137.鈴のお泊り
「ちょっと何言ってるかわかんないっす」
「あ、やっぱり?」
あの後丁寧にお礼を言って、相川神社を後にした諒一たちはすわのに帰る道すがら、鈴と話した「きつねさん」の話を舞香にしてみた反応である。さすがにわけが分からないと舞香は半目になってそう言い返してきた。
「まあ、なんとなくややこしい話ってのは感じてるんで、無理に話さなくていいっすよ。お二人に問題がないんであればそれでいいっす」
言葉を探す諒一と涼葉に、笑いながら舞香はそう言った。
「諏訪崎さん……男前だね」
「それ、褒めてるすか?ケンカ売ってるっすか?」
誉め言葉のチョイスには間違えたようだ。涼葉がなだめると舞香は一つため息をついて笑いながら言った。
「案内する方としては、お二人が目的を果たせたんなら一安心っす」
「うん、きっと俺たちのお礼の言葉はちゃんと届いたと思う」
本来の目的はたくさん助けてくれた事へのお礼参りだ。それに関しては、最高の結果だったと思う。何しろ、お礼参りの神事を行ってくれたあの場には、神様の使いである「きつねさん」がいたのだから。
諒一が自信たっぷりに答えると、舞香も満足した顔になる。和やかな雰囲気ですわのに帰る石段を登っていると、ふわりと涼葉の頬に白いものが舞い降りてきた。
「わ、りょういちくん。雪ですよ!久しぶりにやるクリスマス会がホワイトクリスマスになるかもしれませんね」
ふわりふわりと舞い落ちてくる雪を、両手を広げて見上げる涼葉の姿に舞香も諒一も思わず笑顔になった。
――「神麓」に着いた時から、周りにはたくさんあったんすけどね、雪。降ってないだけで……
舞香はそう思ったが口には出さない。あじさいがある地域はあまり雪は降らない。涼葉の様子から、涼葉の地元でもそうだったのだろう。しかし神麓は標高が高く山深いこともあって降雪は珍しくもなんともないが、涼葉にとっては特別なものなんだろう。
「みんなが到着するまではあまり降らないといいけどな。諏訪崎さん、お爺さんだいじょぶそうだった?」
明日は二十四日。クリスマスイブであると同時に、篠部のトラブルで出遅れた友人たちが到着する予定でもある。駅までは十郎さんが車を出してくれることになっているのだが、この前捻挫してもう運転できるまでになっているのかが不安だった。
「んー、じいちゃん頑固っすからね。ま、ダメそうなら早めにタクシー手配するっす」
舞香がそう言ってくれたので、諒一も胸を撫でおろす。篠部達も諒一たちと同じ時間の電車で来るので、迎えがないと不便だということは、諒一たちが身をもって経験している。
「明日からにぎやかになりそうだな」
そう呟きながら、それもまた楽しいと思える自分になっている事に諒一は嬉しくなっていた。
「布団貰ってきたよ」
前が見えないほどの布団を抱えた諒一が、ふらつきながら部屋に入ってくる。
「そこの押し入れにお願いするっす。それで終わりっすか?」
舞香が指した押し入れに持ってきた布団を入れた諒一は、布団の組数を数える。
「二、三。うん、枕もシーツも人数分あるよ」
諒一がそう答えると舞香が大きく伸びをした。
「じゃあ大丈夫っすね。涼葉先輩、元々が古い建物っすからある程度でいいっすよ」
友人たちが明日来るのに備え、諒一たちは泊る部屋を準備していた。人数も増えるし、さすがに雑魚寝はまずいということで男子部屋と女子部屋に分かれることになっている。今準備している部屋は諒一たちが最初に使った部屋より少し小さいので、人数的に男子部屋になる。
「あらあら、もう終わっちゃったのかしら。さすがに若い子が何人もいると早いわねぇ」
そう言いながらホホホと笑い、佳乃がタオルや歯ブラシなどのアメニティを持ってきてくれた。無料で泊まらせてもらっているんだから、そういう物も使わないで欲しいのだが、佳乃も十郎もあくまでお客さんと同列で扱おうとしてくれている。
「明日の晩はパーティなんでしょ?楽しみね舞香ちゃん。あなたあんまりそういう集まりには行かない……「わ、わ!ばあちゃん、余計なことは言わなくていいっす。ほら、あとはもうやっとくっすから。のんびりするといいっすよ」
嬉しそうに言う佳乃と、恥ずかしそうに佳乃を部屋から出そうとしている舞香を微笑ましく見ながら、最後に諒一は子供用布団を抱えた。
「あ、りょういちくん。手伝います」
そう言って涼葉が枕とたたんであるシーツを取る。それを片手に持って、反対側の手で小さい手を握った。
「さ、お泊りする部屋に行きましょ」
その言葉に、無表情にほんの少し微笑みを混ぜた顔の鈴が頷いた。
「お布団と荷物を置いたら、一緒にお風呂に入りましょうね鈴ちゃん」
ご機嫌な様子で涼葉は鈴に話しかけている。なぜ鈴がここにいるかというと……二時間ほど時間はまき戻る。
神社からすわのに戻ってきた諒一たちは、おいしい夕食を堪能した後、部屋でゆっくりしていた。それなりの距離の、しかも石段を行き来した事ですわのに帰り着いた時には全員が疲れ果てていたから、跡は風呂に入って寝るだけというところで、諒一と涼葉の耳に聞こえた。
ちりん
例の音が。
嫌な予感がした諒一たちが部屋を出て玄関の方に行ったところで、所在なさげに応接用のソファに座る鈴を見つけた。
「どうしたの鈴ちゃん?」
驚いて声をかけた涼葉は、鈴が落ち込んでいる事にすぐに気付いた。周りを見ると、事務所の方から司の声も聞こえてくる。そこで諒一が話を聞きに行ってみることにした。
「しょうがねえ奴らだな。俺がガツンと言ってくるか?」
諒一が事務所に入ると、やや気色ばんだ十郎が腕まくりをしている所だった。隣には佳乃が座り、十郎の向かい側には困ったような顔の司が座っていた。
「やあ、さっきぶりだね諒一君」
少し疲れたように見える司に挨拶を返した後、十郎たちを見る。十郎だけではなく佳乃も憤っているように見える。
「どうかしたんですか?」
子供に話してくれるか分からないが、とりあえず諒一はそう聞いてみた。すると、司はあっさりとここにいるわけを話し始めた。
「諒一君たちが帰ってすぐだったけど、いつもより機嫌が良かった鈴が珍しく境内で遊んでたんだ。そこに運悪く問題のある子が来てねえ……」
諒一が司から話を聞いている間、涼葉と舞香は鈴の相手をしていた。落ち込んだ様子の鈴はずっと口を閉ざしていたが、涼葉を見ると突然言った。
「お姉さん。鈴を連れて帰ってください」
涼葉が二つ返事で了承しそうになるのをこらえ、何があったのかを聞いてみた。舞香は話してくれないか、断片的な意味の分からない言葉を言うだけだろうと思っていたが、意外にも鈴はすんなり話し始めた。
今回の一件は鈴の中でも大きかったらしく、一緒に中心にいた諒一や涼葉には他の人よりも心を開いていた。
諒一たちが帰るのを見送った後、その余韻で鈴は境内にいた。そして今日あった事を考えていて気付かなかった。鈴が学校に行けなくなった原因の一人が来ようとしていることに。逆に向こうからは鈴の姿がはっきりと見えた。鈴は巫女装束を着ていた。遠くからでも目立つのだ。
走って来たその男子、小野健二は、鈴に絡んできた。
鈴は相手にしないで帰ろうとしたが、その態度が気に入らなかったのか、鈴の服を掴むと無理やり引き止めた。
しかも着ていたのは巫女装束、和装だ。強く引っ張ったりすればはだける。
そして声に気付いた司が境内に様子を見に来た時、三人の男子に囲まれて地面に座り込んではだけた前を隠そうとしている鈴の姿だった。
当然司は怒った。仮にも女の子にしていい事じゃない。学校にも連絡して注意をしてもらうようにした。
司はそれで終わらせるつもりだったが、健二の親が出てきた。そして鈴のせいで健二が学校で恥をかいたと苦情を持ち込んできたのだ。




