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第6話 フェンドの共鳴

人気のない裏路地で街灯の光すら届かない場所で

――ぬちゃり、と生々しい音がした。

足元に転がっているのは人間であったリコルだ。

 

腹部は裂け、喉は噛みちぎられている。

俺はその髄の最後の肉片を噛み砕く。

骨が砕ける感触で鉄血の味で、どれも期待していたほどではなかった。

 

「……やっぱり、セレスティアルがいい」

 

血に濡れた口元を袖で拭い立ち上がる。

黒いコートの内側、鎖骨の下――Σ(シグマ)の刻印が光る。人はフェンドを怪物と呼ぶが俺はそうは思わない、これは選ばれた証だ。

 

「仕方ないなあ。未来を手にするには、俺が本物でなくちゃ」

「さて……乙くん。僕が君に会いにいくよ」

 

――眩しいほどの照明、飛び交う指示、カメラのフラッシュ。撮影現場の中央で俺は、里見玲として立っている。

 

「よーし、次のカット行きましょう!」

 

爽やかな笑顔で完璧な役者。

誰も知らない、昨夜の血の味がまだ舌の奥に残っていることを。

 

少し遅れて宮田星牙が現れた。

黒スーツを基調とした検察官役。

 

――ああ、やっぱり

一目で分かる。この人は俺と同じ側だ。

 

「よろしくね、星牙くん」

 

差し出した手を握り返してくれた。

その首元に意識が引き寄せられた。

 

(……フェンドだ。Σ(シグマ)はどこにある)

 

「こちらこそ、共演楽しみにしてました。里見さん」

 

星牙の隣に立つとカメラが回り、台詞と視線が絡みあう。

ふと鼻腔をくすぐる匂いがした。

 

異常なほど甘いセレスティアルの気配。

控えめな存在感けれど確かに特別な匂いがする、あれか、小柄で控えめな青年。胸の奥がむずむずと熱くなる。

(やっぱり、ここにいた)

 

「再開しまーす!」

 

声に我に返り、俺は再び笑顔を作る。

撮影中。屋上で夜風が里見玲と星牙の最大の美貌を撮っている。

 

「君には少なくとも、罪を償ってほしい」

 

星牙がこちらを見据えて言った。

 

「それが本物の性だと思うから」

 

俺は一歩踏み込み星牙の首元に指をかける。

爪が食い込み、ぎりとねじる。

 

「……だから生きてないんだよ。お前は」

 

星牙の瞳を真っ直ぐに見据えたまま、低くはっきりと言い切る。

 

「俺はいらない。犠牲も理想も。勝利か死か、それしかない」

 

セレスティアル、君は俺の元に来てもらう。

星牙を睨むが完璧な役で返された。

 

「君、新人のマネージャーさん?」

 

休憩の合間、振り向いた先に立っていたのは、整った笑顔の里見玲。

 

「TWISTのマネージャー乙です。星牙の管理をしています」

 

声も表情も何ひとつ問題はないはずだった。

 

「へえ、可愛い顔してるね。過去に芸能人だったり?見られる職業だったりした?」

 

――見られる。その言葉が胸の奥に引っかかる。スーパーで理由もなく毎日のように注がれていた視線の記憶が、駆け巡った。無表情のまま笑顔を返した。

 

「いえ、全くの一般人です」

「そっかあ、そうなんだあ」

 

里見は興味深そうに目を細めた。

 

「あのさ星牙くんのお芝居すごく好きでさ、俺と共鳴してる時、ほんと感動するんだよね」

 

「もっと星牙とお芝居したいんだ。だから撮影後に少し話せないかな」

 

「……わかりました。星牙にも言っておきますね」

「マネージャーくんも一緒に来てよ」

 

里見は柔らかく笑うと俺を監視する。

「星牙くんのこと、もっと詳しく教えてほしくて」

「はあ、僕は何にも知らないですけど」

俺は楽しみで興奮していた。

 

***

星牙が、衣装を着替え現場に戻った時、乙くんと里見が思った以上に近い距離で話している。

目に入った途端、胸の奥がちくりと痛んだ。

 

「乙くん!こっちに来て」

 

自分でも驚くほど声が強くなっていた。

 

「じゃあ撮影終わったら、また声かけますね」

「うん、ありがとう、乙くん」

 

僕以外の人間が乙くんをそう呼んだ。星牙は、乙くんの腕を引き寄せる。

 

「あいつ危険だよ、乙くん。あんまり話さないで」

「どうして?里見さん、星牙ともっと話したいみたいで。撮影後、車で待ってるって」

「星牙くん!あとで待ってるね」

 

一瞬言葉に詰まる。合わないと乙くんを、と言われている様だ。

 

「……仕方ないな」

 

そう言ったが胸のざわつきが波打つ。里見玲は、相変わらず完璧な能面笑顔でこちらを見て、乙くんのことを見ている。

撮影後マネージャーの車の前に立っていた里見玲は、待っていたようだ。

 

「星牙くん、ありがとう」

 

舞台の上と、何ひとつ変わらない隙のない表情。

 

「君のお芝居、すごくリアルでさ。感情の乗り方が全然違うんだよね」

 

距離を詰められる、近すぎる。

 

「今度、一緒に稽古しない?もっと深くやれそうだし」

 

断る理由を探すが、表向きは俳優同士の交流だ。

 

「……まあ、いいですけど」

 

里見の目がわずかに細まり、首筋に顔を寄せてきた。

 

「ところでさ君のΣ(シグマ)は、どこにあるの?」

「……何のことですか」

 

声は平静を保てているが心臓の鼓動が、はっきりとうるさい。

 

「鎖骨の下にはなかったし。じゃあ、お腹とかかなって思って」

 

試すような視線でこちらを貫いてくる里見は肩をすくめて笑った。

 

「大丈夫。君がフェンドだってこともう分かってるから」

――こいつやっぱりフェンドだ。

「それで、どうしたいんですか」

 

その視線が俺の背後を越えて別の視線で狙う。

――乙くん。

 

「セレスティアル、大丈夫かなあ」

「はあ?」

「乙くんってさ、セレスティアルだよね」

 

(触れるな、関わるな、乙くんに)

 

「誰に食われるのかな」

 

その言葉が何より不快だった、笑顔の裏でこいつはもう牙を立てている。俺と乙くんの世界に土足で踏み躙ってくる。冷静を保つよう息を整え、同じぐらい笑顔で答える。

 

「僕のものですよ、乙くんは」

 

乙くんを探しに行く。

里見の車は同時に発進した。

 

マネージャーが口を抑え込んでいたのを、やっと解放した。

「っ、何すんだよ!」

 

乙くんが叫ぶと、里見は楽しそうに笑った。

 

「いーね、対抗してくるやつは燃えるよ」

「目的は何だ」

 

里見のその瞳が、異様な熱を帯びる。

 

「もちろん危険なことはしないよ。セレスティアル、乙くん」

 

刃を見せ、獣のような笑みで犯してくる。

この男はリコルを狩りに来た、フェンドだ。

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