青緑、風と火は黄色となる。
そして魔法を操る力、魔法師としての素質や魔力の量もまた、産まれた時から大凡決まっている。
本人の努力では決して越えられない壁が存在していた。
そんな中、魔法師でない者の余らせている魔力を、どうにか出来ないかと考えた末にたどり着いたのが、今のパートナー制度である。
元々魔力切れを起こした者への応急処置として魔力譲渡自体は確立していたため、数回の試験で同属性が好ましいこと、優れた魔法師ほど自分と相性のいい魔力に惹かれることなどが分かり、帝国魔法師の能力向上に繋がったという。
食後に始まったジェレミーによる説明により、今自分のいる国の名前がアルヴァティア帝国だと知った。
そして今更ながら魔法の基礎知識と、帝国の魔法師についても詳しく知ることが出来たジゼルだが、足りないものに気づき、首を傾げ質問した。
「黒色は? 全然見かけないけど珍しいの?」
「それは、確かに珍しいことは珍しいのですが……」
言い淀んだジェレミーに変わり答えたのは、自らが黒い瞳を持つヴァレリーだった。
「黒い瞳はハズレ者の証だ。全部の属性を持っているくせに、その力がお互いに干渉して結局何も使えない。それどころか自分で魔力に干渉出来ないから、魔道具すら使いこなせない。滅多に生まれないのもあるが、だいたいの奴が無能者の烙印を押されて日陰で生きてる。だから見かけないんだろう」
「ヴァレリー……」
「本当のことだろ?」
吐き捨てるように言ったヴァレリーと困ったようなジェレミーを見て、黒い瞳への人々の共通認識を知った。そして今まで自身に向けられてきた、不快な視線の意味も。
「まあ、だからって俺は隠れてコソコソ生きるつもりはない。確かに魔力は使えないし、そのことで馬鹿にされたこともあるが、だから何だってんだ。魔法が使えなくとも剣がある。俺は自分の力で戦える」
「ヴァレリーの剣の腕は、帝国では有名なんですよ」
言葉の通りヴァレリーは確かに堂々としており、ジェレミーも自分のことのように自慢気だった。
「へぇ、凄いんだ」
「はい、それはもう——」
「おい、いいから続き」
「はいはい。えー、それでジゼルさんの持つ治癒魔法についてですが、かなり珍しいです。先程黒い瞳は全属性持ちと言いましたが、治癒の出来る光属性は含まれません。魔法発動時の現象から光属性と言われてはいますが、この力については実はあまりよく分かっていません。力が後天的であること、それ故か瞳の色には関係しないということくらいです」
治癒魔法は、使用時にキラキラとした光が舞うのが特徴だ。
他の属性と違い瞳で判別出来ないため、力が発現するまで分からない。そしていつ発現するかも個人差がある。
治癒魔法が扱えるようになると、その希少性からすぐに保護される。
保護といっても国によって異なるが、主に帝国では警護の面を考え、国で保護し城で生活することになる。
貴族籍を持つ者で、自家でなんとかできる場合など例外的に城外で過ごす者もいるが、いずれも大切に扱われるため、プライドの高い少々傲慢な性格になる者が多い。
その所為か一番関わりの多い騎士団とは、残念なことに反りが合わないことが多い。
「なので我々のことを見下さない、フリーの治癒師は是非とも欲しいんですよね」
「……なるほど」
口元は笑っているのに、目と声から伝わる切実さに少し引いた。
治癒魔法が珍しいことは今までの生活で分かってはいたが、ジゼルの思う以上だった。
そして黒い瞳は全属性を持つが故に本来は魔法が使えない。
他人とあまり行動を共にせず、したとしてもいつもフードで瞳が隠れていたため、ジゼルの特異性についてこれまで指摘される事は無かったのだろう。
「さっきは治癒魔法が使えるのに、僕の瞳が黒いから驚いたってこと?」
「えぇ。ですが先程も言った通り光属性についてはよく分かっていないので、ジゼルさんの様な事があっても不思議ではない、と、言えなくもないような……」
「ところで、なんでさん?」
「え? ああ、間違いは気づいた時に直すものでしょう? それともジゼル殿とお呼びした方がいいでしょうか? 気づかなかったとはいえ失礼しました」
「ふーん、気にしてないしいいよ。呼び方も何でもいいけど、堅苦しいのは嫌だ」
「ありがとうございます。では、ジゼルさんと呼ばせて頂きますね」
「うん」
「?」
ジェレミーの言葉に頷くと、二人のやり取りを怪訝な表情で見ていたヴァレリーを見つめ、少しの間黙り込んだジゼルは、また一つ頷いた。
「うん、いいよ。契約しよう」
「え?」
「さっきの返事だよ。ヴァレリーの騎士団に入ってあげる」
「それは、こちらとしては凄くありがたいですが、どうして急に?」
「ちょっと旅にも疲れたなって思ってたから」
「そうなんですか?」
「うん。あ、でも、いくつか条件はある」
「お聞きしましょう」
ジェレミーは条件という言葉に背筋を伸ばすと、表情も真剣なものとなった。
それを見て、ジゼルはまず人差し指を立てる。
「住む場所を用意して欲しい。一人でのんびり出来る場所」
「そうですね、先程も軽く説明しましたが基本的には城内で過ごして貰うんですが、今回はヴァレリーとの契約になるので、うちの宿舎かヴァレリーの屋敷に一室用意しましょう」
「おい、なんで家なんだよ」
「部屋は広くなくていいから、ベッドは大きいのがいい」
「分かりました、伝えておきましょう」
「おいっ!」
喚くヴァレリーを無視してそれくらいなんともないと、余裕の表情で頷くジェレミー。
そしてジゼルは続けて中指も立てる。
「毎日美味しいものが食べたい。さっき食べたパンは凄くいい。フルーツも好き」
「……分かりました。それも用意しましょう」
少し不思議に思いながらも、これにも軽く頷くジェレミー。
そのことに内心大喜びしながら三本目、薬指を中途半端に伸ばし首を傾げる。
「? これくらいかな? あ、お昼寝の時間があると嬉しい」
「……はい?」
「お昼寝。大きなベッドの上でゴロゴロするの憧れてた。おやつもあると最高。勿論、仕事がある時はちゃんと働く」
「え、お昼寝? おやつ?」
「無理そう?」
「え? あ、いや、というか全然自由にして頂いて構わないのですが……え、本当に他にないんですか?」
「うん、それくらいかな」
「……」
気合いを入れた分、若干というよりかなり拍子抜けしたジェレミーは戸惑いの表情を浮かべる。
それを横目に、呆れたように口を開く者がいた。
「お前、そこは普通自分の待遇や報酬の交渉とかだろうが」
「うん。だから個室と大きいベッド、美味しいものをお願いした。あ、昼寝も」
「そうじゃねーよ、もっとこう、あるだろ普通? 専属侍従や侍女を何人か付けて欲しいとか、服や宝石が欲しいとか、危険な場所には行きたくない、でも買い物には行きたいから護衛として付き合え、なんなら今は疲れてるから治癒は出来ないだの……」
なんだか最後の方は愚痴の様になってきたヴァレリーに、苦笑いを浮かべながらジェレミーが少し補足する。
「治癒師はとても貴重です。帝国にも現在三人しか居りません。そのため彼、彼女らの願いは大抵のことが聞き届けられる。あなたにはそれだけの価値があるのです」
そこまで言われてもやはりあまりピンとこないジゼルは首を傾げ、ヴァレリーに言われたことを指折り答えていく。
「周りに人が多いのは嫌い。服は持ってるし、宝石は使わない。危険な場所は、一応冒険者だし慣れてる。買い物は興味ない。疲れるし、それならずっと部屋でゴロゴロしてたい。でも契約だから仕事はちゃんとする」
「……なんか、調子の狂うやつだな」
「まあまあ、これがジゼルさんなんでしょう。いいじゃないですか、大人しくて素直ないい子ですよ」
「確かに、我儘ヒステリックよりかなりいい」
「……それ、本人の前で言わないで下さいよ」
ジゼルの返答に小声でやり取りをした後、ジェレミーはジゼルへと笑顔を向ける。
「取り敢えず希望は分かりました。金銭や細かい仕事内容については、能力により多少変わってきます。これまでのやり取りの中で多少は把握しているつもりですが、改めてあなた本人の口から何が出来るのか聞かせて貰えますか」
「実際にやって見せればいい?」
「いえ、ここだとあまり効果が分からないと思うので、今は口頭で教えてくれるだけで大丈夫ですよ」
「分かる様に見せればいいってことだね」
「え? いや、そうではなくて——」
この時のジゼルは、自分でも分からないほどに少し興奮していた。そのため普段ならば自分の能力を軽々しく見せたりなどせず、むしろ隠してきたのにも関わらず、今は自ら進んで披露した。治癒魔法以外の能力を。
「魔法は結構得意なんだ。火も水も風もだいたいのことは出来るよ」
説明しながら片方の掌の上に火の球をだし、もう片方には水の球を出し、最後に両手に小さな旋風を起こすと二つの玉はそれぞれ渦に巻きこまれ、やがて消えた。
なかなかいい説明が出来ただろうと、得意げに二人を見遣る。
しかしその視線の先には愕然とした表情を浮かべる二人。
彼等は当然治癒師としての能力で何が出来るのかを聞いていた。部下から解毒も出来ると聞いていたし、広くはなかったが範囲魔法も無詠唱も見た。そこら辺を詳しく聞く予定だったのだ。
それが何故、違う魔法を見せられているのか。
それも三属性同時に。
二人は「意味が分からない…」やら「信じられない…」などとぶつぶつ呟いていたが、それも仕方ないだろう。
やはり、ジゼルに一般常識はない。




