第4話 表と裏の刺激物
フェンドの主食は、リコルだ。
―――正確には大概美味しくはない。
リコルの中でも大天使がいる。上級リコルのセレスティアルだ。まず匂いが違う。
―――ミルクのような甘く柔らかい香りの中に、ほんのり血の温かみ、これが信じられないくらい甘い。人間でいうA5ランク高級肉?違うな、もっと最上肉。
スーパーで並んでいるノーマルリコルにはもう飽きた。味が平坦すぎるし、驚きがない。
「……中毒になりたい」
そう思った時点でたぶん僕はだいぶ末期だ。
がばっと起きると隣に乙くんのセレスティアル。甘いミルクの血肉の匂いで充満していた。
ダブルベットに2人で寝転んでいる。なんて幸せなんだろう。乙くんの寝顔は安心してるようで、スースー寝息を立てている。
寝ている乙くんを微笑み正面から見ると、すうっと嗅ぎながら甘い匂いに包まれる。
これからずっとこの匂いに包まれるんだ。一気に活力が湧いてくる。
乙くんのコロンとする創甘な匂いにやられる。俺はこのままだとやばいと思い、すぐに乙くんから離れ壁に持たれ込んで腰をずるずると床に落とす。全身が火照って体力も回復して、ハートがそのまま出てきそうだ。
「…ありがとう乙くん。やっと僕の処に来てくれたんだね」
―――CM撮影中。
アイドル活動中の乙くんはマネージャーとしてしっかり動いていて、お茶やお水や衣装を着せてくれたりお手伝いしてくれている。
撮影を見ながら何か考えている様子だけど、
今日の捕食リコルの場所を決めているのかな。
乙くんがコーヒーを差し出してくれたとき、やっと僕の目を見てくれた。
「てことで、乙くん、どこで実行しようか」
「そうだな……まずはR4の効果を見てみたい」
「そうだね、人間で実行するしかないよ。
撮影が終わったらいざ悪魔の繁華街へ!!」
「悪魔の繁華街?」
乙くんの眉がハの字に跳ねた。
―――撮影を終え、乙くんと繁華街へ向かう。
街はネオンと広告で光に溢れ、人の波が途切れることはない。
ポケットの端末が震えた。通知は12件。見慣れた、フェンド専用F Dからだ。
《未登録リコル個体、確認》
《飢餓レベル:高》
《推定危険度:要注意》
「要注意」――笑みが溢れる。僕にとってはA5ランク、マベラスかエクシードだ。
「乙くんに伝えておくね、この端末はリコルの生存地と、階級の高低が分かるんだ。
一応リコルの階級をざっと説明すると、
ノーマルリコル、平凡なリコル。
マベラスリコル、エクシードリコル、
セレスティアル、ミルクや血肉の食感が最上級。
階級は上に行くほど蕩けるほど美味しいよ」
「へぇーそんなあるのか」
「当然!乙くんは最上級のセレスティアルだよ!」
「まじか、ノーマルじゃないのかよ」
「乙くんは特別でフェンドに狙われやすいから、僕が守るからね」
「あーはいはい」
「もう、どれだけ危険なのかわかってないなあ」
地図アプリを開くと、赤いピンが数十個点滅している場所は繁華街から少し外れた裏路地が絡み合うエリアだ。
薄暗い路地、積まれたゴミ箱、狩りには完璧な条件だ。
「こういう場所には、だいたいノーマルリコル以上のマベラス、エクシードのリコルがいる。運がよければ乙くんと同じセレスティアルも」
「違いは鮮度とか?」
「まあ、肉体や匂いが中心だけど、セレスティアルに生まれた、生のリコルは格別なんだよ」
星牙の瞳がぎらりと光る。フェンドの本能がすぐにも動き出したがっているのが分かる。
「ここが最初のターゲットだよ」
裏路地の影に今日のターゲットがいた。
金髪のヤンキーと、派手な服装のチンピラが
弱そうな通行人に絡んでいる。
「んーどうみても、ノーマルリコルだけど逃げたのかな。まあマウスには丁度いいか」
「乙くん、Σ(シグマ)準備完了」
乙くんがR4の注射針を取り出すと、ターゲットのヤンキーが絡んできた。
「おい、おい何見てんだよ」
「視線こわーい脅迫でーす、罰金で5万出せ」
乙くんがヤンキーに無言で近づき、R4を首に刺す。
「なら、くれてやるよ」
ヤンキーに注射が刺さりR4の液体が体内に流れ込む。ヤンキーは体をがたがたと硬直させ、目が赤く光り始める。
星牙の唇の端が微かに上がりその眼には、捕食者としての本能が滲んでいた。
ヤンキーの体は異形化していき、制御できないのか直ぐに倒れた。
チンピラは恐怖に駆られ、慌てて逃げ出した。
「何したんだよ……!」
乙くんは驚愕し、地面にへたり込んでいる。
星牙がヤンキーの腕を噛みちぎるも、すぐに吐き出す。
「おえっノーマルリコルじゃん。
乙くん、これがR4のリコル化だよ」
「…確実に」
「うん!すごいでしょ!」
星牙の声は楽しげでけれどどこか、壊れている。
「殺れるじゃん!!!」
やばい悶絶した、俺は星牙の食糧の為に採取するが個人的趣向になりそうだ。
異形化の巨大な黒い鯨が打ち捨てられたかのような、残骸が落ちている。
だが――警察官の視線は鋭く、一瞬で異常を察知した。
「……これは、リコルの残骸だな」
静かに呟いたのは、黒瀬斗真。
特務課F(フェンドオペレーション課、略称F.O.C)
──異能生物対応、リコル討伐専門の特殊部隊所属だ。
黒の制服に身を包み、腰にはAK909の小型精密武装を従えている。
「ここまで派手にやられるとは……」
同じく端末を操作しながら答えるのは、補佐官の遠藤恵梨香。
鑑識と現場監視を担当する頭脳役だ。
他の警官たちは無言で残骸を囲み、計測と分析を開始する。
「……人間の手じゃ、こうはならん」
「異常検知レベルは高い。フェンドの仕業で間違いないでしょう」
黒瀬は残骸を見下ろし、ヤンキー異形の腕に触る。
「フェンドが襲ったノーマルリコルだったというところか」
「管理官、首元を。Σ(シグマ)の注射痕があります」
遠藤がヤンキーの首元を指す。
「……それは、この国では使用禁止の
《アークR4》じゃないか」
「アークR4……?」
若い警官が息を呑む。
「人間を強制的にリコル化する異薬だ。感情を鈍化させ、最終的には商品になる」
「……リコルを生み出す」
「はい。研究ですが、異形化して制御不能になるケースも多い」
黒瀬は小さく笑い、この出来事にニヤつく。
「――そろそろ、向こうも動き出したか」
AK909の精密装備が低く震え、黒瀬はFOC部隊に命ずる。
「フェンド、リコル共に全、即射撃対象だ。
必ず我々の手で消する」
「はっ!!承知!!!」




