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第41話 不滅の焔

 晩秋の陽光は、暖かさよりも冷ややかさを強調するように、城塞都市メルキドの石畳を白く照らしていた。


 俺は冒険者ギルドの重厚な木製扉に手をかけた。

 メルキドのギルドは初めてだが、構造は大体どこも同じで、入口脇に壁一面掲示板があり、依頼が張り出されている。

 

 朝の依頼争奪戦が終わった後らしく、今は妙に静かだ。

 

 冒険者時代はリーネとほぼ毎日のようにギルドに顔を出していて、朝は手分けして割のいい依頼を奪い合うのが日課だった。


 あの頃はリーネが目ぼしい依頼を先に確保して得意げに笑い、俺が外れを引いて文句を言うまでが一連の流れだったのを思い出す。


 胸元で微かな金属音がした。

 久しぶりに引っ張り出した「金級冒険者」のタグ。

 そして、その隣には賢者の学院から授与された「賢者の印」が鈍い光を放っている。


 かつての俺なら鼻高々だっただろうが、今の俺にとっては、これらは単なる「交渉用の部品」に過ぎない。

 

「……悪いな、リーネ。わざわざついて来てもらって」

 

 隣を歩く銀髪の剣士を、視界の端で捉える。彼女の胸元にも、金級のタグが揺れていた。

 

「ううん、アルト、気にしないで。私もメルキドのギルドを見てみたかったから」

 

 リーネが少しだけ儚げに微笑む。

 彼女の紫の瞳に、追憶が揺れているように見えるのは、多分間違いではないだろう。

 

 ……懐かしいな。

 

 前はこうして、二人で方々のギルドを渡り歩いていた。

 俺達は、お互い支え合って生きていた。


 あの頃は、まさか互いの間に「不倫」と「離婚」という巨大な溝を抱えて、独りになるとは想像もしてなかった。


 ……そして僅か二年で、再び同じ道を歩くことになるとは。


 人生、本当に何が起こるかわからない――少なくとも、離婚した時の俺に言っても信じなかっただろう。

 

「アルト、受付はあっちみたい」

 

 リーネが指差した先には、既にこちらの金級冒険者のタグを見て色めき立っている職員たちがいた。

 

「ありがとう。行こうか」




 

 俺たちは案内に従い、喧騒を離れて二階の応接室へと足を進めた。

 

 応接室の扉が開くと、そこには既に三人の男が座っていた。

 

 上座に座っている老爺は、このギルドを束ねるギルド長だろう。

 

 そしてその右脇に、鋼色の髪をした二十代前半の青年が座っている。

 体格は、着込んだ軽装の鎧越しでも分かるほどに引き締まっている。

 彫りの深いイケメンだが、その目元には既視感があった。

 

 もう一人は、中肉中背の壮年男性だ。穏やかな、実直そうな瞳。

 着古した法衣が、彼が現場主義の神官であることを物語っていた。

 

《アルト。若い個体は、先日接触したカインズ・フォン・バルツァー辺境伯と身体的特徴の73パーセントが一致します。この個体がラスウェル=バルツァーであると推測されます》

(ああ。アビス。目元が親父さんそっくりだ)

 

「お待ちしておりました。勇者パーティの賢者、ヴェルクレイン殿ですね?」

 

 ギルド長が立ち上がり、慇懃に頭を下げる。俺は短く一礼し、リーネを促した。

 

「お待たせして申し訳ありません。勇者パーティのアルト=ヴェルクレインです。それと、こちらは――」

「リーネ=カーティスです。剣士をしています」

 

 リーネが丁寧な所作で挨拶する。

 さらさらと流れる銀髪を揺らしながら、凛とした声で自己紹介する彼女は、金級冒険者に相応しい佇まいだった。

 彼女がそこに立つだけで、部屋の格が上がるような錯覚を覚える。

 

「いやはや、『深淵の賢者』に『神速の舞剣』とは、贅沢なメンバーですな。僅か二週間で魔王のサブダンジョンを三つも踏破したという噂は、既に街中に広まっていますよ」

 

 ギルド長の賞賛に、俺は口角をわずかに引き上げた。

 自嘲の笑みだ。

 

「止めてください、ギルド長。勇者パーティはただの寄せ集めですよ。メンバーは贅沢かもしれませんが、パーティとしてはまだまだです。それに、そろそろダンジョンアタックには、戦力が足りなくなってきました」

「……それほどですか?」

 

 俺は視線をリーネに向けた。彼女は真剣な表情で頷く。

 

「そうですね。先日攻略したゴーレム系ダンジョンでは、モンスターの硬度があからさまに増していました。私の剣だけでは、決定打に欠ける場面も増えています」

「一つ攻略するごとに、残りの魔物が強化される。後三つ、魔王ダンジョンの難易度は想像以上でしょう」

 

 俺はギルド長、そして黙ってこちらを観察しているラスウェルを交互に見た。

 

「そろそろ、レイドを組む時かな、と私は考えています」

 

 部屋の空気が薄くなったような、緊張感が走る。

 ギルド長が深く頷き、隣の青年を紹介した。

 

「なるほど。それで、金級冒険者をお探しだったと。……こちらが、ご指名いただいた金級パーティ『不滅の焔』のリーダー、ラスウェル=バルツァー殿です」

 

 青年――ラスウェルが、組んでいた腕を解き、鋭い視線を俺にぶつけてきた。

 

「ラスウェル=バルツァーだ。……こっちはサブリーダーのヨシュア」

「ヨシュア=ヴィンセントです。ご覧の通り神官ですが、荒事もそれなりにこなしますよ。よろしくお願いします、賢者殿」

 

 ヨシュアと名乗った男は、実直そうな微笑を浮かべた。


「よろしく、ラスウェル、ヨシュア」


 俺は二人と握手を交わすと、今日の本題を切り出した。


「単刀直入に言わせてもらう。俺たちは、魔王討伐のために金級パーティ『不滅の焔』に、レイド編成の依頼に来た。……今の俺たちには、あんたたちの『焔』が必要なんだ」

「……俺たちの『焔』が必要、か」

 

 ラスウェルは、その言葉を反芻するように低く呟いた。

 

 直後、彼の瞳の奥で、パーティ名に違わぬ鋭い光が爆ぜる。

 それはギラついた、燃えるような「敵意」だった。


 金級冒険者の威圧に、部屋がミシミシと軋む。

 

 リーネの瞳に剣呑な光が宿り、腰を浮かせ両手が剣の柄に伸びる。


《アルト。個体名ラスウェルの心拍数が急上昇。過去外部記録と照合――六年前、勇者グラムに敗北。現在の精神状態は『再戦への執着』と推定されます》

(アビス……お前、絶対今それを喋るなよ)


 俺は心の中でアビスを黙らせ、平静を装ってラスウェルを見据える。


「……それで、肝心の勇者はどこだ、自分のパーティの一大事を部下に丸投げして、どこかで昼寝でもしてるのか」


 ……昼寝。多分してるな……

 俺は思わず乾いた笑いを漏らした、あまりに的確すぎて否定する気も起きない。


「あいにく、あいつを交渉の場に連れてくるほど俺は耄碌してないし、あれに“交渉”なんて高等機能が搭載されてるとも思ってない」


 そう返すと、ラスウェルは一瞬きょとんとした顔をしてから、俺の苦虫を噛み潰したような表情を見て堪えきれず吹き出した。

 部屋を押し包んでいた威圧が、嘘のように消える。


「確かに、賢明な判断だ」


 そう言ってようやく肩の力を抜いたものの、その視線はまだ値踏みするように鋭い。

 どうやら“勇者嫌い”だけで全面的に信用してくれるほど甘くはないらしい。


 その横で、神官のヨシュアが困ったように眉根を寄せ、重いため息を吐いた。

 

「ラス、その辺にしておけ。賢者殿がわざわざ頭を下げに来てくださっているんだ。私怨を持ち込むのは、金級冒険者としていささか品性に欠ける」

「うるせえ。あの時、あいつが最後に抜かしたセリフを、俺は一日たりとも忘れたことはないぞ」

 

 ラスウェルの言葉に、俺は思わず遠い目をした。

 あのバカ勇者が何を言ったのか、容易に想像がつく。

 

 悪意ゼロの無邪気な言葉で、敗者のプライドを粉々に砕いたのだろう。

 あいつに悪気がないのは知っているが、それが一番、真面目な人間を狂わせる。

 

 ふと隣を見ると、リーネはまだ臨戦体制のまま、剣の柄を強く握りしめていた。俺はその手にそっと自分の手を重ねる。


 その瞬間、彼女の肩がびくりと揺れて、驚いたように一瞬だけ俺を見つめ――すぐに視線を逸らし、耳の先まで真っ赤に染めて俯いた。


 ……いや、そんな反応するか?

 ただ手を添えただけなんだが。

 なんだその初心なリアクション、こっちまで妙に意識してしまうだろうが。


《アルト。小学生カップル並みですね》

(ほっといてくれ)




 

「……いいだろう。レイドは組んでやる。……グラムには、特等席で俺たちの背中を眺めさせてやる」

「せいぜい、頑張ってくれ。俺は効率よく、確実にダンジョンを潰せればそれでいい」

 

 俺が淡々と返すと、ヨシュアが苦笑しながら補足した。

 

「……すみません、アルトさん。リーダーがこんな調子ですが、実力は保証しますよ。ギルドの記録にもある通り、私たちは魔王討伐のお役に立てると思います」

「ああ、期待しているよ、ヨシュア。今のパーティメンバーも中々凄いんだが、正直、ウチの勇者もあれだからな…… 魔王のダンジョンのモンスター強化も侮れないし、『不滅の焔』が協力してくれるなら心強いよ」

 

 俺の本音が漏れると、ヨシュアは憐れみを見るような目で俺を見つめた。年長者特有の「苦労してんだな」という眼差しだ。

 

「……それじゃあ、細かい条件はギルドの契約書に則るとして、一度メンバー紹介とかするかい?」


 俺は苦笑いして、ラスウェルに尋ねた。


「イヤ、いいわ。グラムと顔合わせたく無いし、ダンジョンアタックの打ち合わせなら、この後続けてやっちまおう」

 

 ……どんだけ、グラム嫌いなんだよ。まぁ気持ちは判るが。



 


「……まぁ、大体ざっとこんなもんかな」


 ラスウェルが打ち合わせを締める。


「あぁ、俺も異論は無い。リーネは何かあるか?」

「私も大丈夫。久しぶりのレイドだね。腕が鳴るよ」


 ――ああ、そうだな。俺も楽しみだ。


 リーネと並んでギルドにいる、それだけの状況でそんな感想が出てくるあたり、我ながら単純すぎて笑える。

 ついこの間まで、顔を見るだけで胃が痛くなっていたはずなんだが。


《アルト。個体名リーネとの共同行動により、ドーパミン分泌量の増加を確認。状態『快』と判断します》

(やめろ、いちいち言語化するな)


 立ち上がったラスウェルが、ふと俺とリーネの方を見て、口の端を歪めた。


「何だ?」


 俺が尋ねると、ラスウェルは俺とリーネを交互に眺めて、


「いや、二人は別れたって聞いてたけど……随分と仲が良さそうだな」


 ――その一言で、俺達二人、同時に固まった。


「なっ……!」

「……は?」


 ほぼ同時に声が出た。


 隣を見ると、リーネは顔を赤くして視線を逸らしている。……いや、何でお前が照れるんだ。


 ――というか、待て。


 今、俺も同じタイミングで同じ反応してなかったか?


《アルト。個体名リーネと発話タイミング、音量、反応内容が高精度で一致。『同調状態』と判断します》

(……もう、勘弁してくれアビス)


 ラスウェルが、面白いものでも見つけたようにニヤリと笑う。


「やっと鉄面皮が崩れたな。それじゃ、ダンジョンでな」


 ……ちくしょう、一本取られた。覚えてろよ。

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