15 - 規格外
頬にあたる生温い風、椅子に座っていたはずの足が踏み締めたのは柔らかい絨毯ではなく、土と草の生えた地面。目に映る木々に濃い自然の匂い。
そこは紛れもなく森の中だった。
ジゼルが指を鳴らしたと思ったら、気づけば部屋の中にいたはずの五人は外に立っていた。
座っていたソファーが消えたため、魔法を使ったジゼル以外は少し体勢を崩したものの、なんとか転ばずに持ち堪えた。
たとえその心中がどんなに荒ぶっていようとも。
「これは……」
「何が、起こった?」
「この場所は……」
「ここは初めてレベッカに会った場所。転移魔法って言うのかな? どう? 凄い? 結婚したくなった?」
「「「……」」」
「……これは、また反応に困りますなぁ。老いぼれにはなかなか応えますぞ」
「(椅子は一緒に来ないんだ……)ならここに用は無いし、もう戻ろう」
取り敢えず、レベッカが凄いと言っていた魔法が使えそうだったので使っただけであり、この場所には特に用はないのでまた戻ることにした。
「思ったより魔力使うなぁ。距離と人数に関係がある?」
ジゼルはそう小声で呟くと、徐にヴァレリーへと手を伸ばす。
「じゃあはい、ヴァレリー」
「……何だ?」
「帰るから、魔力ちょーだい」
「え? あ、あぁ」
突然のことに頭の働かないヴァレリーは、差し出されたジゼルの手を反射的に握り返すも、どうすればいいのか分からなかった。
それも当然だった。元々する機会など無く、これからも無いと思っていたために、この手のことに関しては経験も知識も無かったのだ。
つまり、やり方を知らないことに今更気づいた。
「あー、どうやるんだったか……?」
「分からないの?」
「ちょっと待て」
「もう、しょうがないなぁ」
ジゼルは何処か楽しそうにそう言うと握ったヴァレリーの手を引っ張り、反対の腕を近づいたヴァレリーの首に回し引き寄せると同時に、自分は少し背伸びをした。
軽いリップ音の後、離れたジゼルはイタズラが成功した子供のように舌を出した。
「ヴァレリーって意外と隙だらけだね」
その言葉にヴァレリーが目を見開き何か言う前に、再び指の鳴る音がした。
◇◆◇
一方、ジゼルたちのいなくなった城の一角では、少々騒ぎが起きていた。
「——新しい魔法を見せてあげる」
隣の部屋からこの言葉が聞こえた次の瞬間、部屋にあった五つの気配は突然消えた。
二人の騎士が急いで室内へと駆け込むも、誰の姿も見当たらない。
部屋の中を確認するが怪しい所、不自然なもの、何らかの痕跡なども一切見当たらない。
「くそっ! どうなってんだ? 何処へ行った!?」
「……一瞬で消えたな」
「何をそんなに落ち着いてんだよ! 陛下が攫われたんだぞ!」
「大きな声をだすな、騒ぎになるとまずい。それに皇弟殿下や魔術師団長も一緒だ、治癒師(?)一人に遅れをとることはないだろう」
「だがっ——!!」
一人がまた何か言おうとした時、部屋の中央に強い魔力を感じた二人は急ぎ抜剣しそちらへと構えた。
そして空間が歪んだように見えた後、現れたのはよく知る四人と一人の見慣れぬ姿。
騎士の二人は当然その一人に剣を向けた。
「! ……びっくりした。なにこの人たち」
「陛下、皆様もご無事ですか?」
「貴様! 陛下を拉致するなどと、どういうつもりだ!」
「拉致?」
「待て、私は別に拉致された訳ではない。こうしてすぐ戻って来ただろう? 二人とも落ち着いて、取り敢えず剣を下ろすんだ」
「しかし……!」
「これは命令だ」
「「……御意」」
ラウルの言葉に大人しく剣を収めた様に見えた二人だったが、その内の一人、茶色の短髪の男が動いたと思った次の瞬間、——腕が落ちた。
剣を握ったままの右腕は、丁度全員の真ん中辺りの床に落ちた。
「「パスカル!」」
ラウルともう一人の騎士が駆け寄り、腕を飛ばされた事により体勢の崩れたパスカルと呼ばれた男を支える。
そして全員の視線はおのずとジゼルへ向く。
「……向こうが先にやった」
「パスカル……」
何故指示に従わなかったのかと視線で問うラウルに、パスカルは答える。
「少しっ、脅かしておこうかと、思ったんです。はぁ、もう二度と、っ陛下方に対して、この様なことをしない様に。ぅぐっ、勿論当てるつもりはっ、ぁりませんでした……」
その言葉にラウルはため息を吐き、ヴァレリーは額を押さえた。
応急処置として斬られた場所の上をきつく縛ってはいるが、すでに大量に出血している。このままでは命に関わるだろう。
皇帝の前で、その護衛の腕が斬り飛ばされているのだ。騒ぎになるだろうが放置も出来ない。
ヴァレリーは、扉のところで固まっていた隣の部屋から来た他の者たちに指示を出そうとしたところで、視界の端に腕を拾っているジゼルを捉えた。
「急に剣を向けるから……、そういうことしたらいけないんだよ?」
ジゼルは腕を持って話しながらパスカルに近づき側にしゃがみ込む。
警戒する相手を無視しながらその腕を切れた場所に当て、切断面を掌で覆った。
すると光の粒が掌に集まり、暫くして光が消えてジゼルが手をどかすとそこには、再び身体に繋がる腕。切れた布やそこに付いた血液以外、何事も無かったかの様な腕があった。
「握って」
「……え?」
「手を握って。次は開いて、また握って。一本づつ動かしてみて。……うん、大丈夫そう。今は違和感があると思うけど、少し経てばそれもなくなるから」
自分の身に起こったことがよく分からず、言われるがままに動いていたパスカル。
それを見て大丈夫だと判断したジゼルは、身を翻してヴァレリーへと抱きついた。
「腕はちゃんと治したよ。怒らない?」
ジゼルは前に魔法で兵たちに怪我をさせ、怒られた時のことを思い出していた。
今のジゼルはヴァレリーが一番なので、怒られたり、嫌われたくないのだ。決してパスカルを案じての行動では無かった。




