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134.氏守 鈴

「きつねさんが言ってた」


「…………」


 部屋に入った諒一達は、鈴に引っ込み知りという言葉をどこで聞いたかを聞いてみた返事がそれだった。


「きつねさん…………鈴ちゃんかわいい。きつねさんですって、りょういちくん!」


 そう言って諒一の肩をぐいぐい揺すってくる涼葉を見て、諒一は苦笑いを返す事しかできない。涼葉はすっかり鈴の事が気に入ってしまったらしく、諒一の膝の上にいる鈴を自分の膝に誘っている。


 しかし鈴は涼葉にも好意的ではあるのだが、諒一の膝の上から降りようとはしない。諒一自身にもどうしてやたら懐かれているのか分からず苦笑するしかない。


「鈴がこんなに気を許して話しているのは本当に久しぶりなんですよ」


 その様子を微笑ましそうに見ていた司がポツリと呟く。

 諒一が司を見ると、「人見知りが激しくて……」と司は言った。


 ――その割には初めて会った時から懐かれていたような……


 少なくとも人見知りの少女とは思ってなかった。


「いつもは自分の部屋か、この家から出る事もほとんどありませんから。普通の家と違って、ここは神社ですから家から出れば参拝に来た人がいるので……」


 苦笑いを浮かべながら司はそう言ったが、諒一にはピンとこなかった。何しろ初対面でいきなり手を引かれてここまで連れて来られたのだ。

 諒一がそう言うと、司も首を傾げながら鈴を見る。


「そこが私も不思議で……鈴?どうしてこのお兄ちゃん達をおうちに連れて来たんだい?」


 司がそう聞くと、鈴は少しだけ考える素振りをしていたが、すぐに何か思い出したのか、あっ!と言う顔をした。


「思い出した。」


 そして改めて諒一と涼葉を見ると、言った。


「きつねさんが呼んでるの」



 鈴はそう言うと、顔を見合わせる諒一と涼葉の手を握り、立ち上がった。そして何処かへ連れて行こうとしている。


「え、ちょ……鈴ちゃん?どこにいくの?」


 小さな手で一生懸命二人の手を引っ張る鈴に、強く抵抗もできずになすがままになりながらも諒一が聞くと、鈴は少しだけ考えて、答えた。


「あっち」


「ふふ……、あっちらしいですよ?りょういちくん」


 とても簡潔に答えた鈴に、微笑ましそうな涼葉。そして興味深そうについて来る舞香と、少し申し訳なさそうな顔をしている司。四人は鈴に導かれるままに廊下を歩いて行った。



「ここは?」


 手を引かれるまま一つの部屋に入り、周りを見渡しながら諒一が呟く。十畳ほどの畳の間で、壁の一部には青と白の幕が垂れ下がっている。その壁の前に置いてある木を組んだような簡素な机の前で鈴は諒一の手を離した。


「お祓いや祈念などの神事を執り行う場所です。一般の方は本殿には入る事が出来ませんので」


 諒一の声に司が答えた。諒一たちのお礼参りの祈祷もここで行う予定だったらしい。


「あー、なんかお参りに来た時に入ったことがある気がするっす。普通は確か……あ、やっぱりっすね。普通はこっちから入ってくるっすよ」


 舞香はこの部屋に来たことがあるらしく、ここに来るまで歩いてきた廊下の反対側を見て頷いた。普通に参拝したら反対側から入ってこの部屋に来るみたいだ。諒一たちがきょろきょろと辺りを見ている間、鈴はじっと幕が張ってある壁の方を見ていた。その視線の先には、明らかに一般の用途ではなさそうな扉がある。


「えっと、ここで何が……」


 ここに連れて来たきり、何も言わず幕の奥の扉を見ている鈴に、ここに来た意図を聞こうとした諒一の言葉が止まった。


 ちりん


 例の音が聞こえて諒一は涼葉と顔を見合わせる。その音は今まで聞いた音よりも大きくはっきりと聞こえた。


「今の……」


「聞こえました。はっきりと」


 涼葉と頷き合う諒一を見て舞香が呆れたような声を出した。


「もー。お二人仲がいいのは分かってるっすから。こんなとこでまで二人っきりの世界を作らないで欲しいっす」


 そう言って二人を見る舞香は普段と変わらない様子だ。――舞香には聞こえなかった?そう思った諒一は司を見た。司は神妙な顔をして周りを見ていた。


「何か、気配が……。これはいったい?」


 何かを感じているらしいが、鈴の音は聞こえていないようだ。そして諒一は鈴に視線を移した。……鈴は、まっすぐに諒一を見ていた。その雰囲気はさっきまでのかわいらしい様子と違い、どこか静謐なものを感じさせて……


 そんな鈴から目を離せずにいると、いきなり諒一の頭の中にいろんな記憶がフラッシュバックした。

 

「うっ!」


「りょういちくん!?」

 

 いきなり頭を抱えて座り込んだ諒一に、表情を青ざめさせた涼葉が不安げに縋り付く。その間も諒一の頭の中ではある日の記憶が再生されていた。それも、中学生として目覚めてからの楽しい記憶ではなく、何もかも投げやりになっていた五十歳の時の記憶……


 その日も諒一は痛みと薬の副作用に悩まされながらなんとか仕事を終え、帰宅した。ひどいめまいを感じながら車を停める。

 医者からはなるべく車の運転や機械の操作はしないように言われている。できれば休養をとるようにとも……。

 しかし車を運転しないと仕事にならないし、かといって薬を服用しないと痛みで動くのもつらい。仕事をしないと生きていくのもままならない。誰も助けてくれる人もいなければ、療養に専念できる程の貯えもないのだから……。どうしようもなかった。


 症状が痛みだけ、というのが厄介だった。検査で数値として出るわけでもなく目に見える症状はない。微熱がある程度だ。痛みの程度は他人にはわからない。聞いたことがない病名ならばなんとなくこんな痛み、という想像もできない。

 痛みを訴えれば、最初は心配してくれるが、日常的になると周りも慣れてくるものだ。だから痛くても誰にも言わなくなる。


ただ、その日は痛みが強かったのか、着替えた諒一は思わず口にしていた。


 「今日は痛い……」


 その諒一の言葉に、当時の妻はうんざりしたような顔で言った。


 「いつもじゃん」


 ……それから諒一は周りに期待するのをやめた。もっといいやり方があったのかもしれない。ちゃんと深く話せば何か変わっていたのかもしれない。でもすべてにおいて投げやりになっていた諒一はほどなく離婚して一人になった。


 家族を養うという理由も無くなり、仕事も辞めた。


 その日は最悪の体調だった。痛みも副作用も強く、三日ほどほとんど眠れていなかった。形ばかりの就職活動と通院のため出かけたが、眠気とめまいがひどく途中にあった公園で休憩していた。

 その公園は神社に併設してあるもので、目を覚ますついでに散策していた諒一はふらりと神社の方に向かった。そこは神主が常時いるような神社ではなく人の気配がない。降り積もった落ち葉をふみながら拝殿に向かった諒一は何となく手を合わせた。

 何を願ったのかは覚えていない。あるいは何も願わなかったのかもしれない。すべてを諦めていた諒一に願いなどあるはずもない。


 その帰りだった。運転中に一瞬だけ意識を失った諒一が事故にあったのは。


 迫るガードレール。死ぬかもしれない、そう思う反面「まあいいか」という感情があり、致命的に操作が遅れてしまった……


 ちりん

 

「りょういちくん!」


「っ!はあっ、はあはあ……」


 その記憶の波から諒一を引っ張り上げたのは、鈴の音と涼葉の声だった。まるで夢でも見ていたかのような感覚に、諒一は思わずそばにいる涼葉の手を探して掴む。


「どうしたんですか、りょういちくん!だいじょぶですか?」


 手から伝わる涼葉の温かさと、本気で心配してくれる声に諒一は意識がはっきりしていくと同時に深い安心感を感じさせてくれて、激しかった鼓動が次第に落ち着いていくのが分かった。


「はあ、はあ。ありがと、ごめん涼葉。ちょっとやなこと思い出してた」


 周りを見ると、泣きそうな涼葉の顔と不安げな表情の舞香。そして何が起きたのかと驚いている司と……じっと諒一を見つめる鈴の顔があった。

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