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サレ賢者の俺TSUREEE! 間男勇者と元嫁シタ剣士パーティが地獄過ぎて笑う  作者: 黄昏一刻
一章:変わった二人変わらない二人(全12話)
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第10話 元嫁と間男と一緒

 王都はいつも清潔だ。

 掃き清められた石畳、整然とした街並み、観光客向けに計算された植栽。


 だが、管理ダンジョンの結界門に近づくと、そんな幻想はあっさり剥がれ落ちる。

 結界内に満ちる微量の魔力粒子が空気を澱ませ、そこに重厚な鉄扉の匂いが混じる。


 国家はダンジョンを「資源」と呼ぶ。

 魔物素材の安定供給源、雄型ダンジョン。

 

 集合場所である王都近郊の「管理ダンジョン」第十五号――通称、鬼の檻。

 国家の管理下に置かれ、鬼系モンスターの素材を定期的に供給する、いわば「魔物の養殖場、兼屠殺場」だ。

 

「おはよう、アルトさん。顔色は……昨日よりは良さそうですね」


 集合場所に着くなり、聖女フィオナが小声で俺に話しかけてきた。


 顔色がいい、か。

 それはまあ――昨夜、元嫁のリーネと久しぶりに“ちゃんと会話”したおかげだろう。


 ただ感情的にならず、互いに責めず、逃げずに話せただけだ。


 それだけで回復判定が入るあたり、俺のメンタルはスライム並みにチョロい。


 昨晩は、短い時間しか会話していない。

 だがこの一年半、殺伐として、渇ききって、ひび割れていた心に――

 ほんの少しだけ、水が染み込んだ気がした。

 

 俺は無言で頷き、視線をパーティの面々に向けた。

 バロックが重厚な大盾を確認し、聖剣のオマケ(グラム)は、眩いばかりの聖剣を無造作に弄んでいる。

 ミリアは朝から上機嫌で杖をぶんぶん振り回し、光魔法の軌跡を描きながらウォームアップ中だ。

 

 そして、リーネ。

 昨夜、あれほど泣き腫らしていた彼女の瞳は、今は不思議なほど澄んでいる。

 フィオナの聖女カウンセリングが功を奏したのか、彼女の立ち姿には「迷い」が消えていた。

 

 その視線が、真っ直ぐに俺を射抜く。

 かつてのように俺の顔色を窺う、おどおどしたそれじゃない。

 今のリーネの目は、戦士のそれだ。ついでに言えば、どこか殉教者じみた覚悟まで混ざっている。


 ……重い。普通に嫌なフラグが立った気がする。

 元嫁がそんな目で見てくるこの展開、過去の経験則的に碌なことにならない。

 

 静かな熱量を宿したその眼差しを受け止めながら、俺は内心でそっとため息をついた。

 どうやら今回の遠征、魔王より先に俺のSAN(精神耐久)値が削られそうだ。

 

(……やりにくいな)

 

 今の俺にできるのは、彼女を「有能な剣士」として扱い、パーティのパーツとして機能させることだけだ。

 

「全員揃ったな。本日の目的を簡潔に共有する」


 俺は冷淡な声を響かせた。


「昨日宰相から指示されたように、このパーティでは、俺が戦術指揮を担当する。

 当面の目的は、個々の実力確認じゃない。このパーティにおける連携の確認と、その精度を上げることだ。即席の寄せ集めである以上、互いの間合いや呼吸を身体に叩き込んでもらう」

「難しいこと言うなよ、アルト。俺が適当に暴れて、相手を倒せばいいんだろ?」


 グラムは屈託なく笑いながら、両手を軽く上げて「わかんねーや」とでも言いたげな仕草をする。

 朝日に照らされた金髪が無駄にきらきらしていて、やたら眩しい。


(……お前はもう少し“考える”という行為を覚えろ。聖剣のオマケめ)


 こめかみに、はっきりと青筋が浮いた。


《推奨:個体名グラムのインテリジェンス値は、平均を大きく下回っています。会話効率を重視するなら、単語レベルでの指示が――》

(黙れ)


 その場の空気が微妙にささくれ立ったところで、フィオナが慌てて間に入った。


「え、ええと……グラム。今回は“暴れる”より、“合わせる”が大事なんですよ?」


 フィオナの穏やかなフォローに、グラムは「おう!」と妙に元気よく頷き、いい笑顔でサムズアップして返す。


 ……頼む。一秒でいいから考えてくれ。


《アルト。個体名グラムへの指示は、三語以内が最適です。“待て””斬れ”“戻れ”。推奨テンプレートを登録しますか?》

(止めろ。登録するな)

 

「グラムさん、甘く見てはいけません。魔王は、ここにあるような一般的なダンジョンとは、一線を画しています。……皆さんは、ダンジョンの『雄型』と『雌型』の違いをご存知ですか?」

 

 世界に点在する「魔力溜まり」から生まれるダンジョンには二種類ある。

 今俺たちの前にあるような、単体で増殖せず、管理可能な「雄型」。

 そして、極めて稀に発生し、増殖能力を持つ「雌型」。

 雌型は周囲に次々と新しいダンジョンを形成し、最終的には世界を呑み込む災害となる。

 世界の癌と言われる『雌型』ダンジョンは、発見されれば即座に『魔王』として認定、討伐対象とされる代物だ。

 

「今回の魔王は、すでに合計六つのダンジョンを形成しています。

 それぞれのダンジョンにあるサブコアをすべて破壊しない限り、本体は止まりません。……つまり私たちは、六つのダンジョンを踏破しなければならない、ということです」


 フィオナの解説に、その場の空気が一気に沈んだ。

 誰もが口を閉ざす中、重苦しい沈黙を真っ二つにしたのは――


「はい先生!」


 元気よく手を挙げたミリアだった。


「誰が先生だ……ミリア、なんだ?」

「今日は初日なんですから、難しいお話はそのくらいでいいと思います!

 まずは身体動かしましょ。練習なんですし、景気よく行きましょー、リーダー!」


 ぽん、と軽く俺の肩を叩かれる。

 ……誰がリーダーだ。

 一応、リーダーは勇者だぞ。通例だが。

 俺は小さく咳払いして、無理やり意識を切り替えた。


「ミリアの言う通りだ。まずは一当てしよう。

 陣形を確認するぞ。前衛はバロックとグラム。中衛に俺とミリア。後衛はフィオナ。リーネ、お前は遊撃だ。後衛の保護と、前衛の撃ち漏らし処理を頼む」

「わかった……任せて、アルト」


 短く、力のこもった返事。

 ……妙に気合いが入りすぎているな…


 初日だから、だと思いたい。そういうことにしておこう。

 胸の奥がざわついて、ついでに胃まで痛くなってきた。

 

《アルト。胃痛緩和プロトコルを実行しますか?》

(要らん。お前は黙ってダンジョンスキャンを始めろ)

《了解。ダンジョン第十五号、内部スキャンを開始します》

(さぁ。始めるぞ)



 

 

 迷宮の奥から、湿った土と獣臭が流れてくる。

 道幅は約十メートル。数人が展開するには十分だが、乱戦になれば逃げ場はない。

 

「来るぞ。前方、オーガ8•ゴブリン12」

 

 視界の端、アビスが網膜に投影する赤い強調表示ハイライトを見据えて告げる。

 

 直後、暗がりから筋骨隆々の巨躯が次々と姿を現した。

 

「ハッ、雑魚が! 俺のケツでも拝んでな!」

 

 真っ先に飛び出したのはグラムだ。


 本人曰く、「ダーッと行って、シュッと切る」らしい。

 実際にやっていることは、「目についた敵を、最短距離で斬る」という単純作業の無限ループだ。

 型も理論もない。

 ただ「なんとなく切り方が分かる」そうだ。

 ……天才ってやつだろう。腹立たしい。


 ――え? なんで俺が、あいつの戦い方をそんなに把握してるのかって?


 そりゃ、一度は本気で奴を、殺すつもりだったからな。HAHAHA。


 遠距離から仕留めるか、広域魔法でまとめて消すか。

 全力でシミュレーションした。


 ただ、その結果を実行に移す前に、俺はアビスと契約して、感情を削られた。


 その直後、グラムは騎士団長(あいつの叔父)と実父に捕まって、文字通り顔の原形が分からない状態までボコボコにされた。

 そして、そのまま俺の前に引きずり出され、土下座させられたんだ。


 金級冒険者の妻を寝取って、離婚に追い込んだんだ。

 そりゃ、こうなる。

 金級冒険者と敵対したら、国家的損失案件だからな。


 腫れ上がった顔で地面に額を擦りつける間男(グラム)を眺めていたら、全部どうでもよくなって、俺は高額な慰謝料で示談を選んだ。


 ……冷静な判断だったと思う。多分。

 ……多分、な。

 ………………。


 やっぱり、あの時殺しておけば良かったかな。


《アルト。個体名グラム殺害プランを実行しますか?現状では、シミュレーションNo.37が、最も高い成功率です》

(うるさい。黙れ。しない)


 アビスを一蹴して、俺は意識を戦場へ戻した。

 感傷に浸ってる暇はない。今は訓練だが——魔物は待ってくれない。

 

 聖剣が閃くたび、オーガの首がおもちゃの人形みたいに宙を舞う。

 正直、「なんでこんな脳筋に才能が偏るんだ」と神様を、小一時間ほど問い詰めたい。


 ただ、挙動は驚くほど単純で計算しやすい。

 戦術担当としては非常に扱いやすく、純粋な火力としては文句なしの一級品だ……ムカつく。


 回廊にオーガの断末魔の咆哮が響いた瞬間、銀色の残像が視界を横切った。


 リーネだ。


 二刀が同時に閃く。

 彼女はいつの間にか、以前の長剣一本ではなく、細身の二刀を操っていた。

 

(……二刀流だと?)

 

 俺の知らない戦い方だ。

 右でゴブリンの喉を裂き、左で別個体の膝を断つ。

 間髪入れず踏み込み、次はオーガの懐へ潜り込んで、逆袈裟。

 巨体が倒れるより先に、彼女はもう次の獲物へ移っていた。


 速い。速すぎる。

 剣というより暴風だ。いや、暴風に刃を付けた感じ。高速ミキサーみたいだ。


 かつてのリーネは、綺麗で丁寧な剣だった。

 今は違う。容赦がない。迷いもない。ただ、相手を斃す為、確実にトドメを刺す為のだけのロジックで構成されている。


 ゴブリンの群れが迫る。だが彼女は止まらない。

 舞うように回り、斬り、突き、血飛沫をアクセントにステップを刻む。


 ……『神速の舞剣』、ね。納得だわ。

 もう、俺の知ってるリーネじゃないな。


 慰謝料のために、一年半ソロを続けた結果がこれか。

 皮肉な話だが、俺と別れ孤独に放り出されて、ようやく完成した剣、というわけだ。


 離婚してから一年半、お互い色々あった。

 だが少なくとも剣士リーネとしては、俺と別れた事が『悪いこと』だけで、構成されていたわけじゃないらしい。


 ふと、昨夜バロックが静かに語っていた言葉を思い出す。


「ちゃんと話し合ったか?」


 胸の奥が、じくりと痛んだ。


 多分、答えは分かっている。


 ただ、それを今さら理解したところで、時間は巻き戻らない。

 独りよがりの若造が、隣にいた大事な人間の変化に気付かず、その結果不倫されて嘆いている。


 つくづく、救えない。

 ……自分で言ってて悲しくなるな。

 

 元嫁が高速ミキサーにレベルアップしたのを眺めながら、俺はため息混じりにアビスに戦況解析を指示した。 

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