13 - 魔力
「僕のものになってよ、ヴァレリー」
ジゼルの発言は周りには聞こえていなかったものの、そのままその場にいる訳にもいかず、呆然としたヴァレリーとそこにひっつくジゼルをジェレミーが少々強引に引っ張り、切り上げてきた。その際、「楽しそうなので後で行く」と言って笑った皇帝に、頬を引き攣らせていた。
そして場所は移り、ここは城の一室。
ジゼルはと言うと、あれからずっとヴァレリーの腕にしがみついたまま。状況を飲み込めず未だ呆然としているヴァレリーと共に、隣り合ってソファーへ座っている。
更にその正面には、少しして本当に来た皇帝がその様子をどこか面白そうに見ていた。
「さて。先程のことだが、ヴァレリーをパートナーに望んでいるということで良いか?」
「うん。ヴァレリーが欲しい」
そう言うジゼルに、ヴァレリーは目を見開いて自分の腕に引っ付いている相手を見つめた。
「ははは、欲しいか。まるで嫁に出すみたいだ」
「はあ!? なんだよ嫁って! 普通は婿だろ! いや、違う、パートナーの話だろ!? え、何、違うのかっ?」
「ヴァレリー、少し落ち着いて下さい」
「いやいやいや。無理だろ! この状況!」
「……嫁。うん、貰う。結婚する」
「「え」」
「ほらーっ!?」
冗談で言っていた皇帝と、冗談だと思って聞いていたジェレミーは、ジゼルの返事にそのまま固まった。
「ジェレミーは拒否権ないって」
「それはパートナーについてであって、結婚は別だ! 当たり前だろう! ん? てか待てよ、そもそもお前男じゃ……?」
「ヴァレリー酷い。僕は女の子だよ」
「え、まじで?」
錯乱していたはずのヴァレリーが、何故か一番ジゼルと会話が成り立つという不思議な状況になりつつも、視線を向けられたジェレミーは咳払いを一つすると、話の輪に加わった。
「コホンッ……私も最初は男の子だと思いました。背も割とありますし、声も高くなく身体つきも顔も見えませんでしたから。何より一人称が“僕”でしたし。しかしフードを取った素顔を見れば、さすがに違うと分かりますよ。勿論、レベッカも分かっていますよ。世話係ですし」
「え、だってお前、そんな事一言も……」
「それは言わなくても分かると思ったからで、というか、本当にずっと男の子だと思っていたんですか?」
呆れた様子のジェレミーの言葉に、目が泳ぐヴァレリー。
改めて隣を見てみる。服は男女共通ではあるが、そこから覗く細い首や手首、フードが無くなり見えるようになった顔の輪郭や手入れのされた長い髪。言われてみれば確かに、所所に女性らしさがある。気がする。
あれこれ考え難しい顔をしているヴァレリーを見て、ジゼルが動いた。
「確かめてみる? ほら」
「何を……って、おいっ!」
徐にヴァレリーの手を掴んだジゼルは、自身の胸にその手を押し付けた。
「大きくはないけど、ちゃんとあるでしょ? 分かる?」
「止めろ! 分かった! 俺が悪かったから!」
そのやり取りをみていた皇帝は、我慢出来ないと笑いだした。
「ふっ、あはははっ! ジゼル、本当に君はヴァレリーを気に入っているんだね?」
「うん」
「……」
「……そうか」
その言葉に何処か安心したような、嬉しそうな表情をした皇帝だったが、次の瞬間には赤らんだ顔で眉根を寄せるヴァレリーを見て、困ったように眉を下げた。
「君が私の弟を、結婚したいと思う程気に入ってくれたことはとても嬉しい。しかし、そもそもパートナーでさえ難しいだろう」
「……弟?」
「ん? あぁ、そうか。君は帝国の人間ではなかったね。では改めて、私はラウル・アルヴァティア。帝国のトップでもあり、そこのヴァレリーの兄だ。母は違うけれど、どことなく似ているだろう?」
今はヴァレリーの兄として話しているのか、謁見の間で見たものとは違う優しい表情のラウルと、どこか気まずそうな表情を浮かべるヴァレリーを見比べるジゼル。
見覚えがあるような気がしたのはこういうことだったのかと、納得して頷くも直ぐに首を傾げた。
「でも名前が?」
「あぁ。まあ色々とあってね、ヴァレリーは早々と継承権を放棄すると臣下に降ったんだ。だから今は私とは違うグランデ性を名乗り、公爵の地位についている」
「なるほど……」
「……なんだよ?」
「別に。それより何で難しいの? 拒否権ないのに」
「さっきからそればっかりだな、おい。……そもそもお前は、何で俺をパートナーにしたいんだ? 魔力が合うかも分からないのに」
「初めて会った時からヴァレリーのことは気になってた。それから色々と話を聞いて、魔力が原因って分かった。それに魔力の相性ならバッチリだよ」
「は? 何で相性いいのが分かるんだよ? 俺はお前に魔力渡したことないだろ」
「貰ったよ? だってヴァレリー、魔力垂れ流しだから」
「っ!」
通常魔力は体内にある器官に入っていると言われている。
魔法を使う時はそこから引き出してくるのだが、稀に無意識に魔力を体外に放出してしまう者がいる。彼等は総じて魔力を認識することが苦手なため、気付けないし治せない。そのため魔法も上手く使えない。
更に感情の起伏によって爆発的に魔力が流れ、周囲の者に魔力酔いなどの悪影響を及ぼす事もあった。
そしてその者たちの瞳はだいたいが黒く、彼等が厭われる所以でもある。
その上魔力の多い者になると、更に困ったことになる。
ヴァレリーは取り分け魔力量が膨大だった。
そのため感情の起伏に関係なく、昔から常に多量の魔力が漏れていた。
現在は魔道具によって抑えられてはいるが、感情が昂るとそれもあまり意味はない。
そしてそれ以前、溢れ出る魔力の所為で人々に敬遠されることが多かった彼は、今では自ら人を避けていた。
今のジゼルの言葉は、ヴァレリーにとっては悪い意味で昔から言われてきたことであり、無意識に表情が硬くなる。
しかし、ジゼルの言葉はそれだけでは終わらない。
「だから近くにいるだけで魔力がすぐ回復する。砦にいる時から不思議だったんだよね。あ、でも魔法使う時に急に触られると、魔力込めすぎちゃうけど」
「……謁見の間でのことですね?」
「そう。それに、ヴァレリーの側に居ると凄く落ち着く。最初は初めての感覚に戸惑ったけど、すっごくいい匂いがするし、なんかふわふわしてほわほわしてて。こうして隣にいると、この魔力に包まれてる感じが堪らない」
くんくんと匂いを嗅いだ後、両手を自分の頬に当て何処か恍惚とした様子で語るジゼルは、隣の男が愕然とした表情の後、顔を真っ赤に染めたことに気づかなかった。




