第4話 結成!魔王討伐パーティ
序章4/9です。
円卓、という形式は実に悪趣味だ。
どこが上座でどこが下座かという序列を曖昧にし、「我々は対等な仲間である」という幻想を押し付けてくる。
そして何より、嫌でも全員の顔が視界に入る。逃げ場がない。辛い。
王城の一角にあるブリーフィングルーム。
磨き抜かれた大理石のテーブルを囲んでいるのは、人類の命運を託された「魔王討伐パーティ」の面々だ。
《状況をスキャン。個体名:グラム、リーネ、フィオナ(New!)、バロック(New!)、ミリア。
全構成員の魔力および肉体コンディションを確認。個別の戦闘能力、職能の相互補完性を組み入れ、魔王討伐パーティとしての適合性を計算しました。
——結論。検索人物範囲において、対魔王戦における、「最適」の編成と判定します》
脳内に響く〈アビス=レイザル〉の声。
感情を排したその平坦な報告が、今の俺には最高の皮肉に聞こえた。
(最適、か。……笑えない冗談だな)
俺は心の中で毒づきながら、漆黒のローブの袖を整える振りをし、視線を巡らせる。
正面には、窓から差し込む陽光を反射してキラキラと輝く金髪の男、勇者グラム。
奴は俺の視線に気づくと、やけに歯並びのいい白い歯を見せてウインクしてきた。
悪意など微塵もない、純粋培養の陽気さ。
……少し、イラッとくる。
《アルト。ストレス値が上昇しています。『沈静』を実行しますか?》
(要らん。黙れ)
内心でアビスを一蹴し、軽く舌打ちする。
八つ当たり気味に視線を逸らし、室内を見回した。
グラムの隣には、俯いて銀髪を力なく垂らし、膝の上で固く指を組んだリーネが座っていた。指先は微かに震えている。
そして――左手の薬指。
まだ、銀の指輪がはまっている。
……外していない、のか。
かつて俺がその指に指輪を通した時も、彼女は震えていた。
あの時の震えは、きっと喜びだったのだろう。
今は何だ。
罪悪感か。後悔か。
それとも、ただの緊張か。
《対象名:リーネ=カーティス。心拍数上昇。末梢血管収縮。微細振戦を確認……情動推定:強い不安、自己嫌悪、未練。対アルト愛情残存確率――97.3%》
(……要らん数字を出すな)
そもそもだ。
自分の浮気が原因で離婚した相手の指輪を、一年以上も経ってなお嵌め続けている心理が、俺には理解できない。
未練の象徴か。
自己罰の装飾品か。
それとも――
「まだ終わっていない」と、誰にともなく主張したいだけか。
どれであっても、滑稽だ。
……いや。
滑稽なのは、そんなものを見て、胸の奥が僅かに軋む俺の方か。
《アルト。個体名リーネの心情を推測しますか?》
(余計な事するな)
無理やり視線をリーネから引き剥がす。
見続けても、何かが好転するわけじゃない。
謁見前、俺たちがこしらえた微妙な空気は、きれいさっぱり消えてくれるほど親切ではなく、今も円卓の周りを、幽霊みたいにふわふわ漂っている。
俺とリーネ、そしてグラム。
この三人の間に、ただならぬ因縁があることくらい、きっと全員が察している。
だから誰も踏み込まない。
だから誰も話題にしない。
結果として——会話が、微妙に、消えた。
(……勇者パーティの初顔合わせとしては、満点のスタートだな)
リーネの隣では、聖女フィオナが眉間に深い谷を刻み、胃のあたりをそっと押さえている。
ミリアはというと、事態の深刻さなど露ほども感じていない様子で、俺とリーネとグラムの顔を交互に眺めていた。
そして巨漢のバロックだけは、目を閉じたまま腕を組み、微動だにしない。
(……空気、重すぎだろ)
さすがに笑えない。
(みんな、まさか“サレ男・シタ女・間男”が同じパーティに放り込まれてるとは思ってないよな……誰だよ選定責任者、あとで顔を拝みに行きたい)
そんな不毛なことを考えながら、俺は無表情を貫いたまま、心の中だけで小さく溜息をついた。
その時、重厚な扉が開いた。
入ってきたのは、王国宰相だ。だが、その百戦錬磨の老政治家でさえ、この部屋を満たしている異様な空気に、一瞬だけ足を止めた。
「……皆、揃っているようだな」
宰相は、俺たちの空気を読み取ったのか、それとも単に仕事を進めたいだけなのか、咳払いを一つして円卓に座った。
「魔王討伐の勅命はすでに下された。私が君たちを招集した――宰相ワトキンスだ」
「……っ、ゲホ、ゲホ……失礼しました」
思わず咳き込んでしまった。
ついさっき俺は、「選定責任者の顔が見たい」と心の中でぼやいていたばかりだ。
その“責任者”が、まさか目の前で名乗りを上げるとは……叶わなくていい願いほど、どうして簡単に叶うんだ。
「…だが、君たちはまだ正式なパーティとしての顔合わせを済ませていない。……まずは自己紹介から始めよう。これから地獄を共にする『仲間』を知ることは大事だからな」
自己紹介。
その言葉が出た瞬間、この部屋の空気は更に一段階重くなった。
まるで「さあ、地雷原で足踏み大会を始めましょう」と宣言された気分だ。
……このオッさん、わざとやってないか?
《アルト。ストレス値が上昇しています。『沈静』を実行しますか?》
(要らん。黙れ)
宰相の促しに応じて、最初に口を開いたのはやはり「勇者」だった。
「俺は勇者のグラム=ハルバード!
ま、難しいことは抜きで! 俺が前で全部ぶった斬るから、後ろは任せたぜ!
みんな、よろしくな!」
屈託のない笑顔。一切の曇りもない青い瞳。
俺の人生をめちゃくちゃにした自覚など、この男の脳細胞には一欠片も存在しないらしい。
《個体名:グラム。思考プロセスは極めて単純です。『聖剣を振る』『敵を倒す』『飯を食う』の三層構造で構成されています。……人間とは思えないシンプルな思考ですね》
(……もう、聖剣が本体で、あいつはオマケ。そう考えたほうが、色々と納得がいくな..)
次に立ち上がったのは、俺の左隣。質の良い椅子を軋ませて、その巨漢が動いた。
バロック=グランデル。
五十五歳という年齢に相応しい、深い皺が刻まれた厳格な貌。
だが、その瞳には老練な猟犬のような静かな知性が宿っている。
丸太のような腕、鋼鉄の塊が歩いているような分厚い胸板。
全身から放たれる圧倒的な威圧感は、並の魔物なら視線だけで退けそうだ。
「バロック=グランデルだ。タンクを任されている。……この歳だ、功名心はない。
若い者が無事に帰れるよう、体をはるのが俺の仕事だと思っている」
低く、腹に響く声。
(……すごい身体だな。どれだけ鍛えたら、ああなるんだ。
重心が低い。足運びに無駄がない。安定感が段違いだ。下手したら、オーガと正面から殴り合っても勝てるだろ)
《対象:バロック=グランデル。
バイタルサイン、極めて安定。精神波形に大きな揺らぎなし。
本パーティにおいて最も生存確率が高いと推測されます》
(へぇ)
《補足。彼が死亡する状況は、パーティ全滅とほぼ同義です》
(……頼もしすぎて、逆に笑えてくるな)
続いて、聖女フィオナが居心地悪そうに立ち上がった。
亜麻色の髪を清楚にまとめ、聖職者らしい禁欲的な法衣を纏っている。
だが、その布地の下に隠された肉体は、聖職者にあるまじき暴力的といえる曲線を描いていた。
豊かな胸元は深い呼吸のたびに法衣を押し上げ、引き締まった腰つきから広がる腰回りは、生命力そのものを体現している。
「聖女フィオナ=ルミエールです。回復と支援を担当します。……皆さんが無事に、心身ともに健やかに……帰れるよう、全力を尽くします」
彼女と目が合った。
聖女フィオナは、一瞬だけ視線を逸らし、それからこちらに向き直って、ひどく複雑な苦笑いを浮かべた。
助けを求めているようでもあり、同情しているようでもある。
要するに——「大変ですね」と「ご愁傷さまです」が同時に詰め込まれた顔だ。
(……すごい身体だな。何を食べてたら、ああ育つんだ。けしからん)
無意識に頷きそうになる。
《対象:フィオナ=ルミエール。
バイタルデータに慢性的な胃部炎症反応を確認。ストレス耐性は平均以上ですが、環境負荷が過剰です》
(…だよなぁ)
《また、アルト=ヴェルクレインに対して、憐憫と親愛が混在した特異感情波形を検出。
当該個体は、本パーティにおける『精神的防波堤』になる可能性があります》
(……波を止める前に、自分が削れそうだな…神のご加護を)
《アルト。信仰心ゼロの貴方の祈りが、聞き届けられる確率は限りなくゼロです》
(うるさい、アビス。今のは祈りじゃない。独り言だ)
心の中でそう言い返しながら、俺は小さく息を吐いた。
神に届かなくてもいい。
せめて、この場の空気くらいは、軽くなってくれないかな——まあ、無理だろうけど。
しかし、次の発言者に空気は一気に塗り替えられた。
十三歳の精霊使いミリア=フェーンリヒ。
透き通るような白銀の髪に、宝石のような赤い瞳。
幼さと神々しさが同居したその容姿は、まるで精霊が人の形を借りて現世に迷い込んだかのようだ。
彼女は椅子から飛び降りると、スカートの裾をつまんで見事なカーテシーを見せた。
「ミリア=フェーンリヒと申します!
精霊使いとして、風と光と水の大精霊さまと協力して戦います! まだ、攻撃系魔法は許可されていない未熟者ですが、精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします!」
ハキハキとした、育ちの良さを感じさせる優等生風の口調。
一点の汚れもない彼女の笑顔が、この部屋の淀んだ毒気を浄化していく……ような気がした。
(まぶしすぎて、目が潰れそうだ。汚れたオッさんには、きつい存在だな)
《報告。個体名:ミリア=フェーンリヒは、アルト=ヴェルクレインに対し、九五パーセントの確率で『高い好意値』を示しています。理由は不明です。現実を教え込み、不要な好意を粉砕しますか?》
(……悪魔…だったな、お前。なんでそんなことする必要があるんだよ)
《アルト=ヴェルクレインは、リーネ=カーティス以外からの、純粋な好意を欲していません》
(……黙れ、アビス。二度と同じことを言うな)
言い返しながら、胸の奥が、ほんのわずかに軋んだ。
その事実が、妙に痛かった。




