143.たぐり寄せる糸
「……確かに舞香の言う通りだな……。そしてな?こういった閉鎖的な地域の子どもたちは親の力関係を見ている。言ってしまえば小野のせがれに逆らう奴はいないだろうな」
朝食後、食器を片付けて洗い物を手伝いながら、諒一と涼葉は昨日話した事を十郎に聞いていた。
「それは……ずっとなんですか?」
「ずっと……さすがに大人になってからは変わるだろうが、地元に残って家を継ぐ奴らは変わらんだろうな」
悔しそうな顔をしながら、それでも十郎はそう言った。その様子が実態を教えてくれている。
「だって……鈴ちゃんは神社の子なんですよ?お引っ越しなんてしないでしょうし、問題の小野って子も地元の有力者なんですよね?」
昨日の話で鈴と問題を起こしている子の親が地元に昔からある大きい農家だと聞いていた。
ある地域などは、ほとんどの田畑が小野家の持ち物で、そこで農業を営んでいる人たちは、土地を借りているのだとか。
昔は豪農と小作人の間柄だったのだろう。そこにははっきりとした力関係が生まれている。
「司も神社を出ていくなんて事はできねえしな。あれは司の持ち物じゃねえんだよ。管理人みたいな感じで神社本庁から派遣されて来ているにすぎない。勤め先を変えてくれなんて言った日にゃ、仕事がなくなっちまう」
洗った食器を手際よくしまいながら、それでも表情は歪めた十郎は重い口調でそう話した。
「じゃあ……鈴ちゃんは我慢しないといけないんですか?」
手伝いを終えて、部屋に戻る廊下の途中で耐えきれなくなったのか、とうとう涼葉は両手で顔を覆って泣き出してしまった。
「……悔しいよな。俺たちにはなんにも力がない」
涼葉の背中をさすりながら、諒一も唇を噛んだ。
ちりん
「!」
あの音が聞こえた気がした。耳を澄ましていると、電話の音が聞こえて来た。
さっきまで手伝いをしていた方から十郎の電話を受ける声が微かに聞こえる。
「りょういちくん?」
足を止めた諒一を、真っ赤な目をした涼葉が見てくる。どうして立ち止まったのかと言いたそうな顔に、涼葉には聞こえなかったか、泣いていて気づかなかったのだろう。
「涼葉ちょっとまって。また聞こえたんだ、チリンって……」
それを聞いた涼葉の目が大きくなる。それと同時に厨房の暖簾から十郎が姿を見せた。
「おう諒一、まだいたか。電話だ、あじさいの空閑さんから……」
その言葉を聞いて、諒一はまだ手段があったと思い出した。難しい事だろう。簡単にいくとは思えない。でも、もし助ける事ができるなら繋がった糸は全部たぐり寄せる。
そう考えた諒一は、涼葉の手を掴むと厨房に戻った。
電話機の横に受話器が置いてある。まるで昭和の光景だな、と一瞬頭に浮かんだがすぐに振り払って、諒一は受話器を耳に当てる。
「やあ諒一くん、おはよう。楽しんでるかい?一応君たちの保護者としては任せっぱなしというわけにはいかないからね。面倒だろうがこうして電話をさせてもらったよ」
受話器から総一郎の優しげな声が聞こえてきて、諒一はわけもなく涙が出て来そうになった。
「おはようございます総一郎さん。こっちはすごくいい所です。俺も涼葉も諏訪崎さんも……俺たちは問題ないです」
その諒一の言い方に、すぐに違和感を感じたのだろう。口調を落として総一郎は言った。
「何かあったのかい?」
諒一はこれまでの事を話した。簡潔に、自分の主観をなるべく入れないように……そして最後にこう言った。
「総一郎さん、鈴ちゃんをあじさいで預かれないでしょうか」
それを聞いた涼葉が隣で大きく目を見開いた。その眼差しには期待が大きく含まれている。
ただ……
「諒一くん、それは難しいよ」
総一郎の返事は、色よいものではなかった。
「諒一くんの気持ちはわかるけど、問題がいくつかある。まずあじさいは児童の保護施設だけど、あくまで自立支援をする所だ。これは君たちには難しいかもしれないけど、保護する対象が決まってるんだよ。あじさいは自立する事を期待できる児童に限られる。つまりある程度の年齢からじゃないと受け入れる事ができない。実を言うと、諏訪崎さんも年齢的にギリギリだったくらいなんだよ」
前の記憶がある諒一はそうだろうと思ってはいた。それでも頼まずにはいられなかった。あるいは総一郎や亜矢子なら何かいいアイデアを言ってくれるかもしれないとの期待もあったのかもしれない。
しかし無情にも総一郎の話は続く。
「次に今の話は君の考えだよね。鈴ちゃんのお父さん、つまり保護者の方の考えが入っていない」
諒一は思わず歯を食いしばった。
総一郎の言う通りだ。勝手に先走っていたけど、司さんがどう考えているかなんて聞いていない。
「最後に君たちはあじさいに来てよかったと思ってくれている。それは私たちにとってはすごく嬉しい事だ。でもね?残念だが世間的にはそう見られない。話を聞くと狭い地域的な慣習が残っているような場所みたいだ。そんな所で、親がいるのに子供を施設に入れた、となった時お父さんは周りからどう見られるかな?」
もう諒一には何も言うことができなくなっていた。浅はかすぎたとしか言いようがない。
「……すみません、総一郎さん。先走りすぎました。何も見えてませんでした」
ひどく落ち込んだ声でそう言うと、総一郎は少し笑いながら言った。
「ごめんね。冷たいようだけど、ぱっとあげただけでもそれだけの問題が出てくる。やはり難しいと言わざるをえないよ。こちらでも何か当たってはみるけど……あまり期待しないでほしい」
「いえ……よろしくお願いします。無理な事を言ってすみませんでした」
「諒一くんのその子を助けたい気持ちは、痛いほど伝わって来てるよ。僕も何とかしてあげたいとは思うけど……。十郎さんに変わってもらえるかな?」
「はい……」
諒一は少し離れた所で不安げに見ていた十郎に受話器を渡す。
十郎が総一郎と話しているのを背中で聞きながら、諒一は厨房を出た。
「りょういちくん……。その、残念でしたけど……元気出してください」
見ると涼葉がとても心配そうに諒一を見ていた。諒一はそこまでへこんで見えるのかと苦笑しながら言った。
「うんありがと。そんな落ち込んで見える?」
諒一は冗談の中に紛れさせて誤魔化そうというつもりだった。しかし、涼葉は真剣な様子で諒一をじっと見てくる。
「当たり前じゃないですか。私はりょういちくんと出会ってそれほど経ってませんけど、それなりに濃密な時間を一緒に過ごしてきたつもりです。泣いたり慰められたり支えられたり支えたり……そんなりょういちくんを私は信頼してますし、いつも見てます。そんな私が気づかないとでも?」
そんな事を言われ、諒一が呆気に取られていると、涼葉は拳を作って諒一の胸をこづいた。
「隠そうとしないでください。一緒に落ち込めばいいじゃないですか。私はまだ子供ですから、いいアイデアなんて浮かばないかもしれませんけど……りょういちくんと一緒に悩みたいです」
真っ直ぐにそう言ってくる涼葉に、諒一の胸にじんわりと熱いものが浮かび上がってくる。
「そうか……そうだよね。何一人で抱え込もうとしてるんだろうね……」
「そうですよ。私たちだってまだまだ支援されてる側なんですから」
そう言いながら涼葉は諒一の手を取った。
「一緒に考えましょう!少しでも鈴ちゃんが幸せに近づけるように」
一人で突っ走って、周りが見えないまま自分の都合だけを総一郎に押し付けてしまった。
これではいい返事などもらえるはずがないのだ。
「ありがとう涼葉。まずみんなで考えよう!今日篠部たちも着く、俺たちにできる形で鈴ちゃんが楽になるような事がないか、みんなにも相談してみよう。いや、まずは司さんの考えを知らないといけないね。司さん……いつ頃帰ってこられるかな」
次にできる事を考えだした諒一を見て、涼葉はニッコリと笑った。
さっきは崖っぷちに立ったような顔をしていたからだ。
そんな諒一の手を取って、背中を押せた事を涼葉は心から嬉しく思っていた。
――そんな追い詰められた顔しないで下さい。私が、いつでも背中を押してあげますから。
心の中でそう言うと、涼葉は諒一の手を引いた。
「さ、まずは皆さんを迎える準備をしましょ?きっとみんなすごい所に来た!ってびっくりしてるはずですから」
諒一が気づかない部分を指摘して支えてくれる。そんな涼葉に感謝しながら、諒一は笑顔で頷いた。




