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サレ賢者の俺TSUREEE! 間男勇者と元嫁シタ剣士パーティが地獄過ぎて笑う  作者: 黄昏一刻
一章:変わった二人変わらない二人(全12話)
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第14話 野生の恋愛ボスが現れた!

 石畳に這いつくばり、指先だけで全身を支える筋力トレーニングに没頭していると、鈴を転がすような、けれど少しだけ意外そうに弾んだ声が、上から降ってきた。


「……あれ? アルトさん?」

 

 顔を上げると、視界の隅に場違いな色が混じった。

 淡い亜麻色の髪が、朝焼けの光を反射して、輝いている。


 そこには聖女フィオナが立っていた。

 

 彼女はいつもの仰々しい法衣ではなく、身体のラインが露骨に出る機能的な訓練着に身を包んでいた。

 

 豊満、という言葉ではいささか足りない。「女神の加護」による実りの結果なのか、それとも重力という概念への挑戦か。

 彼女が軽く動くたびに、その暴力的なまでに豊かな双丘が、訓練着の布地を内側から引き裂かんばかりの勢いで揺れる。

 

「フィオナ様?……こんな時間に、何のご用で?」

「様はやめてくださいって言ったじゃないですか。

 私も日課なんです。回復職だからこそ、前線で倒れないための体力作りは大事なんですよ。

 それに……朝の静かな時間、好きなんです」

 

 彼女はそう言うと、当然のように俺の隣で屈み込んだ。

 その瞬間、石鹸の香りと、彼女の肢体が放つ体温がこちらに伝わってくる。

 

「アルトさん、身体が硬いですね。そのままじゃ魔力回路の効率も落ちますよ。……ほら、先にストレッチしましょうよ」

「いや、結構。俺は一人で――」

「はい、深呼吸して。力を抜いてくださいね?」

 

 拒否権はなかった。

 

 彼女の柔らかな手が俺の背中に触れ、ぐいっと圧をかけてくる。

 イヤ、ちょっと距離近くない?


 彼女が動くたびに、「バルン」とか「ポヨン」という擬音が聞こえてきそうなんだが!

 聖女の癖に、なんて冒涜的な体つきをしていやがるんだ。

 けしからん。

 

「ほら、アルトさん、顔が赤くなってますよ? やっぱり固いですね。痛いですか?」

「……いや、これは多分違う理由で…」

 

《アルト。性的刺激による心拍数の上昇と、局所への血流の増加を検知。このままだと、ぼっ(煩い、黙れ。さっさと沈静をかけろ)

《了解。沈静プロトコルを実行します》


 …ふう。危なかった。

 賢者モードに移行した俺は、フィオナに合わせてストレッチを続ける…が、やっぱり体が固いな。

 

 フィオナは「全くもう」と苦笑すると、おもむろに祈りの言葉を口にした。

 

「『聖なる息吹は活力と共に』」

 

 淡い光が俺の全身を包み込む。

 その瞬間、筋肉の強張りがスッと消え、疲労が洗い流されていくのが分かった。


《アルト。個体名フィオナの加護による疲労回復効率の向上を確認。フィオナと合同で行う事で、訓練効率が通常比で18%上昇する計算になります》

 

 ……色々とお得すぎる。女神かな?





 ストレッチの後、そのまま一緒に走り始める。

 だが、彼女の組んだメニューは、俺の予想を遥かに超えていた。

 

「次は階段ダッシュ、その後に持久系サーキットを三セット。いいですか?」

(……ヒーラーのくせに、普通にキツいメニュー組んでくるんだが)

 

 俺の内心の愚痴など露知らず、フィオナは「ほらほら、遅れてますよ!」と軽快に石段を駆け上がっていく。

 

 先行する彼女が階段を蹴るたびに、「プリン」とか「ムチっ」という音が聞こえるのは、最早、幻聴ではないだろう。

 それ程に、その肢体は蠱惑的に揺れている。

 聖女のくせに、なんて毒々しいほどに健康的な体つきをしていやがるんだ。

 けしからん。

 

(アビス、視覚情報のフィルタリングを頼む。気が散ってしょうがない)

《了解。個体名フィオナの胸部と臀部に、モザイク処理をかけます》


 アビスのサポートがなければ、自力で賢者モードを維持できない。我ながら情けない話だ。

 

 だが、俺の葛藤とは裏腹に、彼女の存在は驚くほど合理的だった。

 

「はい、呼吸は二回吸って二回吐いて、もう少し頑張りましょう。『聖なる息吹は活力と共に』」

 

 走りながら彼女が唱える低位の回復魔法が、俺の筋繊維に溜まった乳酸をリアルタイムで分解していく。

 

《アルト。個体名フィオナのフォローにより筋組織の超回復プロセスが加速しています》

(……いや、ありがたい。大変助かる…のだが…)


 横でスクワットしたり、プランクしてるフィオナから、「んぅ」とか「いぎっ」とか、艶めかしい吐息が溢れる。


 この人、わざとやってないか⁉︎


(アビス。すまんが、ノイズキャンセラーも頼む)

《了解。個体名フィオナの嬌声に、ノイズキャンセルを実行します》

(嬌声じゃねぇ!掛け声だよ。変な表現すんな!)

 

 俺の視神経と聴神経が悲鳴を上げているが、その一方で身体はかつてないほどの軽さを手に入れていた。

 

「どうです? 一人でやるより、ずっといいでしょう?」

 

 フィオナがタオルで俺の額の汗を拭い、いたずらっぽく笑った。


「はい。ちゃんと水分も取ってくださいね?」


 そのまま自然な動作で、水筒を差し出してくる。


 ……待て待て待て。

 近い。距離が近い。あと善意が眩しい。

 俺は可能な限り、虚無の目と人形じみた賢者スマイルで応じた。


「はは……そうですね」


(助かる。効率がいい。理に適っている。それ以上でも以下でもない)


 必死に自分へ言い聞かせる。


 これは介護だ。回復職による合理的サポートだ。決して恋愛イベントではない。

 フィオナは俺の内心など露ほども知らず、屈託なく微笑みながら自分も一口飲み、


「朝は脱水になりやすいですから。アルトさん、ちゃんと飲まないと駄目ですよ?」


 と、またぐいっと水筒を押し付けてくる。

 ……ぐいぐい来るな、この聖女。


 やめろ。好きになってしまう。


(いかんいかん、落ち着け俺。

 我、バツイチぞ。サレ夫だぞ。当分、恋愛はこりごりだったはずだろう)

《警告。現在のアルトの賢者モード安定度は31%まで低下しています。男子中学生レベルです》

(何その比較対象!?)

《NTRクソ雑魚ナメクジの癖に、チョロすぎです。アルト》

(お前、さすがに酷くない⁉︎ やかましいわ、アビス!聖女が強すぎるんだよ……)


 善意100%の笑顔でにこにこしているフィオナを横目に、俺は歯を食いしばって賢者モードを維持した……くそ。魔王攻略より難易度高くないか、これ。




 

 訓練の締めに軽くストレッチを終え、俺は息を整えながらフィオナに向き直った。


「……今日はありがとう。一緒にやってくれて助かった」


 素直に言うと、彼女はぱっと表情を明るくする。


「いえいえ! こちらこそです。アルトさん、色々と大変そうなんで、放っておけなくて」


 ……いい子すぎる。聖女かよ。あ、聖女だったな。俺は誤魔化すように目を逸らして、頭を掻く。

 

「ただ、一つだけ言っておくと……さっきから、ちょっと距離が近い。俺も一応、男だからな」


 俺の言葉を聞いた瞬間、フィオナはぴたりと動きを止めた。

 それから一拍遅れて、みるみるうちに肩がしゅんと落ちていく。


「……え?。そ、そうですよね……すみません。ご迷惑でしたよね……」


「しょんぼり」という擬音が、そのまま形になったみたいな表情になる。

 これは、マズい。

 俺は思わず慌てて両手を振った。


「いやいや、違う違う。迷惑ってわけじゃなくて。

 どっちかと言えば……嬉しい。嬉しいんだが、その……フィオナが魅力的すぎて、俺の方が勘違いしそうになるだけだ」

「ふぇ?」


 フィオナは、らしからぬ間の抜けた声を漏らした。次の瞬間、彼女の頬がみるみる赤く染まり、視線があちこち彷徨い始める。

 

「み、魅力的なんて……そ、そんなつもりでは……」


 俺はわずかに表情を緩め、苦笑を滲ませながら続きを口にした。


「分かってる。善意100%だろ。

 ただな、フィオナはもう少し自分の魅力を自覚した方がいい。割と本気で危ない」

「……申し訳ありません」


 フィオナは小さく頭を下げてから、ぽつりと言った。


「アルトさん。私……男性と、こんなふうに一緒に話したこと、ほとんどなくて」


 フィオナは指先を胸の前で絡めながら、小さく視線を伏せた。


「え。初めてって、まさか」


 思わず素で聞き返すと、彼女はこくりと頷く。


「いえ、本当なんです。

 任務や祈祷でご一緒することはありましたけど……こうして一緒にエクササイズしたり、雑談したりするのは……」


 そこまで言って、フィオナは言葉を探すように視線を落とした。指先が水筒の縁をなぞる。……いちいち、エッチだなこの人。

 

「昔から、男性と少し話すだけで……その……皆さん、様子がおかしくなってしまって……」



 


 ……あー。

 俺は天を仰いだ。


 なるほど。把握。完全理解。

 要するにこの人、自覚ゼロの対男性特効ボスだ。

 今のこの状況。

 彼女にとっては「普通の会話」でも、男側から見れば「好感度イベント発生中」ってやつだ。


 そりゃ、相手も挙動不審になる。

 そして今、例外なく俺もその“皆さん”の仲間入りをしている。


(……楽だな)


 ふと、思った。

 フィオナと一緒にいると、何も考えなくていい。

 裏切りも、疑念も、過去も。

 ただ、今この瞬間だけを生きていられる。

 ——それが、どれほど救いになるか。


(……ダメだ、これは。俺逃げてる)

 

 ……ははっ


 思わず、乾いた笑いが漏れた。

 アビス(悪魔)の力でも借りなけりゃ、フィオナ(聖女)とは戦えないって訳だ。


《警告。個体名フィオナの魅了攻撃により、アルトの精神防壁は現在58%まで低下しています》

(下がってる自覚はあるよ)

《その結果、個体名フィオナに対する性的生理反応、および情動揺らぎが同時発生中です》

(もう少し、言い方があるだろ?!)

《恋愛感情抑制プロトコルを強制実行しますか? 副作用として幸福感の減衰が想定されます》


 ……そこまでしたくはないな…

 俺は小さく息を吐いた。



 

 

「だから、その……ちょっと嬉しくて。つい距離感を間違えてしまいました。ごめんなさい」

 

 フィオナは、頬を赤くしたまま、困ったように笑った。

 俺は小さく息を吐いた。


「まあ……これからは、ほどほどにな。俺の精神衛生のためにも」

「は、はい。気をつけます」


 フィオナは素直に頷いた。

 ……いい子だなー。


 元嫁に浮気され、悪魔と契約し。

 そのうえ今は、パーティ仲間の間男勇者と、無自覚聖女に精神を削られている。


 ……辛い。


《報告。アルトの精神は常時”多重デバフ状態”です。一般的な成人男性なら既に三回ほど心が折れています》


 だろうな。


 世界を救う前に、自分のメンタルを救う必要があるらしい。

 色々と、無理ゲー過ぎて笑う。

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