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133.氏守 鈴

 そこまで話すと少し疲れたようにため息をついた司を見て、諒一と涼葉の間に座っていた鈴がスッと立ち上がった。


「?」


 鈴はトコトコとテーブルの周りを歩いて父親の司の隣に立つと手を伸ばした。


「鈴……。ありがとうね」


 顔こそ薄い表情のままだったが、鈴は司の頭を撫でていた。疲れた顔をしていた父親を労わっているのか、あるいは父親の心労の原因が自分にある事を理解しているのか。


「優しい、いい子ですね」


 優しい顔でそれを見ながら涼葉が呟く。諒一も胸が暖かくなるのを感じながら頷いていた。


「ああ、申し訳ない!すっかり話し込んでしまった。お礼参りに来てくれたんだったね?その気持ちは神主としてとてもうれしいよ。なにしろ今ではお礼参りなんて言葉は違う意味をもっているからね」


 鈴に微笑んで礼を言った司が、改めてそう言うと、まさにそう思っていた涼葉が苦笑いを浮かべる。


「お守りは年末に納めてもらって、まとめて祝詞を奏上してお焚き上げするんだけど,良かったら今日祝詞まであげてしまおうか。君たちは遠くからきてるんだろう?見た所事情もあるようだし……神様にお礼を言っていくといい」


 司が「な?」と、隣の鈴に言うと、どことなく嬉しそうな顔に見える鈴も頷いた。


「え!でも、突然で悪いですし、俺たち今日突然来たわけだし……」


 こちらはそう言った諒一が隣の涼葉に「ねえ?」と同意を求め、涼葉が頷いている。見事な対照図に舞香は噴き出すのをこらえていた。


 「日本には思い立ったが吉日っていう言葉がある。それに今日なら予定が空いてるんだ。これから年末年始にかけて忙しくなるから、逆に言うと今日くらいしか余裕はないんだよね」


 やはり、年末年始は神社は忙しいようだ。おまもりを納めに来る人の対応、一年の穢れを祓う儀式やお守りのお焚き上げがあって、そして年が明ければ元旦祭というのがあり、初詣に参拝する人がやってくる。一年で一番忙しいといってもいいらしく、期間中はアルバイトの人を雇ったりしているらしい。


 それでも諒一たちは遠慮していたが、ふたたび諒一の所に来た鈴が涼葉の袖を掴んで引っ張ると、涼葉はすぐに陥落した。


「諒一君、お願いしちゃいましょう!それに、私こういった儀式、見た事ないので興味があります」


 鈴を愛でながらそう言う涼葉には諒一も勝てず、お願いすることになった。


「じゃあ、準備をするから小一時間待っていてくれるかい?その間鈴と一緒に遊んでやってくれると嬉しい」


 司がそう言うと、涼葉が一も二もなく頷く。司はお茶だけ新しいものに入れ替えると準備をしに行った。


「ふふっ!神様に直接お礼を言えそうですね?神事も見る事ができて嬉しいです!」


 涼葉が鈴を撫でながら嬉しそうに言う。実は諒一も少し興味があるし、このキツネのお守りには本当に世話になったので、お礼を言えるというのは嬉しかった。


 諒一がスマホを取り出して、プラプラと下がっているキツネを眺めていると、そばに来た涼葉も自分のスマホを取り出して諒一のスマホと並べるようにして持った。


「それはそれとして……少し残念です。このきつねさん、ストラップとしても気に入ってたんですけどね」


「あ、実は俺も。なんか愛着湧いちゃってさ」


 二つ並べると、やはり一対の物のように見える。向かい合いようにして見つめ合うきつね。独特な結び方の組みひもも左右対称に見える。そうやって眺めていると、とんとんと肩を叩かれる。


「あのー、お二人が仲がいいのはいいんっすけど、ジブンの事忘れちゃってませんか?」


 ジトッとした目で見る舞香に、諒一と涼葉はスッと目を逸らして同時に言うのだった。


「気のせいです……」


 そんな諒一たちの気心の知れたようなやり取りを見て、鈴が微笑んだのを誰も気付いていなかった。




 それからもう司の準備も終わるだろうという頃、ふいに鈴が諒一の肩を叩いた。


「うん?どしたの鈴ちゃん」


 鈴と目線を合わせて、そう聞いた諒一に鈴は言った。


「あのね?引っ込み知りって何?」


 それを聞いて、諒一は固まった笑顔のまま、しばらく動けなかった。

涼葉もポカンとした顔で鈴の顔を見ているし、訊ねた本人の鈴も黙って二人を見つめている。


 唯一、その意味がわからない舞香だけが、急に時間が止まってしまった空間に戸惑ってキョロキョロとそれぞれの顔を見ていた。


「……それは、どこで聞いたのかな?」


 しばらくして、ようやく諒一が切り出した。さっきまでの子供愛でる優しい表情は消え、どこか恐れているような顔をしながら。


 しかし、張本人である鈴はきょとんとして首を傾げた。


「んー、知らない。なんかね……夢で見た?」


「いや、聞かれても……」


 きょとんとした顔のまま、首を傾げた鈴に諒一は、警戒を解いたように苦笑する。


 そのまま鈴は左右交互に首を傾げながら考えていたが、顔を上げて涼葉を見て、ついで諒一を見てからやっと思い出したと言う顔をした。


「ああ……、お姉ちゃんに言ってたよ?お兄ちゃんが」


 その言葉で諒一達は再び固まる。


「そ、それはどこで聞いたのかな?」


 恐る恐る涼葉が聞くと、鈴はまた「知らない」という。


「ち、ちょっと舞香さん。鈴ちゃんをお願いしていいですか?……りょういちくん」


 涼葉は、そう言って鈴の相手を舞香に頼み、りょういちくんの手を取って鈴達がいる部屋を出る。


「りょういちくん、どう思いますか?」


 部屋を出た所で涼葉が聞いてくる。しかし、諒一の中にも納得できるような答えはない。


「わからない……。でも、引っ込み知りなんて言葉、他で聞く事なんてないと思うんだよね。そもそも俺が作った言葉だし」


 諒一がそう言うと、涼葉も「そうですよねぇ」と言ったきり考え込んだ。

 聞き間違いにしては、はっきりと言ったし……仮にたまたま別の人が諒一と同じ考えでそう言ってるだけという可能性もゼロではないが、あまりにもピンポイントすぎる。


 そうしていると、本殿の方向から障子が開く音がして、神主の装束を身に纏った司がこっちに歩いてくる。

 そして諒一達の所までくると、思い当たったのが苦笑いしながら言った。


「何か鈴がおかしな事を言いましたか?」


 その司の様子から、こういったケースが初めてではない事が簡単に想像できる。

 諒一が、鈴が知らないはずの言葉を口にしたと説明すると、司はため息をついた。


「やっぱり、ですか。そうなんですよ、察してるとは思いますが、鈴は時々そう言う事があるんです。だから友達や先生方からも異質な目で見られてしまって……」


 そう言った司は、子供の問題で思い悩む親の顔をしている。


「確かに……いきなりあれをやられたらびっくりしますね」


 諒一が困ったように言うと、涼葉も頷いて言う。


「まだ小さい子供だと、思った事をそのまま言いますし……その、学校に行けなくなる気持ちはわかってしまいます」


 目を伏せて涼葉はそう言った。内容は少し違うが、人と違う事をあげつらって友達に心無い事を言われるという経験は涼葉もしている。


「あなた方もそんな事があったんですね……。その、親として情けないのですが、私もどうしていいかわからない状況でして……。もし、差し支えなかったらどうやって乗り越えたか教えてもらえませんか?」


 格好こそ神主の姿をしている司だが、表情は親の顔になってすがるように聞いてくる。

 その様子から、鈴の事でだいぶ思い悩んでいるのが見えた。


「私は……私は自分一人では乗り越える事ができませんでした。他にも問題はあったのですが、私の場合は自分の殻に引きこもってしまった私を、このりょういちくんが救ってくれました」


 涼葉がそう言うと、司は諒一を見る。しかし、諒一も何が正解かなどとわからないし簡単に口にすることはできない。


 そう言うと、司は深いため息をついた。諒一も涼葉も、項垂れる司に何と言っていいか分からず、困っていると鈴達がいる部屋のフスマが遠慮がちに開く。


 そしてそこから頭だけを出した舞香が、キョロキョロと辺りを見て、諒一達を見ると言った。


「あ、司さんも準備できたんすね。あの……諒一先輩?鈴ちゃんが思い出したから先輩達を呼んで欲しいって言ってるっす」


 遠慮がちな顔をして舞香はそう言うと、頭を引っ込める。


 諒一と涼葉は顔を見合わせると、どちらからともなく頷きあう。


「とにかく……鈴ちゃんにもう少し話を聞いてみましょう。その……お時間は大丈夫でしょうか?」


 とりあえず話を聞いてみようと諒一に言った涼葉は司を見ると申し訳なさそうに聞いた。

 わざわざ諒一達のために、きちんと祝詞まであげると言ってくれているのに、鈴の話次第ではまだ時間がかかるかもしれない。

 司だって用事があるだろう。そう思って聞いたのだが、司は力のない笑みを浮かべて首を振った。


「いえ、今日は大丈夫です。むしろ、こちらが鈴のために時間をとらせて申し訳ないくらいです」


 司も問題はないと言う。それならば……と三人は顔を見合わせながら鈴達がいる部屋に入っていった。

 

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