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138.鈴のお泊り

 小野健二の父親、小野孝一(お の こういち)はまるで鈴が先に健二たちにちょっかいをかけたような言い方をしてきた。

 しかも、鈴がわざと服をはだけさせ、健二たちを罠にはめたとまで言ったのだ。これには温厚な司も黙っていられず、そもそも鈴が学校に行けなくなったのも健二のせいだと言うと、孝一はそれは親の責任だと話を逸らす。


 ただ、この言い合いは司に分が悪かった。小野家はこの地域に代々住んでいる豪農で、発言力も強い。

 逆に司は、相川神社の前の神主が高齢で亡くなったため、神社本庁から派遣されてきた、いわばよそ者だった。


 たった数時間で噂は広がり、その噂は小野に有利なものだった。小野は息子に甘く小物だったが、立ち回りだけはうまかった。息子の話を聞いた小野はすぐさま手を回して自分に有利になるように働きかけていたのだ。


「そんな事って……。鈴ちゃんがかわいそうすぎますよ!」


 話を聞いていた諒一が思わず声を上げた。そんな事をしたら鈴ちゃんがどんな思いをするか……。子供同士のトラブルだけじゃなくて大人の世界にまで巻き込んで貶めるなんて。


 憤る諒一を見て、冷静になったのか十郎が悔しそうに言った。


「田舎って所は、地域の結束が強いし家柄って奴が結構ものを言うんだよ。小野は小物だが、立ち回りはうまい。でもそれだけじゃないんだろ?それだけなら、こんな時間に娘だけを泊めてくれなんていう訳がねえ」


 その十郎の言葉に諒一は驚く。もう十時を回ろうとしている。こんな時間から小さな女の子を親戚でもない家に泊まらせるなんて……


 十郎の言葉に司は気まずそうにしていたが、しっかりと頷いた。

 

「ここがいいって言ったのは鈴なんだよ。諒一君と涼葉ちゃんと一緒ならお泊りするって」


 そう言われて、随分懐かれたものだと場違いにも嬉しくなる諒一だったが、頭を振って司の話に耳を傾けた。


「僕はよそ者ですし、誰が誰と知り合いかなんてわかりません。どういう伝手かわからないんですが、神社本庁に今回の事を言った人がいるらしく……。その人が何者か分かりませんが、本庁としても無視できない人みたいで、僕は呼び出しを受けました。……こんな事が起きている時に、鈴を一人置いていくことはできません。ただ神社本庁には連れて行けないんです。色々と決まりがあって……鈴も託児所とかに預けられるくらいなら家にいると言いますし……困ってまして、お願いできないだろうかと思った次第です」


 そういう司に、十郎と佳乃は困ったように顔を見合わせたが、そんな話を聞いて放り出せるような人たちではない。


 その上、「鈴ちゃんは俺と涼葉が責任もって相手をします」と諒一は言ってしまった。短い時間とはいえ、一緒に不思議な体験もしたし、懐いてくれてもいる鈴を神社に一人っきりになんてできるわけがなかった。


 諒一がそう言うと、十郎は嬉しそうな顔をして諒一の肩を叩いた。

 

「お前さんがそこまで言うなら俺たちは問題ねえさ。ちっちゃな女の子なんて物の数にも入らねえよ。好きなだけ泊っていけばいい。ただ、この気のいい諒一に迷惑をかけるような真似は俺が許さねえ。それだけだ」


 十郎がそう言うと、司は深々と頭を下げた。十郎達は最初から諒一達に迷惑がかかる事を案じていた。もし諒一達が少しでも尻込みするようなら、冷たいと思われるかもしれないが、断るつもりだった。


 これからの事を話し出した十郎たちを見ながら、諒一は涼葉たちの所に戻った。つい勝手に、色々決めてしまった。そのことは謝らないといけない。


 

「何言ってるんですか!」


 涼葉が見た事ないような顔で迫ってくる。涼葉たちのところに戻った諒一が司に聞いた話を説明したのだ。


「そんなこと……勝手に決めたとか、断ってきてたらいくらりょういちくんでも怒っちゃうかもしれないです!鈴ちゃん一つも悪くないのに……」


 話を聞いた涼葉はとても憤慨して、「鈴ちゃんは私が守ります!」とまで言った。


「だって、鈴ちゃんは自分が司さんや周りに迷惑かけちゃったって言って、自分から私に連れて行ってくださいってお願いしてきたんですよ?そんなのほっとけるわけないじゃないですか」


 鈴は鈴で責任を感じて、自分の避難場所を作ろうとしていたみたいだ。そんな健気な鈴はしっかりと涼葉が抱いたまま離さない。

 無表情の中に少しだけ恥ずかしそうな雰囲気を混ぜて、鈴は諒一にも頭を下げた。


「いいこにするから……一緒にいて?」


 それを聞いた諒一は、思わず鈴の頭を撫でていた。


「当たり前じゃないか。俺は鈴ちゃんに借りがあるからね。鈴ちゃんときつねさんのおかげで俺は幸せなんだ。……鈴ちゃんも幸せにならないとおかしいんだよ」


 借りがあると言うと鈴は首を傾げた。でも諒一は微笑んで鈴の頭を撫で続けた。


「大丈夫。何かあったら俺が涼葉お姉ちゃんに何でも言うんだよ?」


 微笑んで頭を撫でながらそう言うと、鈴は少しだけ嬉しそうに笑って俯く。そしてしっかりと頷いた。



 それから三十分後、荷物を持って司はすわのの玄関にいた。十郎や佳乃はもちろん、諒一と涼葉に挟まれて両手を繋いだ鈴も見送りに立っている。

 

「行ってくるね鈴。皆さんの言うことをちゃんと聞くんだよ?じゃあ、すみませんけど……しばらく鈴をお願いします」


 そう言って大きいスーツケースを持った司は、鈴に声をかけたあと、みんなに向かって頭を下げた。


「おう、こっちは任せな。気をつけて行ってこいよ」


 代表して十郎がそう言うと、もう一度だけ頭を下げて玄関を出て行った。その間、鈴は何も言わなかったが、司をじっと見つめて、その背中が見えなくなるまで見ていた。

 

「鈴ちゃん?しばらくの辛抱ですよ。すぐに戻って来てまた一緒におうちで暮らせますからね」


 やはりどことなく寂しそうな雰囲気を出している鈴に、涼葉が優しく声をかける。

 鈴はそんな涼葉をしばらく見上げていたが、小さく頷くと涼葉にしがみつくように抱き着いた。



 「やっぱり寂しいわよね」


 少し離れた所からその様子を見ていた佳乃が眉を落としながらそう言った。


「そりゃあ、なあ。ずっと父一人娘一人で生きてきたらしいからな。寂しいにきまってらぁ。ま、その辺は諒一たちがうまくやるだろ」


 そんな佳乃の肩に手を置いた十郎がそう言うと、佳乃は柔らかい眼差しで見ながら言った。


「あら、随分諒一くん達を信用してるのね?最初に舞香があじさいに入る時は「そんな施設になんか」って大騒ぎしてたのに」


 クスッと笑った佳乃が言うと十郎は頭をかきながらバツが悪そうに言った。


「そりゃあ……あの時はあじさいがどんな所か、どんな奴らがいるのか知らなかったからな。今は逆に良かったって思ってるよ。あんな馬鹿タレの所にいるより、ずっと舞香は幸せそうだしな」


「そうね……。きっと舞香ちゃんと同じように、鈴ちゃんも笑顔になれるんじゃないかしら?私もそんな気がするわ」


 寂しさを紛らわせるためか、今も鈴の両手をにぎって諒一と涼葉が話しかけている。時々それに乗っかって舞香も加わって……。


 賑やかに話している諒一達を十郎と佳乃は穏やかな表情でしばらくの間見つめていた。

 

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