16 - 常識外
「怒らないって、いや、……は? あぁー、取り敢えず直ぐに扉を閉めろ! 他のやつに見られてないだろうな? そこの二人は部屋の周辺を見回り、不審人物がいないか確認してこい」
「お前達はこのままこの部屋に。パスカルは一応そこの椅子に座るんだ。クロヴィスは彼を少し気にかけておいてくれ。何か異変があれば直ぐに言うように」
ヴァレリーとラウルの指示に、周りは直様動き出す。
そして少しバタバタとする中、ジゼルたちもまたソファーへと座った。
少し違うのはジゼルたちの正面にバルナベとジェレミーが座り、その間の一人掛けソファーにラウル。少し離れた場所にパスカルともう一人の騎士クロヴィスが増えた。
「ふぅ、……展開が早すぎて理解が追いつかないな。質問しつつ整理していくから、それにジゼルは答えてくれ。二人も聞いておくんだ。先程の出来事の説明でもある」
ジェレミーの淹れた紅茶で一息入れたラウルの言葉に、ジゼルと視線を向けられたパスカルとクロヴィスも頷く。
「まず、先程私たちがいた場所は北の砦近くにある森で間違いないか?」
「うん。帝国で僕が知ってる場所は少ないから。一応騒ぎにならないように人のいないだろう森にしておいた」
「その言い方だと、知っている場所にしか行けない?」
「知ってる場所っていうか、多分行ったことのある場所にしか行けない。その場所にある自分の魔力を目印に移動するから。あ、だから魔法を使ったところじゃないと無理ってことかな……」
北の森では隠れた時に使った結界と、レベッカのパートナーの治癒をしたことで微かに魔力の残痕があった。
そもそも転移の魔法は、帝都に来る際に通った転移ゲートを模倣したもので、繋いだ魔力間を移動するものだ。
そのため、魔力そのものではなくゲートの様に魔力の込められた何かがあれば、もう少しスムーズに転移が出来るかもしれない。
説明しながらも色々と試したくなったジゼルは、逸る心に思考を持っていかれそうになっていた。
「分かるようで全く分からん」
「使っているのは無属性魔法でしょうが、転移となるとほぼ固有魔法みたいなもの。使えない者には説明も理解も難しく、それ故に未だ転移ゲートの詳しい解明もされておりませんからのぅ」
「しかしジゼルは一度転移ゲートを通っただけで、その仕組みを理解したということか」
「才能でしょうな。恐ろしいほどの……」
バルナベの言葉に再び全員の視線がジゼルに向く。
「おい、転移ゲートは今日初めて通ったんだぞ? なら魔法も、さっきのが初めてってこと、だよな……?」
「ちゃんと成功して良かった」
その言葉に質問したヴァレリーは勿論、全員の顔から血の気が引いた。
「取り敢えずは、だ。ジゼルは私が頼んだ魔法を見せるため、北の砦近くの森へ我々を連れて転移した。そして戻ってきた所で、我々の気配が無くなったことに気づいてこの部屋へ来ていたパスカル達と遭遇。先程の出来事になる訳だな」
「一度は剣を下げたとはいえ、お前よくあいつの動きに反応できたな?」
「んー、魔力の揺らぎみたいなのが分かるから。でも分かったところで僕自身は早く動けないから、攻撃が届かないようにするの」
「それで腕を切り飛ばしたって?」
「違う違う、僕がやったのは結界を張っただけ。ただあのお兄さんが思ったより早くてタイミングがズレて腕だけこっちに来ちゃった感じ。それでポロッて」
「……おい、それじゃあタイミングによっては身体が半分になってたかもしれないってことか?」
「そこまでズレることはないと思うけど、やろうと思えば出来るよ」
ジゼルの説明を聞きながら何とは無しに腕を摩っていたパスカルは、凍りついたように動かなくなった。
同じく隣にいたクロヴィスも冷や汗を流す。
「なんつー魔法だよ」
「魔法の発動速度があってこそのものですかな。遅ければ攻撃を受け、早ければ普通の結界のように弾かれる。しかし一瞬で結界が張れると透過した部分は切断されてしまう。まあ、これはおいそれと出来る者はおらんでしょうなぁ」
「それは良かった。あんなことポンポンされたら俺たち剣士は終わりだからな。お前も、身を守るためなら仕方がないが、今回みたいにならないようにもう少し考えて使えよ」
「はーい」
ジゼルの軽い返事にヴァレリーは胡乱な視線を向けるが、諦めて再び真剣な表情で周りを見渡す。
「……まあいい。そこも気になるが、それよりも切り離された腕がまたくっついている方が重要だ。まず間違いなく治癒魔法なんだろうが、切り傷ならまだしも取れた腕が簡単にくっつくなんて俺は初めて見たぞ」
「私も初めて見た」
「私もありませんな。まあ、聖国ではそのような事も出来ると聞きますが……(しかしそれも数人がかりで行う術だったはず)」
バルナベの横でジェレミーや、他の二人も頷いていた。
「腕があったからくっつけたけど、無かったら生やすことも出来るよ」
事もなげに言ってのけるジゼルに、全員が自分の耳を疑った。
しかしこの魔法も完璧という訳ではない。
再生すると新しくなるため、腕の場合ならば長さはともかく太さは異なる。恐らく必要最低限の筋肉のみになるからだ。
そのため元通りにするにはある程度の時間をかけ、自分で頑張らなければならない。
「それは、実際にやったことが?」
「うん。一回魔物に右の肘から先を食べられて。怪我を塞ぐ時に、手がないのは不便だなって思ったら生えてきた。でも凄い細くて動かしにくいし、力も上手く入らないからなかなか物を掴めなくて。暫くしたら元通り動かせるようになったけど、あれは大変だった」
話しながら軽く袖を捲り右腕を見せるジゼル。
その腕はとても一度無くなったようには見えず、むしろ傷などとは無縁そうな白く滑らかな肌をしていた。
「手が生えた(?)後、もう一度治癒魔法を使って元通りにすることは?」
「それは無理。治癒魔法は治す魔法だから。たとえ元通りじゃなくても、そこに傷がなければもう終わりなんだと思う」
「これは……、聖国の者たちが聞けば確実に取り込みに来るだろうな。いや、聖国に限ったことではないか」
「そうでしょうな」
ラウルは背もたれにもたれ掛かかると、肘掛けに右肘をつき手に顎を乗せると一度目を伏せた。
そして何か考えが纏まったのか、再び視線をジゼルへ向けた。
「時にジゼル。パートナーにヴァレリーを望んだが、もしそれが叶わない場合はどうする?」
「怒るかも……?」
「……はは、そうか。あー、よし、正式にジゼルのパートナーとしてヴァレリーを付ける。異存はないな?」
視線を向けられたヴァレリーは不服そうにしつつも頷いた。
心情はどうあれ、さすがにここで拒否する言葉は出ない。何よりジゼルを帝国に置く価値は大きい。自分一人が我慢すれば良いのなら安いものだろう。
「むふ。これで堂々とくっついていられる」
「何だその変な笑い方は。そもそも散々くっついてるだろうが……。あぁ! そうだ! お前、さっきの、森でのアレなんだよっ!?」
「?」
口元を拳で隠した顔の赤いヴァレリーの突然の言葉に、意味が分からず首を傾げるジゼル。
「あ〜、アレは面白かった。ヴァレリーが珍しく呆けていたな」
「ほっほっ、鮮やかな手並みでしたな」
「そもそもヴァレリーの場合は、手を握れば勝手に魔力が流れていくんじゃないか? 魔力譲渡のやり方も何もないだろうに」
「あっ!」
「普通に考えれば分かりますが、まぁあの状況では仕方ないかもしれませんね」
悔しそうなヴァレリーとは反対に楽しそうな面々。
「でもレベッカがよくしてたよ?」
「ぁん?」
「だから、こうやって」
そう言いながらヴァレリーの頬に口付けるジゼルと、突然のことに避けることも出来ず固まるヴァレリー。
そしてその様子を微笑ましくまたはニヤニヤ、興味深そうに見るいくつもの目。
「〜〜っ! あそこは恋人同士だろうがっ! あ"ぁー、これからずっとこんな感じなのか? 勘弁してくれ……」
顔を手で覆い天井を見上げるヴァレリーと、その横にぴったりと張り付くジゼルの、長く続く攻防戦はここから始まる。




