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サレ賢者の俺TSUREEE! 間男勇者と元嫁シタ剣士パーティが地獄過ぎて笑う  作者: 黄昏一刻
一章:変わった二人変わらない二人(全12話)
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第16話 蟲まみれ未練まみれ

 王宮の一室、重厚なマホガニーの円卓を囲むブリーフィングルームの空気は、お世辞にも健康的とは言い難かった。

 

 換気魔導具が静かに回っている……はずなのだが、室内には言葉にできない「気まずさ」が澱のように溜まっていた。


 原因は分かっている。

 俺だ。

 正確には、俺と目の前の聖剣のオマケのせいだ。


「……以上が、管理ダンジョン第十五号――通称、『鬼の檻』攻略結果から推測される、本パーティの課題だ。

 その為、今日からは王国管理下の指定ダンジョン数箇所を連続で攻略し、本番に向けた最終調整を提案する。

 具体的な課題と、攻略するダンジョンについては、手元の資料を見てくれ」


 壁に展開した簡易投影図を指し示しながら、俺は淡々と説明を続ける。

 

 魔王討伐パーティの戦力構成と課題事項。

 課題解決の為の訓練内容と、それに適したダンジョンの属性傾向、想定事故率、回復リソース配分。

 我ながら無駄のない、実に賢者らしいプレゼンだ。


「次のダンジョンでは、前衛はリーネとグラム。高速戦闘ではリーネを主軸に、グラムは防御中心にバロックとヘイト管理に専念。

 中距離支援はミリア、回復はフィオナ。俺は後方から索敵・魔法攻撃と、全体指揮を――」

「うんうん」


 パーティリーダー席に座るグラムが、大きく頷いた。

 ……頷いたが。

 その目、半分閉じてないか?


「特に注意すべきは――」

「うん、なるほどな!」

 

(早い早い早い、注意点はこれからだ)


 俺は資料から視線を上げ、グラムを見る。

 分かったような顔。理解した風の相槌。


(なるほどな、じゃねえぞ。それ言えば、全部分かったことになると思ってんだろ)


 俺は深く息を吸い、眼鏡を押し上げた。

 もう一度、ゆっくりとグラムを見る。

 屈託のない笑顔。焦点の合っていない半眼の目。

 そして、規則正しい呼吸。

 

(……寝てるな、これ)

《解析結果:対象個体名グラム。現在、レム睡眠状態です》

(わざわざ言語化するな。腹立つ)

《補足します。睡眠に入ったのは、七分十二秒前です》

(開始早々じゃねーか!)

《ちなみに、アルトの説明開始から三十秒後です》

(教えてよ?!、アビス!)

 

「……グラム。何か質問は?」

「お? ああ、うん! 大丈夫だ、任せとけ!」


 何をだ。

 何を任せればいいんだ。

 俺は深く、深く息を吸った。落ち着け。落ち着くんだ、俺。


「――異論はないな?」


 一応、形式としてそう締める。


「ないない! 完璧だな、アルト!」


 グラムが満面の笑みで親指を立てた。

 その瞬間、俺のこめかみがぴくりと跳ねる。

 俺はため息を飲み込み、再び地図を指し示した。


「……では、次のダンジョンは昆虫型魔物――特に高速機動を得意とする種が棲息する『鳴動の針迷宮』へ向かう。

 ここではグラムの突破力ではなく、リーネの高速戦闘と、俺の魔法攻撃の同期を主眼に置く」

「……分かったわ、アルト。

 あなたのオーダーに必ず応える。剣は――任せて」


 ――リーネは伏し目がちに、静かに頷いた。

 銀糸のような髪がわずかに揺れ、横顔に落ちる影が、その覚悟をくっきりと縁取る。

 感情を押し殺した言い方に、迷いはなかった。


 ……剣士として、か。

 かつては、もっと近い場所で並んでいた。

 背中を預け、言葉なんて必要なかった頃が確かにあった。

 それでも今、彼女が選んだ立ち位置はそこなのだろう。


「……では、各自準備を頼む。一時間後に王都北門でいいか?」

 

 俺は椅子から立ち上がり、円卓を一瞥した。

 リーネは静かに頷き、フィオナは微笑みながら、バロックは黙って首肯した。

 ミリアは…よく分かっていない顔で元気よく頷いた。


 ――問題は、一名。


「さぁ、行くぜ皆んな! 俺の突破力を見せてやるぜ!」


 満を持して目を覚ましたグラムが、勝利宣言みたいな声を上げる。


(……あ?)

《報告: 個体名グラム。覚醒した模様です》

(俺、突破力が要るって言ったっけ?)

《言ってません》


 俺のこめかみが、ぴくぴく痙攣するのがわかった。


「誰が、お前の突破力がメインだと言った」

「え? 違うのか?」


 きょとん、とした顔。


 俺は深く息を吸い、吐いた。

 もう一度、深く息を吸い、吐いた。

 落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け


《アルト。情動が自己管理限界を超えています。個体名グラムへの殺意が急上昇。契約者保護条項により、緊急プロトコル:強制沈静を実行》


「――いいから、俺の指示通りに動け。何も考えるな、あと寝るな」

「あーっ…悪いな。俺、ホントに難しい事、分かんないだよな」


 一瞬だけ、グラムが初めての表情を見せる…哀しみ?


「でも、まぁ、天才の俺に任せとけよ!悪いようにはしないぜ!」


 しかしまた一瞬で、キラキラした笑顔でサムズアップしてくる。

 ……魔王討伐まで、俺は本当に正気でいられるのだろうか。


《アルト。SAN値は先週比で42%減少しています。原因の87%が個体名グラム、13%が個体名リーネです》

(わかってるよ)

《持続的沈静の実行を推奨します。副作用:感情の希薄化、諦観の常態化が予測されます》

(なんかもう、それでいい気がしてきた)


 ……辛い。






 足を踏み入れた瞬間、湿り気を帯びた腐葉土の臭いと、生理的な嫌悪感を煽る「カサカサ」という無数の足音が鼓膜を叩いた。

 王国管理ダンジョン第七号『鳴動の針迷宮』。

 その実態は、五メートル近い巨大ムカデ、一メートル強の毒々しい地虫、さらには人の背丈ほどもある羽虫達が跋扈する空間だった。

 昆虫愛好家でもなければ、まず足を踏み入れようとは思わない。巨大な蟲たちに支配された洞窟だ。

 

「……結構、増えてるな。

 最近の記録には上がってたか?」

 

 俺は眉間に皺を寄せ、周囲に不可視の魔力センサーを張り巡らせる。

 網膜にはアビスが生成した詳細なマップと、蠢く赤点――魔物の反応がリアルタイムで投影されていた。

 

《報告。蟲型モンスターの大量発生の原因は、魔王発生の影響の可能性があります。

 王国内の管理ダンジョンの43パーセントに、ダンジョン活性化の兆しが報告されています》

(そうなのか、アビス。何でだ?)

《魔王のダンジョン増加に伴い、大地に流れる魔力量も増加した為と推測されます。

 蟲型モンスターは、環境の影響を受けやすい為、特に数が増えているのでしょう》

(……にしても、スゴいな…)


 ダンジョンの床、壁、天井を這いずり回る甲虫や毛虫の大群を見ていると、背後から「ひっ……!」という短い悲鳴が聞こえた。

 

 振り返る暇もなかった。

 突如として、背中に柔らかく、かつ圧倒的な質量を持つ「何か」が衝突する。

 なんか、いい匂いもする。

 

「あ、アルトさん! む、無理です!

 わ、私、足がいっぱいある生き物、生理的にダメなんですっ!」

 

 フィオナが、俺の背中に全力でしがみついていた。

 

 普段のゆるふわっとした余裕はどこへやら、彼女は俺の黒衣を命綱のように掴み、震えている。

 困ったことに、彼女の豊かな肢体が――特にその、法衣の上からでも分かる暴力的なまでの双曲線が、俺の背中と腕に隙間なく密着していた。

 ……でっ!

 

《警告。アルトの心拍数が急上昇。血流量の異常な偏りを検知。

 個体名フィオナの肉圧に性的反応を生じつつあります。このままでは、ぼっ(…っ、アビス、沈静を実行しろ! 戦闘に支障が出る!)

《了解、アルト。前屈みでは確かに支障が出ると判断します》

(やかましいわ!早くしろ)

 

 必死に理性を保とうとする俺の視界、その端で――。

 リーネの瞳から、スッと光が消えた。

 

 彼女は俺にしがみつくフィオナと、それを受けて硬直している俺を無言で見つめていたが、やがてその細い肩を微かに震わせ、抜き放った双剣の柄をギリリと鳴らした。

 

「……排除。全部、バラバラにして、排除する」

「お、おいリーネ? なんか気合入って――うおっ、速ぇ!?」

 

 グラムの驚愕の声を置き去りに、リーネが文字通り「消えた」。

 

 次の瞬間、前方から押し寄せていたムカデや地虫たちの群れが、鮮やかな銀光によって一瞬で細切れに解体されていく。

 

 それはもはや鋼の暴風だった。

 噴き出す緑色の体液、飛び散る外殻。

 瞳のハイライトを消したリーネは、返り血(虫の汁だが)も厭わず、狂ったように魔物を殲滅していく。

 

「……あー、アルト。あいつ、あんなに攻撃的だったっけ? 俺の出番ねーんだけど」

 

 グラムが頬を引きつらせて尋ねてくるが、俺に答えられるはずもない。


「……終わったわ」

 

 あっという間に戦闘終了。

 

 そこには、全身に魔物の緑色の体液を浴び、刺々しい節足が一本頭にくっつき、無惨な姿になったリーネが立っていた。清楚な美貌も、綺麗だった銀髪も、今は見る影もない。


「うわぁ……リーネ様、すごい匂い……。ちょっと待っててください!」


 ミリアが反射的に鼻を摘まみ、半歩引いた。その仕草は悪気がない分、余計に刺さる。

 微妙に、他のメンバーも引いてる。

 

 リーネは一瞬、時間が止まったみたいに固まり――それから、助けを求めるように俺を見る。

 ……が、すぐに我に返ったのだろう。気まずそうな顔で、視線を落とした。


「……アルト。ごめんなさい。一人で飛び出しちゃって。それに今、私、汚い、よね……」


 ああ、そうだな。

 魔物の返り血(体液)で、匂いもひどい。

 

 ――可哀想に、あぁもう。そんな顔するなよ…


「ま、まぁ。お疲れ、リーネ。今すぐ洗浄してもらおう。そのままだと……気持ち悪いだろ?ミリア、頼む」


 言ってから気づく。

 俺、今、なんて思った?


 リーネは一瞬きょとんとして、それから、ほんの少しだけ嬉しそうに笑った。

 その笑顔が、胸の奥にちくりと刺さる。


 俺は、リーネのことを信頼できない。

 妻としても、女としても。

 ……はず、なんだが。


『まだ、彼女に愛が残っているなら……すべてを否定しなくてもいいんじゃないか』

 バロックに言われた言葉が、やけに都合よく頭をよぎる。


(……情、残ってるよなぁ)

 

 裏切られて、離婚して、——結局俺は、いったい何を望んでたんだ。


 憎みたかったのか。

 許したかったのか。

 それとも、ただ逃げたかっただけか。


(ほんと、俺も大概だよ……)


 自分の情けなさに呆れていた、その時。


「はーい! 『清らかなる水の精霊よ、汚れを全部洗い流して』」


 ミリアの声で、現実に引き戻される。

 どうやら詠唱は、とっくに終わっていたらしい。


 ミリアが杖を軽く振ると、空気中の水分が一気に集束した。

 次の瞬間――人ひとりを余裕で呑み込むほどの巨大な水球が、何の前触れもなく生成される。


 ……相変わらず、出力がおかしい。


 水球はそのままリーネの身体を包み込み、ゆっくりと、真球のまま回転を始めた。

 最初は中からゴボゴボと慌てた様子が伝わってきたが、すぐに静かになる。


 どうやら、水中でも呼吸できると理解したらしい。

 リーネは目を閉じ、抵抗するのをやめて、水の流れに身を委ねていた。


 ――水の大精霊をここまで完璧に制御できる人間が、他にどれだけいる?


 改めて思う。

 この子、やっぱり化け物だ。


「……便利だな。ミリア、ほんとスゴいわ」

「えっ。ふ、ふふ……ありがとうございます、アルト様」


 褒めただけで、こんなに嬉しそうにするあたりは年相応なのに。

 やってることは、完全に大精霊使いの領域なんだよなぁ。


 汚れがすっかり落ち、銀色の髪が本来の光を取り戻したのを横目で確認した時、俺の手は既に動いていた。

 

 温風の魔法陣が、リーネの傍に浮かび上がる。

 

「あ――」

 

 気づいた時には遅かった。

 リーネに温風が当たっている。髪を乾かす為だった。


《アルト。ストレス値が低下しています。理由を解析できません》

(知るか。俺が一番知りたい)


 アビスの無機質な声に内心で悪態をつきつつ、俺は――止めることができなかった。

 綺麗になったリーネへ、慎重に温風を当てる。

 強すぎず、弱すぎず――このくらいの風が、好みだったよな。


 ……なんで、覚えてるんだろうな。


 彼女が小さく肩をすくめ、静かに息を吐く。

 

  ――ああ、そうだった。

 

 胸の奥のどこかが、わずかに緩む。

 こういう瞬間を、俺たちは確かに一緒に過ごしていた。

 ほんの少しだけ、夫婦だった頃の記憶が、胸に浮かんだ。

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