03 - 出会い (2)
ここはアルヴァティア帝国、北の国境に建つ砦。
近頃隣国であるチェロノア王国での内紛が激化しており、その火の粉が帝国へと降りかかってきていた。
何度か起こる小さな小競り合いに辟易としていた時、数日前より再び攻めて来た彼等に思いもよらぬ痛手を受けたのは、少々気の緩んでいた砦内に衝撃を与えた。
「——以上が今回の大まかな被害状況になります。幸い死者はいないようですが、重症者は多数。明日以降もこのようなことが起こるならば、更に増えるでしょう」
「向こうも多少の被害を被ったらしいな。またやってくると思うか?」
「魔法の使用者は恐らく今回の従軍が初めてだったのでしょう。ミスはありましたが、被害状況を鑑みて状態次第ではまた出てきそうではありますね」
「あんな凄い魔法師がいるなんて聞いてないぞ」
「高位貴族のご令嬢である魔法師がいるとは耳にしましたが、ここまでの能力とは……。私も少々気が緩んでいたようです」
「はぁ。……あー、めんどくせー。連中いつまで続けるつもりなんだよ」
「さあ? でも確かに面倒ではありますね。早いところスッキリさせて欲しいものです。それに引き換え、帝国は兄弟仲が良くて何よりです」
「……そうですねー」
「そう言えば、」
コンコンコンコンッ。
そこで室内の会話を遮る、何処か焦りを含んだようなノックの音が響いた。
「誰ですか?」
「第一部隊隊長ジュールです。至急お伝えしたいことがあり参りました!」
室内に居るのは二人。
椅子に座る男が頷くのを確認すると、対面に立ち報告をしていた男が答える。
「入りなさい」
「失礼します。先程うちの隊の者が帰還した際に、チェロノア王国の魔法師を一人捕虜として連れてきました」
「ほぅ、魔法師の捕虜ですか。丁度いいですね、あの魔法を放った者について詳しく聞いてみましょう。それにしてもよく捕らえられましたね」
「森の中に一人でいたようです。それで、その、お腹を空かせていたらしく、食べ物を要求されたので干し芋を渡した後、隙を見て殴ったら気絶したと……」
「……なんとも間抜けな魔法師ですね」
微妙な空気が流れ、立っていた男は「碌な情報は得られそうに無いですね」とため息をついた。
「それともう一つ、うちの隊員が気になることを言っていまして……」
「気になること?」
「はい。それがノエ、うちの隊員が言うにはその者は治癒師だと」
「? 魔法師を捕らえたのでは?」
「はい。チェロノア軍の魔法師のローブを着ています」
「それが何故、治癒師だと?」
「どうやら実際に治癒を受けたらしいのです。それも外傷のみらなず、矢傷と共に受けた毒の異常も綺麗さっぱり無くなったそうです」
「その捕虜は敵国の兵士をわざわざ治癒したんですか? しかも解毒まで?」
「……はい」
話を聞いていた男が振り向き、椅子に座る男と視線を交わす。
無言のやり取りに緊張する隊長に声をかけたのは、椅子に座る男だった。
「直ぐにその捕虜と会う。話が出来るようにしておけ。くれぐれも乱暴な真似はするなよ」
「はっ!」
隊長が出ていき扉が閉まる。
「状態異常まで治せる治癒師が一人でふらふらしているとは、少し怪しいですね。罠でしょうか?」
「どうだろうな。だが、上手くやればこちらの手に出来るかもしれない。本当に治癒魔法の使い手なら尚更欲しい」
「それはそうですが……」
「俺はそういったことは苦手だからな。頼んだぞ、ジェレミー」
「……言うと思いましたよ。はいはい、仰せのままに我が君」
わざとらしく大袈裟に頭を下げる相手に鼻を鳴らして見せると席を立ち、捕虜に会うべく二人は扉の先へ向かった。
◇◆◇
目を覚ました時、ジゼルは冷たい石の部屋にいた。
何故こんなところにいるのか記憶を探り、取り敢えず首の後ろが痛かったので触れようとして、両手が拘束されていることに気付いた。
森へ逃げたのが見つかったのかもしれないとため息をつき、手首に感じる重さに更に憂鬱になる。
苦労しつつもなんとかズレていたフードを被り直すと、少しざわついていた心が落ち着いた気がした。
「あ、お芋……? 食べた……?」
お腹が鳴ったことで思い出した少し前の出来事に、首を傾げる。そこへちょうど人がやってきて、一人で喋っているジゼルを訝しみながらも、部屋の外へと連れ出した。
もしかしてご飯の時間かと少しワクワクしたジゼルだったが、何処かの部屋に入り、椅子に座ってもなにも食べ物は出てこない。
その代わりに人が何人か入ってきた。
「これから聞くことには正直に答えるように」
小さく頷いたが、相手には見えなかったらしい。
「聞いているのか?」
グゥゥウウウゥゥゥゥ。
再び頷くと同時に大きな音が鳴った。
「コホンッ。これから上の人が来られる。嘘は勿論だが、失礼な態度も取らないように」
グルゥゥウウウゥゥゥゥ。
「腹の音で返事をするんじゃないっ! ……これが終わったら、食事を出してやるから」
「分かった」
「じゃあ、まず名前を」
「ジゼル」
質問に食い気味に答えるジゼルへと、目の前に座る男が胡乱な目で見てくるが、お腹の空いたジゼルはそれに構っている場合ではない。早く質問に答えてご飯を貰いたい。
「ンンッ。じゃあジゼル、取り敢えずその深く被ったフードを取って貰えるか」
「え、やだ」
「やだってお前……、自分の立場分かってるのか?」
「? でもやだ」
「……取り敢えず今はいい。さて、まず今日のチェロノア軍にいた魔法師について教えて欲しい」
その質問にジゼルは首を傾げると、首を振った。
「ちゃんと答えないと飯はないぞ」
「でも、チェロノア?知らない」
「はあ?」
ジゼルの言葉にその場にいた者たちは顔を見合わせる。
その時、扉が開き更に二人の男が現れた。二人とも二十代半ばくらいだろうか。
「司令官、副司令官、お疲れ様です!」
ジゼルの前に座っていた男が立ち上がると、今部屋に入ってきた男の一人に席を譲る。
もう一人はドアの直ぐ側に立ち、壁に寄りかかりながら鋭い視線をジゼルへと向けた。
「どこまで聞きましたか?」
先程までのやり取りが伝えられると、椅子に座った男はジゼルを見て優しげな緑の瞳を細めると、小さく笑った。
「お腹が空いているみたいですね。落ち着いてゆっくりお話しできるように、軽くつまめるものを用意しましょう」
その男の言葉に一人が部屋を出て行った。
「! ありがとう」
「いえいえ。その代わり色々と教えて貰えれば嬉しいです」
その言葉にジゼルは頷いた。
「その前に、先程彼にフードを取りたくないと言ったみたいですが、何か理由が? あなたは敵国の捕虜なので、こちらとしては無用な警戒をしないためにも顔を見て会話がしたいのですが」
「……敵国?」
ジゼルの言葉に怪訝な表情をする彼等。目の前の男も軽く眉を動かすが、何事も無かったかの様に話を続けた。
「分かりました。取り敢えず今はそのままで、質問の続きを。チェロノアを知らないというのは? あなたの着ているそのローブ、チェロノア軍のものですよね?」
「そうなの?」
「……あなたは、何故そのローブを着ているのですか?」
「着なさいって、渡されたから」
「つまり、軍に入ったということですよね?」
ジゼルの的を得ない答えに、部屋にいる者たちがお互い見合ったり、首を傾げ、困惑の表情を浮かべる中、椅子に座る男は根気強く丁寧に質問を繰り返す。
そんな中、先程出て行った者がお皿にサンドイッチを数個乗せて戻ってきた。
目の前に置かれたお皿に、お礼を言うなりすぐ手を伸ばすジゼル。
「軍には入ってない。昨日森で捕まって、逃げたらまた捕まってる」
食べながらそう言うと、拘束された手首を軽く揺する。
「つまり、あなたはチェロノア王国の者ではないと?」
「僕は冒険者だよ。あ、でもカードの期限切れてたんだ。……これからどうしよう、街に入れないのは困る」
これからのことを考え表情が陰るジゼルとは違い、椅子に座る男の目は光った。
素早く走らせた視線は、腕を伸ばしたことで見えたローブの下の服を確認する。確かに揃いの軍服ではない。
上がる口角をそのままに、先程よりも気持ち優しく声をかける。
「サンドイッチ、お味はどうですか? おかわりも用意させましょうか?」
「欲しい! 本当にお腹ぺこぺこで」
「たくさん食べて下さい。そう言えば、森でうちの兵士がお世話になったと聞きましたが」
「お世話?」
「はい、怪我を治して貰ったと聞きました」
「怪我? あ、キノコのお兄さんのこと?」
「キノコ……?」
「お腹が痛そうだったから、治癒魔法かけてあげた」
少し得意げに話すジゼルと、治癒魔法に反応して少しざわつく周囲。
「! そうだったんですね。ありがとうございました」
「大したことじゃないし、お礼も貰った……あれ? 貰ったっけ……?」
「疲れていたんでしょう、あなたは貰った干し芋を食べたら寝てしまったみたいですよ?」
「そうだったんだ。……あれ? じゃあこの手は」
「先程、治癒魔法が大したことじゃないと言っていましたが、得意なんですか?」
ジゼルが疑問を持つたびに、それに被せるように質問がされ話がそれる。そして見事に誘導されるジゼルを、周りは少し残念な子を見る目つきで見ていた。
続く質問にも「別に得意って訳じゃない。ただ使えるだけ」と素直に答えると、左手の指をパチンと一つ鳴らした。
その直後、部屋にいる全員の頭上から光の粒が降り注ぐ。
全員が驚きに目を見開いている中で、最初に動いたのはドアの近くにずっと立っていた男だった。
「どういうことだ。何故魔封じの枷が効いていない!?」
近くに来て、机を叩きながら怒鳴るように質問されてジゼルは驚いた。
「ちょっと、落ち着いて下さい。……今も普通に魔法が使えるんですか?」
大きい声に驚いたのか、自分を見上げたまま固まるジゼルを見て、男は息を大きく吐くと少し下がる。
そして今までのようにジゼルの前に座る男がしてくる質問に、先程の男を気にしつつもジゼルは正直に答えた。
「……うん。このくらいなら、まだ魔力はあるから、普通に使えるけど」
「驚きました。本当に効いていないみたいですね。少し手を借りても? ……不具合、ではないみたいですね。触ると魔力が引っ張られますし、普通に作動しているようですが……」
ジゼルの手を取り、その手首についている枷を触りながら何やらブツブツと言い出したので、意味が分からず首を傾げる。
「あぁ、すみません。実はこれ魔封じの枷と言って、魔法師を拘束する時に使うものなんですが、どうやらあなたには効果がないみたいで驚いているんです」
ジゼルはその説明を聞いて、先程魔法を使った時に全員が驚いていたのはそのためかと納得した。自身が拘束されていることは疑問にも思わず、物珍しげに手首を見つめる。
「へぇ」
「壊れては無さそうですが、念のため違うものに取り替えて確認してみても?」
「うん、いいよ」
部屋にいた隊員に別の魔封じの枷を持ってくるよう指示した男を、先程の男が引っ張り部屋の隅に連れて行く。
「おいジェレミー、どうするつもりだ?」
「ヴァレリーは気になりませんか? 不具合なのか、彼には効果がないのか」
「本当に効かない場合、どうすんのか聞いてんだよっ」
「相変わらず言葉が汚いですね。……その場合も特に問題は無いと思いますけど。どうやらチェロノアの魔法師では無かったようですし、彼は治癒師です。それに我々に対する敵意も見えない。そもそも説得して此方側につかせるつもりだったのでしょう? 美味しい食べ物を与えてあげるだけで、貴重な治癒師を獲得するチャンスですよ」
二人が視線を向けた先には、少し前に届いたおかわりのサンドイッチを頬張るジゼル。今度はスープも付いてきたらしく、一口飲んでは満足そうなため息を溢していた。
「……警戒心が無さすぎて少し心配になりますね。なんだか、悪いことをしている気分です」




