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新しい人生の始まり

新しい人生の最初の朝は、鐘の音とともに始まった。


耳を痛めるほど大きな音ではなかった。


しかし、その深い響きは修道院の壁を通り抜け、建物の最も静かな場所にまで届いていた。


一つ。


続いて、もう一つ。


そして、三つ目。


鐘の音は眠りに包まれていた修道院中へと広がり、夜明けの訪れを告げていた。


私は目を開けた。


少なくとも、目を開けたつもりだった。


視界はまだぼんやりとしていた。世界は淡い形と、にじんだ色の集まりとして見えていた。


頭上にある天井は粗い石で造られており、近くの窓から差し込んだ細い朝の光が、その表面を照らしていた。


空気からは、温かい湯と清潔な布、そして燃えている蝋燭のかすかな匂いが漂っていた。


数秒間、私は自分がどこにいるのか思い出せなかった。


やがて、記憶が戻ってくる。


前の人生。


大阪。


祖父。


蓮。


美優。


屋上。


落下。


死。


そして――


死の向こうにあった闇。


光と影の狭間に存在していた奇妙な領域。


私の意識に語りかけてきた声。


その顔を見ることを許されなかった、私を産んだ女性。


修道院。


あの修道女。


失敗した命名の儀式。


隠された神殿。


祝福。


そして最後に……。


アドリック。


それが、今の私の名前だった。


中村明ではない。


失われた人生に属する名前でもない。


アドリック。


私は小さな揺り籠の中で、じっとしていた。


身体は弱く、いまだにほとんど自由に動かすことができない。


指をわずかに動かすことはできる。


努力すれば、首の向きを変えることもできる。


泣くことだけは、身体が確実に行える唯一の行動のようだった。


奇妙な感覚だった。


私の精神には十八歳の少年の記憶がある。


しかし、その身体は生まれたばかりの赤ん坊だった。


考えることはできる。


覚えていることもできる。


言葉を理解することもできる。


けれど、立つことも、歩くことも、話すことも、手を自在に動かすことさえできない。


まるで、一冊の本棚いっぱいの知識を持ちながら、扉のない部屋に閉じ込められているようだった。


ユニーク・アトリビュートは、静かに私の意識とつながっていた。


【個体の覚醒を確認しました】


それは、もう分かっている。


【現在の周辺環境は安定しています】


それはよかった。


【個体の身体的発達は、新生児として想定される範囲内にあります】


私は天井を見つめた。


「個体」と呼び続けているが、もう私の名前は分かっているだろう。


【識別名:アドリック】


なら、その名前を使ってくれ。


短い沈黙があった。


【アドリックが覚醒しました】


なぜか、そのほうが少しだけ気分がよかった。


理由は自分でも分からない。


おそらく、その名前がもう、誰かが私に与えようとしているだけのものではなくなったからだろう。


その名は、私自身のものになっていた。


扉が開いた。


一人の女性が、温かい湯の入った洗面器を持って部屋へ入ってきた。


シスター・エリアーヌだった。


彼女の動きは静かだったが、疲れていることが感じ取れた。


目の下にある薄い影は以前より濃くなっており、いつも落ち着いている表情には、わずかな疲労が滲んでいた。


彼女は洗面器を揺り籠の隣にある小さな机へ置き、こちらを見た。


私が起きていることに気づくと、その顔が柔らかくなった。


「おはよう、アドリック」


空気を通して、私の名前が届く。


私は彼女に答えることができない。


それでも、彼女が近づいてくる様子を見つめた。


エリアーヌは揺り籠を覗き込み、指の背でそっと私の額に触れた。


「よく眠れたかしら?」


私はその質問について考えた。


たぶん、よく眠れたと思う。


もちろん、声になることはなかった。


エリアーヌはかすかに微笑んだ。


「少しずつ、反応が増えてきたわね」


彼女は慣れた手つきで私を揺り籠から抱き上げた。


片手で私の頭を支え、もう片方の手で背中を支える。


前の人生の視点から見れば、彼女はまだ見知らぬ人に近い。


それでも、この数日間で、彼女の存在はすっかり馴染み深いものになっていた。


私が不安になったとき、彼女は抱き上げてくれた。


食事を与えてくれた。


服を替えてくれた。


理由も分からず泣いたときも、そばにいてくれた。


それどころか、私に名前を与えるために必要な力を得るため、異なる次元へまで足を踏み入れたのだ。


その事実は、今でも信じられないほどだった。


知り合ってまだ間もない女性が、私のために命を危険にさらした。


前の人生で、私はずっと、人はいつも誰か別の人を選ぶものだと思っていた。


けれど今、私は少しずつ理解し始めていた。


この世界は、私がこれまで知っていたような人々だけでできているわけではないのかもしれない。


エリアーヌは私を窓のほうへ運んだ。


外では、修道院が目を覚まし始めていた。


中庭は古い石造りの建物に囲まれ、その中央には小さな噴水があった。


何人かの修道女たちが、籠や桶、畳まれた布を運びながら中庭を横切っていく。


二人の幼い子供が屋根付きの通路を急いで進み、その後ろから年上の修道女が声をかけていた。


修道院の壁の向こうには、朝の光を浴びて輝く木々の梢が見えた。


世界は平和だった。


平和すぎるほどに。


私は、別の次元に存在する女神の神殿へ祈りを捧げる場所に生まれた。


七つの鍵が世界と世界の間にある道を開く場所。


命名の儀式によって、古代の魔導器が反応する場所。


それなのに、ここにいる人々が心配しているのは、朝食や洗濯、日々の仕事、そして子供たちがきちんと眠れたかどうかだった。


そのことが、妙に心地よかった。


「今日は、何人かの皆にあなたを紹介するわ」


エリアーヌの声に、私は少しだけ首を動かした。


「まだあなたを見ていない修道女もいるから。あなたが修道院の外で見つかった子供だということは知っているけれど、詳しい事情までは知らないの」


彼女は一度言葉を止めた。


「そして、すべてを知る必要もないわ」


その声が、少しだけ真剣なものになる。


「今のところ、皆には、あなたは捨てられていた子供で、私たちが保護しているとだけ伝えているの」


彼女の腕に、かすかな緊張が伝わってきた。


「あなたの本当の性質は、しばらく秘密にしておかなければならないわ」


ユニーク・アトリビュートが反応した。


【情報の秘匿を保護措置として確認しました】


そんなことは分かっている。


【この措置により、外部からの干渉が発生する確率が低下する可能性があります】


外部からの干渉?


私がさらに考えようとする前に、エリアーヌは言葉を続けた。


「人は、自分が理解できないものを恐れることがあるの。もし誰かが、あなたが人間ではないと知ったら、調べようとするかもしれない。あなたを利用しようとする人もいるでしょう。あるいは、正体を見分けられないというだけで、危険な存在だと決めつける人もいる」


彼女は視線を私へ落とした。


「私は、そんなことをさせないわ」


私は何も言えなかった。


その約束は、簡単なものだった。


けれど、そこには重みがあった。


彼女は、世界全体から私を守れると主張しているわけではない。


彼女自身、私が何者なのか、どこから来たのか、将来何になるのかさえ分からないと、すでに認めているのだから。

それでも、彼女は僕と未知のものとの間に立つことを選んだ。


それだけで十分だった。


今は、それでいい。


エリアーネは僕を揺り籠へ戻すと、朝食の準備を始めた。


僕は、部屋の中を動き回る彼女を眺めていた。


修道院の幼児室は小さいが、清潔に保たれていた。


向かい側の壁際には、誰も使っていない揺り籠が二つ並んでいる。


木製の棚には、畳まれた毛布や哺乳瓶、薬草、それから柔らかな木材を削って作られたいくつかの簡素なおもちゃが置かれていた。


棚の上には、彩色された木製の動物が一つあった。


ウサギに似ている。


ただし、耳は少し長すぎて、身体の形もどこか不格好だった。


おそらく、子供が作ったものなのだろう。


僕は、いつか自分もああいうものと遊べるようになるのだろうか、と考えた。


そして、自分が普通の子供ではないことを思い出した。


その考えが、居心地の悪い沈黙をもたらした。


この世界で、人間ではないというのはどういう意味なのだろう。


僕は怪物なのか?


精霊なのか?


神聖な存在なのか?


まだ名付けられていない種族の一員なのか?


それとも、どんな分類にも当てはまらない何かなのか?


ユニーク属性は、答えを示してくれなかった。


僕は何度か尋ねている。


そのたびに、返ってくる結論は同じだった。


【解析未完了】


僕は、ユニーク属性が何もかも知っているわけではないのではないかと、考え始めていた。


その事実は、失望させると同時に、どこか安心させるものでもあった。


もしユニーク属性がすべてを知っているのなら、僕の未来はすでに決められているのかもしれない。


けれど、それでさえ答えを持っていないのなら、そこにはまだ未知を探る余地が残されている。


エリアーネが、小さな哺乳瓶を持って戻ってきた。


「はい、どうぞ」


彼女はもう一度僕を抱き上げ、慎重にミルクを飲ませてくれた。


その行為は、ごく普通で、穏やかなものだった。


死んだあとに、こんなにも単純なことを経験するなんて、以前の僕は想像したこともなかった。


前の人生では、仕事や学校、お金、そして誰もいない部屋へ帰る孤独について、ほとんどの時間を悩みながら過ごしていた。


今の僕にとって、目の前にある最大の課題は、眠りに落ちずにミルクを飲むことだった。


馬鹿げている。


けれど、それは妙に心地よいことでもあった。


ミルクを飲んでいると、廊下から足音が近づいてくるのが聞こえた。


やがて、扉が開く。


年配の修道女が、畳まれた衣服を抱えた若いシスターを伴って入ってきた。


年配の修道女は銀色の髪をしており、穏やかでありながら、周囲を注意深く見守るような表情を浮かべていた。


シスター・マウラ。


エリアーネが次元の門を開いた夜に、彼女を見たことを覚えている。


マウラはまずエリアーネを見て、それから僕へ視線を向けた。


「この子が、あの赤子ですね」


エリアーネが頷く。


「ええ。この子がアドリックです」


エリアーネが僕にミルクを飲ませ終えると、マウラは揺り籠へ近づいてきた。


しかし、すぐには僕に触れなかった。


代わりに、慎重に僕を観察している。


その視線に冷酷さはなかった。


けれど、エリアーネのものよりも警戒心が強い。


「おはよう、小さな子」


僕は彼女を見つめた。


マウラが首を傾げる。


「この子は、ずいぶんと注意深いようですね」


「よく人を見ています」


エリアーネが答えた。


「まるで、言葉を一つ残らず聞いているかのように人を見る赤子は、そう多くありません」


エリアーネの表情は変わらなかった。


「普通とは違う始まりを迎えた子ですから」


マウラの目が、わずかに細められる。


「慎重な答えですね」


「私が答えられるのは、それだけです」


しばらくの間、二人の女性は互いを見つめ合った。


やがて、マウラがため息をつく。


「何か知っておくべきことがあるのなら、教えてくれるのでしょうね」


「はい」


マウラはようやく手を伸ばし、僕の小さな手に触れた。


彼女の指は温かかった。


その皮膚を通して、かすかな魔力の流れを感じる。


エリアーネのものよりは弱い。


それでも、確かに存在していた。


マウラは、僕の反応に気づいた。


「この子、私の魔力を感じ取りました」


エリアーネが彼女を見る。


「確かなのですか?」


「触れた瞬間に、指が動きました」


マウラは手を引いた。


「珍しいことですね」


部屋が静かになった。


二人の意識が、僕へと集まってくるのを感じる。


僕は、観察されるのが好きではなかった。


識別の儀式を思い出す。


僕を分類できなかった水晶を思い出す。


名や分類、説明を好む世界の中で、自分が未知の物体として扱われていることを思い知らされる。


エリアーネは、僕の居心地の悪さに気づいた。


「今は、それで十分です」


彼女が言った。


マウラはしばらく彼女を見つめ、それから頷いた。


「分かりました」


そして、若いシスターへ振り向く。


「この子の新しい服を持ってきてください。少しずつ寒くなってきていますから」


若いシスターは、畳まれた衣服をテーブルの上に置いた。


彼女は、エリアーネが初めて修道院へ入った頃より、数歳ほど若いように見えた。


表情は穏やかで、何度も好奇心に満ちた視線を僕へ向けている。


「何色にしましょうか?」


彼女が尋ねる。


「簡素なものでいいでしょう」


エリアーネが答えた。


「白か、クリーム色で」

若い修道女は微笑んだ。


「とても珍しい目をしていますね」


エリアーネの手が止まった。


空気が張り詰めるのを感じた。


けれど、エリアーネは落ち着いた声で答えた。


「生まれたばかりの子供には、珍しい目をしている子もいます。この子の目も、成長すれば変わっていくでしょう」


若い修道女は、何の疑問も抱かずにその説明を受け入れた。


「そうなんですね」


彼女は一礼すると、部屋を出ていった。


マウラはその場に残った。


「気をつけなさい」


扉が閉まったあと、彼女は静かに言った。


エリアーネは頷く。


「気をつけています」


「あなたのこの子への執着が、目に見えて強くなっています」


エリアーネは僕を見下ろした。


「それが問題なのですか?」


「執着は弱点になり得ます」


「無関心も同じでしょう」


マウラの表情が和らいだ。


「あなたは昔から、必ず言い返すのね」


「何をしても疑問を投げかけてくる人たちから学びました」


「それでも、あなたは自分の道を進んだ」


エリアーネはかすかに微笑んだ。


マウラはもう一度、僕を見た。


「アドリック」


彼女はゆっくりと言葉を続けた。


「あなたの未来がどのようなものになるとしても、覚えておきなさい。この修道院は、要塞ではないのです」


僕には答えることができなかった。


それでも、彼女は話を続けた。


「ここは祈りと癒やし、そして身を寄せる場所です。私たちは多くのものからあなたを守ることができます。けれど、すべてから守れるわけではありません」


エリアーネは僕を抱き寄せた。


「私たちにできることは、できる限りします」


マウラは彼女をじっと見つめた。


そして、頷いた。


「誰にでも約束できるのは、それだけなのです」


マウラが去ったあと、エリアーネは僕に清潔な服を着せ、再び窓のそばへと運んでいった。


朝の光は、さらに明るくなっていた。


日差しが中庭を覆い、普通の生活の音も大きくなっている。


廊下の向こうから、子供たちの笑い声が聞こえた。


再び鐘が鳴った。


一羽の鳥が窓枠に降り立ち、首を傾げる。


そして、飛び去っていった。


僕はガラス越しに世界を眺めた。


これが、僕の新しい人生だった。


僕がどれほど長く、この修道院にいることになるのかは分からない。


いつ歩けるようになるのかも、いつ言葉を話せるようになるのかも分からない。


自分がどのような種族に属しているのか。


どんな力が内側に眠っているのか。


なぜ僕の誕生が、通常の創造の法則の外側で起きたのか。


何も分からなかった。


なぜ女神が、僕の起源を明かすことを拒んだのかも分からない。


なぜ七つの鍵が、僕の命名に反応したのかも分からない。


それでも、僕には名前があった。


眠る場所があった。


僕を守ってくれる人がいた。


そして、長い間忘れていた感覚を、僕は初めて取り戻していた。


誰かが僕ではない別の人を選ぶのを、待たなくてもいい。


エリアーネは、僕を腕の中で優しく揺らした。


「もう休みなさい、アドリック」


彼女は囁いた。


「あなたの新しい人生は、始まったばかりなのですから」


僕は目を閉じた。


ユニーク属性は、沈黙したままだった。


僕は、珍しくもう一つの質問を投げかけなかった。


ただ、鐘の音を聞いていた。


足音を聞いていた。


朝の陽光の下で目覚めていく、修道院の静かな音に耳を澄ませていた。


そして、ゆっくりと、穏やかに眠りへ落ちていった。


***


その後の日々は、平穏だった。


転生してから初めて、何も異常なことが起こらなかった。


次元の門が開くこともない。


古代の声が語りかけてくることもない。


世界を揺るがすような魔術儀式が行われることもない。


代わりに、僕の生活は眠り、目覚め、食事をし、別の部屋へ運ばれるという、繰り返しの毎日になった。


驚くほど普通の生活だった。


そして僕は、そんな日々を楽しんでいる自分に気づいた。


エリアーネは、務めが許す限り、変わらず自分の手で僕の世話をしてくれた。


朝には食事を与え、服を着替えさせ、暖かな時間帯になると、よく僕を抱いて中庭へ連れていった。


中庭は、僕のお気に入りの場所になった。


中央には小さな石造りの噴水があり、その周囲には花々が咲いていた。


さらに奥には何本かの果樹が立ち、枝葉が風に合わせて穏やかに揺れている。


修道女たちは、洗濯をしたり、薬草を整えたり、仕事をしながら静かに話をしたりするために、よくそこへ集まっていた。


エリアーネの腕の中から、僕はそのすべてを観察することができた。


修道院は、最初に思っていたよりもずっと大きかった。


中央の中庭を囲むように、礼拝堂、宿舎、厨房、小さな診療所、そしてまだ入ることを許されていない図書室など、いくつもの建物が並んでいた。


この修道院は、単なる宗教施設ではなかった。


子供たちのための保護施設であり、旅人を癒やす場所であり、行く場所を失った人々の避難所でもあった。


その事実には驚かされた。


前世の僕は、修道院というものを、祈りながら静かに日々を過ごす場所だと思っていた。


もちろん、この修道院も祈りを大切にしていた。


けれど、同時に仕事で満ちていた。


人々は料理をする。


掃除をする。


勉強をする。


些細なことで言い争うこともある。


子供たちは、誰かに捕まるまで廊下を走り回っている。


そこは遠く離れた神聖な場所というよりも、石の壁に囲まれた小さな村のように感じられた。


ある午後、エリアーネは僕を膝に乗せ、木の下に座っていた。


彼女は破れた衣服を繕いながら、僕は中庭を横切る陽光を眺めていた。


「アドリック。あなたは、人を見るのが好きみたいですね」


僕は噴水の近くで遊んでいる子供たちを見つめていた。


一人の少年が、二つの石の間に木の棒を渡して、その上で何とかバランスを取ろうとしている。


その隣では、別の少年が何度も棒を叩き落とそうとしていた。


彼らの遊びは、僕にはあまり意味が分からなかった。


それでも、目を離すことができなかった。


エリアーネも僕の視線を追った。


「あの子たちは、この修道院で暮らしている子供たちです。近くに家族がいる子もいれば、そうでない子もいます」


僕は、彼らのうち何人が捨てられたのだろうかと思った。


その考えが、胸の奥を奇妙に重くした。


前世の僕は、両親のいないまま成長するということが、どういうものなのかを知っていた。


祖父が僕を育ててくれた。


けれど、祖父が亡くなったあと、世界は冷たく、遠いものになった。


今、僕の周囲には、同じような孤独を経験したかもしれない子供たちがいる。


違うのは、この修道院が彼らに門を開いていたことだった。


もしかすると、それがエリアーネが僕をここへ連れてきた理由なのかもしれない。


もしかすると彼女は、たとえその起源が分からない子供であっても、居場所を与えられるべきだと信じているのかもしれなかった。


一人の少女が、僕たちのところへ近づいてきた。


色褪せたリボンで結んだ茶色の髪。


その手には、小さな木製の人形が握られている。


「シスター・エリアーネ?」


「ええ、リオラ?」


「赤ちゃんを見てもいいですか?」


エリアーネは微笑んだ。


「もちろんです。でも、優しくね」


少女は近づいてきて、強い好奇心を込めて僕を観察した。


「この子の名前は、アドリックですか?」


「そうですよ」


「シスターの息子ですか?」


エリアーネの動きが止まった。


それから、彼女は答えた。


「私が、この子のお世話をしています」


少女は、その違いについて考えているようだった。


「それって、弟ということですか?」


エリアーネは再び微笑んだ。


「そう思ってくれても構いませんよ」


リオラはさらに身を乗り出した。


アドリック――僕は、彼女を見つめた。


明るい瞳と真剣な表情。


まるで、とても重要なものを調べているかのようだった。


「この子、私を見ています」


「人を観察するのが好きなのです」


「私たちの話を理解できるんですか?」


エリアーネは考え込むような表情になった。


「私たちが思っている以上に、理解しているのかもしれませんね」


リオラは人差し指を立て、そっと僕の手に触れた。


彼女の中を流れる、少量の魔力を感じた。


弱く、制御されていない魔力だった。


まるで、暖かなそよ風のように感じられる。


その魔力を感じ取った瞬間、僕の指が動いた。


リオラが息を呑む。


「動きました!」


エリアーネは僕を見下ろした。


「ええ。あなたの触れ方を感じたのかもしれませんね」


「アドリックは賢いんですね」


僕は、喜ぶべきなのか、恥ずかしがるべきなのか分からなかった。


前世で十八年間生きてきたというのに、今の僕は、指を一本動かしただけで褒められている。


それでも、少女の興奮が不思議と心地よかったことは、否定できなかった。


リオラは僕に微笑みかけた。


「修道院へようこそ、アドリック」


そして、他の子供たちのもとへ走って戻っていった。


エリアーネは、彼女が去っていく姿を見つめていた。


「もう友達ができましたね」


友達?


その言葉が、僕の意識に淡い痛みをもたらした。


レンを思い出す。


親友。


ほとんどの人が離れていく中で、最後まで僕のそばにいてくれた人。


その記憶は痛かった。


けれど、以前ほど鋭い痛みではなくなっていた。


新しい経験を、少しずつ重ね始めているからかもしれない。


すべての繋がりが、裏切りで終わるわけではないと、ゆっくり学び始めているからかもしれなかった。


エリアーネは、衣服を繕う作業を続けた。


「あなたが成長すれば、ここにいる多くの人たちが、あなたにとって身近な存在になるでしょう」


彼女はそう言った。


「その人たちに、愛着を抱くこともあるかもしれません」


僕は子供たちのほうへ視線を向けた。


「愛着は、いつも弱点になるわけではありませんよ」


彼女は続けた。


「マウラ姉様が何と言おうとも、ね」


僕の考えが聞こえたのかと思った。


もちろん、そんなはずはない。


彼女は、ただ声に出して話しているだけだった。


「人は、誰かを必要とするものです」


エリアーネは言った。


「一人で生きていけると信じている人でさえも」


その言葉は、前世の記憶を呼び起こした。


僕は、誰かに頼ることは危険だと思っていた。


もう誰も信じなければ、同じように傷つくことはない。


そう信じていた。


けれど、一人でいることは、僕を守ってくれなかった。


ただ、孤独をより深くしただけだった。


ユニーク属性が、意識の中で静かに語りかけてきた。


【観測:社会的な繋がりは、精神的な安定をもたらす傾向にあります】


「まるで昆虫を研究しているみたいな言い方だな」


【その発言は不正確です。現在、昆虫の研究は行われていません】


「そういう意味じゃない」


【了解しました】


僕は、危うく笑いそうになった。


本当に、危うく。

まだ身体は、その感情をうまく表現できなかった。


けれど、その思いそのものがあれば十分だった。


それから数日かけて、僕は周囲にいる人々のことを少しずつ覚えていった。


シスター・マウラは、修道院の日々の運営を担当していた。


彼女はめったに笑わなかったが、僕が十分に暖かくしているか、寝床が清潔に保たれているかを、いつも確認していた。


シスター・ヘレナは診療所で働いており、優れた治癒魔法を持っていた。


彼女はよく僕を診察するために乳児室を訪れたが、エリアーネは決して完全な識別の儀式を行うことを許さなかった。


シスター・クララは厨房で働いていて、子供たちがあまりにも早く食事をすることに、いつも文句を言っていた。


シスター・ミリアムは年長の子供たちに、読み書き、歴史、そして基礎的な魔法を教えていた。


人には、それぞれ異なる性格があった。


それぞれに、異なる役割があった。


そして、その一人ひとりが、少しずつ僕の新しい環境の一部になっていった。


僕は彼女たちと話すことはできなかった。


けれど、耳を傾けていた。


彼女たちの会話を通して、僕はこの世界について学び始めた。


この修道院は、エルドリアという小さな王国にあった。


王国は王家によって統治されていたが、修道院そのものは王家の直接的な支配から独立していた。


エルドリアの外側には、いくつもの隣国が存在していた。


それぞれが異なる言語、習慣、そして魔法の伝統を持っているらしい。


人間。


エルフ。


獣人。


ドワーフ。


そして、その他の種族。


複数の種族が存在することは、驚くべきことのはずだった。


けれど、すでに多くのことを経験していた僕にとって、エルフや獣人が存在すると知ることは、ほとんど普通のことに思えた。


それよりも興味を引かれたのは、人々が魔法について語るときの考え方だった。


魔力とは、生き物の中と世界そのものに存在する、自然のエネルギーだと考えられていた。


ほとんどの人間は、ある程度の魔力を持っている。


ただし、その量や質には大きな差があるらしい。


魔法は、治癒、守護、製作、農業、移動、そして戦闘など、さまざまな用途に使われていた。


しかし、誰もが同じように魔法を扱えるわけではない。


生まれつき強い魔力核を持つ者もいる。


訓練によって能力を伸ばす者もいる。


そして、ごく一部には、通常の魔法理論では説明できない特異な才能を持つ者もいる。


その話を聞くたび、僕はユニーク属性のことを考えた。


僕は、いまだにそれが本当は何なのかを知らない。


いくつかの物事を分析できる。


僕の思考に反応する。


魔力の変化を識別することもできる。


けれど、その起源や完全な能力については、説明しようとしなかった。


僕が成長するのを待っているのかもしれない。


何らかの制限を受けているのかもしれない。


あるいは、ユニーク属性自身にも理解できないことがあるのかもしれなかった。


ある晩、エリアーネが僕の寝床を整えているとき、僕は心の中で尋ねた。


「ユニーク属性。この世界には、どんな魔法が存在するのか教えてくれるか?」


【一般的な魔法分類であれば、提示可能です】


「なら、説明してくれ」


【主な分類には、元素魔法、治癒魔法、防御魔法、強化魔法、精神魔法、召喚魔法、空間魔法、血を媒介とする魔法が含まれます】


「血を媒介とする魔法?」


【血を力、犠牲、認識、または儀式的な繋がりの媒体として利用する魔法です】


僕はすぐに、あの命名儀式を思い出した。


「それは、エリアーネが僕に名前を与えたときに使った力と同じものか?」


【関連する原理を検出しました】


「僕にも使えるのか?」


【現在の身体状態では、信頼性のある評価を実行できません】


「つまり、分からないんだな」


【その通りです】


僕は心の中でため息をついた。


エリアーネが僕の上に柔らかな毛布を掛ける。


「今夜は、ずいぶん静かですね」


僕は彼女のほうを見た。


「何か考え事でもしているのですか?」


考えていた。


この世界のことを。


魔法のことを。


女神のことを。


僕が生まれる前に語りかけてきた、謎の存在のことを。


一度も顔を見ることができなかった母のことを。


そして、今や僕の存在と結びついた名前――アドリックのことを。


けれど、そのどれ一つとして説明することはできなかった。


だから、僕は黙っていた。


エリアーネは微笑み、そっと僕の額に触れた。


「ゆっくり休みなさい」


彼女が去ると、部屋は静かになった。


窓から月明かりが差し込んでいる。


僕は、遠くから聞こえてくる修道院が眠りにつく音に耳を澄ませた。


今のところ、僕の生活は単純だった。


家がある。


僕を気にかけてくれる人たちがいる。


時間がある。


そして、もしかすると、初めてそれだけで十分なのかもしれなかった。


けれど、意識の奥深くでは、ユニーク属性が僕と繋がったままだった。


沈黙し。


忍耐強く。


待ち続けている。


そして、通常の世界の彼方では、僕の命名に気づいた何者かが、まだ僕のことを忘れてはいなかった。


***


修道院での日々は、穏やかに続いていった。


毎朝、高い窓から陽光が差し込む。


鐘が鳴り、修道女たちが祈りを始め、子供たちは廊下を静かな笑い声で満たしていく。


僕は、この場所のリズムに慣れていた。


まだ自分の力で話すことも、動くこともできない。


それでも、僕の意識は成長を続けていた。


周囲の声を理解し、聞き慣れた足音を覚え、僕を気にかけてくれる人々の温もりを感じ取ることができる。


けれど最近、もう一つ変化が始まっていた。


僕は、自分の周囲にある空気を感じられるようになった。


風ではない。


もっと深い何かだった。


壁、木製の家具、中庭の植物、そして近くにいる人々の身体。


あらゆるものを通して流れる、かすかな流れ。


魔法。


それに気づいた瞬間、ユニーク属性が僕の意識の中で動いた。


【異常なエネルギーを検出しました】


そのメッセージは、音もなく現れた。


僕は、その感覚に意識を集中させた。


かすかな流れが、僕の周囲に集まり始めた。


僕の意識に反応しているようだった。


弱く、ほとんど目に見えない。


けれど、確かに存在している。


そして――


僕の揺り籠のそばに置かれていた小さな蝋燭が、揺らめいた。


炎が、僕のほうへ傾いた。


僕は息を止めた。


次の瞬間、炎は何事もなかったかのように元へ戻った。


近くで畳んだ衣服を整理していたシスター・エリアーネが、突然顔を上げた。


彼女の視線が、蝋燭から僕へと移る。


数秒間、彼女は何も言わなかった。


やがて、ゆっくりと揺り籠へ近づいてくる。


「アドリック……」


声は優しかった。


けれど、その奥に潜む警戒を感じ取ることができた。


彼女が蝋燭のそばに手をかざす。


炎は安定したままだった。


彼女が手を離すと、再び炎が揺らめいた。


シスター・エリアーネの表情が、真剣なものになる。


「もう魔力を感じ取れるのですか?」


僕には答えられなかった。


それでも、心の中では同じことを考えていた。


これは、この世界の子供にとって普通のことなのだろうか。


それとも、僕が普通とは違う存在であることを示す、また別の兆候なのだろうか。


ユニーク属性は、沈黙したままだった。


シスター・エリアーネは慎重に蝋燭の火を消してから、僕を抱き上げた。


僕を胸元に抱き寄せ、考え込むような目をする。


「あなたが何者であろうと、アドリック」


彼女は囁いた。


「真実は、ゆっくりと確かめていきましょう」


窓の外で、朝の鐘が鳴り始めた。


そして僕の魂の奥深くでは、謎めいた魔力の流れが動き続けていた。


***


あの奇妙な蝋燭の出来事から数日後、シスター・エリアーネは小さな水晶を乳児室へ持ってきた。


それは透明で滑らかであり、中心には淡い銀色の線が走っていた。


僕はすぐに、それを見覚えのあるものだと認識した。


命名の儀式を行う前、彼女が使っていた識別用の水晶とよく似ていた。


「簡単なことから試してみましょう」


シスター・エリアーネは、優しく言った。


彼女は僕の揺り籠のそばにある小さな机へ、水晶を置いた。


最初は、何も起こらなかった。


水晶は完全に静止している。


やがて彼女が、僕の手の近くにそっと手を置いた。


水晶の内部に、淡い光が生まれた。


シスター・エリアーネの目が見開かれる。


その光は、一色だけではなかった。


銀、青、金、紫。


いくつもの色が同時に揺らめき、分類することさえ不可能に思える光へと混ざり合っていく。


水晶が震えた。


表面に、細い亀裂が走る。


シスター・エリアーネは、すぐに水晶を引き離した。


光が消える。


しばらくの間、部屋は静まり返っていた。


そのとき、シスター・マウラが清潔なリネンの入った籠を抱えて入ってきた。


「何があったのですか?」


エリアーネは、傷ついた水晶を見つめたまま答えた。


「この子に反応しました」


マウラが僕を見る。


「アドリックに?」


エリアーネは、ゆっくりと頷いた。


「ほとんど魔力を供給していません。水晶が、自分から反応したのです」


マウラは慎重に近づき、水晶を調べた。


「祝福が原因では?」


「その可能性はあります」


エリアーネは答えた。


「ですが、こんな反応をする祝福は、今まで見たことがありません」


僕は揺り籠の中で黙ったまま、二人を見つめていた。


意識の内側で、ユニーク属性が再び動く。


【エネルギーパターンを記録しました】


それが何を意味するのか、僕には分からなかった。


周囲の魔法を調べているのか。


それとも、僕自身を調べているのか。


さらに考えようとする前に、エリアーネが水晶へ布を掛けた。


「他の誰にも知られてはいけません」


彼女は言った。


マウラの表情が厳かになる。


「ならば、慎重になるべきでしょう。もし、悪意ある者たちに知られたら……」


彼女は最後まで言わなかった。


言葉にする必要もなかった。


エリアーネは僕を見下ろし、そっと額に触れた。


「アドリックは、まだ子供です」


彼女は言った。


「どれほどの力を持っていたとしても、世界に気づかれる前に、成長する時間を与えられるべきです」


その言葉が、静かに部屋へ落ちていった。


そのとき、僕は初めて重要なことを理解した。


この穏やかな修道院は、僕が育てられている場所であるだけではない。


僕の秘密が守られている場所でもあるのだ。


そして、その壁の外側では、世界が僕に気づき始めていた。


***


その晩、修道院はいつも以上に静かだった。


子供たちは眠りにつき、明かりは落とされ、夕刻の鐘の音がゆっくりと夜へ溶けていく。


僕は揺り籠に横たわり、シスター・エリアーネはその隣に座っていた。


しばらくの間、彼女はただ僕を見つめていた。


やがて、かすかに微笑む。


「あなたはもう、私が予想していた以上に多くの謎を抱えていますね」


その声に恐れはなかった。


そこにあったのは、愛情と――心配だけだった。


彼女は僕の毛布を、そっと整える。


「あなたの未来がどうなるのか、私には分かりません」


彼女は続けた。


「なぜ水晶があなたに反応したのかも、なぜ祝福が私の知るどんなものとも違っていたのかも、分かりません」


彼女の手が、軽く僕の額に触れる。


「でも、一つだけ分かっていることがあります」


エリアーネは身を屈めた。


「あなたはアドリックです。誰かに利用されるための武器でも、予言でも、秘密でもありません」


その言葉は、僕の意識の深くまで届いた。


前世の僕は、必要とされないことをいつも恐れていた。


誰かに選ばれるかどうかで、自分の価値が決まるのだと思っていた。


けれど、この見知らぬ世界で、誰かが見返りを求めることなく僕を守ってくれている。


ユニーク属性は、静かに僕の魂と繋がったままだった。


【感情的反応を検出しました】


僕は、思わず笑いそうになった。


こんなときでさえ、こいつはすべてを観察している。


窓の外では、風が木々の間を穏やかに吹き抜けていた。


月明かりが窓から入り込み、床を銀色に染めている。


シスター・エリアーネは立ち上がり、部屋を出る準備をした。


振り返る前に、彼女はもう一度僕を見た。


「おやすみなさい、アドリック。明日も、きっと穏やかな一日になるでしょう」


彼女はランプの火を消した。


闇が部屋を満たす。


けれど、もう空虚には感じなかった。


僕は目を閉じた。


修道院は小さい。


その外側に広がる世界は、広大で未知に満ちている。


どこかで、強大な存在たちが、僕の存在を取り巻く変化を感じ取っているのかもしれない。


どこかで、問いが生まれ始めているのかもしれない。


けれど、今は安全だった。


今の僕には、名前がある。


そして、僕を守ってくれる人たちがいる。


眠りがゆっくりと僕の意識を包み込んでいく中、僕は心の中で静かに誓った。


今度こそ――


誰かに選ばれるためだけに、生きるのではない。


自分が何者なのかを、僕自身の手で見つけ出す。


そして、その時が来たなら、自分の道を自分で選ぶ。


僕の第二の人生、その第一章は。


ようやく始まったのだ。

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