04 - 勧誘
「ではまた明日、担当の者が呼びにきますので。自分はこれで失礼します」
その言葉にジゼルは頷き扉を閉めた。
最初にいた牢ではなく割と綺麗な部屋に案内されたジゼルは、ローブを脱ぐと遠慮なくベッドへと潜り込み直ぐに寝息を立てた。
何処でも直ぐに眠れるのは、ちょっとした特技だ。
結局交換した魔封じの枷もジゼルには効果がなく、チェロノア軍に混ざっていた経緯を話すと腕は自由になった。食事への不満を多く語ったため、多少呆れた視線を向けられたのは仕方がないだろう。
向こうはまだ何か話したいことがありそうだったが、お腹の膨れたジゼルがあくびをしたことで続きはまた翌日となり、改めて、客人として用意された部屋へと案内された。
そして翌朝。
コンコン、コンコン。
扉をノックする音が響くが、中の人物はピクリとも動かない。
間隔をあけて何回か音がするものの、室内は静かだ。
鍵はかかっていないらしく、外側からゆっくりと扉が開いた。
「失礼しま〜す。ジゼルさーん? 朝ですよ〜。起きて下さ〜い」
「……」
「……いますよね? え? いない?」
扉を開けた人物は部屋を覗いて声をかけたものの、なんの反応もないことに不安の声を溢すと、ベッドの上でもぞりと動く塊が見えた。
「良かった。ちゃんといるみたいですね。入りますよー?」
寝坊助な部屋の主を起こすためにベッドへと近づき、今度は塊を軽く揺りながら声をかける。すると流石に起きたらしく、布団の中からくぐもった声が聞こえた。
「……そこにあるローブとって」
まだまだ眠たげな第一声に、そこまで顔を隠したいのかと苦笑いを浮かべながらも周りを確認し、近くの椅子の背もたれに掛かっていたそれを差し出す。
布団から伸びた手がローブを掴むと再び中へと戻り、中でごそごそしてから出てきたのは、フードをしっかりと被った見覚えのある姿。
「あ、ジゼルさん、ですよね?」
「うん。起きたら眩しくてビックリした」
「あぁ、カーテンを閉め忘れたんですね」
「そうみたい、ふわぁぁあ」
「ふふ、おはようございます。お迎えに来ました」
「ん……おはよう」
「それと、今からこの砦にいる間のジゼルさんのお世話を任されました、レベッカと言います。よろしくお願いします」
「お世話係? ……あ、レベッカは昨日森で会った人?」
「はい! あの時は本当にありがとうございました」
レベッカは肩ほどの茶髪に、赤い瞳をした優しそうなお姉さんという感じだった。
「こっちこそありがとう」
「え?」
「寝ちゃった僕をここまで運んでくれたんでしょう? キノコのお兄さんにもまたお礼言わないとね」
「キノコ……。あー、えっと、私の方から伝えておきますので、お気になさらず……」
「そう?」
気まずそうに顔を逸らすレベッカのことなど気にせず、扉へ向かって歩き出すジゼル。
フードを深く被ったままの姿に前が見にくくないのか気になったが、「朝ご飯はなにかな?」などと言っているジゼルは、食べることしか考えていなさそうだった。
そんなジゼルに少し笑みを溢すと、呼ばれている部屋へと案内する。
「司令官のお部屋でご一緒するみたいですから、美味しい料理が出てくると思いますよ」
「! それは凄く楽しみ」
◇◆◇
砦の奥にある一室の前で、レベッカは足を止めた。
コンコン、コンコン。
「第一部隊所属、レベッカです。ジゼルさんをお連れしました」
「入って下さい」
「失礼します」
部屋の中には、昨日途中からきた二人の男がいた。
一人はドアの横に立ってずっとジゼルを見ていた、金色の短髪に黒く鋭い瞳の端整だが少々強面な男。
もう一人は昨日ジゼルと話をしていた男で、肩下の綺麗なグレーの髪を後ろで縛り、柔らかい緑色の瞳でこちらも整った顔立ちをしている。
「おはようございます、ジゼル君。どうぞ、こちらに掛けて下さい」
「ではジゼルさん、私は一旦下がりますので。失礼します」
ジゼルが示された席へと向かうと、レベッカはジゼルに一言、二人に挨拶をして部屋を出て行った。
「昨日はよく眠れましたか?」
「うん、ありがとう」
「それは良かったです。では改めまして自己紹介を。彼はここの臨時司令官でヴァレリー・グランデ、私は彼の補佐官兼、副司令官を務めるジェレミー・リュフィエと申します。よろしくお願いしますね」
「うん。よろしくヴァレリー、ジェレミー」
「……」
「ふふっ」
ジゼルが二人の名前を呼ぶとヴァレリーは眉間に皺を寄せ、ジェレミーは何処か面白そうに笑った。その正反対な反応にジゼルは首を傾げた。
「いえ、気にしないで下さい。取り敢えずは朝食にしましょう」
そして運ばれてきた食事は、ジゼルを大変満足させた。量も味も何処かの国とは大違いで、特にふわふわのパンはお気に入りになり、おかわりもした。
そしてその様子を見ながら、ジェレミーが口を開く。
「まだフードを取って顔を見せてはくれませんか?」
「そんなに顔が見たい?」
「そうですね、隠されると暴きたくなります」
「……別に、隠してるわけじゃないけど。ただ僕は瞳が悪くて、光が苦手なんだ。眩しくて痛くなるから」
「そうなんですか? それはすみません、カーテンを閉めましょう」
「中だしこのくらいなら大丈夫。でももうこの方が落ち着く」
「そうだったんですね。でも周りは見えるんですか?」
「それなりに? ただ人にぶつかったり、躓いたりすることは多いかな。だから人が多いところは苦手」
「……大変そうですね」
何とも言えない表情でジゼルを見る二人だが、パンに夢中なジゼルは気付いていない。
そして空気を変えるようにジェレミーが一つ咳払いをすると、今日の本題へと入った。
「単刀直入に申します。ジゼル君、帝国に来ませんか?」
その言葉にジゼルも一旦パンを口から離し、話を聞く体勢をとる。パンを置かないのはご愛嬌。
「遊びにって、意味じゃなさそうだけど」
「はい。帝国軍、細かく言うならばそこのヴァレリーが団長を努める第三騎士団へのスカウトです。私たちの業務はこういった戦場への援軍や、魔獣の討伐をすることが多く、それゆえに怪我人も多い。しかし訳あって今うちには治癒師がいません。あなたが来てくれるととてもありがたい」
「んー」
「勿論それ相応のお給金も払います。国に仕えるというよりも、個人契約に近いかたちになりますからそれなりに融通もききますし、自由もあります」
「んー……」
「何か気になることがありますか?」
「他に治癒師がいないんでしょ? 凄く大変そう」
「怪我人が出た時は確かに少し忙しいかもしれません。ですが言い換えれば、仕事があるのはその時だけで、後は自由です」
「……人と関わるのは疲れるから苦手。集団行動も好きじゃない。この前いたところでは、礼儀が無いって凄く怒られた」
「フンッ」
「それは……、うちはそこまで厳しくないので大丈夫ですよ」
ジゼルの言葉にヴァレリーは鼻で笑い、ジェレミーは苦笑いだ。
「魔力も凄く多い訳じゃないし、そんなに役に立たないと思う。あ、変な薬なら飲まないから。あれすっごく不味い」
ジェレミーは魔力回復薬について言おうとしたが、先に拒否されてしまい口をつぐむ。
そして違う案を一つ出した。
「では、魔力譲渡はどうでしょう?」
「?」
「名前そのままなのですが、他の人に魔力を譲って貰うんです。主に、魔力は多いけれど魔法を扱うのが苦手な人とかに頼むんです。我が国では治癒師はもちろん、魔法師で能力が高い者にはパートナーとして専属の魔力譲渡者がいます。相性の問題もあるので全員とはいきませんが、大体の者がパートナーと行動を共にしています」
「へぇ。でも、知らない人とずっと一緒にいるのはヤダ」
「ずっと一緒にいる必要はないので大丈夫です。ただ魔力の相性のいい相手だと、それ以外の相性もいいみたいで、異性の組み合わせが殆どのこともあり、恋人や夫婦という公私共にパートナーになる者も少なくないんですよ」
ジェレミーの説明に少し思案するジゼル。
その視線はチラリともう一人の男、ヴァレリーを窺う。
「二人にも、パートナーがいる?」
「私は残念ながら相性のいい相手が見つからず。彼は魔法師ではないのでいませんね」
「そうなんだ。相性はどう調べるの?」
「それは同じ属性の人を集めて一度に会います。国家としても重要なことなので、国が主催する魔法師たちのためのパーティなどもよく開かれています。ジゼル君のように能力の高い者ですと、相手の魔力に惹かれる様なので、相性のいい者がいればすぐに分かると思いますよ」
初めて聞く話に少し興味の出たジゼルは、次々と質問をした。その様子にジェレミーも喜んで答えていたが、一つの質問から少し流れが変わる。
「ふーん。じゃあまずは僕の属性を調べるんだ?」
今までの様に何気なくされたその質問に、二人は一瞬何を聞かれたのかが分からなかった。
「はあ?」
「……調べるというか、属性はその人の瞳に現れるので、瞳を見れば分かるのですが——」
「僕のも分かる?」
そう言ってフードを瞳が見えるようにずらしたジゼルだが、それを見た二人は驚きに目を見開いた。
「はぁっ!? おま、黒っ!?」
「えっ!?」
「っ! びっくりした」
「いや、お前……その瞳、黒色だよな?」
「うん。ヴァレリーとお揃い」
「……」
「さっきの疑問といい、今といい、もしかしてジゼル君はこういった常識を知らない……? それにもしかして……」
「?」
絶句するヴァレリーの横でやや引き攣った表情で話すジェレミー。
そしてジゼルの反応を見て、自分の考えが当たっていることを悟った。
「まじかよ……。子供でも当たり前に知ってることだぞ。どうなってんだよ……」
「私に聞かれましても……」
「はぁ。ジェレミー、お前からしっかり説明してやれ」
こうして、苦笑いして頷いたジェレミーが、普通に生活していれば覚える常識を、詳しく話してくれることになった。




