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第51話 つうこんのいちげき

 重厚な扉を開けて中に入ると、冷たい初冬の空気が頬を撫でた。経費節約なんだろう。暖房は入っていない。


 バルツァー辺境伯城にある軍議の間。

 長年の酷使で角が丸くなった巨大な樫のテーブルと、その上に広げられた領地地図。

 この無骨な部屋にも、随分と慣れた。


 長机に広げられた地図から顔を上げた参謀パーシバル殿と目が合う。

 

 もともと針金みたいに細い男だったが、さらに頬がこけ、目の下には隈が鎮座していた。

 

(……大丈夫か、この人)

 

 まあ、魔物のスタンピードに加えて、新ダンジョン発見の報せまで飛び込んできたのだ。

 休む暇などあるわけがないか。

 

《アルト。貴方も同様です。ここ数日のダメージイベントにより、SAN値が37パーセントまで低下しています》


 思わず口角が上がる。……笑いと呼ぶには、少し足りない。

 

(精神ダメージの主要因が、仲間の修羅場だからな…笑うしかないよ)

 

「アルト殿……私が言うのもあれですが、貴方、大丈夫ですか? 顔色、完全に死人のそれですよ?」

 

 パーシバル殿が、心底気の毒そうな声をかけてきた。

 

「お互い様でしょう、パーシバル殿。貴方こそ、今にも折れそうなくらい細くなってますよ」

 

 お互いに顔を見合わせ、乾いた笑いを交わす。

 そして最後は、示し合わせたように深いため息に終わった。

 

「……仕事の話をしましょう。第六サブダンジョンについてです」


 パーシバル殿が、細い指で地図の一点を指し示す。真新しい、インクで書き込まれたダンジョンマーク。メルキドの近くだな。

 

「ここから半日ほどの、里山の中です。領内を巡回している警備隊が、一昨日発見してくれました。

 先月の巡回では見つかっていませんから、ごく最近発生したものと考えられます」


 新規発見か…俺は質問を投げた。

 

「内部調査はされたのでしょうか?」

「いえ、残念ながら手が回っていません。何分、スタンピードの対応がありましたから……」


 パーシバル殿が、申し訳なさそうに首を振る。折れちゃいそうだ。

 

「わかりました。出来たばかりなら階層も少ないと思います。俺たち勇者パーティで直接、討伐に向かいます」


 俺がそう答えると、パーシバルは安堵の息を吐いた。

 

「ありがとうございます。そうしていただけると助かります。まだ、スタンピードの後始末に追われていましてね」

「スタンピードについては、我々の討伐が間に合わず、申し訳ありませんでした」


 今度は、俺が頭を下げた。

 一日早く攻略を始めていれば、防げたかもしれない。

 ……ただ、俺たちだけであの数のモンスターを突破できたかと言われると、正直わからない。

 

「いえいえ、あれは地震がトリガーになりましたから、完全な天災でしょう。バルツァー辺境伯様もそのように判断されています」

「……そう言っていただけると、少し楽になります」

 

 感謝を示すために笑おうとしたが、上手くいかなかった。

 顔の筋肉が強張っているのが、自分でもわかる。

 

「ところで……『不滅の焔』はどうされますか?」


 パーシバル殿が、探るように、心配そうに尋ねてきた。

 

「この後、彼らの宿に行ってきます。ウチのバカがやらかしましたから……最悪、契約解除もあるかと」

「……ですよね」


 再び、お互いに重いため息をつく。

 

《アルト、精神疲労が危険域です。早急な対応を推奨します》

(そんなこと言われてもな……なんかいい方法あるか?)

《充分な休息と睡眠、何も考えない時間を作る、趣味で身体を動かすなどが推奨されます》

(今、全部無理なんだが)

《身体に悪影響があるため推奨しませんが、テンションを強制的に上げる精神操作魔法が幾つかあります》

(……するか。人間辞めるやつだろ、それ)


 一瞬、考えたのは内緒にしとこう。


 


 

 夜半に俺は、『不滅の焔』が滞在している宿の一室で、サブリーダーのヨシュアに会っていた。

 

「……第六サブダンジョンの情報は以上だ」

「なるほど、出来たばかりなんですね」


 ランプの灯りに照らされたヨシュアが、真剣な顔で頷く。

 

「事前情報は全く無しだけどな。それから……あんな事があった後だ。『不滅の焔』との契約は、解消でもいいと考えているよ。当然、違約金や賠償も求めない」


 俺が切り出すと、ヨシュアは静かに首を振った。

 

「ご配慮ありがとうございます。あの後、パーティ内でも話し合ったのですが……この仕事は、最後までやり遂げようということになりました」

「えっ、大丈夫なんですか?」


 予想外の返答に、思わず声が上ずる。

 

「ええ。私も無理するなとラスには言ったのですが……」

 

 ヨシュアは小さく息をつき、肩をすくめた。

 

「『このまま、グラムから逃げる訳にはいかない』の一点張りでして」


 ……あいつらしいな。


「指揮系統上、ラスのコントロールが効かないのは、レイドとして望ましく無いのは理解しています」

 

 言いながら、ヨシュアは後退しかけた額を撫でた。


「ただ、ラスとカレンにとって、この辺境伯領は地元なんです。スタンピードもありましたし、地元の危機を、グラムにだけは任せたくないそうです」

「……そうですか」


 地元への想いと、意地。

 そこまで言われてしまえば、無碍に断ることはできない。

 

「ラスウェルとカレンは、その……大丈夫なんでしょうか?」


 少し言い淀むように、俺は問いかけた。


 ヨシュアは穏やかに首を振る。


「誤解のないように言っておきますが、今回の件、カレンも、自分の意思でグラムの部屋に入ったと言っています。グラムが無理強いしたわけではないようです。

 ただ……あれがまともな心境での選択だったとは、私には思えませんが」


 合意だった。後悔している。

 救いがないくらい、聞き覚えのある構図だった。


 ヨシュアは疲れたようにため息をつき、

 

「こればかりは、二人の問題ですからね。私からは何とも。ただ、ラスはカレンに対してひどく反省しています。

 ラスは、グラムに奪われたとは言っていません。自分が、カレンにそう思わせたのだと……そこをひどく悔いています」


 ……そうか。俺は、何故かほっとしていた。多分、俺たちの事をあの二人に重ねているんだ。


「カレンの事は、今ルルゥに任せていますので、詳しいことはまだ……」

 

 ヨシュアは言葉を選ぶように、わずかに視線を落とした。


「わかりました」

 

 深い事情に踏み込む気力は、今の俺にはない。

 

「それでは、『不滅の焔』が第六サブダンジョンアタックに参加するとして、日程はいつにしましょう?」


 話を切り替えるように、俺は本題へ戻した。


「そうですね……三日後ではいかがでしょう?」


 少し間を置いてヨシュアが答える。準備期間としては、妥当なところだ。


「ただ一点だけ、個人的にお願いがあります」

「なんでしょう? 俺にできる事なら」


 ヨシュアは、ひどく申し訳なさそうに視線を落とした。

 

「グラムは『不滅の焔』、特にラスとカレンには、極力近づけないようにお願いします。レイドを組んでいて、無茶なお願いで本当に恐縮なのですが」


 ……まあ、そうなるよな。

 あんな事があったんだ。元凶との接触は避けた方がいいに決まってる。


 ――と、そこまで考えて、自分にも見事に刺さる話だと気づく。

 綺麗なブーメランだ。笑えない。


「わかりました。それではまた、よろしくお願いします」


 俺は短く頷き、どうにかそれだけを返した。

 




 俺達は、ひんやりとした空気に包まれている細い山道を歩いていた。

 

 落ち葉が薄く積もり、踏みしめるたびに乾いた音が静寂に溶けていく。

 両脇の木々は葉を落とし、枝先だけが白い光を受けて細く震えている。ところどころに残る紅葉が、冷えた空気の中でまだ微かに火を灯すように揺れ、山道の先を淡く照らす。

 風が吹くと、枯れ葉がさらさらと舞い上がり、細い道を小さな渦のように駆け抜けていく。

 

 枯れ葉が舞う肌寒い空気の里山を半日ほど歩き、俺達勇者パーティと『不滅の焔』の合計十名はダンジョン入り口に着いた。


 風景は静謐だが、俺達の心中は静謐とは程遠かった。

 

 俺の指示で、グラムは『不滅の焔』のメンバーから極力離れた位置に立たされていた。

 しかし当然だが、場には最悪に微妙な空気が流れている。


 ラスウェルは無言でしゃがみ込み、緩んでいたカレンの脚甲の留め具に手を伸ばした。

 

「……緩んでるぞ」

「ごめん……気付かなかった。ありがとう」


 二人とも視線を合わせず、ただ指先だけがぎこちなく触れたが、お互いビクッと手を引っ込めた。痛々しい。

 

 そして、グラムは完全に平常運転だった。

 

 いつも通り『不滅の焔』のメンバーに話しかけようとして、俺とバロックに止められていた。


 グラムは、本気で理解していないのだろう。

 カレンが何に傷つき、ラスが何に壊れ、場の全員が何に顔を歪めているのか。

 合意という一枚の札だけを掲げて、それで全部片が付くと思っている。

 強いくせに、人の心に関してだけは、致命的に鈍い。

 

 泣く相手を残しておいて、「問題なかった」で済むなら、人間関係はここまで拗れない。

 

(……胃が痛い)

《アルト、胃酸分泌が上昇しています。胃潰瘍のリスクが7パーセント上昇しています》

(後で胃薬飲んでおこう……)


 誰も口を開かない重苦しい沈黙に耐えかねて、俺は手を叩いた。

 

「さて、準備もできたみたいだし、ダンジョンアタックを開始しよう。寒いし、早く攻略して帰ろう」


 ダンジョンに入る前、俺はそっとリーネの隣に立った。

 

「悪い。あれから、声かける余裕がなくてまともに話せなかった。……気になってた。無理するなよ。お前だけ傷付く事はないからな」

 

 リーネは一瞬だけ息を止め、それから柔らかく目を細める。

 

「ええ。ありがとう。今度はちゃんと、あなたに相談するわ」



 


 俺たちはダンジョンへ踏み込んだ。……が、いきなり目の前に重厚なボスルームの扉が現れた。

 

「……いきなりだな。出来たばかりだからか? アビス、中をスキャンできるか?」

《了解、アルト。……スキャン完了。ノイズが多く詳細不明ですが、ダンジョンボスらしき高魔力反応が一体確認されました》

「一体だけか?」

《はい、アルト。ダンジョンボスだけと思われます》


 俺は後ろを振り返り、険しい顔つきのメンバーたちに声を張った。

 

「皆、聞いてくれ。この向こうに、いきなりボスがいるみたいだ。どうやら一体だけらしい。ここで準備して、用意ができたら一気に突入しよう」


 数分後、重い音を立ててボスの間の扉が開き、俺達は中へと踏み込んだ。


 加速バフ、持続回復、剛力の加護、防御スキル、勇気の加護――全員が色とりどりのバフの輝きを纏い、臨戦態勢をとっている。


 広い石造りの部屋の中央には、首の無い甲冑が一体、ただ静かに佇んでいた。

 手には、身の丈ほどもある一振りの大剣が握られている。


 動かない。呼吸もない。

 気配すら、ない。


 大剣の切っ先が、わずかに床に触れている。

 首があるべき場所には、ただ暗い空洞だけがある。

 

 だが。

 

 視線を感じる。

 

 首がないのに。目がないのに。

 じっと見られている。


 ……嫌な感じがした。

 

 全員の足が一瞬だけ止まった。

 皆、感じたようだった。

 

「……正攻法で行くか。バロック、カレン。前に出て、ヘイトを稼いでくれ」

「わかった」


 俺の指示に、バロックが短く応え、巨大な盾を構えて防御スキルを展開しつつ前へ出る。

 今まで、どんな難敵も撃破してきた、定番の手順だ。

 カレンも無言で頷き、自らの盾をカンッと鳴らしながらバロックの横に並んだ。

 

《警告! ダンジョンボスの魔力反応が、急速に増大――!》


 アビスの無機質な警告が脳内に響き渡った。

 

 その瞬間。


 ダンジョンボスの姿が、かき消えるように消えた。


 そして、次の瞬間には、首無し甲冑はバロックのすぐ隣で、大剣を振り抜いた体勢で現れていた。


 半拍後、バロックの首から、大量の血液が噴出した。

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