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サレ賢者の俺TSUREEE! 間男勇者と元嫁シタ剣士パーティが地獄過ぎて笑う  作者: 黄昏一刻
一章:変わった二人変わらない二人(全12話)
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第13話 笑う間男、曇るサレ男

 目の前にあるダンジョンコアは、拍動しながら徐々にダンジョンの中に沈み出した。

 

 グラムが聖剣を肩に担ぎ、鼻を鳴らした。


「なあアルト。これ、壊さねえのか? こいつがダンジョンの心臓なんだろ?」


 ――馬鹿って、ここまでくると、いっそ清々しいな。

 俺はため息を飲み込み、眼鏡のブリッジを押し上げた。


「必要ない。ここは王都管理の“雄型”ダンジョンだ。

 このコアを壊せば、このダンジョンの活動は完全停止する。その代わり、貴重な魔物素材の供給源が一つ消える事になるぞ。

 だから、このコアは破壊せず、このままでいいんだ」


 淡く光り脈打つ結晶体を、冷めた目で見下ろす。


「だが、魔王のダンジョンは“雌型”だ。

 雌型ダンジョンは増殖して世界を侵食する、癌細胞みたいな存在だ。だから雌型ダンジョンのコアは破壊しなければならない。

 本体含め六つのサブダンジョン。そのコアを全部破壊する。

 それがこのパーティの仕事だろ?」

「……なるほど! よく分かんねえけど、分かった!

 つまりブワーっと行って、ドカーンだな!」


 元嫁を寝取った間男が、金色の髪を無駄にキラキラさせながら、勇者スマイル全開で頷いている。


 うん。眩しい。いろんな意味で。


 ……ああ、そうだな。

 ブワーっと行ってドカーンだ。


 説明した俺の三十秒、返してほしい。

 というか、その聖剣の重さ、もう少し自覚しろ。

 俺のこめかみが、ヒクヒクしているのが判る。


 ……なあリーネ。

 どうして、よりにもよって、こんなヤツがよかったんだよ。

 胸の奥に、ちくりと小さな棘が刺さる。


 いかん。思考が湿っぽくなってきた。

 この馬鹿を一発殴ったら、多少はスッキリするだろうか。


《警告。アルト。個体名グラムとの白兵戦能力差を再計算。物理攻撃主体の肉弾戦におけるアルトの勝率は0.3%以下です。

 現状では、グラム殺害シミュレーション・プラン42が最も高い成功率を示しています。実行しますか?》

(はいはい、ありがとうアビス。

 ……って待て。プラン42って、無差別広域殲滅魔法ぶっ放して、空間跳躍でトンズラするやつだろ。無茶言うなよ)

《対象殺害を最優先目標に設定した計算結果です。他の被害は計算対象外です》

(……相変わらず、人命軽視の悪魔で助かるよ)


 思わず乾いた笑いが漏れた。


(つーか、それやったら俺が魔王認定されるだろ)

《はい、アルト。その可能性は68.4%です》


 今日も今日とて、俺の相棒は容赦がない。

 まあ、分かってる。

 世界を焼いてまで復讐したいほど、俺は壊れてない。


 ――今はもう、たぶん。


 …だけど、無邪気に笑うグラムと、少し離れた場所に立つリーネの横顔を視界の端に捉えた瞬間、胸の奥の棘がじくりと痛む。


 ほんの少しだけ、拳がうずいた。

 




 ボスモンスターが崩れ落ちた瞬間、ダンジョン全体の空気が、ふっと数度冷えたような錯覚に襲われた。

 あるいは単に、俺の集中力が切れただけかもしれない。


 俺は小さく息を吐き、アビスが視界いっぱいに展開していた戦術投影――ヘッドアップディスプレイをオフにする。


(……あー。やっぱ現場は疲れる)


 一年間、研究室に籠もって悪魔と深淵を探索してた身には、実地のフィールドワークは地味にしんどかった。

 体は正直だ。脚が重い。肩も張ってる。

 完全に鈍ってるな…


「はい、お疲れ様でした。怪我がある方は今のうちに。……『癒やしの滴は等しく』」


 フィオナの詠唱と同時に、柔らかな光が広がり、全員の疲労と細かな擦り傷を洗い流していく。


 ありがたい。実にありがたい。

 できれば俺の社会復帰リハビリにも効いてほしい。


「やりましたねー! 楽勝楽勝!」


 ミリアは元気いっぱいにグラムとハイタッチ。


「ハハハ! 見たかよミリア! やっぱ俺の聖剣が一番だな! みんなも最高だったぜ!」


 聖剣のオマケと精霊少女のキラキラデュエットは、俺の網膜にも精神にもダメージを与えてくる。


「……浮かれるのはそこまでだ。ダンジョン攻略は、外に出るまでが攻略だ。一息入れたらドロップした魔石を回収して撤収するぞ」


 楽しんでるところ悪いが、冷水をぶっかける係は、俺の仕事である。


 本番は、これから先。

 力押しが通じるのも、今のうちだ。

 魔王のダンジョンは、もっと理不尽で、もっと残酷で、もっと――胃に悪い。


 とはいえ。


「……初日の訓練としては合格点だ。皆、王宮に戻るぞ。移動開始」


 俺は疲れ切った足取りで、ゆっくりと踵を返した。


 ——これは、まだ始まりに過ぎない。


 間男への怒りも。

 元嫁への未練も。


 悪魔と契約して感情と共に削ぎ落としたつもりだったが、どうやら俺の精神は、思った以上に強情だったらしい。

 理論も魔法も最適化できるのに、人間関係だけはリセット不可とか、賢者としては情け無い。


 すべてを清算して、新しく一歩を踏み出すまでの道程は――この暗い迷宮よりも遥かに長く、険しく、ついでに出口も見えない。


 ……自業自得だ。


(まったく。勇者パーティ結成初日から、精神デバフ付きとはね)

《補足。この状態での戦闘は、生存率の低下を招きます。早急な回復が必要です》

(はいはい。追い打ちありがとう)


 ……それができれば、苦労しないよ。全く。


 俺は小さく息を吐き、元嫁と間男と一緒に、ダンジョンを歩き始めた。





 翌日の早暁。

 王宮ゲストルームのふかふかなベッドの中で、俺は覚醒した。

 目覚めると同時に、網膜の端で悪魔『深淵叡智端末アビス=レイザル』のコンソールが、静かに動き始める。

 

《おはようございます、アルト。本日のコンディションを報告します》

(……ああ、手短に頼む)

《中程度の筋肉疲労が残存し、それに伴い若干の免疫系の活動低下を認めます》

 

 脳内でアビスに応答しながら、重い身体を引きずるようにして起こす。

 昨日の訓練初日。

 俺の肉体は悲鳴を上げていた。

 

 かつて金級冒険者として最前線を駆けていた頃の感覚は、賢者の学院という「象牙の塔」に籠もっていた一年の間に、見事なまでに錆びついていた。

 

《筋出力、前年同期比7%低下。心肺機能、前年同期比12%低下。結果として反応速度、0.18秒の遅延を確認。

 原因は、過去一年の運動量の低下と推測されます》

「……はいはい。わかってますよ、研究職の末路ですね」

 

 独り言が、冷えた空気の中に白く溶けた。

 賢者とは、書物の山に埋もれて世界の理を穿つ生き物だ。基本的にフィジカルは弱いので、ダンジョンでは、ただの虚弱な魔法職に過ぎない。

 

 俺は音を立てないよう静かに着替え、愛用の眼鏡をかけ直すと、まだ誰も起きていない王宮を後にした。

 向かったのは、王宮の端にある屋外訓練場だ。

 

 空は深い藍色から、地平線がようやく白み始めた程度。

 石畳は夜の冷気を吸い込んで凍てつき、踏みしめるたびに硬質な音が響く。

 

 まずは、無心で走り始めた。

 肺に吸い込む冷気が、焦げ付くような痛みとなって喉を焼く。

 

(……ちょっと前は、これくらい散歩程度だったんだがな)

 

 自嘲気味に口角を上げる。

 身体が重い。一歩ごとに、アビスが無慈悲な警告を視界内のHUDに投影してくる。

 

《警告。心拍数が想定を上回っています。魔力循環による補強を推奨》

(言われなくてもやってる。……だが、効率が悪いな)

 

 走りながら、体内の魔力回路をバイパスさせ、筋組織を活性化させる。

 リーネ達、戦士系職業の基礎になる技術だ。練り上げればバロックの様に、五メートルを越えるハイオーガとだって殴り合える。

 

 ランニングの後は、冷たい地面に手を突き、筋トレへと移行した。

 腕立て、プランク、スクワット…筋肉が熱を持ち、汗が滲む。その熱が、昨日の戦場での「ズレ」を少しずつ修正していくようだ。


 魔王討伐パーティの一員として、皆の足手纏いになる訳にはいかない。

 ダンジョンを一個踏破した位で、息が上がる様では駄目だ。

 黙々とメニューをこなしていると、軽やかな足音が近づいてきた。

 

「……あれ? アルトさん?」

 

 顔を挙げると、視界の端に場違いな色彩が混じった。

 淡い亜麻色の髪。朝焼けの光を反射して、それはまるで金糸のように輝いている。


 聖女フィオナだった。

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