136.きつねさん
司が滞りなく神事を執り行い、後ろを振り返った時から場は騒然となった。理由はわからないが諒一と涼葉が涙を流しながら見つめ合っていたからだ。しかも周りの事など目に入らない様子で、二人だけが分かりあっているそんな様子で……
慌てふためく司と舞香の姿を見ながら、鈴はそっと振り返った。幕が張ってある中心にある扉。その向こうには、この神社の本殿がある。鈴はその方向に向かって言う。
「これでよかった?」
ちりん
誰にも気づかれなかった鈴の言葉に、返事をするように聞こえた鈴の音に、鈴は満足するように薄く微笑んで頷いた。
◆◆◆◆
「もう……焦ったっす。いったいどうしたんすかお二人とも……。びっくりしたっすよ、司さんに会わせてお辞儀して頭を上げたらお二人が大泣きしながら見つめ合ってるんすから」
気を使って別室で友人だけにしてくれた司の計らいで、小さな部屋で諒一と涼葉、舞香の三人がひざを突き合わせるようにして座っていた。
「ごめんなさい、心配をかけてしまって……。でも違うんです、確かに泣いてましたけど、悲しい涙じゃないって言うか……その、説明が難しいんですけど」
ハンカチを片手に、目を真っ赤にした涼葉が舞香にそう言っていた。自分でも信じられないような事が起きてしまい、まだ気持ちの整理がついていない状況で涙の理由を説明するのはとても難しかった。
「あー……えっと、多分今回の事は俺が全面的に悪いっていうか、原因っていうか。涼葉は俺を助けてくれたんだよ……すごく深いところで。もう少し落ち着いたら諏訪崎さんにもちゃんと説明するから」
頭をかきながら諒一がそう言うと、舞香も納得はしていなさそうだったが今は何も聞かない事を許してくれた。
「まあ、お二人が問題ないって言うんならジブンはそこまで追求はしないっすけど……さすがにびっくりしたっす」
舞香がそう言うのも無理はない。儀式の前には諒一が意識を失い、様子がおかしい鈴に先導されるようにして始まった儀式が終わると、諒一と涼葉が号泣して見つめ合っている。そんな訳の分からない状況だったのだ。
「本当に問題はないんすね?大丈夫なんすよね?」
最後にそう念を押してくる舞香に、諒一も涼葉も申し訳なさそうな顔をして頷いた。それをしばらく見つめていた舞香だったが、小さくため息をついた。
「わかったっす。ちょっと飲み物もらってくるついでに、司さん達にも大丈夫って伝えてくるっす。きっと心配してると思うっすから」
そう言うと舞香は立ち上がった。
「そうだよね、ごめんね諏訪崎さん。迷惑かけて……」
諒一がそう言うと、舞香はニカッと笑って言った。
「まあいいっす。貸しができたと思っておくっす。取り立てはきびしいっすよ?」
おどけてそう言うと舞香はふすまを開けて出て行った。
「よかったです……。今は、うまく説明できる自信がないです」
舞香の姿を見送った涼葉が胸を撫でおろしながらそう言った次の瞬間、体全体に衝撃を感じた。
「りょ、りょういちくん!?」
涼葉は驚いた声を上げて両手を広げたまま固まった。舞香が出て行った瞬間、諒一が涼葉を抱きしめたのだ。
「ごめ、いや……ありがとう涼葉。涼葉が俺を呼んでくれて……そのおかげで俺は、ここにいる。やり直すことができてる」
いきなりの事に驚いて固まっていた涼葉だったが、次第にその表情は柔らかくなっていき、広げた両手は諒一の背中を優しく撫で始めた。
「諒一くん?私は今とっても誇らしいんですよ?私が、私なんかがりょういちくんを救うことができて……。でも違うんです。そうすることができたのは、りょういちくんのおかげなんです。自分の中に引きこもって、誰にも心を開けずに暗い場所で泣いていた私を……明るい場所に引っ張り出してくれたのはりょういちくんなんです。前のままの私だったら……人の心に踏み込むなんて真似はとてもできませんでした」
諒一の背中をやさしくさすりながら、そう言ってくれる涼葉の言葉に、諒一は抱きしめていた手をそっと離すと、照れくさそうにしながら言った。
「なんだよそれ。結局どっちが先に助けたのか、目茶苦茶ややこしいじゃん」
その言葉に涼葉はクスクスと笑う。
「ホントですね。すごくややこしいですが……舞香さんへの説明はお願いしますね?」
笑いながらそう言った涼葉の言葉に、諒一は顔が引きつるのを抑えきれなかった。
「それにしても不思議ですね」
しみじみと言った涼葉の言葉に諒一も深く頷く。
「ほんとに……。もしあじさいに来なかったら、涼葉と親しくならなかったら……、俺どうなってたんだろうな」
苦笑しながらそう言うと、涼葉はにっこり笑って言った。
「りょういちくんと親しくなってなかったら、私はまだ誰にも心を開けないで……一人泣いていたでしょうから、おあいこですね」
「おあいこなのかなぁ」
そう言って苦笑いする諒一を見て涼葉は、またクスクスと笑うのだった。
そうしていると、スッとふすまが開いた。舞香が戻ったのかと思って視線を向けると、そこには鈴が立っていた。思わずじっと見つめていると、無表情のままこてんと首を傾げた鈴は二人を見ながら言った。
「入ってもいい、ですか?」
「もちろん、だいじょぶですよ」
入り口に立ったままそう言う鈴に、涼葉も諒一も頷いて入っていいと言ったのだが、鈴はきょろきょろと二人を見て「ほんとにいいですか?」と重ねて聞いてくる。その様子に首を傾げながら涼葉は、鈴の手を引いて自分の膝の上に誘っている。
「どうしたの?」
と、諒一が聞けば、あっさりと原因が判明した。
「舞香お姉さんが、二人はらぶらぶ?してるかもしれないから、部屋に入るときは気を付けたほうがいいって……」
「もうっ!舞香さんったら……。こんな小さい子に変な事教えて、もう!」
涼葉が手では鈴を優しく撫でて、顔と言葉では舞香に憤慨するという器用な事をしていると、鈴が元気がないことに諒一が気付いた。
「鈴ちゃん、どうかした?もしかしてお父さんに何か言われちゃった?」
諒一がそう聞くと、鈴はふるふると首を振る。今回の事に鈴がだいぶ関係していたのは事実なので、その事で叱られでもしたのかと思ったが違うようだ。憤慨していた涼葉も心配そうな表情になった頃、鈴はぽつぽつと話し始めた。
「今日。きつねさんにお願いされて、いっぱいしたけど……お兄さんとお姉さんが泣いちゃったから、鈴が悪い事しちゃったかもって……思った」
少し眉をしかめながら、俯いた鈴はそう言った。話を聞くと、儀式の前後で鈴の様子がおかしかったのはきつねさんに言われて動いていたかららしい。その結果が二人の大泣きだったので、気にしているようだ。
「……きつねさんは、どうしたかったのかな?」
諒一が優しく尋ねると、鈴はしばらく考えて言った。
「あのね?きつねさんは悪いことをしようとしたんじゃないの。お兄ちゃんを助けたかったみたい」
きつねは悪くないんだと言いたそうな鈴の言葉に、諒一は微笑ましく思いながら話を聞いた。たどたどしく説明する鈴に根気よく付き合った諒一と涼葉は、一時間ほどかかってようやく答えらしいものにたどり着いた。
「えーと、つまり鈴ちゃんのいう「きつねさん」は、俺がしぬ……じゃなくて、に、入院する前にお参りした神社にいた。そこに身も心もボロボロの俺がお参りしに来て、なんとなく助けようと思ってた?」
諒一の言った事に、鈴がコクコクと頷く。
「でも助けようとした矢先に事故にあっちゃったりょういちくんに責任を感じた「きつねさん」は何とかして助けたくてこうなったと」
涼葉がそう言った。それにも鈴は頷く。鈴の手前、だいぶ端折って、さらに柔らかい表現で表すとこうなった。
「だいぶ削ったけど……。」
「ま、まあ、鈴ちゃんが頷いてますし、とりあえずはそう言うことでいいかと」
この内容で舞香も納得してくれればいいなあと諒一は鈴の頭を撫でながらそう考えていた。




