12 - 想定外
開かれた扉の先には大勢の人の気配。
今までならばフードによって隠れていたが、今のジゼルの視界は広い。
左右に分かれて立ち、歩く者たちを見ていた人々は程度の差こそあれ、皆ジゼルを視界に入れると一様に驚いていた。
人の多さに辟易し小さくため息を零すジゼルと、周りの反応に、そうなるよなと思いながらも無表情で足を動かすヴァレリー。
サークレットについた装飾が時々鳴らす、シャランという澄んだ音が、またなんとも言えない雰囲気をプラスさせる。
当のジゼルは奥の少し高い位置に座る男に、何処か見覚えがあるような気がしていた。
そして前を歩いていたヴァレリーが止まり跪いたのを見て、ジゼルはジェレミーに目を向けると考えるのは止めて小声で出される指示に従う。集中しないとこの服での動作は難しい。
「皇帝陛下に拝謁致します。北の国境での任を終え戻りました。詳しい内容はこちらの報告書に」
「ご苦労。迅速な対応は流石だな第三騎士団長。国境でのことについては、後で私からも幾つか聞きたいことがある」
「御意。それともう一つ、後ろにおりますのが国境にて保護した治癒師です」
「手紙にあった者だな。なんでもなかなかに優秀だとか。しかしまた、随分と雰囲気のある子だ」
「はい、名はジゼルと申します。この者は生まれつき瞳が悪く光を苦手とするため、今も陛下の御前ですが光を遮断する魔法具を取れぬことお許しください」
「ふむ。顔を見れぬのは残念だが、そういった理由ならば致し方あるまい。貴重な治癒師だ、歓迎する」
「寛大な御心に感謝致します」
ヴァレリーの言葉に合わせてジゼルも更に頭を下げた時、皇帝に近い場所にいた男が口を挟んだ。
「……恐れながら陛下、国に所属するならば顔が分からぬのは問題がありましょう。あの者が良からぬことを考えないとも限りませんし」
「しかしこの場で魔法具を取れとも言えぬだろう。無闇に貴重な治癒師を傷つけたくはない、後で無理のない範囲で見せてもらおう」
「そもそも、まだ治癒師としての能力を確認しておりません」
「あぁ、そうだったか。久方ぶりの治癒師に気持ちが急いてしまったな。では、準備を」
「はっ」
「確か第三騎士団にそのまま所属するのだったな」
「はい、陛下。ジゼルが加わることにより今まで以上に帝国に貢献できるでしょう」
「しかし何かあれば責任は団長である、お前にあることを覚えておくように」
「御意」
予定調和なやり取りが順調に進んでいく中、やはり口を挟む者が現れた。
「お、お待ち下さい! 貴重な治癒師を第三騎士団などという危険な場所へ配属するのは如何なものかと……! 他の者たちと同じく城に置くべきです。うちの息子に面倒を見させましょう、治療班にいる息子なら適任かと思います」
思惑がすけすけな言葉に「結局自分のとこで囲いたいだけだろうが」などと小声でボヤいたヴァレリーは、ジェレミーに睨まれていた。
「しかしなぁ、ヘーグバリ侯爵。第三騎士団の訴えも無視出来ぬのだ。確かに危険な仕事も多いが、一番怪我が多いのも彼等である。なればこそ治癒師が一番必要な者も彼らであろう。それにジゼルは冒険者だったと聞く。本人の承諾もあるうえに他の治癒師達に比べ、任務に付いていくのに向いているのではないか」
「それは……」
ヘーグバリ侯爵と呼ばれた男が言葉に詰まったタイミングで、「準備が出来ました」という声が聞こえた。
「それではこれよりジゼルの治癒能力の確認を行う」
皇帝の言葉にさまざまな怪我を負った騎士が五人並べられる。そして彼等と向き合う様に案内されたジゼルは大人しく合図を待つ。
途中微妙な横やりが入ったものの、ここまでは予め決められた流れだった。
「では、君には彼等の治癒をしてもらう。全員を治す——」
「あ、ちょっと待て!」
「え? あ……」
怪我人の近くにいた者が説明をしていたが、ジゼルは最初の部分を聞くなり、やっと出番が来たかと手を伸ばしすぐに魔法を使おうとした。
それに気づいたヴァレリーが、伸ばされたジゼルの左腕を掴んだものの、ジゼルの気の抜けたような声とともに魔法は発動してしまった。
「——必要は、ないと、言おうと思ったのだが……」
驚きに言葉の続かない男の周り、いや、かなりの広さを持つ謁見の間全体にまで、光輝く粒が舞う。治癒の光だ。
指定された騎士だけでなく、この場に集まった貴族たちの上にも。
「〜〜っ! なんでこんな広範囲に……っ」
「……ヴァレリーが急に掴むから」
「あ? あぁ、驚かせたのか? いや、それにしたって……。そもそも俺はただ、お前が話も聞かずに動くから止めようとだな……」
ヴァレリーの声にならない叫びの後に小さい声で怒られたジゼルだが、自身もこんな広範囲に魔法を使う予定は無かった。魔力がもったいないから。
しかし起こってしまった。あまりよくないタイミングで。
驚きに固まっていた周りが動き、騒ぎ出し、様々な思惑のこもった視線がジゼルへと向く。
無詠唱や、相手に触れることなく出来る範囲魔法は砦での出来事で露見しているので仕方がない。そもそもジゼルはそれ以外のやり方を知らないと言うのだから。
そのため軽く数人の治癒をさせるつもりだった。
予め程度の軽い怪我人を用意しておくようにも頼んでいた。
変に目立って魔法も使えることもバレかねないためだ。そもそも治癒師というだけで珍しくて目立つのだ。今は更に自身の失策で見た目も目立っている。
どうしたものかとヴァレリーが内心で悪態をついていると、突然ジゼルが体勢を崩し、もたれ掛かかってきた。
「ジゼルさん! 大丈夫ですかっ? あぁ、魔力の使いすぎで疲れたんですね」
「え?」
「! あ、あぁ! そうだな、直ぐに休んだ方がいいだろう。陛下、治癒師としての力は十分確認出来たと思いますので、我々は一度下がらせて頂いても宜しいでしょうか」
「……許可する」
「ありがとうございます」
突然何かに膝裏を押されて体勢を崩したジゼルは、犯人であろうジェレミーの言葉に頭の上に疑問符が浮かぶが、続く会話にどうやら部屋に戻ることになったらしいと理解した。
ここを出られるなら何でもいいと、そのままヴァレリーに支えられその場を後にしようと動き出した所、また違う声が響いた。
「お待ち下さい!」
「チッ」
「どうやらその治癒師殿は魔力不足の様子。この機会にパートナー候補を決めてはどうでしょう?」
「そうです。せめて属性くらいは教えて頂きたい。もしかするとうちの者が力になれるかもしれません」
「私のところにも魔力の多い者が大勢おりますれば——」
笑顔で小さな舌打ちをしたジェレミーを、ジゼルは思わず二度見した。
酷くなるざわめきを収めたのはやはり一番偉い人。彼が手を挙げ椅子から立ち上がるのを見るや、全員が口を閉じた。
「今日はこのまま下がらせる。慣れぬ環境にも疲れたのだろう、少しゆっくり休ませ、パートナーも急がず慎重に決めて行けばよかろう。それでよいか?」
ジゼルたちに向かって歩きながら喋り、正面へと来ると優しく微笑んだ。
しかし話を向けられたジゼルは首を横に振ると、そのままヴァレリーの腕に抱きついた。
「……なんだ?」
「ジゼルさん……?」
ヴァレリーとジェレミーの困惑を他所に、何処か楽しそうに皇帝が口を開く。
「治癒師殿は随分と第三騎士団長に懐いているようだ」
その言葉に何とも言えない顔をするヴァレリーだったが、続くジゼルの言葉にさらに困惑することになる。
「パートナーはもう見つけてます」
「「は(え)?」」
「ほう、それは真か?」
皇帝の言葉に頷くと、ジゼルは更にしっかりとヴァレリーの腕を抱き込み言葉を続ける。
「選ばれた相手側に拒否権はないって、ジェレミー言ったよね」
「え? ああ、パートナーの話ですか? 確かにそう言いましたが……え? まさか……!?」
「はは、これは面白い」
「おい、冗談だろう……?」
ジゼルは抱き込んだヴァレリーの腕に頬を寄せると、呆然と自分を見つめる顔を見上げて、口元に笑みを浮かべると楽しそうに囁いた。
「僕のものになってよ、ヴァレリー」




