140.湯上がり美人
「ごっ……ごめんなさい、りょういちくん。私夢中になっちゃって……」
猿達が帰って、我に返った涼葉が顔を赤くしながら、諒一から離れた。
二メートルほど離れた所で涼葉は諒一の方を見ないようにしてそう言った。
「いや……まぁ。その、嫌じゃなかったし。考えてみたらさ、種類にもよるけど、水着の方が肌の露出は多いわけだし……。考えないようにしてた」
諒一が照れながら言うと、涼葉は自分の格好を見下ろし、なるほどと思ったのか、リラックスしだした。
「なるほど、そう言われて見ればそうですね」
そう言って微笑む。それでもお互いの方を見ないようにはしていたが。
「その……りょういちくんはもう少し慣れてるのかな?って思ってました。なんて言うか……女の人のハダカなんて見慣れてるかなって」
俯きながら涼葉が言う。確かに前の記憶がある諒一は結婚していた時期もあった事だし、女性の裸に免疫がないわけではない。
それでも現実には顔から火が出るかもと思うくらい恥ずかしい。
「んー……。そうなんだけど、多分今の年齢に引っ張られているところがあるから……普通に恥ずかしい」
よく考えてみたら、五十を過ぎたおっさんがタオルを巻いた女の子と混浴したくらいで、顔を真っ赤にしているのはあまりにも純情だと思う。
自分でもそう考えていると、こちらに背を向けた格好のまま涼葉がクスクスと笑い出した。
「やっぱおかしいよね?」
苦笑して諒一が言うと、涼葉は首を振った。
「いえ、なんて言うか……。安心しました」
「安心?」
「はい。だってずるいじゃないですか、私ばっかり恥ずかしくてりょういちくんは全然平気だったら」
そう言うと、涼葉がくるっと諒一の方を向いた。
「そうですよ。水着着た時と一緒だと思えばだいじょぶです。それに……一緒にプールとかも、行きたいですし……」
ジロジロ見ることはないが、諒一の方を向いた涼葉がそう言うと、諒一の口元も自然と綻んだ。
「そだね……。夏になったら、行きたいな」
空を見上げながら諒一が言う。
「はい。……今年は水着も買ったのに、行けませんでしたので……」
涼葉も岩に背を預けて空を見上げながらそう言った。
その言葉で、一緒に制服で写った写真と共に送られてきた涼葉の水着姿の写真の事を思い出して、恥ずかしくなった諒一は何度も顔を洗って誤魔化すのであった。
「あら……鈴ちゃん。もう熱いですか?」
ふと、見ると鈴が静かになっている。頬がりんごみたいになっているので、少し長湯してしまったかもしれない。
鈴も頷いたので、もうあがることにした。
「じゃ、私たち先にあがりますね?……その」
「俺向こう見てるから!えーと、また十分後ね?」
諒一が慌てて山の方を向くと、後ろからクスクスと笑う声が聞こえ、「そうですね。体もキチンと拭かないといけないのでもう少し、いいですか?」と涼葉が言った。
それはそうだ。服を脱ぐだけでいい時と比べて、自分と鈴の体を拭いて洋服も着せてあげないといけないかもしれない。
「そ、そうだよね!えっと……じゃ、三十分くらい?」
そう言うとまたクスクスと聞こえる。
「そこまでは……お洋服を着たら声をかけますね?」
そう言うと、涼葉は鈴を促して湯船から出ていく。諒一は変な想像をしないように、頭の中でさっきの猿の親子の事を思い出していた。
「もいいですよ、りょういちくん」
その声が意外と近くから聞こえて、諒一は振り返る。するとそこには髪の毛を後ろでまとめて浴衣を着た涼葉がいた。
ドキリとして、思わず見つめてしまう。
湯上がりの色気なんて言葉を思い出す。ほんのり色づいた頬が笑顔を引き立たせて、普段見慣れない浴衣が新鮮で……
「りょういちくん?」
「あ!ごめん……ぼうっとしちゃった。り、鈴ちゃんは?」
ぼーっと見つめてしまい、慌てて思いついた事を口にする。
「あ、普通にお洋服着せてたんですけど、佳乃さんが来て子供用の浴衣もあるよって言ってくれて……。着せに連れて行ってくれました」
「あ……あ、そっか。鈴ちゃんも喜ぶ……かな?え、佳乃さん来たの?」
途中まで話して思い出した。ここが男湯だということに……
慌てた表情の諒一を見て、涼葉はまたクスクスと笑う。
「だいじょぶですよ?まぁ、ちょっと探したらしいですけど、男湯に清掃中の札が出てたから、すぐに想像ついたって。りょういちくんが出していてくれたんですよね?」
ニッコリ笑って言う涼葉に、諒一は安心して頷いた。
「うん、今宿泊客はいないし、男湯に入るのは俺しかいないけど、万が一他の男の人が入ってきたら大変だから……ここ数日で掃除の手伝いしといてよかった」
諒一がそう言うと、涼葉が何か言いたそうな顔をして、モジモジしだした。
どうしたのかと思っていると、何度か言うのをためらって諒一を上目遣いで見ながら、涼葉は口を開いた。
「あの……りょういちくんは、イヤ……ですか?その知らない人に、私の身体を見られるのは」
言いにくそうに口にする涼葉に、諒一は深く考えずに言ってしまった。
「え、そりゃやだよ。涼葉がいいって言うんなら別だけど……。他の人に…………」
そこまで言って、自分の言葉の意味に気づいた諒一は、今日一番真っ赤になった。
見ると涼葉も恥ずかしそうにチラチラと諒一を見ている。
「〜〜っ!」
まともに顔を見れなくなり、思わず真横を向く勢いで顔を逸らした。
「あ、あの!私出てますから!ゆっくり上がってきてください!」
涼葉はそう言い残すと、パタパタと浴場から出て行ってしまう。
胸の鼓動が、お湯に伝わって波でも立つんじゃないかと思うくらい暴れている。
諒一は思わず頭までお湯に浸かって、気分を落ち着かせようとする。
――何言ってんだ俺は……まるで自分のものみたいに。
憎からず想っていることは自覚しているが、あんな束縛するような事を口にするとは思っていなかった。
お湯の中で黙考する。
言った事は間違いなく本音だ。想像したらイヤな気分になる事は間違いない。
ただ、まだそれを言える立場にはないと思う。
――俺は……どうしたいんだろう。
一度人生を経験して、諦めの境地を知っているせいか、変に達観している諒一は、初めてその悩みに気付いた。
それから諒一が風呂を出たのは、十分以上あとだった。
火照った顔を仰ぎながら脱衣場の戸を開ける。そこで失敗に気付いた。
「あ……。しまったなー」
部屋から持って来たタオルは一枚。まさか涼葉たちと一緒に入ることになるとは想像もしてなかったから、身体を拭く用に持って来たタオルは、腰に巻いて湯船に浸けてしまった。
「これじゃ身体は拭けないな……ん?」
一応絞ってみるか?と考えていると、自分の服を入れている棚に目がいった。
そして、それに気づくと自然と顔が綻んだ。
「持って来てくれたのか……」
諒一が着ていた服を入れたカゴの隣。バスタオルと浴衣の上から着る上掛けがきれいにたたんで置いてある。
諒一はタオル一枚と浴衣しか持って来ていないから涼葉が持って来てくれたのだろう。
大浴場から部屋に戻るには一度外に出るような造りになっているので、確かに浴衣だけでは身体が冷えるかもしれない。
「さすが……こういうことがさりげなくできるのすごいよな」
ありがたく使って身体を拭いた後、浴衣を着て上掛けを羽織る。
もう暖簾は普通に戻してあった。
渡り廊下を通って母屋のほうに戻ると、ロビーに置いてあるソファに座る涼葉と鈴の姿があった。
「あ、りょういちくん。遅かったですね」
少し恥ずかしそうに涼葉が言う。
「あ、ごめん!待っててくれたの?タオルもありがとう」
諒一がそういうと涼葉はニッコリと笑って言った。
「いえ……それよりも見て下さい。ほら、鈴ちゃん。お兄ちゃんにも見せてあげて下さい」
涼葉はそう言うと隣に座っている鈴を促した。
なんだろうと思って待っていると、鈴がソファから立ち上がって諒一の方を向いた。
「おお……」
鈴は子供用の浴衣と上掛けを着ていた。それも、諒一や涼葉が着ている宿泊客用のシンプルな浴衣ではなく、とても可愛らしいものだった。
「とても可愛いよ。よく似合ってるじゃないか鈴ちゃん」
諒一が正面から褒めると、さすがに恥ずかしいのか、鈴は視線を逸らしてきるが、どことなく嬉しそうにしている。
薄いピンクにたくさんの雪だるまの柄がついている。巫女服も似合っていたが、鈴は和装が似合う顔立ちをしていると改めて思った。
「ちゃんと冬用の浴衣らしいですよ?待ってたのは浴衣の鈴ちゃんを見せたかったのもありますが、鈴ちゃんが待ってるって言ったんですよ」
「鈴ちゃんが?」
諒一が鈴を見るとまだ恥ずかしそうにしていたが、そっと手を伸ばして諒一の手を握った。
反対側の手は涼葉とつないでいる。
「一緒に……行こ?」
チラッと諒一を見上げて鈴はそう言った。
「……かわいいなぁ」
思わず諒一がそう言うと、なぜか涼葉が自慢げに「そうでしょ?」と笑っていた。




