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139.鈴のお泊まり

「さあ、鈴ちゃん!一緒にお風呂に入りましょ?」


 自分の着替えと、鈴と司が準備してきたお泊まり道具の中から鈴のパジャマを取り出した涼葉はニコニコしながら鈴にそう言った。


「うふふ。妹ができたみたいで嬉しいですね!」


 ご機嫌な様子で涼葉が言うと、手を繋いだまま鈴と浴場に行こうとして……鈴が諒一を見て止まった。


そして、諒一に向かって手を差し出す。


「うん?ああ手を繋ぐの?いいけどお風呂の入り口までだよ?」


 そう言いながらついでに自分も入るかと、諒一も着替えの入った袋を持つ。


笑顔で鈴と話しながら、涼葉と笑い合う姿はまるで仲のいい姉妹のようだった。


 そのまま大浴場への階段を下り、男湯と女湯の暖簾の前で手を離した諒一は、膝を屈めて鈴と目線を合わせて言った。


「じゃあ鈴ちゃん。涼葉お姉ちゃんの言う事をちゃんと聞くんだよ?」


 そう言って鈴の頭を撫でた諒一が男湯に入ろうとすると……


 洋服の裾を引っ張られる。振り向くと鈴が諒一の服の裾をしっかりと握っている。


「お兄ちゃんも一緒がいい。みんなで入ろ?」


 そう言われて、鈴が変な意味で言ってるわけではないと知りつつも頬を染めながら焦った。


「ご……ごめんね、鈴ちゃん。ここは男の人と女の人は別々に入らないといけないんだよ」


「鈴はお家で、いつもお父さんと一緒に入ってる」


そう言って首を傾げる鈴に諒一が困っていると、涼葉は鈴を見てニコニコと笑っている。


「……鈴ちゃんがわがまま言ってます。かわいい……」


「そんな事言ってないで止めて……」


 思わず諒一が突っ込むと、鈴は標的を涼葉に変えた。


「お姉ちゃんもイヤなの?鈴はお兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に入りたい」


「まぁ鈴ちゃん!うーん、そうですねぇ。じゃあこっそりみんなで露天風呂に入ってみましょうか?私も入りたかったんですよ」


 そう言うと鈴は嬉しそうに笑って頷く。


「涼葉さん!?」


 驚いて悲鳴をあげる諒一に、涼葉が今自分が何を言ったのかようやく理解したのか、ぼっ!と音が聞こえてきそうな勢いで顔が真っ赤になっていく。


「どっ……どど、りょういちくん、どうしましょう!私そんなつもりじゃ……あの!ごめんなさい鈴ちゃん?」

 

 訂正しようとした涼葉が、鈴の手を引くと……


 涼葉が言おうとしている事を想像したのか、眉をぐしゃりと曲げた鈴が泣きそうな顔で振り返った。


「……ダメ?」


「うっ……その、ですね。ええと、私達は……」


「一緒に入りたくないの?」


「そうじゃないんですよ。一緒がイヤとかそんなんじゃないんです」


 泣きそうな鈴に涼葉がタジタジになっている。そして……


「……?じゃあ行こ?」


「はい……」


「涼葉さん?」


「だって、見てくださいりょういちくん。鈴ちゃんの悲しそうな顔を見てダメなんて言えますか?」


 もちろん今の鈴の言う事なら、諒一もなるべく叶えてあげたいとは思う。

 たださすがにこれはまずいと思うのだ。


「うー……!」


 涼葉が悩んで唸りだす。その間にも鈴が手を引っ張るので、ジリジリと男湯の方に近づいていっている。


「わっ!わわ……わかりました鈴ちゃん!入りましょ」


「ちょ!涼葉?」


 慌てる諒一の前に、涼葉が真剣な顔で人差し指を立てて言った。


「いいですかりょういちくん。私たちが入ってから十分後に入ってきて下さい。もちろんちゃんとタオルはして下さいね?絶対にそれより早く入ってきたらダメですよ?」


 真剣な顔でそう言う涼葉に、思わずコクコクと諒一が頷く。


「お、お兄ちゃんは少し遅れてくるそうです。鈴ちゃん先に入って待ってましょ?」


 そう言って鈴と一緒に入ろうとしていると、鈴がくるりと振り向いて言った。


「お兄ちゃん、絶対だよ?嘘つきはダメな人、だから」


 そう念押しして、涼葉と一緒に男湯の暖簾をくぐって行った。


「ど、どうすれば……」


 思わず頭を抱えながら、とりあえず旅館の手伝いで知った男湯の暖簾を外して、清掃用具入れにある「清掃中」のカーテンを吊るした。

 少なくともこれで誰か知らない人が入ってくる事故は防げる。


「って言っても、ここに入るのって俺しかいないんだけどね……」


 項垂れた諒一は壁の時計を確認する。自分だけじゃなく鈴の世話もしないといけない涼葉が、想定以上に時間がかかってしまう可能性も考えて、きっちり十五分後に動いた。


「待ってるだろうしなぁ……鈴ちゃんには勝てない」


 肩を落として諒一は暖簾をくぐった。正確には鈴だけではなく涼葉にも勝てないのだが……


 服を脱いで腰にタオルを巻く。何かの拍子にタオルが落ちる定番の事故はいらない……。

 念入りに絶対にほどけないように結んで、諒一は浴場の戸を開いた。


 むっとする湿気と熱気が諒一を迎える。露天風呂……と言っていたので、室内の風呂には誰の姿もない。

 とりあえず体を洗っていると、もうここでいいんじゃないかな?と思えてきた。


「い、一応俺も入ったしな」


 そう自分に言い訳して、お湯に浸かろうとした時……視線を感じる。


 露天風呂に行く方、自然をそのまま利用して仕切ってある所に岩陰から顔を出す鈴の姿があった。


「……お兄ちゃん。こっちだよ?」


「……はい」


 露天風呂の方に行くと、端の方に寄ってこちらに背中を向ける涼葉の姿がある。

 諒一が安心して息をついたのは、涼葉がしっかりとバスタオルを巻いたまま湯船に浸かっていたからだ。


 マナー違反だけど、今回は見逃してもらおう……


「あっ……。り、りょういちくん」


「や、涼葉。……」


 温泉に浸かっても、なんだか気まずい空気が漂う。話が続かずに俯いてしまう。

 涼葉の頬が血色がいいのは温泉のせいだけではないだろうし、おそらく自分もそうなっているはずだ。


 その中間で、涼葉によってしっかりとバスタオルに巻かれている鈴が二人を交互に見ては首を傾げる。


「どうしたの?」


「い!いえ、どうもしてないですよ?鈴ちゃん」


「?」

 

涼葉が笑いながら誤魔化しているが、鈴は首を傾げるばかりだ。

 そんな時、諒一の視線にまた別の動くものが入ってきた。


「あ……」


 そう口にした諒一を涼葉と鈴が見る。


「ふふっ……。ちょっと二人とも」

 

諒一が手招きをする。鈴は言われるままに諒一の隣に来たが、涼葉は躊躇している。


「そ、その……。私はここでも……」


 顔を逸らしてそう言う涼葉に諒一は笑いかける。


「そこじゃよく見えないし、邪魔になっちゃうから。その……すぐそばまで来なくていいからさ、こっち側に来て?」


 その諒一の言い方に涼葉も何か感じたのか、一瞬きょとんととすると、タオルを押さえながら諒一の少し離れた所まで移動してきた。


「ふふ……。ほら涼葉あそこ。鈴ちゃんも騒がないようにあそこを見てごらん?」


 そう言って諒一が指差す方、岩場の陰からこちらを窺うように見ている猿がいた。

 大きい猿に小さい猿がしがみつくようにしていて、多分親子なんだろう。


「おさるさん……」


「ふあ……」


 じっとこちらを見る猿の親子を見て、鈴も涼葉もポカンとしたように見つめている。


「ほら、二人とも。じっと見てたら恥ずかしがって入れないよ。たぶん温泉に入りに来たんだろうし……、入らせてあげよう」


 諒一がそう言うと、鈴はハッとして顔を背けた。ただ、横目で必死に見ようとしている姿がとても微笑ましい。

 涼葉もお湯を体にかけたりしながら、チラチラと猿の親子の動向を見ている。


 猿の親子はしばらくこちらの様子を窺っていたが、しばらくすると少しずつ近づいてくる。


「わっわっ!おさるさん来たよ!お兄ちゃんお姉ちゃん、おさるさんもおフロに入るかなぁ?」


 頑張って顔は向けないようにしながら、鈴がギュッと拳を握りしめて言った。


「そうだね、涼葉お姉ちゃんと鈴ちゃんが場所をあけてあげたから、入るかもね」


 諒一もそんな鈴の様子に微笑みながら言った。


 すると、こちらが興味を示していないと思ったのか、猿の親子はそっとお湯に体を沈めた。


「わぁ……りょういちくん!ほら!入りましたよ?見て下さい、お猿さんの子供あんなに気持ちよさそうな顔してますよ!」


 猿を脅かさないためか、小声で興奮している涼葉は、諒一にそう言いながらバシバシ諒一の上腕部を叩く。


「ちょ、涼葉……。近い。いつの間に……」


 猿に気を取られていると、気づいたら涼葉がすぐ隣にいた。涼葉本人も近づいてる意識はないのか、猿の親子の一挙一動に反応して諒一の腕を掴んでグイグイと揺すってくる。


「ねえ、鈴はおさるさんとおフロに入ったの初めて。すごい」


 鈴も諒一の隣で感動しているようだ。


 それは猿の親子が満足して、山に帰っていくまで続いた。

 


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