144.三人よれば
「なるほどっすねぇ。すみませんっす、ジブンが余計なことを口走ったから……」
室内の掃除と、篠部たちを迎える部屋を準備しながら舞香にも経緯を話した。
「いや、諏訪崎さんのせいじゃないよ。ちょうど総一郎さんから電話がかかってきて、もしあじさいに入れたらって安易に考えた俺が悪い。総一郎さんはやんわり否定してくれたけど、普通に考えて難しいんだよな……。鈴ちゃんくらいの年齢の子なら、保母さんみたいにちゃんと見ておく人が必要だろうし……今のあじさいにそれをできる人はいないもんな」
箒で廊下を掃きながら諒一が言うと、着いてきて手持ち無沙汰にしていた鈴が、目をまんまるにして諒一を見た。
「お兄ちゃん……鈴のことを考えてたの?」
驚いた顔で見上げてくる鈴の頭を諒一は優しく撫でる。
「そりゃ、俺も涼葉お姉ちゃんも……そこの舞香お姉ちゃんだって鈴ちゃんには楽しそうにニコニコしていてほしいって思ってるからさ」
諒一がそう答えると、鈴は形の良い眉をキュッと寄せて聞き返してくる。
「でも……鈴はいいの。お兄ちゃんたちが、やな思いするから!」
思ったより強めの反発に、少しだけ戸惑った諒一だったが、少し考えるとわかった。
きっとこれまでに鈴を庇おうとした人は何かしらの嫌がらせを受けてきたのだろう。それは優しい鈴にとっては、自分がつらい思いをするよりも、耐え難いことだったんだろう。
ただ、諒一はそれを理解した上で、にっこりと微笑んで鈴と目線を合わせる。
「鈴ちゃんが、お兄ちゃんたちが嫌な思いをするのが嫌なように、お兄ちゃん達も鈴ちゃんには嫌な思いしてほしくないんだ。だめかな?」
箒を床に置いて、膝をかがめた諒一がそう言うと、鈴は何か言おうとしては飲み込むを数回繰り返して、ようやく口にした言葉は……
「どうして?」
だった。
「どうしてかな?実はね、お兄ちゃんやお姉ちゃんもね、少し前まで学校に行けてなかったんだ」
突然何を言い出すのか?と鈴は一瞬訝しげな顔になったが、すぐにその意味を理解したのか、目を丸くしている。
「だから鈴ちゃんと友達みたいに思ってるのかな?鈴ちゃんもそう思ってくれてるから、ここなら泊まってもいいって言ってくれたんじゃないの?」
そう言うと、鈴は一瞬だけ表情を明るくさせたが、すぐに悲しそうに俯いた。
「ごめんなさい、お兄ちゃん。鈴がお兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒の所がいいって言ったから……その、他には誰もいなくて……」
その鈴の話の途中で、スッと諒一が鈴を抱き上げた。
「や!軽いな鈴ちゃん。もう少し食べないと」
いきなり抱き上げられて、鈴はポカンとしている。そして、遠慮がちに諒一の首に手を回した。
諒一はそうしてくれたことが嬉しくて、ニコニコしている。
「鈴ちゃんは何も悪くないんだから、謝る必要はなし!いいね?今度お兄ちゃんやお姉ちゃんに何もしてないのに謝ったらこちょこちょの刑にするからね?」
諒一がそう言うと、涼葉もそれに乗って手をワキワキさせながら鈴に近づき、ガバッと脇をくすぐった。
「こちょこちょ!」
「お姉ちゃ……アハハ、もう!だめ、キャハハハ……」
「今は無理やりだったけど、俺たちは鈴ちゃんがそうやって笑ってくれることが嬉しいんだ。だからみんなで考えてるんだよ?だから、悪いことしてない鈴ちゃんはごめんなさいじゃないよね?」
もう涼葉もくすぐるのをやめて、笑顔で鈴を見ている。
そして、スマホに下げたお礼参りの済んだきつねのマスコットを持って、「きつねさんもお手伝いしたいって言ってますよ」と、それでつんつんと鈴を突っついている。
くすぐりに参加しなかった舞香も涼葉の後ろから笑顔を見せている。
鈴は聡い。環境がそうさせたのか、元々なのかわからないが……
そんな鈴は諒一が何を言いたいのか、わかったらしい。それでいいのかためらっていたが、諒一たちの笑顔に押されたように言った。
「……ありがと。鈴といっしょにいてくれて……」
目に涙をうかべてそう言った鈴は、また少し諒一たちと打ち解けた気がした。
それから、鈴もお手伝いに参加して、男子部屋になる予定の部屋に人数分の浴衣やアメニティ用品などを準備した。
人数的に女子が多いので、部屋の広い方を女子部屋にするために、諒一は場所を移動することになる。
「うう……。少し寂しいです」
荷物を新しく準備した部屋に移そうとする諒一の隣に座って涼葉がそんなことを言う。しかもその涼葉に並んで、鈴まで同じような顔をするので諒一の心には倍のダメージが入ることになる。
「いっそ諒一先輩もこのままこっちに寝たらどうっすか?」
明らかに面白がってそう言う舞香を睨みつつ、諒一は涼葉たちを宥めにかかる。
「いや、篠部達も来るからすぐに賑やかになって、寂しさとかすぐに感じなくなるって。それにさすがに女子ばっかりの部屋に俺一人ってのは勘弁してください」
涼葉も分かってはいるのだが、諒一が自分の隣から移動しようとするのを見ると、なんとなく心がざわつくのだ。
自分でも甘えたことを言っている自覚はあるが、みんなが来ればもう言えなくなるので、今のうちに発散しとこうという気持ちもあった。
「お兄ちゃんは鈴といっしょはいやなの?」
しかし鈴は違った。純粋に落ち込んでそう言ってくるので、諒一は血を吐きそうな気持ちになっている。
「い、いやそうじゃなくてね?えっと……今日お兄ちゃん達のお友達がここに来るから、この部屋は女の子の部屋になるんだよ。鈴ちゃんは女の子、お兄ちゃんは?」
諒一がそう言うと、鈴は不承不承という感じで呟く。
「……男の子」
「じゃ、あっちの男の子用お部屋に行かないと、ね?」
そこまで言うと、鈴はむぅと口を尖らせたものの、なんとか頷いてくれた。
「だいじょぶだよ。涼葉お姉ちゃんも舞香お姉ちゃんもいるし、もっと賑やかなお姉ちゃん達が来るから」
そう言って諒一は鈴の頭を撫でると、荷物を持って立ち上がった。
ちょうどその時、パタパタと廊下を急ぎ足で来る音が聞こえ、佳乃さんがやってきた。
「もうすぐタクシー着くらしいわよ?」
結局、手際のいい大志が事前に駅からの足を確保していた。電話でタクシーを予約していたのだ。
そして、この辺のタクシーは運転手も地元の人で大体顔見知りだったりする。
なので、もうすぐ着くとか無線で事務所を通して教えてくれるらしい。
それはお客様を出迎える旅館側からすれば、とても助かるシステムだ。「まだかな?」とか「あ、来た。急いで!」などと慌てることもなく事前に並んでお客様をお迎えすることができる。
などと、諒一が関心しているうちにも、普段よく見るタクシーよりも、いくらかくたびれた感のある車がすわのの正面入り口に滑り込んできた。
慣れた仕草で荷物を受け取りに行った十郎と佳乃に、タクシー降りた篠部たちは、一列に並ぶと一斉に頭を下げた。
「お世話になりまーす!」
声を揃えてそう言われて、十郎も佳乃もキョトンとしていたがすぐに笑顔になる。
「遠いところまでようこそ。お世話なんかしないから、気楽にしてちょうだいね?」
にこやかに言った佳乃に、少し緊張気味だった篠部達の顔にも笑顔が浮かぶ。
「あ、諒ちゃん!すぅちゃん!」
玄関の内側からその様子を見ていた諒一たちの姿に気づいた篠部がそう言って手を振る。
その様子を見て、また佳乃がクスクスと笑っている。
両手に荷物を抱えた篠部が玄関から入ってくると、荷物を放り出して涼葉に抱きついた。
「すぅちゃーん!会いたかったぁ。にっくき宿題のトラップに引っかかってさぁ!」
「それはトラップでもなんでもないのでは……」
苦笑しながらそう言いつつも、篠部の背中をなでながら涼葉も嬉しそうにしている。
その後ろで鈴が変わった動物でも見るかのような顔をしていたのが面白く、舞香は笑いながら写真を撮っていた。
「まったく……。ちゃんと挨拶をしろと。すいません、大人数で押しかけてしまって。水篠と卯月の友人で勝俣と言います。友人の友人の伝手を頼ってしまってすみません。よろしくお願いします」
挨拶もそこそこに早速涼葉に飛びついている篠部に、大志はため息をつきながら、十郎と佳乃に頭を下げている。
「あら、あらあら。最近の子はしっかりしてるのねぇ。諒一くんや涼葉ちゃんの時も思ったけど……。大丈夫よ、おばちゃんの頭の中では、君たちくらいの子はあんな感じだから」
そう言って、涼葉とじゃれ合う篠部を指す。
それに苦笑いを返す大志に、佳乃は柔らかく微笑みかける。
「場所は旅館だけど、他にお客さんもいないし友人の家と思ってゆっくりしてちょうだい?さ、疲れたでしょ。あがって」
そう言われて、大志は壮太と顔を見合わせて笑いながら玄関をくぐった。
その顔からは、もう緊張している様子は見えなかった。




