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142.なんでこうなった

 鈴が寝付くとすぐに部屋の襖が開いた。そうっと音をさせないように入って来たのは舞香だ。

 お風呂から上がってきたのだろう。


「いやぁ、鈴ちゃんも大変っすね」


 そして寝ている鈴を見てそう言った。


「聞いてたんですか?」


 涼葉が言うと、舞香は少しバツが悪そうに笑いながら頷いた。


「や、盗み聞きするつもりはなかったんす。ただ、話し声が聞こえてきて、ちょーっと入りづらい空気を感じたんで……」


 と、言った。

 話が聞こえたなら、そこに「いい風呂だったっすー!」とは入って来にくいか。

 と、諒一も笑った。


 そして舞香は諒一と涼葉を見て、納得したような顔をした。


「そういう事っすね。諒一先輩と涼葉先輩にやたら鈴ちゃんが懐いてる理由がわかったっす」


 そう言うと諒一も頷いて言った。


「まぁ、きつねさんつながりだろうな」


 諒一と涼葉も鈴の言うきつねさんにはだいぶ助けられた。諒一などは今こうしてここにいる事が最たるものだ。


「鈴ちゃん、お母さんが亡くなってしばらくして引きこもったって聞いていたっす。それからは人の前にほとんど出てこなくなったらしいっすからね。なんでジブンは一緒に神社に行った時、いきなり鈴ちゃんが出迎えたんで、めちゃくちゃ驚いたんすよ」


 そう言われれば、舞香が鈴を見た時にすごく驚いていたのを思い出した。本当に鈴なのかもわかっていない感じだったのは、普段から見ていないからか……


「なんとかしてあげたいですけど……。難しいですね。もう少し大きくなれば少し変わってくるんでしょうけど……」


 涼葉が鈴を見下ろしながらそう言うと、鈴はかわいい眉を少しゆがめた。何か良くない夢でも見ているのかと心配していると、右手が何かを探すように動き出した。


 思わず差し出した諒一の手に触れると、鈴の小さな手がキュッと掴んで、自分のほうに引き寄せた。


「あら、安らかな顔になりましたよ?りょういちくんもう動けませんね」


 クスクスと笑いながら涼葉そう言った。

 諒一も自分の手を掴む鈴の小さな手を振り払う事なんてとてもできなかった。


「もうそのまま寝るしかないですね。ほら、りょういちくん横になって下さい。お布団は掛けてあげますから」


 動く事ができない諒一は従うしかない。鈴に握られた手を動かさないように、諒一が横になると涼葉が微笑みながら布団をかけてくれた。


「私達も寝ましょうか?舞香さん」


「そうっすね。あ、照明はジブン消すんで涼葉先輩も横になって下さい」


 そう言うと舞香は手元を照らす和風の小さな照明の灯りをつけると部屋の照明を全部消した。


 舞香が布団に入る音がして、部屋が静寂に包まれる。季節的に鳴くような虫もいないし、耳をすませば遠くから川の流れるサラサラという音が聞こえるくらいだ。


 静かな空間で、諒一のまぶたも落ちかけた頃、舞香の声が聞こえた。


「……さっきの。あ、すいませんっす。もう寝ました?」


「いや、まだ起きてるよ」


「私も起きてますよ?」


 声量を落とした返事が返って来て、舞香は話を続けた。


「や……さっきの話っすけど、涼葉先輩が言ったもう少し大きくなればって」


 確かに涼葉が言っていた。小学校も高学年にもなれば、言っていいこと悪いことの他に、言わない方がいいことなんかも理解してくる。


 そうしたら鈴の話を信じないまでも、正面から否定したり馬鹿にしたりする子も減るだろう。

 涼葉もそういう意味で言ったのだが、舞香の口調は何か言いにくい事を話そうとしている。


「この辺りは子供も少なくて、中学校に上がってもそう顔ぶれが変わらないっす。その上、田舎独特の空気というか……よそ者とか自分達と違うものを排除しようとする空気があるっす……。なんで、大きくなれば鈴ちゃんが受け入れられるかと言われれば、難しいと思うっす」


 その言葉に、涼葉が動く音がする。舞香の方に寝返りをうったようだ。


「それは……ほんとですか?」


「ジブンも、嘘だと言いたいっすけど……多分。この辺は田舎っていうか……閉鎖的な考え方ってあるっすから」


「そんな……」


 話を聞いて涼葉が絶句する。諒一も思わず鈴の手を握る自分の手に力が入ってしまいそうになってしまった。


「鈴ちゃんも……あじさいに来たら……いやそれは無理っすね」


 そう言ったきり舞香の声は聞こえなくなった。考えているうちに寝てしまったのだろう。多分涼葉も同じで……諒一も色々考えているうちに眠ってしまっていた。


◆◆ ◆◆

 

 翌朝……まだ起きるには早い時間にふと目覚めた諒一は、部屋の照明がついている事にまず気づいた。そして、自分の状況を把握すると思わず呟いた。



「なんでこうなった……」


 頭を抱えたくてもできない状況に、思わずそうこぼしていた。


 諒一は一番右端の布団で寝ていたはずだ。いや、それは今も変わってない。

 ただ、左側の布団で眠ってたはずの鈴が諒一の布団に入って来て右腕にしがみついている。

 そればかりか、鈴が寝ていた布団に涼葉が寝ていて諒一の左の袖をギュッとつかんでいるではないか。


「なんでこうなった?」


 諒一は八つ当たりするかのように、睨みながらなぜか起きてカメラを向けている舞香に聞く。

 諒一の視線では、カメラで顔のほとんどが隠れているのに、ニヤニヤしている事がはっきりとわかる。


「さぁ?ジブンもさっき目を覚ましたっすけど、もうこの状態だったっす。あ!だめっすよ。諒一先輩動くとお二人が起きちゃうじゃないっすか」


「そう言われても……これ、動けなくてつらいんだって!それよりいつまでカメラ向けて……まさか動画撮ってない?」


「両手に華じゃないっすか。世の中の男性が羨む状況っすよ?タンノーしないと……。さぁ何のことっすかねぇ?」


 両側とも乱雑に振り解くことなんてできないけど、左手は特に下手に動かすとまずい。


 涼葉は諒一の袖を握ってるが、ほとんど抱き抱えるようにしている。絶対へんなとこにあたる。


「やあ、諒一先輩は鈴ちゃんや涼葉先輩がいれば簡単に拘束できるっすねぇ」


「んな、しみじみと言ってないで助けてってば!」


 それからしばらくして、諒一の身体が小刻みにプルプル震え出した頃、ようやく涼葉は寝返りをうってくれた。


 ようやく自由になった左手を動かして、最初にやったのは気が済むまで写真と動画を撮ったあと、さっさと二度寝してしまった舞香に枕を投げつけることだった。


「ん……あれ、私どうして……」


 ぼんやりとした声が聞こえて、隣の涼葉が上半身を起こす。そしてしょぼしょぼとした目で、少し離れた所で寝る舞香を見て、諒一の方を見てバッチリと目が合う。


「お、おはようございますりょういちくん……」


「……おはよ。なんで鈴ちゃんの布団に寝てるの?」


 やや、半目気味の諒一にそう聞かれて、涼葉は自分の座っている場所に目を落とす。


 そして「あはは……」と笑いながら言った。


「夜中に鈴ちゃんがおトイレに行きたいと言いまして……。付き添って戻ってきたら、寝ぼけてたのか鈴ちゃんがりょういちくんのお布団に……」


「そこは止めようよ……」


 思わず言った諒一に、涼葉は少し慌てたように言った。


「と、止めようと思ったんですけど……。鈴ちゃんすごく安心した顔ですぐに寝ちゃってですね。その……鈴ちゃんもりょ……いえ。えと、寝顔がかわいいなぁって思って見てたら、その」


「涼葉も寝ちゃったと」


「……はい」


 諒一がそっと顔を動かして鈴の方を見ると、確かに安心したようにスヤスヤと眠っている。

 寝顔もかわいらしく控えめに言っても天使だ。


「……まぁ、しょうがないとしとくよ。でもしっかり写真とか撮られてたから、後で確認しといたほうがいいよ?」


 そう言っと、バッと舞香の方を見た涼葉。気のせいか舞香の布団がビクッと動いた気がする。


「そですね。後できっちり確認しときます。場合によっては私のスマホに保存しないと……」


「いや、そうじゃなくて……。てか涼葉さん?」


「はい?」


 諒一の呼びかけにきょとんとした顔をする涼葉。鈴が寝ていだ布団に半分寝転んだ状態で……


「何でまた、そこに寝ようとしてるの」


「まだ起きるには少し早いので、舞香さんを見習って二度寝しようかな、と。」


 涼葉の向こうで舞香の布団がプルプル震えている。「覚えてろよ」と諒一は心の中で言った。


 その間にも、いそいそと鈴の小さめの布団に寝転んだ涼葉は、遠慮がちに諒一の袖を掴んだ。


 ――それ意識してやってたのか……。と、心の中で盛大に突っ込んだが、振り払おうという選択肢はない。


「もういいや……。俺ももう少し寝よ」


「はい!」


 小声で弾むようにそう言った涼葉に、頭を抱えようとした諒一が再び動けなくなった事に気づいたが、だめとも言い切れずに諦めた。


 ――鈴ちゃんや涼葉先輩がいれば簡単に拘束できますね。


 さっき言った舞香の言葉に、自分でも「確かに」と、そう思いながら諒一はまぶたを閉じた。


 

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