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141.小さい不安

「むふふ……」


 三人で手を繋いで、部屋に戻ろうとしていると入れ違いで温泉に行こうとしていた舞香と廊下でばったり会った。


 口を手で隠しているが、まったく隠しきれていないニヤニヤ笑いがこぼれている。


「いやぁ、そうやって見ると……もう仲のいい夫婦みたいっすねぇ……」


「も、もう!舞香さん?」


 だいたい想像していた通りのからかいを口にする舞香に、涼葉は頬を染めているが、諒一は冷静に返した。


「いや、歳の差を考えたら親子じゃなくて兄弟だろ。どう考えても……」


 と半目になって諒一が言うと、舞香は少しだけ目を見張ってその後つまらなそうに言った。


「ちぇ、諒一先輩が冷静っす。つまんないっすね、これが妻帯者の余裕っすか」


「さっ……」


 その言葉に涼葉は更に頬の赤みを増している。


「もう……涼葉が大変なことになるからからかわないの。ほら、鈴ちゃん眠そうだし、行こう?」


「は、はいぃ……」


 もう諒一とも目が合わせられないようになっている涼葉と苦笑いしている諒一を、間にいる鈴は交互に見て首を傾げる。


「ぱぱとまま?」


「り、鈴ちゃん!?」


 ……それから部屋に帰るまでにもう少しの時間が必要になるのだった。


 ◆◆ ◆◆


「もう……。鈴ちゃんったら。だめですよお姉ちゃんをからかったら」


 落ち着いて部屋に戻って来た涼葉は、準備ができた自分の布団に座りながら、鈴の髪を櫛ですいている。


 鈴はからかったらつもりなどないので、きょとんとしている。


 それを見て微笑みながら諒一は、隣の部屋に自分の布団を敷こうとしていた。


 昨日は涼葉と舞香がメインで使ってる十畳の部屋で寝て、諒一はその隣の八畳の部屋に布団を敷いて寝た。


 舞香は面白がって三つ並べて敷こうとしていたが……


 押入れから敷布団を取り出して運んでいると、涼葉と鈴がじっと見ていることに気付いた。

 髪をすいていた手も止まっている。


「え?どうかした?」


 とりあえず布団を下ろして諒一がそう言うと、涼葉が言った。


「りょういちくん、今日は仕切ってるふすまを開けたまま、並んで寝ませんか?」


 十畳の部屋には、端から舞香、涼葉の布団があり今は涼葉の横に鈴用の小さめの布団が敷いてある。

 ふすまを開けて……ということは、二つの部屋の仕切りをしないで一つの大きな部屋でみんな一緒に寝ることになる。


「いや、それは……諏訪崎さんもいるし、男女が同じ部屋でってのは」


 諒一がそう言うと、涼葉はクスクスと笑う。


「私は気にしませんし、舞香さんもいいと思いますよ?端っこですし……それに一緒の部屋で寝るの、初めてでもないですし」


 屈託なくそう言った涼葉に、諒一の方がギョッとなった。


「ちょ、涼葉!それあんまり言っちゃだめだからね?」


 少し慌てる諒一に、涼葉は更に笑った。


「他では言いませんし、だいじょぶです。それに、鈴ちゃんがそう言うんじゃないかと……」


 そう言われて鈴を見ると、諒一が布団を置いた所と自分の布団の間をじっと見ている。


 風呂すら一緒にと言ってくる鈴なら確かに言いそうだ。と言うか今もこの布団の距離はどういう事?みたいな顔をしている。


「鈴ちゃん……きっと今まで寂しかったんですよ。詳しくはわかりませんけど、鈴ちゃんのお母さんの話は聞きませんし、お父さんだって忙しそうですし……」


 涼葉が鈴の頭を撫でながら、視線を落としながらそう言った。

 

 そういえば……


 あの神社には司さんしかいなかった。年末で忙しそうにしていたにも関わらず……

 年末年始にかけてバイトを雇って神社に来る人の対応をするくらいなのに。


 涼葉と諒一の話を聞いていた鈴は、二人を交互に見ると慌てた様に口を開いた。


「あ、あの……。鈴のお母さんは神様のところにいるの。鈴がもっとちいさいころにしんじゃったってお父さんが……」


 やっぱりか……


 キュッと口を結んで諒一は鈴のそばに座った。涼葉も悲しそうな顔をして、そっと頭を撫でている。


「そっか……。寂しいね」


 そう言った諒一に、意外にも鈴はふるふると首を振った。


「んーん。お母さん会いに来てくれたもん。いつも見てるよって……。きつねさんと会えるようになったのは、お母さんがいっしょにつれてきたからなんだよ」


「え?」


 寂しくないと、首を振った事もきつねさんの話にも驚いた諒一が思わず聞き返すと、鈴はその時の事を話した。


 鈴のお母さん……司さんの奥さんはずっと病気がちだったらしい。


「でね、鈴が寝てる時に会いにきてくれたの。きつねさんと一緒に」


 鈴が小学校に行くか行かないくらいの年齢の時に亡くなったみたいだ。

 お母さんがあぶない事は司さんは黙っていたようだが、ある晩、きつねを両脇に連れて鈴に会いに来てくれた、と。

 鈴にとって、お母さんは病院のベッドに寝ているイメージしかなかった。


「でもね?お母さん、自分で歩いてたの。きつねさんのおかげだって……お散歩もしたんだよ」


 身振り手振りでその時の状況を語る鈴は、とても微笑ましく……悲しかった。

 涼葉は目を赤くしながらも、頑張って微笑みながら鈴の話を聞いている。


 鈴にとって、お母さんが死んだということよりも、ずっと寝たきりだったお母さんが元気に歩いていたことが嬉しかったらしく、いつも見ていると言ってくれたこと。どうしても寂しい時にはきつねさんと一緒に会いに来てくれること。

 その方が嬉しかったと言う。


 そして、いつもお母さんと一緒に来てくれるきつねさんは鈴にとって特別なものになっている。


 大きな身振りでそれを諒一と涼葉に説明した鈴は、そこまで話すと、ハッとして俯いた。


 やっぱり寂しいのかと、涼葉と目を合わせて焦ったがそうではなかった。

 鈴は諒一と涼葉の方を窺うような目で見ていた。


 その目を見て諒一は理解した。そして、ニッコリと笑うと鈴の頭を撫でながら言った。


「そっかあ。じゃ鈴ちゃんのお母さんも一緒にお泊まりしてるかもね。会ったらご挨拶しとかないと、ね?涼葉」


 諒一がそう言うと、涼葉も鈴に微笑みかけながら頷いて言った。


「そうですね!それにきつねさんにもです。私たちもきつねさんにはいっぱい助けてもらいましたから、感謝ですね」


 二人がそう言うと、鈴は初めてはっきりとわかる笑顔を見せてくれた。


 そして、目に涙を滲ませると遠慮がちに涼葉のお腹に顔をうずめた。


「あらあら。……今は私が鈴ちゃんのお母さん代理ですね。鈴ちゃんは何も遠慮しなくていいんですよ?私もりょういちくんもきつねさんとはお知り合いですし、鈴ちゃんのお母さんともお知り合いになりたいです。……鈴ちゃんは何も心配しなくていいですからね」


 そう言いながら、撫でる涼葉に鈴は確かに頷いた。


 眠くもあったのだろう。そうしているうちにすぐに鈴は眠ってしまった。


「……学校だと、家族の話は当然でますからね。小さい子は亡くなったからって空気を読んだりするのは無理でしょうし……」


 鈴をそっと布団に寝かせて、布団をかけてやりながら涼葉が呟く。


「うん。で、仲良くなった子に今の話をして……否定されたか馬鹿にされたか……。変だと思ったんだよな。鈴ちゃんすごくお利口だし、人の顔色見て遠慮したりしてるし。学校に行けなくなるくらい人と揉めるかなって」


 諒一もそれを見下ろしながら声を落としてそう言った。

 

「……鈴ちゃんにとって今の話は絶対に譲れない本当の事なんですよね、きっと。でも他の子は嘘つきとか言ったんじゃないでしょうか?言葉を選んだりしないでしょうしね」


 悲しそうに、鈴を見下ろしながら涼葉は言葉をこぼした。


 鈴は空気を読める子だ。大事な話をしてると思えばしゃべらないし、甘える時も顔色を窺ってるふしがある。

 きつねさんつながりの涼葉と諒一は特別なんだろう。


 それでもさっきの話を否定される事だけは認められなかった。それを認めてしまってはお母さんが見てるということも否定してしまう。

 それはまだ幼い鈴にとって絶対に認められないことなのだろう。

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