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第22話 勇者は俺の敵

 朝の光は、嫌味なくらい澄み切っていた。俺の別れの湿度など、なかったことにするつもりらしい。


 王都の広場を埋め尽くす群衆の歓声が、鐘の音と混じって鼓膜を震わせる。


「勇者グラム=ハルバード万歳! 聖剣の導きに栄光あれ!」


 ……眩しい。色々と。

 魔王討伐へ出立する勇者パーティご一行様。主役はもちろん勇者様だ。

 いや、正確には――聖剣様、か。

 勇者はオマケ。聖剣が本体。

 

「ありがとよ、皆んな! お前ら全員サイコーだぜ!」


 聖剣を掲げるグラムは、朝日と群衆の熱気を背負って完全に光属性だ。金髪、聖剣、白マント、キラキラ効果音付きで聞こえてきそうだ。

 少し、演出過剰なんじゃないか?


 その隣で俺は、漆黒のローブのフードを深く被っている。祝祭に紛れ込んだバッドエンドフラグみたいな外見だ。


《アルト。視覚的コントラスト比、過大です。群衆にあなたがラスボスとして、誤認される確率は18%です》

(勇者が『敵』という点では、間違ってないな)

《アルト。現状では、グラム殺害シミュレーション・プラン14が最も高い成功率を示しています。実行しますか?》

(…するかっ!本当に俺がラスボスになるだろ⁈)


 俺たちは広場中央を抜け、大通りを郊外へ向けて進む。

 騎乗は俺、グラム、そして――リーネ。

 視界の端に、元妻と、その隣に並んで馬に乗る間男。

 ……大丈夫、問題なし。

 

《アルト。ストレス値が基準値より3%上昇》

(誤差だろ?)

《強がり補正を計算に入れますか?》

(黙ってろ)


 フィオナとミリアは馬車に乗っている。

御者はバロックだ。


 ミリアは窓から身を乗り出し、群衆に大きく手を振っている。こちらも勇者に負けず劣らず、キラキラした光の粒子が舞っているが、不思議と嫌味がない。

 ……人徳の差だろうか。


 フィオナはその隣で、いつもの落ち着いた微笑みを外に向けてる。

 手は振らないが、視線だけで十分に民衆(男衆)を熱狂させている。流石、無自覚系男性特化無双聖女だな。


 そして御者台では、バロックが馬車を操っている。

 あの巨体に加え重装備なので、馬はきついだろうと判断された。

 それで、今回は女性陣の護衛も兼ねて、御者役を引き受けてくれた。

 ……頼もしい。

 パーティのタンクとしてだけでなく、勝手に俺の人生のタンクとしても、期待させてもらってる。


 俺はローブの奥で小さく息を吐いた。


 勇者。

 剣士。

 聖女。

 精霊使い。

 重戦士。

 そして、賢者。

 ……編成バランスは、悪くない。

 

 人間関係を除けばな。


《パーティメンバーの精神状態をスキャン。個体名グラム、個体名ミリアが高揚状態。個体名バロック、個体名フィオナは情動係数、基準値以下。極めて安定しています》

(リーネは?)

《安定。ただし、アルトに対する視線滞留時間が、他のメンバーより平均2.8秒長いです》


……報告しなくていい。


 群衆の歓声が遠ざかり、代わりに馬の蹄の音と車輪の軋みが耳に残る。


 祝祭は終了。現実フェーズ突入だ。

 さて、お仕事お仕事。


(アビス、旅程の再確認だ。タイムスケジュールと目的地を提示してくれ)

《了解。旅程は二泊三日を予定しています。最終目的地は、バルツァー辺境伯爵領領都、城塞都市メルキドです》

(アビス、途中宿泊地点の情報を詳しく教えてくれ)

《了解。一泊目は野営。想定地点はゴラン荒野――この地点です》


 網膜に半透明の地図が投影される。

 進行ルートと野営ポイントが淡く光る。拡張現実って便利だよな。


(アビス、過去半年以内のデータで、荒野のリスク評価をしてくれ)

《了解。予想危険度:低。過去半年以内に野盗の被害報告なし。Cクラス以上の脅威を示すワンダリングモンスターとの遭遇報告も確認されていません》


 安全だな、ゴラン荒野。流石、我がゼビウス王国の街道沿い、空気が乾いている以外、問題はなさそうだ。


《アルト。あなたの人生不運フラグ発生率を計算に入力すると、何らかのイベントが発生する確率は62%です》

(何、そのフラグ発生率!?聞いたことないんだけど?)

《アルトの人生イベント統計的事実を元に計算された結果です》


……嫌過ぎる。否定材料がないのが腹立たしい。


《二泊目はバルツァー辺境伯爵領内、ルッカ村です》

 

 矢印が伸び、村のマークで停止する。

 網膜に小さなウィンドウが展開される。

 

《戸数二十二、登録住民八十五名。典型的な農村。主要作物は麦とじゃがいもです》

(アビス、ルッカ村の詳細データを補足)

《了解。ルッカ村、社会評価指標を表示します。民度評価:高。共同体内トラブル発生率、王国平均を下回ります》

(ほう)

《納税率:100%。過去五年に未納・滞納記録なし。反乱係数:3%。極めて低水準です》


 優秀すぎるだろ。バルツァー辺境伯爵、すげー。王都の貴族連中に爪の垢を煎じて飲ませたい。

 民度が高く、税もきっちり納め、反乱係数もほぼ誤差。


 数字にすると味気ない。だがその裏に、平和に暮らす八十五人分の生活がある。


 魔王討伐。

 物語なら盛り上がる単語だが、実務としては労働強度高めの危険業務である。

 だけど、俺達の肩にはゼビウス王国の平和がかかってる。


 一瞬だけ、脳裏に長屋の朝がよぎる。

 石鹸の匂い。焦げた卵焼き。

 少し強がってた笑顔。

「生きて帰ってきなさいよ」という声。


 俺はフードをさらに深く被った。

 

《感情揺らぎ指数、微増。原因は推定――》

(アビス、ストップだ)


 賢者は感傷に浸らない。

 浸る暇があるなら、魔王を破壊する算段を立てる。

 ——生きて帰るためにな。


 ……だが、しかし。

 俺はローブの奥で目を細めた。


 前方では聖剣のオマケ――勇者グラムのマントが、朝日に翻っている。やたらと爽やかだ。光属性は本当に反射率が高い。物理的にも精神的にも眩しい。


 鼻歌まじりで、隣を進むリーネに話しかけている。

 内容は聞こえないが、テンポだけは軽快だ。危険任務前のテンションではない。


 リーネは視線を逸らし、口元だけで相槌を打っている。眉間にうっすら皺。

 ……あー、あれはマジギレ二十秒前の顔だ。


《アルト。個体名リーネの殺気が上昇傾向。三十秒以内に個体名グラムへ攻撃的アクションを起こす可能性があります》

(俺の“幼馴染経由元夫スキル”、予測精度高すぎだろ)

《あなたの胃酸分泌量も上昇傾向です》

(その情報はいらん)


 次の瞬間。

 案の定、リーネが剣を抜き、切っ先をグラムの喉元に突きつけた。

 動きは正確無比。無駄がない。さすが優秀剣士。


 対するグラムは――

「おっと、冗談だって!」とヘラヘラしている。喉元に刃を突きつけられてなお笑顔。肝が据わっているのか、状況を理解していないのか。


 ……やれやれ。


 間男が元嫁に馴れ馴れしく絡み、元嫁が本気で斬りかける。

 その光景を、同じパーティ内で観測する元夫の俺。

 しかもこれから魔王討伐だ。

 俺は小さく息を吐いた。


 これ、なんて地獄?


《アルト。冷静を装っていますが、複合状態異常「嫉妬」「抑鬱」「諦観」判定です》

(解析停止だ、アビス)

《了解。現実逃避を確認しました》




  

 遮るもののない平原を風が吹き抜け、焚き火の爆ぜる音だけが、この世界の静寂を辛うじてつなぎ止めている。

 

 夜のゴラン荒野は、ただただ広い。

 

 焚べていた木が弾け、火の粉が夜空へ昇っていく。それを目で追いながら、俺は星の見えない空を見上げた。

 

「……明日は、天気が崩れそうな雲行きだな」

 

 沈黙を破ったのは、バロックだった。

 彼は大きな手に持った携帯用のナイフで、干し肉を器用に切り分けながら、重々しく夜空を見上げた。

 その岩のような顔に刻まれた深い皺が、火影で一層濃く見える。

 

「そうですね。風の精霊たちが、なんだか少し重たそうに歌っています。湿っぽくて、眠たそうな感じ……」

 

 隣に座るミリアが、膝を抱えたまま同意した。彼女の銀に近い白髪が、焚き火の光を受けて柔らかく輝いている。

 彼女の言う「精霊の歌」は、下手な神託なんかよりも正確だろう。

 

(アビス。予測は?)

《低気圧の接近を確認。降水確率、87パーセント。……明日の正午以降、本格的な雨になるでしょう。アルト、明日は雨具の準備を推奨します》

(わかった。寝る前に皆に伝えておこう)


 視線を落とすと、焚き火の向こうでグラムが聖剣を抱えたまま、舟を漕いでいた。

 聖剣が、現在進行形でよだれ垂れかけになってる。

 ……大丈夫か、それ国宝だぞ。

 王家に知られたら、不敬罪で打ち首コースじゃないのか。


 ――証拠、押さえとくか。


《アルト。画像保存魔法を実行しますか?》

(……そうだな、アビス頼む)

《高解像度で保存しました。題名は「勇者の休息」にします》


 なんか腹立つな。


 昼間はあれだけテンション高く「俺が道を切り開く!」とか叫んでいた男が、今は静かに夢の世界を開拓中だ。


 遠足帰りの子供め。後日、自分の不適切な画像を見て慄くがいい。


 焚き火がぱちりと弾ける。


「さて。そろそろ夜番の順番を決めようか」


 俺が地味に悪巧みしている横で、バロックが真面目に声を上げた。

 さすが元騎士団長。空気が締まる。


 俺は肩をすくめる。


「この荒野の危険度は低めだ。二人一組、三交代でいいだろう。明日は天気が悪そうだから、今日は早めに休んで、明日早めに発とう」

 

 合理的にまとめる。感情を挟まなければ、だいたい物事は滑らかだ。


「俺は最後でいいぜ……ムニャ……」


 勇者は目も開けずに、手を挙げやがった。

 起きろよ。


「寝ながら立候補するな。新しい統治形態か? 夢遊民主制か?」

「ん……任せた……」


 ――全面委任された。

 便利な言葉だ。響きは信頼。中身は丸投げ。責任だけが、きれいにこちらへスライドしてくる。

 光属性のくせに、やってる事は中々ブラックだ。

 魔王討伐が終わったら、さっきの画像を王家に投書してやろう。

 ククク…俺の姑息な嫌がらせに、苦しむがいい。


「では、私が二番手を受け持ちますね。今日は一日馬車に乗っていたら、少し胃にきてまして……早めに休ませていただけるとありがたいです」


 フィオナが、控えめに手を上げた。

 相変わらず丁寧だ。

 しかし――。

 あれだけ発育がよろしいのに、胃はびっくりするほど繊細なんだよな、この人。


(今日もほとんど食べてなかったな)

《個体名フィオナの自律神経は現在やや乱れています。主因は乗り物酔いと考えられます》


 干し肉も、三口くらいで止まっていた。

 あの勇者は山賊みたいな勢いで食っていたのに。

 

「了解。二番手はフィオナで。無理はするな。あとで薬を渡すよ」

「あ、ありがとうございます……いつもすみません」


 律儀に頭を下げながら、彼女はそっと自分の胃をさすった。

 

「じゃあ、バロックはグラムと最後の夜番を頼む」

「わかった、アルト。最近は歳のせいか朝が早くてな。その方が助かる。先に休ませてもらおう」


 元騎士団長は実に潔い。

 そう言うと、ぐったりしている勇者を肩に担ぎ、そのままテントへ消えていった。


 勇者、搬送完了。

 荷物扱いだが、やけに似合っている。


 ――残りは三枠。


 俺と、リーネと、ミリア。


 一瞬、焚き火の音だけがやけに大きくなった。

 リーネが、わずかに唇を震わせる。

 こちらを見ようとして、しかし視線が揺れる。

 言葉を選ぶように、息を吸い込んで――


(……俺と組むつもり、か)


 たぶん。

 話す時間が欲しいのだろう。

 昔みたいに並んで座って、どうでもいい話をしていた頃の空気を、少しでも取り戻すために。


 健気だな、と。他人事みたいに思う。

 だが、その小さな勇気は――


「はいっ! アルト様、私、アルト様と一緒に組みたいです!」


 ――突風に吹き飛ばされた。


 ミリアが、ぱっと花が咲くような笑顔で挙手する。

 瞳はきらきら。

 濁りゼロ。打算ゼロ。遠慮という概念も、たぶん未実装。


「……はい?」


 間の抜けた声が出た。自覚はある。


《アルト。イベントフラグが発生しました。伏線が回収されましたね》

(それ、不運フラグだったよな……)


 辛い。

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