第11話 俺以外が強すぎる件
「おっと、お前の相手は俺だ」
前線を抜けたオーガ二体がこちらへ突進してくるが、バロックが岩塊みたいな体躯で、その進路を物理的に封鎖した。
身長は俺より頭ひとつ以上高く、肩幅は普通の扉には入れないくらいある。
鎧の上からでも分かる分厚い胸板に、丸太のような腕。
タンクというより、城壁だ。
対衝撃用の緩衝魔法陣刻印入り重装鎧に全身を包み、左腕には人一人隠れられそうな大盾を構える——表面に刻まれた無数の傷が、実績報告みたいで、逆に安心感がある。
盾にオーガの金棒が叩きつけられる。
鈍い金属音と衝撃波が広がり、床の石畳がひび割れる。
……が、バロックは一歩も下がらない。
二体、三体と同時に殴りかかられても、盾をわずかに傾けるだけで受け流し、重心を崩さず立ち続ける。
衝撃は全部あの巨体で受け止めて、上手く地面に逃がしている。理屈は分かるが、実演されると普通に驚く。
正直、バロックを崩すには攻城兵器が必要だと思う。
オーガが吼えながら連打を浴びせるが、バロックは眉一つ動かさず、淡々と捌きヘイトを集め続ける。
……前線にバロックがいるだけで、後方にいる俺の胃痛発生率は三割ほど下がるな。
ただし、ここまで戦線が安定している要因の一つは、間違いなく後衛の聖女――フィオナの存在だろう。
バロックが、左右から同時にオーガの棍棒を受け止め、両腕が塞がった一瞬。
影を縫うように忍び寄ったゴブリンが、バロックの膝裏に短剣を突き立てた。
普通なら、ここで一拍の隙が生まれるんだが……
生まれなかった。
フィオナが即座に詠唱し、同時に淡い光がバロックを包む。
刺さっていた短剣が、まるで映像を巻き戻すみたいに、するりと自動で抜け落ちた。
裂けた筋肉が盛り上がり、血管が繋がり、皮膚が閉じる。
ついでに流れ込んでいた毒素まで、霧散して消えていく。
逆再生かよ。
思わず乾いた笑いが漏れた。
治癒というより、時間操作だろ、それ。
バロックは顔色ひとつ変えず、後方回し蹴りで、ゴブリンを吹き飛ばす。
ゴブリンは壁に叩きつけられ、バウンドして倒れた所を、そのままバロックに踏み潰された。
フィオナ本人は相変わらず涼しい顔で次の加護を配っているが、あれだけの傷を“無かったこと”にしながら、息一つ乱さないあたり、さすが国家公認聖女様だ。
物理回復は規格外、メンタルケアまで完璧、その上スタイルまで良い。
もう色々まとめて高性能すぎないか、この人……女神様かな?
《警告:アルト。視線の滞留を検知。個体名フィオナの胸元に視線誘導されています。状態異常『魅了』と判断。対象は味方ですが、レジストしますか?》
(ゲフンゲフン。いや、大丈夫だアビス。自分でなんとかする)
俺はそっと視線を戦場へ戻す。
――危ない危ない。
賢者が聖女に見惚れて戦況を見失うとか、笑えない。
ここはダンジョンで、今は戦闘中。
癒やされるのは宿に帰ってからで十分だ。
いや、しかし、でっ……けしからん。
※
「じゃあ行くよー! 風さん、光さん、今日もよろしくお願いしまーす!」
ミリアの無邪気な号令と同時に、大精霊の魔力が迸った。
彼女はくるりと一回転し、杖を胸元で抱く。
次の瞬間、淡い光が足元から立ち昇り、細かな精霊が淡い光となって舞い散った。
ここからが本番だ。
この世界における精霊魔法は、詠唱と神楽舞で実行される。
ミリアは精霊語でハミングしながら、軽やかなステップで床を踏み、腕を広げ、リズムに合わせて身体を回す。
風が髪を持ち上げ、光が衣装の縁をなぞる。
ミリアの周囲にキラキラと精霊が舞い、スローモーションのように、衣装と髪が靡く。
足元に展開する多重魔法陣、背後に浮かぶ羽根状エフェクト、空間を埋め尽くす光の粒子。ついでに謎の逆光とレンズフレアが発生する。
ミリアがくるりと回るたび、スカートの裾が翻り、光のリボンが軌跡を描く。
鈴の音みたいな効果音まで聞こえる。
……完全に魔法少女の変身シーンだな。
だが威力は本物だった。
空気そのものが入れ替わる感覚。次の瞬間、俺たちの身体は羽根みたいに軽くなる。
……加速バフの質が異常に高い。
単なる風による物理加速じゃない。重量と慣性も制御している。
これなら通常では不可能な機動が成立する。
続けてミリアは光の大精霊へ指示を飛ばす。
敵集団の目前で、指向性を持った閃光が複数回続いて瞬く。
瞬間的なフラッシュじゃない。
持続性のある視界破壊。しかも味方には一切影響なし。
超高等技術じゃないか……13歳がやっていい芸当じゃないぞ、これ。
もう笑うしかないな。
風の大精霊がグラムとリーネを包み込み、二人の速度がさらに跳ね上がる。
グラムは勢い任せに突っ込み、リーネは――分身したかと思うほどの残像を引きながら、敵陣を切り裂いていく。
いや、この加速バフを与えたミリアも十分おかしいが、それを余すところなく使い切るリーネも大概だ。
……本当に、もう俺の知ってるリーネじゃないんだな。
視界を奪われて足並みを崩したオーガとゴブリンの群れは、高速機動するグラムとリーネに文字通り“刈られて”いった。
悲鳴。断末魔。そして――終了。
数分も経たず、敵集団は全滅。
オーガもゴブリンも、魔石だけ残して塵になって消える。
……ん?
俺、何もしてないな。
後ろで腕組んで眺めてたら終わってた。
あれ? これ戦術要らなくね?
脳筋勇者の言う通りじゃね?
《アルト。周辺に敵影なし。戦闘終了と判断します》
(あ、うん。見れば分かる。ありがとうアビス)
気づけば、全員が俺の周りに集まってきていた。
そして一斉に、俺を見る。
……やめろ。その「次の指示待ち」の目。
今回俺、ほぼ空気だっただろ。
軽く咳払いして、賢者らしい顔を作る。
「……えー、おほん。いいウォームアップだったな。次からは本格的に合わせるぞ。
この調子で、今日中にダンジョンボスまで行こう。前進だ」
我ながら雑な号令だが、全員きちんと頷く。
誰も「さっき何もしてませんでしたよね?」とは言わない。優しい世界。
その中で、リーネと目が合った。
肩で息をしながら、まっすぐこちらを見て、短く「はい」と頷く。
……そのひたむきな視線が、やけに重い。
元嫁に全幅の信頼の眼差しを、向けられるサレ夫賢者。
どんな顔すりゃいいんだ…
俺は小さく息を吐いて、前を向いた。
※
目の前に、高さ数メートルはある巨大な鉄扉がそびえ立っている。
ここは、王都管理ダンジョン第十五号――通称『鬼の檻』。
そのボスルーム前だ。
この向こうに、ダンジョンボスがいる。
倒せば、このダンジョンはクリア。
……普通なら、ここで緊張感とか高まる場面なんだろうが。
問題が一つあった。
ここまでの道中、俺はほぼ何もしていない。
後方で腕を組んで状況確認してただけだった。
賢者というより、ただの見学のおじさんである。
いや、違う。違わないけど違う。
単純にこのパーティが強すぎるだけだ。
前は鉄壁、中は神速、後ろは女神、補助は大精霊。
俺の仕事、どこ?
さすが国家が選び抜いた精鋭メンバー。
優秀すぎて作戦が要らない。
そして今、全員の視線が微妙に俺へ集まっているのが分かる。
期待というより、「次は何するの?」という圧。
しかも、俺は日頃の運動不足が祟って、一人ゼィゼィしてる。
……居たたまれない。辛い。
なので決めた。
ボス戦では、開幕に一発派手なのを撃たせてもらう。
存在感、大事。
「……開けてくれ」
バロックが無言で頷き、巨大な鉄扉に手をかける。
筋肉が盛り上がり、重厚な扉が軋みを上げて開いていった。
さあ、ボス戦開始。
今度こそ――賢者、ちゃんと働きます。




