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死の後に訪れた静寂

死の後に訪れた静寂


最初、僕は気を失っているのだと思った。


周囲には何もなかった。


音もない。

光もない。

肌に触れる空気の感覚すらない。


手を動かそうとした。けれど、自分の手が動いているのか、それともそもそも自分に手が存在しているのかさえ、判断できなかった。


本来なら、その事実に恐怖を覚えるはずだった。


けれど僕は、ただ待っていた。


事故の後とは、こういうものなのかもしれない。

身体が回復するまで、時間が必要なのかもしれない。


もしかすると、僕はどこかの病院のベッドに横たわり、医師や医療機器に囲まれているのかもしれなかった。


だが、もしそうなら――なぜ、何も聞こえない?


足音もない。

誰かの声もない。

モニターの電子音すらない。


それどころか、自分自身の呼吸音さえ聞こえなかった。


息を吸おうとした。


何も起こらない。


もう一度、試した。


それでも、何も起こらなかった。


それなのに、窒息しているような感覚はなかった。


胸に痛みはない。

肺を圧迫する感覚もない。

身体の内側からせり上がってくる恐怖もない。


そこにあったのは、ただの欠如だった。


奇妙で、完全な――不在。


僕は屋上を思い出した。


揺れる地面。

壊れた手すり。

僕の手から滑り落ちていったミユの手。

僕へと手を伸ばしたカイト。


そして、落下。


最後に浮かんだ思考が、痛いほど鮮明によみがえった。


――どうして、僕じゃなかったんだ?


僕は目を閉じた。


あるいは、閉じたつもりになった。


そうか。


僕は死んだのだ。


その結論は、静かに訪れた。


劇的な啓示などなかった。

走馬灯が駆け巡ることもなかった。

裁きを告げる偉大な声が響くこともなかった。


ただ、単純な理解だけがあった。


僕は死んだ。


十八年間、僕は自分を生き延びさせるために努力してきた。


わずかな金を何日もたせるかを考えた。

空腹に耐える方法を覚えた。

疲労に耐える方法を覚えた。

静寂に耐える方法を覚えた。


そして、人はいつか自分のもとを去るものだと、期待しないことも覚えた。


けれど最後には、そのどの技術も役に立たなかった。


死は、一瞬で僕を奪い去った。


誰かが僕の遺体を見つけただろうか。


学校は、誰かに連絡しただろうか。


当局は保護者を探し、連絡先が存在しないことを知っただろうか。


僕の持ち物は、箱の中に収められるのかもしれない。


僕の部屋は、片づけられるのかもしれない。


そして世界は、いつもと何も変わらずに動き続けるのかもしれない。


その想像は、思っていたほど僕を傷つけなかった。


もしかすると僕は、置き去りにされることに、すでに慣れてしまっていたのだろう。


僕は、果てのない暗闇の中に漂い続けた。


ここには時間の感覚がなかった。


一秒が過ぎたのかもしれない。

あるいは、百年が過ぎたのかもしれない。


それを測る術は、僕にはなかった。


その時――


音が、僕のもとへ届いた。


最初は、かすかなものだった。


ほとんど認識できないほどに。


声。


上からでもない。

下からでもない。


まるで、あらゆる方向から同時に響いているようだった。


「あなたは間もなく、新たな世界へと生まれ落ちる」


僕は凍りついた。


暗闇の中で目覚めてから初めて、恐怖に近い感情を覚えた。


誰が話している?


ここはどこだ?


そして、本当に死んでいるのなら――なぜ、まだ声が聞こえる?


声は続いた。


穏やかで、それでいて理解しがたい声だった。


「恐れる必要はありません。あなたの到着は、すでに近づいています」


新たな世界?


話そうとした。


けれど、言葉は出てこなかった。


ただ、その思考だけが僕の内側に響いた。


――別の世界?


その意味を尋ねる前に、周囲の暗闇が変化し始めた。


暗闇が、波打った。


最初、その変化はあまりにも微かなものだった。遠くで落ちた雨粒が水面を揺らすように、僕を取り巻く虚空が震えていた。


やがて、淡い光が現れた。


目を痛めるほど強い光ではない。


そもそも、僕にまだ目があるのかどうかさえ、わからなかった。


その光はただ、暗闇の中に存在していた。


遠くに浮かぶ、小さな銀色の輝き。


僕は、その光へ向かって進もうとした。


何も起こらなかった。


前へ押し出すための身体はない。

足元を支える地面もない。

動いた音を運ぶ空気もない。


それでも、光は近づいてきた。


あるいは――僕のほうが、光に引き寄せられていたのかもしれない。


「あなたは誰だ?」


声は口から出なかった。


代わりに、その問いが僕の意識の中で形を成し、周囲の暗闇がそれを受け取ったように感じられた。


答えは、すぐに返ってきた。


「あなたを待ち続けていた者です」


声に、男とも女ともつかない。


優しく、それでいて途方もなく遠い声だった。


怒りもない。

哀れみもない。

僕には完全に理解できない、温もりのようなものもない。


それは、僕が知っていた世界よりも遥か以前から存在し、僕の世界が消え去った後も残り続ける――そんな声だった。


「僕を待っていた?」


「はい」


「どうして?」


銀色の光が、かすかに揺らめいた。


「あなたの物語は、まだ終わっていないからです」


再び、屋上の光景が脳裏に浮かんだ。


ミユの手。

壊れた手すり。

足元に広がる虚空。

落下していく僕の身体。


「僕の物語は、死んだ時に終わった」


「あなたの最初の物語は、終わりました」


その言葉の違いが、僕を不安にさせた。


否定したかった。


けれど、その声には、僕を躊躇させる何かがあった。


「じゃあ、ここはどこなんだ?」


「通過点です」


「どこへ向かうための?」


「あなたがまだ見たことのない世界へ」


暗闇が、再び揺らいだ。


銀色の光の周囲に、淡い色彩が浮かび始める。


深い青。

紫。

淡い金。


それらは夜空の下を流れる雲のように、ゆっくりと動いていた。


「新しい世界?」


僕が尋ねる。


「はい。あなたは間もなく、その新たな世界へと生まれることになります」


その言葉が、僕の内側に響いた。


生まれる。


蘇るのではない。

戻るのでもない。


もう一度、生まれる。


あまりにも奇妙な考えで、すぐには理解できなかった。


「つまり、僕は赤ん坊になるのか?」


「そう表現することもできます」


「この人生の記憶は残る?」


「しばらくの間は」


「しばらく?」


「記憶とは、新たな存在へ持ち込まれた時、脆くなるものです。消えていくものもある。夢へと変わるものもある。そして、必要な瞬間まで隠されたままになるものもあるでしょう」


僕の内側で、何かが締めつけられるような感覚が生まれた。


恐怖。


生まれ変わったら、僕は僕のままでいられるのだろうか。


中村アキラという存在は、別の名前、別の顔、別の人生の下に埋もれてしまうのだろうか。


「どうして僕なんだ?」


僕は尋ねた。


「どうして、もう一度機会を与える?」


声が沈黙した。


初めて、その穏やかさの奥に何かを感じた。


ためらいというよりは――考慮。


「あなたが、多くのものに耐えてきたからです」


「そんなの、特別な理由にはならない」


「はい。特別ではありません」


予想外に、あまりにも率直な答えだった。


僕は、笑いそうになった。


もっとも、今の僕には息がない。笑うこともできない。


「じゃあ、どうして?」


「あなたがこれから入る世界は、転換点へ近づいているからです。いくつもの可能性が収束したからです。そして、あなたの存在が重要な意味を持つかもしれないからです」


「かもしれない?」


「確定したものは、何もありません」


銀色の光が広がった。


その中に、ぼんやりとした輪郭が浮かび上がる。


顔は見えない。


ただ、光と暗闇の境界の向こうに、何かが立っているように見えた。


「あなたの次の人生は、平穏なものではありません」


声が続ける。


「理解できないものがあるでしょう。制御できない力もあるでしょう。親切を差し伸べる者もいれば、あなたを利用しようとする者もいる」


「それは、僕の前の人生と同じじゃないか」


「この世界は、異なります」


「何が?」


「あなたは、見知らぬ星々の下に生まれます。かつての言語には存在しなかった言葉を耳にするでしょう。あなたの前の世界が不可能と呼んだものを、目撃することになるでしょう」


奇妙な光景が、僕の脳裏をよぎった。


暗い大地の上に浮かぶ、二つの月。


光り輝く色彩に染められた空。


本来なら星など存在しない場所で、遠くに輝く一つの星。


その光景は、詳しく観察するよりも早く消えてしまった。


「魔法……」


僕は、囁いた。


声は否定しなかった。


「僕も使えるようになるのか?」


「あなたが何者になるかによります」


「僕に何になってほしい?」


「何も」


その答えに、僕は驚いた。


「何も?」


「私はあなたの未来を命じません。英雄になれとも、王になれとも、聖人になれとも、武器になれとも要求しません。あなたの選択は、あなた自身のものです」


「なら、どうして僕をそこへ連れていく?」


「不確かな人生であっても、それはなお人生だからです」


その言葉は、思っていた以上に深く僕の心へ突き刺さった。


僕は、何度も誰かに選ばれたいと願っていた。


誰かに手を伸ばしてほしかった。

誰かに、自分の存在には意味があるのだと言ってほしかった。


けれど、最後の瞬間。


僕は置き去りにされた。


そして今、死んだ後になって、何かが僕に新たな始まりを差し出している。


それを信じていいのか、僕にはわからなかった。


信じるという行為には、一度ですべてを失うほどの代償が伴ったのだから。


「拒否することはできる?」


銀色の光が、わずかに弱まった。


「はい」


答えは、あまりにも簡単だった。


「拒否した場合、あなたの意識が溶けて消えるまで、ここに留まることになります。痛みはありません。罰もありません。それ以上の苦しみもありません」


周囲の暗闇が、不思議なほど穏やかに感じられた。


一瞬、僕はそれを考えた。


裏切りもない。

期待もない。

空腹もない。

孤独もない。


二度と誰かを信じる必要もない。


けれど、僕は光の向こうで待っている、見知らぬ世界を想像した。


何も知らない世界。


もう一度、人と出会い、学び、違う生き方をする機会があるかもしれない世界。


誰もが優しいと信じたからではない。


愛が僕を救ってくれると信じたからでもない。


ただ、僕の中の小さな何かが、まだ知りたがっていた。


――このまま進み続けたら、何が起こるのか。


「受け入れたら、どうなる?」


「あなたは、生まれます」


「そして、僕は何になる?」


声が、少しだけ静かになった。


「それは、世界が決めることです」


突然、光が強く輝いた。


僕の下にあるもの――あるいは、下にあると想像していたもの――が、消え始める。


遠くから、柔らかく規則的な音が聞こえてきた。


心臓の鼓動。


最初、僕は自分のものだと思った。


けれど、違った。


それはあまりにも遅く、あまりにも大きく、そしてあまりにも近かった。


何かが、僕を前へと引き寄せている。


光が、暗闇を呑み込んだ。


そして死んでから初めて、僕は何かを感じた。


温もり。


次に、圧迫感。


そして、生きている何かの内側に抱かれているような、遠い感覚。


僕は話そうとした。


最後に、もう一つだけ尋ねようとした。


けれど、僕の思考は散り始めた。


朝の陽光に溶ける霧のように、意識がほどけていく。


最後に覚えていたのは、あの声だった。


「あなたの前にある人生を、恐れないでください」


そして、すべてが再び静寂に包まれた。


温もりが、僕を取り囲んでいた。


しばらくの間、僕はその感覚以外の何も思い出せなかった。


僕の下に地面はなく、上に空もない。


ただ、ゆっくりとした遠い律動だけが、僕という存在全体を通り抜けていた。


ドクン。


ドクン。


ドクン。


僕の心臓ではない。


もっと大きな何か。


この空間そのものに属しているような何かだった。


僕は目を開こうとした。


今度は、成功した。


少なくとも、そう思った。


目の前に暗闇はなかった。


代わりに、そこには名前の存在しない色彩で満たされた、果てしない広がりがあった。


銀色が深い紫の隣を流れている。

淡い金色が黒の中をねじれるように進んでいる。

青い光が霧のように漂い、その下では影が動いていた。


けれど、その影が光と完全に分離することはなかった。


本来なら、ありえない光景のはずだった。


それなのに、なぜか自然に感じられた。


周囲を見渡そうとした。


そこで僕は、すぐに気づいた。


僕には身体がない。


手もない。

足もない。

重さもない。


僕は、広大で静寂に満ちた空間の中に浮かぶ、一つの意識として存在していた。


「ここは、どこだ?」


声は口から出なかった。


そもそも、僕にまだ口があるのかどうかさえ、確信が持てなかった。


その問いは、ただ僕の意識の中に生まれ、周囲の領域が淡い光の震えによって応じた。


僕は暗闇の中に浮かんでいるのではない。


何かの内部にいる。


その理解は、ゆっくりと訪れた。


周囲の空間は閉ざされているように感じられた。


だが、それは部屋や牢獄のようなものではない。


遠く、緩やかに湾曲した境界が僕を包み込んでいる。


まるで、子宮の壁のように。


そして、その境界の向こうでは、測定することすらできないほど巨大な何かが蠢いていた。


神性。


暗闇。


それらは争っていなかった。


別々に存在しているわけでもなかった。


絡み合い、永遠の循環の中で互いへと流れ込んでいる。


影から光が生まれ、光から影が生まれる。


どちらかが、もう一方より優れているようには見えなかった。


僕はそれらの動きを見つめた。


何を見ているのか、理解できないまま。


「ここは、普通の場所じゃない」


答えた声は、外側から聞こえたものではなかった。


僕の内側から響いた。


「誰だ?」


「私は、あなたのユニーク属性です」


僕は沈黙した。


「僕の……何?」


「あなたのユニーク属性です。私はあなたの存在と結びついており、あなたが誕生した後も、あなたと共にあり続けます」


「僕をここへ連れてきたのは、君なのか?」


「いいえ」


「なら、誰が?」


「その答えは、まだ提示することができません」


僕は、周囲を満たす色彩の揺らめきを見つめた。


この声は、先ほど話しかけてきた謎の存在とは違っていた。


先ほどの声は、存在の境界の向こう側から響いてくるような、遠いものだった。


だが、こちらの声は違う。


僕の内側にある。


僕と結びついている。


そして、新たな世界へ入った後も、僕と共に残り続けるのだと、なぜか理解できた。


「つまり、君は僕の意識の中に存在しているのか?」


「不完全な表現です」


「じゃあ、君は何なんだ?」


「私は、あなたのユニーク属性です」


「それはさっき聞いた」


「はい」


その冷静な返答に、僕は苛立ちを覚えた。


「何かを説明しているようで、実際には何も説明していない答えをやめてくれないか?」


「すべての答えが、現在のあなたの状態で理解できるとは限りません」


「みんな、そればかり言う」


周囲の光が、かすかに震えた。


それが僕の苛立ちに反応したのか、それともただ永遠の動きを続けているだけなのかは、わからなかった。


僕は、さらに遠くへ視線を向けた。


この空間は無限に広がっているようでいて、同時に不思議なほど身近だった。


光の動き一つひとつが、僕のすぐそばを通り過ぎていく。


影の一つひとつが、僕の存在を認識しているように感じられた。


そして、僕はあることに気づいた。


色彩は、ただ僕の周囲を動いているだけではない。


それらは――僕の中を通り抜けていた。

銀色の光が細い流れとなって、僕の意識へと入り込んできた。


その直後、一本の闇の帯が続いて流れ込んでくる。


どちらも、痛みをもたらすことはなかった。


代わりに、かすかな感覚だけが残された。


僕のものではない記憶。

名前のつけられない感情。

そして、現実の境界の向こう側から、何か古き存在が見つめているような印象。


僕は突然、自分がとても小さな存在になったように感じた。


弱いわけではない。


無力なわけでもない。


ただ、ひたすらに小さい。


岸の存在しない海の中に浮かぶ、一滴の水のように。


「ここは、いったい何なんだ?」


僕は、もう一度尋ねた。


ユニーク属性は、短い沈黙の後に答えた。


「通常の神性と暗黒を超越した空間です」


「神や悪魔の領域よりも上?」


「その概念では不十分です」


「なら、何なんだ?」


「定義されるよりも前の場所です」


理解できなかった。


言葉の意味が、あまりにも現実離れしている。


けれど、この領域そのものが現実離れしていた。


もしかすると、普通の言語では説明できないのかもしれない。


僕は遠くにある境界へと意識を向けた。


ほんの一瞬。


その向こう側に、何かが見えた。


輪郭。


巨大だった。


けれど、その大きさを測ることはできなかった。


それは、この空間の外側に存在しているように見えた。


光と闇の流れの外側。


その存在感は、神のものとは思えなかった。


神というものは、創造された世界に属する存在なのだろう。


けれど、あの存在は――創造そのものよりも古い。


輪郭は、僕が意識を集中させるよりも早く消えた。


「あれは、誰かだったのか?」


ユニーク属性は沈黙した。


「答えてくれ」


「あなたが見たものについて、確認することはできません」


「つまり、知っているんだな」


「そのようには言っていません」


「質問を避けているだけじゃないか」


「現時点では、回答を提示することができません」


反論しようとした。


けれど、その瞬間、領域全体が静止した。


流れていた光が止まる。


揺れ動いていた影が凍りつく。


遠くで響いていた律動さえ、一瞬だけ消えたように感じられた。


そして、遠く離れた場所で――何かが開いた。


光と闇が流れる広大な空間に、細い亀裂が生まれた。


その向こう側にあったのは、別の部屋でも、別の領域でもなかった。


遠い星々で満たされた、広大な虚空。


暗い空を、二つの巨大な月が漂っている。


さらに遠くでは、オーロラのような色彩が天を横切っていた。


その光景は、ほんの一瞬だけ現れ、すぐに閉じてしまった。


けれど、それで十分だった。


「あれが、新しい世界なのか?」


「はい」


「僕は、あそこへ行くのか?」


「はい」


「なら、どうして僕は最初にここにいる?」


ユニーク属性は、すぐには答えなかった。


そして、やがて告げる。


「あなたの移行は、まだ完了していません」


「移行?」


「以前の存在は終了しました。次の存在は、まだ完全には始まっていません」


僕は、胎内のような奇妙な空間を見渡した。


「つまり、僕は人生と人生の間にいるのか?」


「不完全な説明ですが、現時点では許容できます」


「僕は、まだ魂なのか?」


「あなたの現在の状態は、以前の世界の用語では正確に定義できません」


その答えが、僕を不安にさせた。


「それは、どういう意味だ?」


「あなたは、単なる魂ではありません」


その言葉が、僕の内側で反響した。


単なる魂ではない。


僕は、先ほどの謎の存在を思い出した。


暗闇の向こう側から語りかけてきた存在。


その声を包んでいた、奇妙な感覚。


まるで、僕が理解している法則の外側に存在しているかのような気配。


この場所は、あの存在とつながっているのだろうか?


そして、僕自身もまた、あの存在とつながっているのか?


尋ねようとした。


しかし、問いを形にするよりも早く、周囲の温もりが強まった。


規則的な音が、さらに大きくなる。


ドクン。


ドクン。


ドクン。


領域そのものが、収縮を始めた。


僕を取り巻いていた光と闇が、内側へと折り重なるように近づいてくる。


まるで、この空間全体が僕を外へ送り出そうとしているかのようだった。


「待ってくれ。何が起きている?」


「あなたは、誕生の瞬間へ近づいています」


「もう?」


「はい」


「まだ質問があるんだぞ!」


「答えを探す機会は、これからも与えられます」


「そんな説明で安心できるか!」


初めて、ユニーク属性の声に、かすかな愉快さのようなものを感じた。


その直後、空間が揺れた。


強大な力が、遠くの開口部へ向かって僕を引き寄せる。


色彩が混ざり合い、輪郭を失っていく。


星々が消える。


二つの月が、闇の帳の向こうへと沈んでいく。


抵抗しようとした。


けれど、抵抗するための身体が僕にはなかった。


最後に見えたのは、銀色の光と黒い影が果てなく絡み合う光景だった。


そして、その向こう側。


あの巨大な輪郭は、静止したままだった。


見つめている。


待っている。


そして僕は、新たな世界へと引き寄せられていった。


---


新たな世界へ向かって僕を引っ張っていた力が、突然止まった。


目の前にあった開口部が消える。


遠くの星々が消失する。


二つの月も、奇妙なオーロラも、銀色の光と果てしない闇に呑み込まれていった。


しばらくの間、僕は完全な静止の中に取り残された。


そして、何かを感じた。


存在。


それは音ではなかった。


物理的な形でもなかった。


僕の意識では理解しきれないほど、広大な存在だった。


周囲の領域は静まり返っていた。


けれど、この静寂は、死んだ後に経験した虚無とは異なっていた。


あの時の静寂は、空っぽだった。


だが、今の静寂は――満ちていた。


何か古き存在が、僕の存在に気づいた。


そんな感覚があった。


僕は周囲を見渡そうとした。


銀色の光と黒い闇は、相変わらず絡み合いながら流れていた。


その動きは、果てのない夜空を横切る星々の軌跡にも似ていた。


やがて、その巨大な混沌の中に、一つの姿が浮かび始めた。


人型に見えた。


けれど、それは僕の精神が理解するために、馴染みのある形へと当てはめているだけなのだろう。


その身体は、光と影によって構成されていた。


銀色の輝きが、その身体の上を流れている。


闇が、その周囲に集まっている。


しかし、二つの力は別々ではなかった。


光と闇は、完全に絡み合いながら共存していた。


まるで、その存在の前では、光と闇が対立する概念ではなかったかのように。


僕は話そうとした。


けれど、声は出なかった。


それでも、その存在は僕の思考を理解しているようだった。


「目覚めたか」


その声には、聞き覚えがあった。


死んだ後、僕に語りかけてきた声。


僕が間もなく新しい世界へ生まれると告げた、あの声。


「前に話しかけてきたのは、あなたか?」


「はい」


「あなたは神なのか?」


「いいえ」


「悪魔?」


「いいえ」


「なら、何者なんだ?」


その姿は、しばらく沈黙した。


「私は、そのような名前によって定義される存在ではありません」


その答えに、僕は不安を覚えた。


「僕をここへ連れてきたのは、あなたなのか?」


「いいえ」


「なら、誰が?」


「あなたは、通常の存在によってここへ導かれたのではありません」


「それじゃ、質問の答えになっていない」


「……ええ」


その存在は答えた。


「その通りです」


僕は、その姿を見つめた。


その落ち着きが、どこか不気味だった。


崇拝を求める神のようでもない。


恐怖を欲する悪魔のようでもない。


自らの力を証明しようとしているようにも見えなかった。


ただ、そこに存在している。


「ここは、どこなんだ?」


僕は尋ねた。


「答える前に、理解しておくべきことがあります」


その存在の声が、領域全体を通り抜けていく。


「あなたは、通常の空間に立っているのではありません。あなたは、まだ生まれていない存在を取り巻く境界の内側にいます」


僕は黙り込んだ。


「まだ生まれていない存在?」


「はい」


その言葉が、ゆっくりと僕の理解へ届いた。


「待ってくれ。つまり、僕はまだ母親の胎内にいるのか?」


「あなたの肉体は、まだ世界へ入っていません。あなたの意識は、あなたを取り巻く空間の中に留まっています」


僕は、流れる銀色と闇を見つめた。


「ここが、母親の胎内?」


「つながっています」


「つながっている?」


「あなたの母親の存在は、通常の世界の法則では説明できません。彼女の内側にある空間は、単なる物理的な胎内ではない。そこは、神性と暗黒という通常の区分を超越した領域です」


僕は、何も答えられなかった。


神性と暗黒を超えた胎内。


あまりにもありえない言葉だった。


だが、この場所に、僕の知る常識が通用することなど一度もなかった。


「じゃあ、どうして僕はあなたと話せたんだ?」


僕は尋ねた。


「まだ生まれていない。身体すらまともに存在していないのに」


「あなたは、肉体を通して話していたのではありません」


「なら、どうやって?」


「あなたの意識が、ユニーク属性と接続していたからです」


僕は凍りついた。


「僕のユニーク属性?」


「はい」


先ほど、僕の意識の内側で響いた声を思い出す。


自らをユニーク属性だと名乗った声。


「じゃあ、さっき聞こえた声は……あなたじゃなかった?」


「私ではありません」


「僕のユニーク属性だったのか?」


「はい」


「僕の頭の中から話しかけていた?」


「あなたの現在の理解で説明するなら、それが最も近い表現です」


僕は、下を見た。


もっとも、今の僕には肉体がない。


「なら、どうしてこの場所にいる僕と会話できたんだ?」


「あなたのユニーク属性は、あなたの存在と接続しています。会話するために肉体も、発声も、通常の距離も必要としません」


「つまり、ずっと僕と一緒にいたのか?」


「あなたと接続していました」


「それは、違うように聞こえる」


「異なる表現です」


僕は眉をひそめた。

僕が次の質問を口にするよりも早く、その存在は言葉を続けた。


「あなたは、肉体へ収められるのを待つだけの、普通の魂ではありません。あなたの存在は、そう単純なものではないのです」


「それは、どういう意味だ?」


「あなたの現在の状態は、以前の世界の知識を用いて正確に説明することができない、という意味です」


僕は、自分の死を思い出した。


屋上。


僕の手から滑り落ちていったミユの手。


落下。


そして、暗闇。


「僕は、まだ中村アキラなのか?」


「はい」


答えに、ためらいはなかった。


「あなたの記憶、経験、そして人格は、今もあなたの一部として残っています。ただし、これから入る存在は、あなたが去った時の存在と完全に同一ではありません」


「僕は、別の誰かになるのか?」


「あなたは、あなた自身として生まれます。ただし、新たな世界で、新たな姿となって」


「前の人生を覚えているのか?」


「一部の記憶は残るかもしれません。しかし、それ以外は、新しい身体の本能や成長の中に埋もれ、薄れていく可能性があります」


「じゃあ、全部忘れてしまうかもしれないのか?」


「すべてではありません」


その答えは、完全に安心できるものではなかった。


僕は、再びその存在へと意識を向けた。


「僕は、誰かによって創られたわけではないと言ったな」


「はい。あなたは創られた存在ではありません」


「なら、僕はどうやって存在するようになった?」


その存在の姿が、静止した。


「あなたは、生まれたのです」


「誰から?」


「あなたの母親から」


その言葉が、僕の意識の中で反響した。


母親。


前の人生で、僕は実の母親を知らなかった。


赤ん坊の頃に捨てられ、祖父に育てられたのだ。


それなのに、死んだ後になって――別の存在として、僕には母親がいるのだと知った。


「彼女は、誰なんだ?」


僕は尋ねた。


「至高神女神です」


その答えに、領域全体がかすかに震えた。


「女神?」


「彼女の存在の、ごく一部しか認識できない者たちが用いる呼称です」


「つまり、女神以上の存在なのか?」


「彼女は、通常の神々と創造の理解を超えています」


僕は、その意味を理解しようとした。


「彼女は、誰かによって創られたのか?」


「いいえ」


「なら、誰が彼女を創った?」


「誰も」


その答えは、絶対的だった。


「彼女は創られたのではありません。創造の法則から生まれた、通常の存在でもありません」


「じゃあ、彼女は何なんだ?」


「それは、あなたがまだ答えを受け取る準備のできていない問いです」


僕は、聞き覚えのある苛立ちを覚えた。


「どうして、みんなそうやって答えるんだ?」


「一部の真実は、適切な時期よりも早く理解されることで、危険なものとなるからです」


その言葉によって、空気――いや、空間そのものが重くなったように感じられた。


「僕にとって危険なのか?」


「あなたにとっても。そして、あなたの存在を知ることになる者たちにとっても」


僕は黙り込んだ。


その存在は、さらに続けた。


「あなたの母親は、あなたを産みました。あなたを製造したのでも、設計したのでも、物体として創造したのでもありません。あなたは、彼女の子です」


その言葉は、思っていた以上に深く僕の心へ届いた。


十八年間、僕は自分がどこから来たのかを知らずに生きてきた。


どうして捨てられたのか、理解したこともなかった。


実の両親が僕を望んでいたのか。


それとも、僕の存在を後悔していたのか。


それすら、知ることはできなかった。


そして今、僕は知らされた。


自分は、神々や創造そのものを超えた存在から生まれたのだと。


けれど、その真実は僕を重要な存在だと感じさせるどころか、かつて知っていたすべてから、奇妙なほど遠ざけていった。


「どうして、彼女は僕を産んだんだ?」


「その答えは、彼女自身のものです」


「僕は、彼女に会えるのか?」


「はい」


「いつ?」


「その時が来れば」


もっと尋ねたかった。


けれど、その瞬間、領域が突然震え始めた。


遠くにあった律動が戻ってくる。


ドクン。


ドクン。


ドクン。


銀色の光と闇が、ゆっくりと、しかし確実に速度を増していく。


まるで、生きた胎内の壁のように、僕の周囲を折り包んでいく。


「何が起きている?」


「あなたは、誕生の瞬間へ近づいています」


「もう?」


「はい」


「でも、まだ質問がある!」


「誕生した後、答えを探す機会は与えられます」


「そんな説明で安心できるか!」


その存在は、僕の不満には答えなかった。


代わりに、片手を上げた。


僕の前方の空間が、再び開く。


その向こうに、新たな世界が見えた。


暗い空。


二つの月。


見知らぬ星々。


天を横切る、広大なオーロラ。


その光景は美しかった。


けれど、その美しさには、僕には正体をつかめない何かが含まれていた。


警告。


約束。


あるいは、その両方。


「この会話を覚えているのか?」


僕は尋ねた。


「明確には、覚えていないでしょう」


「あなたのことは?」


「覚えている可能性はあります」


「母親のことは?」


「最初は、覚えていないでしょう」


「なら、僕はどうやって自分が誰なのかを知ればいい?」


その存在の声が、少しだけ静かになった。


「生きることによって、あなた自身で見つけるのです」


僕を取り巻く力が、さらに強まった。


僕の意識が、開口部へ向かって動き始める。


「待ってくれ!」


僕は叫んだ。


「あなたのことを、何と呼べばいい?」


その存在は、静止したままだった。


「何も呼ばなくていいでしょう」


「それじゃ、名前になっていない」


「いかなる名前も、私という存在を内包することはできません」


開口部が広がっていく。


光と闇の混合の向こうで、その存在の姿が薄れ始めた。


完全に引き離される直前、最後の声が僕へ届いた。


「行きなさい――至高神女神の子よ」


そして、領域が消えた。


温もりが戻ってくる。


律動が、さらに大きくなる。


僕は、第二の人生が始まる世界へ向かって動き始めた。


---


僕を包む温もりが、さらに強くなった。


かつては遠くに聞こえていた規則的な音が、今では僕の周囲すべてを満たしている。


ドクン。


ドクン。


ドクン。


一つひとつの鼓動が、僕の意識を取り巻く空間を揺らしていた。


何かが変化している。


僕を包んでいた領域は、もはや静止していなかった。


銀色の光と闇が、ゆっくりと円を描きながら動き、僕の周囲に集まってくる。


まるで、僕をどこかへ送り出そうとしているかのように。


新たな世界へ。


第二の人生へ。


それでも、僕は告げられたことを考え続けていた。


通常の神々を超えた母親。


創造によって引き起こされたのではない誕生。


僕の存在とつながるユニーク属性。


そして、その本質を明かそうとしない謎の存在。


何一つ、理解できなかった。


「待ってくれ」


僕は言った。


その思考が、領域全体へと反響する。


謎の存在はすでに消えていた。


それでも、その気配はまだ、僕の周囲にかすかに残っている。


「どうしても、知りたいことがある」


ユニーク属性が、僕の意識の内側から答えた。


「何を知りたいのですか?」


「僕には、選択肢があるのか?」


「何に関する選択ですか?」


「生まれ変わりたいかどうか」


ユニーク属性は、しばらく沈黙した。


そして、答えた。


「はい」


その言葉に、僕は驚いた。


「本当に?」


「はい。あなたの移行は、まだ完了していません」


「拒否したら、どうなる?」


「あなたは、新たな世界へ入ることがありません」


「その後は?」


「移行が不可能になるまで、あなたの意識はこの空間に留まります」


「また死ぬのか?」


「あなたの現在の状態は、すでに通常の生と死を超えています」


その答えは、僕を不安にさせた。


「つまり、ここに留まり続けられるのか?」


「はい」


「痛みはない?」


「肉体的な痛みはありません」


「空腹も?」


「ありません」


「裏切りも?」


「ありません」


その後に訪れた沈黙は、奇妙なほど僕を誘っているように感じられた。


僕は、前の人生を思い出した。


狭いアパート。


支払われていない請求書。


誰もいない部屋。


一人きりで静かに食べた食事。


レンの死。


僕の手から滑り落ちていったミユの手。


そして、最後の瞬間でさえ、自分は誰かが救おうと選ぶ人間ではなかったのだと気づいた、あの感覚。

ここに残ったほうが、きっと楽なのかもしれない。


もう二度と、誰かを信じなくていい。


もう二度と、何かを期待しなくていい。


あんな失望を、二度と味わわなくていい。


「それなら、どうして行く必要がある?」


僕は尋ねた。


ユニーク属性は、すぐには答えなかった。


やがて口を開いたその声は、相変わらず穏やかだった。


「それを決めるのは、私ではありません」


「そんなことを聞いているんじゃない」


「あなたは、なぜ行くべきなのかと尋ねました。ですが、すべての存在に当てはまる答えはありません」


僕は眉をひそめた。


「なら、僕を待っているものを教えてくれ」


「生命と可能性、危険と不確実性に満ちた世界です」


「曖昧すぎないか?」


「正確な表現です」


「僕は苦しむのか?」


「はい」


即答だった。


僕の思考が、静かになっていくのを感じた。


「誰かを失うのか?」


「はい」


「誰かに裏切られるのか?」


「その可能性はあります」


「また、見捨てられるのか?」


「その可能性はあります」


その言葉を聞けば、拒絶するべきだった。


なのに、僕の口から出てきたのは、別の質問だった。


「僕は、幸せになれるのか?」


ユニーク属性は、わずかに沈黙した。


「幸福が保証されているわけではありません」


「ひどい勧誘文句だな」


「私は、あなたを説得しようとしているわけではありません」


なぜか、僕は笑いそうになった。


声は続ける。


「あなたの第二の人生が、最初の人生を消し去るわけではありません。あなたが経験した痛みは、あなたの歴史の一部として残り続けます。ですが、それがあなたのすべての選択を決定する必要はありません」


僕は、流れ続ける光を見つめた。


僕は、最初の人生を生き延びるために費やしてきた。


十分に努力すれば。


十分に耐えれば。


そして、最初から何も期待しなければ。


傷つかずに済むのだと、そう信じていた。


けれど、痛みを避け続けたところで、意味のある人生が手に入るわけではなかった。


ただ、自分の世界が狭くなっていっただけだ。


「もし、僕が自分でも知らない誰かになってしまったら?」


「その可能性は存在します」


「すべてを忘れてしまったら?」


「その可能性は存在します」


「もう一度誰かを信じて、その人に裏切られたら?」


「その可能性は存在します」


僕は目を閉じた。


また、これだった。


同じ恐怖。


同じ傷。


けれど、その奥には、別のものが残っていた。


好奇心。


新しい世界を見てみたい。


あの二つの月の下に、何が存在するのか知りたい。


一度も学んだことのない言語を聞き、かつての世界では不可能だったものを、この目で見てみたい。


もしかすると僕は、人生が生存以外の何かになり得るのか、それを確かめたかったのかもしれない。


「僕には、家族ができるのか?」


「あなたが築くすべての関係を、私が決めることはできません」


「でも、誰かはいるのか?」


「あなたの未来には、つながりが生まれるでしょう」


つながり。


約束ではない。


保証でもない。


けれど、それで十分なのかもしれなかった。


僕は、新しい世界が待つ開口部へ視線を向けた。


「ここに永遠に残りたいわけじゃない」


「では、あなたは決断しました」


僕は、ためらった。


「待ってくれ。一つだけ条件がある」


「何でしょう?」


「誰かに支配されたくない」


ユニーク属性は、間を置かずに答えた。


「私は、あなたの選択を支配しません」


「僕に話しかけてきた、あの存在は?」


「その存在について、私が代わりに答えることはできません」


「なら、僕の母親は?」


「あなたの母親の意図を説明するのは、私の役目ではありません」


僕はため息をついた。


「みんな、何かを隠しているんだな」


「それは、しばしば存在というものの本質です」


僕は、渦巻く光と闇を見つめた。


「……わかった」


その言葉は、その背後にある決断に比べて、ひどく小さく感じられた。


「僕は行く」


領域が、反応を始めた。


銀色の光が強くなる。


闇が後方へと引いていく。


僕を取り巻くリズムが、より大きく、より速くなっていく。


ドクン。


ドクン。


ドクン。


僕の意識の周囲に圧力が生まれ、優しく、それでいて確実に、開口部へと押し進めていく。


「これで終わりなのか?」


僕は尋ねた。


「はい」


「生まれたあとも、僕はこんなふうに考えられるのか?」


「あなたの思考は、新たな肉体の影響を受けるでしょう」


「人の言葉を理解できるのか?」


「すぐには無理でしょう」


「話すことは?」


「すぐには無理でしょう」


「つまり、無力になるんだな」


「あなたは幼子になります」


「それが言いたかったんだ」


しばらく、ユニーク属性は何も言わなかった。


そして、付け加える。


「表現する能力が制限されても、あなたの意識はあなた自身のものです」


完全に安心できる言葉ではなかった。


それでも、少しだけ救われた気がした。


目の前の開口部が、さらに広がっていく。


その向こうから、温もりと動き、そして未知の生命の気配を感じた。


何かが、かすかに聞こえる。


声。


僕の精神の内側ではない。


外側から聞こえる声。


本物の声だ。


言葉の意味は理解できなかった。


だが、その存在が、新しい世界をより近くに感じさせていた。


力が、僕を前へと引き寄せる。


「行く前に、一つ教えてくれ」


僕は言った。


「何でしょう?」


「僕の新しい人生は、もう決まっているのか?」


「いいえ」


「なら、何がそれを決める?」


「あなたの選択。他者の選択。環境。偶然。そして、あなたがまだ出会っていない力です」


「複雑そうだな」


「複雑です」


僕は最後に一度だけ、神性と闇の彼方に広がる領域を見つめた。


自分がどこから来たのか、僕にはまだわからなかった。


母親の真実も知らない。


なぜ生まれたのか。


なぜ死んだのか。


そして、なぜ自分の存在が、普通の転生などとは比べものにならないほど大きな何かとつながっているのか。


それも、まだわからない。


それでも、僕は進むことを選んだ。


光が僕を包み込む。


闇が背後で折り重なる。


遠くの声が、次第に大きくなる。


そして、僕の意識は、生まれたばかりの脆い肉体へと降り始めた。


移行の直前、最後に浮かんだ思考は、単純なものだった。


今度こそ、生きたい。


***


温もり。


それが、僕が最初に感じたものだった。


光の遠い温もりでもない。


生まれる前に僕を包んでいた、闇と神性が混ざり合った奇妙な感覚でもない。


この温もりは、違っていた。


近い。


現実のものだった。


柔らかな毛布のように僕を包み込み、忘れかけていた安心感を運んでくる。


そして、音が聞こえた。


声。


「……子供が生まれました」


意識を包む霞の向こうから、その言葉が届いた。


子供。


僕のことを言っているのだと、すぐに気づいた。


身体が、信じられないほど小さい。


手足は意思とは無関係に動き、胸の奥には奇妙な圧迫感が満ちていた。


何が起きているのか理解する前に、僕の口から泣き声が漏れた。


大きく、震えるような泣き声。


僕は、生まれた。


生きている。


その事実に、安堵するはずだった。


けれど、実際には圧倒されていた。


世界が、あまりにも騒がしい。


肌に触れる空気が unfamiliar――いや、見知らぬものに感じられた。


身体が冷たくなり、次の瞬間には温かくなり、誰かに慎重に抱き上げられると、また冷たくなる。


周囲で何人もの気配が動いているのを感じた。


僕は目を開こうとした。


最初は、すべてがぼやけていた。


明るさのヴェール越しに、いくつかの形が浮かび上がる。


その中で、僕のすぐ近くに立つ誰かの輪郭が見えた。


母親。


なぜか、本能的にそう理解した。


はっきりと見えていなくても、何かが彼女の存在を認識していた。


言葉や記憶よりも深い、静かなつながりが、僕たちの間に存在していた。


僕は、意識を集中させた。


一度だけでいい。


彼女の顔を見たかった。


けれど、彼女を包む光はあまりにも強かった。


その顔立ちは、柔らかく曖昧な輝きの向こうに隠れている。


僕に見えたのは、かすかな人影だけだった。


そのとき、ほんの一瞬だけ、何かを感じた。


優しい接触。


肌に触れたのではない。


僕という存在そのものに触れるような感覚だった。


それは、僕には理解できないほど広大な愛情だった。


そこには、要求がなかった。


期待もなかった。


条件もなかった。


ただ、温もりだけがあった。


ただ、愛だけがあった。


僕がその感覚へ手を伸ばそうとするよりも早く、その気配は薄れていった。


「待って……」


その言葉が、口から出ることはなかった。


僕は、まだ話すことができなかったからだ。


ぼやけた視界から、その姿が消える。


つながりが、遠ざかっていく。


僕は、彼女の顔を見られなかった。


その機会は、二度と訪れなかった。


その喪失は、僕の内側に見慣れない空白を残した。


次の瞬間、周囲の空気が変わった。


人々が動き始める。


「この子は、すぐにここから移さなければなりません」


声は小さかったが、真剣だった。


「ここに留めておくことはできない」


「どこへ連れていくのですか?」


「人間界へ」


短い沈黙があった。


「信頼できる者を探せ。彼を大切に育て、彼が何者なのかを詮索しない者を」


僕の小さな身体が、柔らかな布に包まれた。


そして、生まれた場所から運び去られていくのを感じた。


抵抗したかった。


母親はどこへ行くのか、尋ねたかった。


なぜ、こんなにも早く離れなければならないのか、知りたかった。


けれど、何もできなかった。


僕は、ただの新生児だった。


ユニーク属性は、僕の内側で沈黙していた。


まるで、今は説明をするべき時ではないと理解しているかのように。


周囲の環境が、少しずつ変化していく。


謎めいた領域が放っていた圧倒的な気配が弱まっていく。


僕の存在を取り巻いていた奇妙な圧力も、少しずつ消えていった。


その代わりに、物理世界のありふれた感覚が戻ってくる。


空気。


動き。


足音。


土と木の、かすかな香り。


僕は、人間界へ入ったのだ。


やがて、僕は静かな場所へと運ばれた。


空気の中を、鐘の音が漂っている。


近くでは鳥がさえずり、風が木々の間を穏やかに通り抜けていた。


修道院。


はっきりと見ることはできなかったが、その穏やかな空気は感じ取れた。


僕を抱いていた人物が、別の誰かの前で足を止める。


「この子を、あなたに託します」


女性の声が返ってきた。


穏やかで、少し戸惑っている。


「私に?」


「ええ。あなた自身の子供と同じように育ててください」


少しの間があった。


「どうして、この子をここへ?」


「あなたが知る必要はありません」


女性は黙り込んだ。


僕は、その腕の中へと預けられた。


最初、彼女の抱き方は慎重で、どこかためらいがちだった。


けれど、すぐにその腕は安定し、僕を守るように抱きしめる。


彼女は、僕を見下ろした。


顔ははっきりと見えなかった。


それでも、その存在から伝わってくる優しさは感じられた。


「こんなに小さいのね……」


僕を連れてきた人物が、再び口を開く。


「この子の存在は、隠してください。真実を知れば、彼を崇拝する者も、恐れる者も、利用しようとする者も現れるでしょう」


女性の腕が、わずかに強くなる。


「もし、誰かがこの子を探しに来たら?」


「決して、連れていかせてはいけません」


その声は、強いものへと変わった。


「危険が迫ったなら、ここを離れなさい。この子の安全を最優先にするのです」


女性は、長い間沈黙していた。


そして、静かに答えた。


「わかりました」


背後で、足音が遠ざかっていく。


僕は、振り返りたかった。


自分が来た場所を、もう一度見たかった。


けれど、瞼は重く、身体はもう起きていられなかった。


女性が僕を包む布を整え、さらに近くへ抱き寄せる。


「もう大丈夫よ。あなたは安全だから」


彼女は、そう囁いた。

その言葉は、彼女自身が想像していた以上に、僕の心の奥深くまで届いた。


安全。


たった一つの、単純な言葉。


けれど、前の人生で起きたすべてを思えば、それを信じることさえ、ほとんど不可能に感じられた。


僕は裏切られた。


僕は見捨てられた。


そして、誰かに選ばれたことなど一度もなかったのだと信じたまま、死んだ。


それなのに今、何も知らない世界で、誰かが僕の命を大切なものとして扱うかのように、抱きしめてくれている。


僕の意識が、少しずつ薄れていく。


ユニーク属性は、静かに僕の魂とつながり続けていた。


周囲の世界が、ぼやけながら闇へと沈んでいく。


けれど、この闇は、死の後に経験した空虚な静寂とは違っていた。


穏やかだった。


温かかった。


死んでから初めて、僕はこの先に何が待っていようと、恐怖を感じなかった。


僕には、もう一度人生が与えられた。


何が待っているのかは、わからない。


自分がどんな存在になるのかも、わからない。


なぜこの世界に生まれたのか。


なぜ僕の存在が、これほど多くの秘密に包まれているのか。


それも、まだわからない。


けれど、僕は生きている。


そして今度こそ……。


生きてみようと思う。


そう考えながら、僕は目を閉じた。


僕の第二の人生が、始まった。

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