第7話 存在価値
シャンデリアの光が鈍く反射し、磨き上げられた大理石の床を照らしている。ここにいるのはフェンドしかいない。
正確にはフェンドであることを隠す事すら必要ない、豪遊セレブたちだけの社交場だ。彼らは金を賭けずにリコルの価値を賭ける。
「ようこそ!ここはハイステークスギャンブル」
里見玲は、楽しげにくるくると回って、豪遊者へ向けている。
「ラストベット、選民の賭け!豪勢なリコル!!皆様にセレスティアルをご覧頂こう」
社交場の台の上に俺は立たされていた。360度、富豪や豪遊のフェンドに囲まれていて、気持ち悪くて吐きそうになる。
「……まさかセレスティアル」
「本物ですわ」
「香りが違う……」
興奮し崇拝するもの、感極まったような囁きがあちこちから漏れる。そのどれもが遠慮なく俺に向けられていた。
「今回の主役リコルであり、セレスティアル乙!!」
玲の声が場を支配し、豪遊者のワイン一気飲みが進んでる。
「対するはフェンド最高位、ヴァルエイターカインだ!!」
(フェンドの最高位?ヴァルエイター?まて、フェンドにも階級があるのか)
台の端で玲と目が合うと、彼の目は赤く充血していた。
――さあ、乙くん。君はどこまで価値を証明できる?
合図もカウントもなかった。床を蹴る音すらなくカインの姿が消え、先に衝撃が来た。
乙の横腹を抉るような一撃で、骨が軋み肺から息が叩き出される。
「……っ!」
床に足をつく間もなく、視線の先にはもうカインがいて感情のない目で、ただ壊すためだけにこちらを見ていた。
「セレスティアル、お前に価値はない」
低い声と同時に地面がひび割れ重く、純粋な暴力で逃げ場のない拳が振り下ろされた。歯を食いしばり腕で受け止めるが、何かが目を覚ました。
俺から放たれる甘い匂い。
豪遊観客共から、抑えきれないどよめきが湧き上がった。
「甘い……濃いぞおおお、濃くなったぞ」
「もっとやれえええ!」
俺の身体は血肉もむき出しになっていく。カインの口角が吊り上がった。
「……壊しがいがあるねえ」
身体を掴まれ、投げられル。床に叩きつけられ衝撃で、天に星が散った。
俺はふらつきながら立ち上がり、脳裏に浮かんだのは星牙の顔だった。
『僕は、乙くんを守る心臓になるよ』
『僕は乙くんの生を守るよ。乙くんを買います』
「……待ってるんだよ」
血の味を噛みしめながら、俺は笑った。
「俺の、犬がああああ」
背後から乾いた金属音が空気を切り裂いた。
――ガゴッ
鈍い衝撃と共にカインの頭部が、横に弾かれ巨体が一瞬ぐらりと傾いた。
「お待たせ、乙くん」
振り向くと剣を下ろし静かに立つ星牙がいた。
カインはゆっくりと首を回し額から血が流れ落ちているが、その表情に苦痛はなく、首をぼきぼきとならしている。
「あーあ、だっりいなあ」
低く吐き捨てると、星牙は剣を振りかざす。
「乙くんを傷つけることは、許さない」
次の瞬間カインの拳が迫り、星牙は真正面から近接攻撃、鋭い衝撃が響く。
「お前も潰してあげる」
次の一撃はさらに重く腹部に直撃し、星牙の身体が宙に浮き数メートル吹き飛ばされる。
「星牙ッ―!」
乙の声が響き、星牙は床を転がりながら血を吐いた。観客は歓喜と興奮とで喉を鳴らしている。
「殺して!壊せええ!」
「セレスティアル!!」
カインが乙くんに近づくと、星牙は立ち上がり笑っている。
「ふぅははああ、きっしょ、乙くんに触るな」
星牙は首を鳴らし星牙の目が変わる。もっと冷たい覚悟のある目。
「俺は乙くんさえいればいいんだ」
星牙の刀が空気を裂き、カインの拳の軌道を読み、カインの攻撃が逸れて、星牙の刀が脇腹へ、カインの身体が後退した。
「ーーぐっ」
星牙は息を整えながらちらりと乙を見る。
「乙くんの心臓は僕が守るからね」
次の瞬間二人の影が再び交錯する。星牙の剣がカインの背後から貫き、カインはばたりと倒れた。血を払うように剣を抜き振り返った。
その狂騒の中心で――玲は面白くなさそうに肩をすくめた。
「……ああつまらないな」
玲は、自嘲するように呟いた。
「終焉だよカイン。鮮度が落ちた」
玲は俺に目線を預ける。
「またね、セレスティアル、乙くん」
***
星牙の部屋。
逃げ場を塞ぐように、乙の背中が壁に当たり、星牙は壁ドンして逃げ場を塞いできた。硬い感触に息が詰まった。
「……っ」
星牙の指先には力が入っていた。
「乙くんだから言ったよね、玲には近づくなって」
星牙の怒りと恐怖で、無理矢理に抑え込まれている。
「乙くんに何かあったら、僕」
「星牙、お前はヴァリュエイターなんだよな。玲と同類のフェンドなのか」
「ヴァリュエイターの目的はなんだ、何か別の目的があるのか」
星牙の表情が揺れ短く息を吐く。
「そんなの知らないよ。目的なんて――」
「ヴァリュエイターは誰と繋がってる」
乙の言葉は、淡々としていた。
「結局お前も、何も言ってくれないんだな」
星牙は、俺の頬から血が出ている先端を触る。
「……乙くん、血が出てるよ」
その距離と体温だけで乙には十分すぎるほど伝わっていた。――もう後戻りする気がない。




