第7話冒険者ギルドの日常と擬態獣の秘密
冒険者ギルドの看板は、夕日の残照の中で鈍い錆色に輝いていた。
悠人はギルドの入り口に立ち、歪んで掛けられた木製の看板を見上げた。
そこには剣と盾の模様が刻まれ、その下に「鉄床町冒険者ギルド——全ての勇敢なる者を歓迎する」という文字が書かれていた。
木の角は摩耗しており、かなりの年数を経ていることが窺えた。
彼は深く息を吸い込み、重いオーク材の扉を押し開けた。
ギィ——
熱気と喧騒が一緒になって押し寄せてきた。ギルドホールは悠人が想像していたよりもずっと広く、五十平方メートルはあった。
天井には数基の魔法ランプが吊るされ、暖かみのある薄明かりを放っていた。
ホールには木製のテーブルと椅子が並べられ、現在は約七割の席が埋まっていた。客のほとんどは革鎧や鎖帷子を着た冒険者たちだった。
空気には麦酒の香り、焼き肉の匂い、汗の臭いが混ざり合っていた。
悠人は軽く鼻をひくつかせ、それからカウンターへと歩み寄った。
カウンターは厚いオーク材で作られ、長年の使用で表面は滑らかに光っていた。
カウンターの後ろには、四十代半ばと思われる中年女性が立っていた。茶色い髪を一つにまとめ、丸眼鏡をかけ、胸には銀色のギルドバッジが輝いていた。
彼女は分厚い帳簿をめくっていたが、足音を聞いて顔を上げた。
「いらっしゃいませ、若き冒険者よ。初めてですか?」
彼女の声にはプロフェッショナルな温かみが含まれていた。その目は悠人の全身をひと通り見渡し、その後ろに立つ銀髪の少女にも一瞥をくれた。
悠人は頷き、自分の喉を指さして手を振った。
「話せないのですか?」
中年女性は眼鏡を押し上げ、一瞬同情の色を浮かべたが、すぐにプロの表情に戻った。
「構いませんよ。こちらに紙と筆があります。冒険者登録をされますか?」
悠人は再び頷いた。
中年女性はカウンターの下から羊皮紙と羽根ペンを取り出し、悠人の前に差し出した。
「この用紙に記入し、登録料として十銅貨をお納めいただければ、冒険者銘板をお渡しします。」
十銅貨。
悠人は固まった。
十銅貨どころか、一銅貨すら持っていなかった。全身、擬態で作り出したこの服以外には、何も持っていなかったのだ。
彼は気まずそうにその場に立ちすくみ、指を羊皮紙の上に浮かせたまま、いつまでも下ろせずにいた。
中年女性は彼の窮状に気づき、ため息をついた。
「お金がありませんか?」
悠人は恥ずかしそうに頷いた。
「それでは仕方ありませんね。ギルドの規定で、登録料は必須です。町で少し日雇いの仕事をして、お金を貯めてからまたいらっしゃいますか?」
中年女性の口調はまだ丁寧だったが、わずかに苛立ちの色が混じっていた。
悠人は歯を食いしばり、立ち去ろうとしたその時、服の裾がそっと引っ張られた。
振り返ると、銀髪の少女——リリーが彼を見上げ、琥珀色の目をぱちぱちさせていた。
そして彼女は、ぼろぼろのスカートのポケットから、数枚の汚れた銅貨を取り出した。
「わたし、あります……」
その声は相変わらず小さく、かすかに怯えが混じっていた。
「これは……わたしが……ためていたの……」
悠人は呆然とした。
彼はその埃まみれの銅貨を見つめ、少女の汚れた小さな顔を見つめ、胸の中に複雑な感情が湧き上がるのを感じた。
悠人はしゃがみ込み、少女の小さな手をそっと握り、その数枚の銅貨を押し返した。
彼は首を振り、彼女に微笑みかけ、自分を指さして胸を叩き、「なんとかするから」と示した。
少女は頑なに首を振り、再び銅貨を悠人の手に押し戻し、うつむいて小さな声で言った。
「あなたが……助けてくれたから……これは……お礼……」
悠人は、まだ少女の体温が残る数枚の銅貨を手のひらに乗せ、長い間沈黙した。
結局、彼はその銅貨を受け取ることにした。そして、厳かに少女に頷き、心の中でこの恩義をしっかりと刻み込んだ。
彼は銅貨をカウンターに置き、羽根ペンを手に取り、羊皮紙に情報を書き始めた。
名前:レイン・ユウト(適当に考えたコードネーム)
年齢:20歳
種族:人間
職業:冒険者(未定)
特技:……(少し考え、「耐久力」と書いた)
備考:発話不可
記入を終え、彼は羊皮紙を中年女性に差し出した。
中年女性は用紙を受け取り、ひと通り目を通して頷いた。
「はい、ユウトさん。鉄床町冒険者ギルドの予備会員としてお迎えいたします。あなたの初期ランクはG級です。受けられる依頼はG級およびF級のみとなります。依頼達成を積み重ねることで、ランクは徐々に上がっていきます。こちらがあなたの銘板です。」
彼女はカウンターの下から鉄製の円形バッジを取り出した。そこにはシンプルな番号が刻まれていた——TZ-4872。
悠人は銘板を受け取った。手に冷たく感じられた。彼は銘板を胸に付け、中年女性にお辞儀をして感謝の意を示した。
「さあ、それでは依頼板をご覧になってください。」
中年女性はホール右側の大きな木板を指さした。
「G級とF級の依頼は一番下の段です。幸運を祈ります。」
悠人は頷き、依頼板へと向かった。
リリーも一歩一歩その後をついて行き、銀白色の狐の尾が軽く揺れ、琥珀色の目が好奇心旺盛にあたりの全てを見渡していた。
依頼板には様々な種類の依頼書がびっしりと貼られていた。最上段の数列は高ランクの依頼で、紙は新しく、字は整然としていた。求められるランクはC級からS級まで様々だった。
最下列の二段はG級とF級の低ランク依頼で、紙は黄ばんでしわくちゃになり、中には裏紙に書かれたものもあった。
悠人はしゃがみ込み、それらの低ランク依頼を注意深く見ていった。
「薬草採取:深淵平原外周部にて月光草を10株採取せよ。報酬:5銀貨。注意事項:魔物の活動範囲に注意すること。」
「下水道清掃:鉄床町東区の下水道が詰まり、スライムが発生している模様。報酬:3銀貨。注意事項:道具持参のこと。」
「書簡配送:隣町の商館まで密書を届けよ。報酬:8銀貨。注意事項:書簡は大切に保管し、開封してはならない。」
「魔物討伐:昨今、鉄床町北郊の廃鉱山付近に大量の擬態獣が出現し、往来の商旅の安全を脅かしている。冒険者による掃討を求む。報酬:12銀貨。注意事項:擬態獣は弱いが、擬態を得意とする。必ず撃破を確認すること。」
悠人の目は、最後の依頼書で止まった。
擬態獣の討伐。
自分の同類。
悠人は数秒間沈黙し、そして手を伸ばしてその依頼書を剥がし取った。
「本当にその依頼を受けるんですか?」
隣で依頼板を見ていた若い冒険者が親切に声をかけてきた。
「擬態獣は弱いけど、狡猾で、よく石や木に擬態して奇襲してくるんですよ。それに群れで行動するから、なかなか手ごわいですよ。」
悠人はその冒険者に頷き、了承したことを示し、依頼書をカウンターに持っていって登録した。
中年女性はその依頼書を見て、軽く眉を上げた。
「擬態獣の討伐? お一人で?」
悠人は頷いた。
「まあ、ご自由に。ただし、依頼を達成できなかったり、怪我をされても、ギルドは責任を負いかねますよ。」
中年女性は依頼書にハンコを押し、悠人に返した。
「期限は三日間です。達成後、擬態獣のコア結晶を持って報酬を受け取りに来てください。」
コア結晶?
悠人の心が動いた。擬態獣の体内にそんなものがあるのか?
彼は自分の体を見下ろした——今は人間の姿なので、何もわからない。
しかし、自分の体の中心に、確かに小さく硬い核があるのを感じることができた。
それが擬態獣のコアなのか?
彼は依頼書をしまい、リリーを連れてギルドを後にした。
空はすっかり暗くなっていた。
鉄床町の通りにはまばらな灯りがともり、数軒の酒場や食堂からは賑やかな喧騒が漏れていた。
夜風が吹き抜け、少し肌寒かった。
悠人はギルドの入り口に立ち、隣のリリーを見下ろした。
少女は彼を見上げ、琥珀色の目に一抹の不安を浮かべていた。
「本当に……行くの?」
悠人は彼女に微笑みかけ、しゃがみ込んで手振りで伝えた。
「君はどこかで待っていなさい。依頼を済ませたら、すぐに戻るから。」
リリーは首を振り、彼の服の裾をしっかりと掴み、一緒に行くと主張した。
悠人は一瞬迷ったが、結局頷いた。
二人は夜陰に乗じて、鉄床町の北門をくぐった。




