第45話 乱入、告白タイム
季節は初冬に移っていた。
バルツァー辺境伯の城であてがわれた客間は、分厚い石壁のせいか妙に底冷えがした。
ヒーターはあるが、気休め程度だ。
城は立派でも、快適さまでは保証してくれないらしい。
俺は机に向かい、黙々と手を動かしていた。
机の上にあるのは、細い金色のチェーンが二本。
女性用のアンクレットだ。
片手をかざし、魔力を針のように細く絞る。鎖の環ひとつひとつに、刻印を焼き付けていく。
地味で神経を削る作業だが、こういうのは嫌いじゃない。
……チマチマやってると、余計なことを考えなくて済むしな。
ひと区切りついたところで、小さく息を吐く。
眼鏡を外して、指で目頭を押さえた。視界がじんわりと滲む。
《アルト。眼精疲労が中程度から強度へ移行しました。作業の中断をお勧めします》
「ああ、そうだな。……まぁ、凝り出すとキリがないから、こんなもんにしとくよ」
椅子に深く背を預けながら、昼間の軍議をぼんやりと思い返す。
休んでいるつもりだが、頭は勝手に働く。
便利だが、ありがたくはない。
パーシバル参謀殿は終始、やけに深刻な顔をしていた。『第五サブダンジョンでスタンピードの危険が高まっている』――内容も顔に負けず、なかなか重い。
魔王のダンジョンは残り二つ。数だけ見れば終盤だが、話はそう単純じゃない。
ダンジョン全体の魔力総量は一定。
だから数が減るほど、残りに魔力が集中する。結果、モンスターは増えるし強くなる。
中々、陰険な魔王仕様だ。
ダンジョンモンスターは、キャパオーバーすると、外に溢れる。
モンスターが外に雪崩れ出る現象が、スタンピードだ。
全く笑えない。
「アビス。現時点での発生リスクは?」
《はい、アルト。一か月以内発生確率89パーセント。一週間以内では、32パーセントです》
……結構、いい数字だ。やれやれだな。
「まぁ、今は騎士団が第五サブダンジョンの近くに駐屯してくれているから、溢れたとしても民草に被害が出ることはないだろうが……」
どちらにしろ、急がないとな。
明日、皆と相談して出発日を決めよう。
そう思考をまとめた時だった。
部屋に控えめなノックの音が響いた。
こんな時間に誰だ。
少し早いが、リーネか?
俺は立ち上がり、扉を開ける。
「こんばんは、アルトさん……」
そこに立っていたのは、ミリアだった。
大きな魔導書を胸に抱え、チュニックの上に厚手のガウンを羽織っている。
白に近い銀髪と相まって、まるで雪の妖精のような出で立ちだ。
「どうしたんだ、こんな時間に」
「あの、構築したい魔法があるんですけど、ちょっと行き詰まりまして……アルトさんの意見を聞きたいな、と」
言いながら部屋の中、机の上を見たミリアが小さく首をすくめる。
「ごめんなさい、お仕事中でしたか?」
「いや、今終わったところだ。まだ、この後ちょっと用事はあるが、ミリアの質問はすぐ終わりそうかい?」
「…はい。お時間は取らせません」
一瞬、ミリアは悩んだようだが、自分で納得したようだった。
「わかった。それじゃあ、入ってくれ。お茶を淹れるよ」
ミリアを部屋に招き入れ、温かいお茶の準備をする。
その背後で、「うわぁっ!」とミリアが感嘆の声を上げた。
「すごい繊細な細工! これ、効果増強と、魔力消費低下の術式ですよね? この二つを、こんなに細かく繋げるんですね! こんな事できるんだぁ……!」
振り返ると、ミリアが机の上のアンクレットを見て目を輝かせていた。
比喩じゃない。本当に発光しているあたり、もはや照明器具の領域だと思う。
感情に合わせて光ります。何か売れそう。
(ミリア、相変わらず眩しいな……)
《警告。眼精疲労が危険域に到達。網膜への入射光を制限します》
(サンキュー、アビス。助かるよ)
視界が一段暗くなり、目の痛みが引く。
ミリアの視線が、ふと、机の端に構築した小型の魔法結界、その中に安置された掌サイズの人形へと引き寄せられた。
「アルトさん、これは……?」
ころころと興味を変える、魔法オタク少女に、俺は苦笑いした。
まぁ、同じオタクとして、気持ちはわかるな。
「これは、依代だな」
「身代わり人形、ですか……」
結界越しに人形を見つめるミリアが、感心したように呟いた。
「よく知ってるな。ほら、この間、俺ダンジョンボスに踏み潰されそうになったろ? ああいった致死レベルの大ダメージを受けた時、身代わりがあれば死なずに済むと思ってな。保険みたいなもんだよ」
「やっぱり、アルトさんは凄いです……」
「アビスあっての話だよ。俺が凄いわけじゃない」
俺が肩をすくめると、ミリアは静かに、けれど力強く首を横に振った。
「いいえ。魔法は、知識だけでは実践できない……それは、アルトさんが一番ご存じですよね?」
真っ直ぐな尊敬の眼差しを向けられ、俺は柄にもなく照れてしまい、ぽりぽりと頬を掻いた。
「さて、ミリア。何を聞きたいんだ?」
話題を変えようと声をかけると、ミリアはこくんと頷いて椅子に腰掛ける。
出しておいたお茶に口をつけた途端、さっきまでのキラキラが消えて、今度は顔の方が赤くなっていった。
視線が泳ぐ。発光は収まったが、挙動は不安定だ。
……忙しいなこの子。
別の意味で目に優しくない。
「えー……と、ですね……」
前置きがやけに長い。
あー、なんか嫌な予感がして来た。
次の瞬間、ミリアが勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい! 嘘をつきました!」
「……は?」
魔法の相談じゃなかったのか。
この位の年の子は、予想の斜め上を軽々と越えてくるな。昔は俺もそうだったのか。
顔を上げたミリアは、耳まで真っ赤だった。
色素の薄い髪は相変わらずきらきらしていて、赤い瞳はうっすら潤んでいる。
さっきの発光とは別ベクトルで眩しい。
「今日は、告白に来ました! ……もう、ばれてると思いますけど。私、アルトさんが好きです」
ど直球だな。
変化球もチェンジアップもない、ど真ん中全力ストレートだ。
――13歳かぁ
頭のどこかで、やけに大きく反響する数字だ。こりゃ、軽口で受け流せる類の話しじゃないな。
この年齢の相手に曖昧な期待は持たせられない。
俺はミリアの目を見た。
全力ストレートには、渾身のフルスィングで返さなきゃだよなぁ……
俺は、わずかに口元を緩めた。サービス程度の微笑だ。ついでに、短く息を吐く。
「……ありがとう。嬉しいよ」
ここまでは本音だ。問題はこの先だ。
「でも、ごめんなさい。ミリアの気持ちには応えられない」
できるだけ柔らかく言ったつもりだが、刃物は包んでも刃物だ。
ミリアはきゅっと唇を噛んで、視線を落とした。
「……ですよね。わかってました」
顔を上げた時には、もう涙がこぼれていた。さっきとは別の意味で、直視に困るやつだ。
「リーネさん、ですか?」
……そう来るよな….
俺は少しだけ視線を逸らす。
はぁ…本音でいくか、13歳ならいいだろう。
「そうだな。……ミリアも知ってると思うけど、俺達は離婚しただろ?」
「はい」
「この遠征中に、少し話してな。お互い、色々間違った、ていう結論になった」
本当だ。俺もリーネも、未熟だった。
でも、だからと言って、一度壊れたモノは元には戻らない。全く悩ましい。
「それで、今は……これからどうするか、二人で考えてる途中だ」
俺は少し困ったように笑った。こういう顔、最近よく使ってる気がする。
……いや、本当にどうすればいいのかね。
「正直言って、俺は今、リーネと向き合うので手一杯でな。他の女性の事まで考えている余裕がないんだよ」
俺の言葉を聞き、ミリアは涙を拭いながら少し考え込んだ。
「……分かりました。私の事、キチンと考えて答えていただいて、ありがとうございます」
彼女は小さく鼻をすすると、居住まいを正した。
「あの。少し、私の話を聞いてもらってもいいですか?」
俺が頷くと、ミリアはぽつりぽつりと話し始めた。
「私、『愛し子』だったんです。生まれた時から、精霊さん達が側に居てくれて。周りの方にも凄く大事にされたんですけど……仲の良い友達は、一人もいなくて」
なるほど、典型的なやつだ。才能が人を遠ざけ、孤独が完成するパターン。
「他の精霊使いさん達も、私には気安くしてくださらなくて。いつも一人でした」
強すぎる力が、他人との距離を作る。
便利だが、人間関係には向いてないかもな。
「でも……アルトさんは、アビスと契約されているせいか、私と同じ匂いを感じたんです」
「同じ、匂い?」
「はい。……人の輪の中にいるのに、少しだけ外側にいるような感じです」
ミリアは、自分の胸元をそっと押さえた。
「皆さん優しいんです。大事にもしてくれます。でも、どこかで最初から“普通の子”としては見てくれないんです。
精霊さんがいつも傍にいるせいか、私自身じゃなくて、その向こう側まで含めて見られてる感じがして……」
彼女は少しだけ眉を下げて笑った。
「アルトさんからも、少し似た空気を感じたんです。アビスさんがいるせいかもしれないですけど……人の中にちゃんといるのに、ほんの少しだけ遠いところに立ってるような感じがして。だから、初めて会った時から、凄く惹かれてたんです」
なるほどな。
……光属性の少女に「同じ匂い」と言われるとは……俺的には闇属性のつもりだったんだが。
ミリアが、少しだけ照れたように笑う。涙の残りが、余計に目立つ。
泣き笑いは苦手だ。どう反応しても、だいたい間違える。
「この旅の中で、アルトさんの魔法使いとしての在り方が、とても好きになって……」
言い切らずに、彼女はまたはにかんだ。
「そんな中、ルチアさんが現れて、アルトさんに距離を詰めてきたので、私もすごく焦っちゃいました」
てへっと、舌を出して、自分の頭をこつんと叩く。
「望みが無いのは分かってたんですけど、ちゃんと、私の気持ちを告白しておこう! って思ったんです」
ミリアは立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
「アルトさん、ちゃんと答えてくれて、ありがとうございました」
綺麗に振られて、綺麗な思い出にして終わる。
俺は内心で安堵の息を吐きかけた。
「私が勝手に追いかける分には、問題無いと思いますから。これからもよろしくお願いします!」
「……はいっ?」
思わず変な声が出た。
ミリアは涙の痕が残る顔で、満面の笑みを浮かべていた。
「私、アルトさんとリーネさんが、落ち着くまで待ちます」
「いや、待つって……」
「だって、リーネさんとよりを戻すって決まった訳じゃ無いですよね?」
「それは、そうだが…」
「私、若いですから! 数年はアルトさんを追いかけても、全然問題無いですもん!」
笑顔全開。
でも、強がりも透ける。
目も赤くて、少しだけ声が湿ってる。
俺は、彼女の宣言に、二の句が継げなかった。
(無敵なのか……)
《いえ、アルト。貴方がヘタレなだけです》
(いや、これは無理だろ……お前できんのかよ)
《私に、恋愛機能はありません》
薄暗い部屋の中で、雪の妖精はどこまでも眩しく輝いていた。
俺の眼精疲労は、当分治りそうになかった。
「あー……ミリア。すまないが、俺はこれからリーネと約束が――」
その瞬間、バンッ! と無遠慮な音を立てて、部屋の扉が開け放たれた。
「アルトー、来ちゃったぁ」
ひどく酒臭い呼気と共に乱入してきたのは、ラスウェルたちのパーティの斥候、ルチアだった。




