17 - 黒と白
「さて。これで二人は治癒師とそのパートナーとなる訳だが、色々と対策が必要だろうな」
「確かに。謁見の間でのことがありますからなぁ」
「あー、そうだった。それもあったんだ」
苦笑いのバルナベの言葉にうんざりした様子のヴァレリー。と、そこへ手を挙げるジェレミー。
「あの、そもそもなのですが、ジゼルさんのパートナーにヴァレリーがなれたのは、彼女が同じく黒い瞳の持ち主だからなのでしょうか? 砦で軽く試したところ、火と風の属性とは相性が悪そうでしたし」
「うぅーむ、それは普通に考えるならばそうでしょう……が、公表すればそれはそれでまた新たな問題が起こりますぞ」
貴族は基本的に魔力を多く持つ者が多く、権力が上の者になれば魔法についての能力も上がる。それは代々力の強い者同士で婚姻を結んできたためであり、だからこそ、彼等は黒い瞳を嫌悪し排してきた。
そんな彼等は例え皇族の血筋であろうとも、魔法の才のないヴァレリーを下に見ることが多い。彼が剣の腕のみで、その存在を示して見せた今でもだ。勿論全ての者がそうでは無いが、そんな者たちがジゼルの瞳の色を知れば面白くないだろう。そして何かとその能力に難癖を付けてくることも考えられる。
「プライドが高く、頭の硬い連中は素直に認めることはしないだろう」
「はっ、そんな奴等放っておけばいいだろう」
「そうは言ってもだな、変に絡んで来られてジゼルの他の能力が露見したらどうするんだ。その場合対処するのはお前だぞ」
「げ。……なあ、やっぱりパートナーの話は——」
「嫌だ。ヴァレリーがいい」
厄介な未来を想像したのか、逃げの手を打とうとするヴァレリーに対して断固拒否のジゼル。
「往生際が悪いぞ、ヴァレリー」
「……言ってみただけだよ」
「まあ何にせよ、表向きは適当な属性にしておき、真実は当分隠す方向で行くのが面倒は少ないでしょうな。都合の良いことに、瞳を隠す正当な理由もある。何より治癒を扱う光属性はまだ謎の多い属性。故にパートナーが殿下でも、また謎が増えたとでも言っておけば良いでしょう」
「そうだな。というか、それしか無いだろうな」
「なら属性はどうする? 向こうで試してない水にでもしておくか?」
「いや、それよりも——」
周りが政治的な話をする中、興味のないジゼルは先程使った転移魔法の改善点などを考えていた。
「——ル、ジゼル、聞こえているか?」
「……ん?」
「お前の話だろうが、何ボーッとしてんだよ」
「まぁまぁ。あのですね、ジゼルさんは魔法が得意でしょう? なので瞳の色を変える魔法など使えないかなと」
「瞳の色の変え方?」
「はい。どうですか?」
「これは変えてるんじゃなくて、勝手に変わってるだけだから」
「……はい?」
「……あっ、…………んふ」
そのため、聞かれた事に何も考えず答えてしまい、失言に気づいたジゼルは誤魔化そうとしたものの、人付き合いの苦手な人間にそんなスキルがあるわけも無く、変な笑い方しか出来なかった。
「んふ、じゃないんだよ」
「あぅ……」
「おい。どういうことか、ちゃんと説明しろ」
ジゼルの頬を両手で掴んだヴァレリーは、横に伸ばしながら詰め寄る。余談だが、割とよく伸びた。
「まさか態々黒に変えている、のか?」
「……」
「殿下、それでは喋れませんぞ」
「……で、色変えてんのか?」
「……」
「おい。俺はお前のパートナーだろうが。隠し事すんなら無かった事にするぞ」
「! 分かった。喋る。でも……」
その時、クロヴィスがパスカルを伴って立ち上がると、姿勢を正し口を開いた。
「陛下、パスカルも特に異常はないようなので、我々は退室いたします。先程のことで騒ぎになっていないかも気になりますし、確認とそのまま扉前の警備に移ります」
「……何かあればお呼び下さい」
ラウルが頷くのを確認すると、二人は部屋の外へと出て行った。
そしてそれを見て小さくため息をつくジゼルを横目に、ヴァレリーが呟く。
「相変わらずクロヴィスは、空気を読むのが上手いな」
「ははっ、いい側近に恵まれたよ」
会話の途切れたタイミングで、全員の視線が再びジゼルへと向く。
「前に、光に弱いって話をしたと思うんだけど、それで、少しでも楽にするために魔法で視界を少し暗くするっていうか、瞳に膜を貼るような魔法をいつも掛けてる。その影響なのか、黒く見えるみたい」
「魔法のことはよく分からんが、理由は分かった。ただ、何で今まで黙ってた? 黒い瞳が厄介なのは説明してあっただろう」
「元の色も、多分普通じゃないから」
「普通じゃない?」
「昔から母親には隠す様に言われてた。なんか気持ち悪いみたい」
「お母様に?」
「気持ち悪いってのは、たまたま他の人に見られちゃった時に言われたの」
「我々はその様なことは絶対に言わないと約束しよう。だから一度、その元の色を見せてくれないか?」
ラウルの言葉に、一度ヴァレリーを見遣ったジゼルは頷いた。隠し事をしてはいけないのだ。
ジゼルはベールを捲り上げ、そしてその下にある閉じていた瞼が開かれた時、全員が息を飲んだ。
それは黒とは真逆の光輝く瞳だった。
柔らかな銀色が滲み、見る角度によっては違う色彩が浮かぶ様は、まるで宝石のオパールを彷彿とさせる。
そして薄い膜が張ったかと思うと、大粒の涙がポロポロと溢れる様子に全員がハッとした。
「やっぱ眩しい。……どう、ヴァレリー。気持ち悪いと思う?」
そしてその言葉と共に、近距離から覗き込まれたヴァレリーの動揺は酷かった。
「……!? いや、……俺は、別に……そんなことないと思うが。てか、近い!」
ジゼル相手に少し見惚れた自分に気づき、その照れ隠しからかどことなく早口で喋るヴァレリーの言葉に、ジゼルの瞳が数回瞬くと柔らかく細まった。
「それなら良かった。でも、なんか……改めて人に見せるのは恥ずかしいね」
白い頬を少し朱に染めて微笑む姿は儚げで、瞳の色もあってかどこか人間離れして見えた。しかしやはり辛いのか、少し顔をしかめると軽く数度瞬き、黒色の瞳に戻っていた。
「実はね、レベッカには一回見られてるんだ」
「はあっ?」
「それは……、何も報告は受けていませんが、いつ頃に?」
「砦にいた時。夜はたまに魔法かけてなくて、その時偶然部屋に来たから。……でもレベッカのこと怒らないで。絶対に誰にも言わないで欲しいって、僕がお願いしたんだ」
あの時の彼女は、目と口を大きく開けて数分は固まっていたんじゃないだろうか。
しかしその後の接し方にも悪い変化は見られず(むしろ元の色をとても気にいったようだった)、自分との約束も守ってくれていたことに、ジゼルは胸の内が暖かくなるのを感じた。
「何か問題が起こる前だからまだ良かったものの。はぁー、……罰は与えないが、流石に注意はするぞ。もう他に隠し事はないだろうな?」
「ないと思う……?」
瞳も隠しているというよりも、生活していく上で不便なため魔法を使ったら偶然色が変わり、それでも昼間は眩しいのでフードを被っているだけだった。
ただジゼルの母親は隠したがっていたし、周囲の反応も良くなかったため、無意識に隠そうとしていたとこもあったのかもしれない。
「ならこれからは魔法と一緒で、周りにはその瞳もしっかり隠せよ? ……なんか不安しかないな」
「ははは。まぁこれからは何かあれば直ぐ報告するように。ヴァレリーに言いにくければ、そのレベッカでもいい」
「うん」
「それにしても……、黒い瞳ながら魔法が使えていた訳ではなく、そもそも色が違っていた訳か……」
「全属性が扱える者はジゼル君のような色になる、ということでしょうか?」
「さてどうでしょうなぁ。何せそんな者がいた例など聞いた事がありませんから」
ふと、ジゼルの瞳を見つめていたラウルが零す。
「しかしこうして見てみれば、元の瞳の輝きが薄らとだが分かるな」
「どれどれ。おぉ、これは確かに。しっかりと見なければ分かりませんので、そこまで目立ちませんが」
「ジゼルの御母堂の考えは正しいだろう。その瞳は隠した方がいい。魔法とベールで余程のことがなければバレないとは思うが、レベッカの例もある。これからヴァレリーと一緒にいるのなら、今まで以上に気をつけるように」
「……分かった」
神妙に頷くジゼルの横で、その横顔をみながらヴァレリーがポツリと言葉をこぼす。
「でも勿体ないよなぁ。折角あんなに綺麗な色してんのにな」
「綺麗?」
「そりゃ、俺みたいなただの真っ黒よりキラキラしてて綺麗だろ」
「……ありがとう」
ストレートな褒め言葉に照れたのかベールを下ろして顔を隠すジゼルだが、うっすらと染まる頬と僅かに持ち上がる口元は隠しきれなかった。




