132.三人目の……
「こっち……」
そう言って手を引く鈴を、諒一は少し困ったように見つめる。なぜなら、鈴は途中から本殿に行く道を逸れて細い道に入った。その先にも建物が見えるが、それは本殿やお守りやおみくじなどを置いてある社務所とは違い、いささか普通の造りをした建物だったからだ。
「え、あの?どこに行くのかな?あそこは君のおうち?」
そう聞くと、鈴は顔だけを諒一に向けてこくりと頷いた。そしてそれ以上何も言わずにまた手を引く。困った顔で隣を歩く涼葉を見るが、涼葉はちっちゃな手で諒一を引っ張っていく鈴の姿がかわいらしくてたまらないらしく、ずっと頬を緩ませて見つめている。
「え、ねえ諏訪崎さん。大丈夫なの?これ個人的なエリアに入ってない?怒られるんじゃ……」
涼葉はダメだと悟った諒一が後ろから来る舞香にそう言うと、少し考えたような間隔を置いて返事が返ってきた。
「う~ん……、そうっすねぇ。確かにこの先はこの神社の神主さんの家っすけど……。鈴ちゃんはその神主さんの娘さんっす。いいんじゃないっすか?」
少しだけ考えたみたいだったが、これまた軽い感じで返事が返ってきたことに諒一は苦笑いをする事しかできない。自分の手を掴む鈴の小さな手は、引っ張る力も当然弱い。諒一がちょっと踏ん張ればつんのめってしまうだろう。
ただ、どういうつもりかはわからないけど、自分より大きい諒一の体を一生懸命引っ張る鈴を見てると、とてもそんな事をする気にはならない。結局鈴が諒一の手を離したのは、神主さんが住むという建物の玄関だった。
諒一の手を離した鈴は、「ここ」とだけ言うと、少し年季の入った引き戸を体全体を使って開けようとしている。頑張っている姿は見ていて微笑ましいのだが、さすがに手伝うべきか?と思った時、玄関の曇りガラスの向こうで影が動いて引き戸がスムーズに開いた。 頑張って引き戸を開けようとしていた鈴が、反対側から開けられてよろめいたのを、手で支えながら引き戸を開けた男性は鈴を見て、それからその後ろに立っている諒一たちを見て言った。
「うん?鈴……、その人たちは?」
◆◆◆◆
「いやぁ、大したおもてなしもできずに申し訳ない。すわのさんから連絡は受けていたんだけど、まさかこっちに来るとは思ってなくてね」
座卓の一辺に並んで座っている諒一たちにお茶を出しながらその男性は申し訳なさそうに言った。
「や、ジブン達も来るつもりはなかったっすけど……、鈴ちゃん……っすよね?鈴ちゃんがひっぱってこっちに来ちゃったっす」
それに対して、やはり少し申し訳なさそな雰囲気を出しながら舞香が答える。舞香はお茶を出してくれた男性を「司さん」と呼んでいたし、申し訳なさそうにしながらも慣れた感じはあるので顔見知りなのだろう。
男性は自分の前にもお茶を置いて、そこに座った。そして人の好さそうな笑みを浮かべて話し出した。
「舞香ちゃんはともかく、そちらの二人は初めましてだよね?えーと、私はこの神社の宮司を務めさせてもらっている氏守 司と言います。そして……ちゃっかりそこにいるのが娘の鈴です」
お茶を一口含むと、男性はそう名乗って小さく頭を下げた。そして苦笑を浮かべながら諒一たちをここまで引っ張ってきた娘の事も紹介する。その娘はというと……
嬉しそうにニコニコと笑う涼葉と、こちらも苦笑を浮かべる諒一の間にちょんと座っている。どう考えてもこの場ではお父さんの隣に座ってるべきでしょ。と思う諒一だったが、無表情ながら涼葉に貰ったお菓子を食べる鈴と、それを見てニコニコの涼葉を見て何も言えないでいた。
何とも言えない空気が流れていたが、顔見知りという事で舞香がここに来た経緯を話し出した。
「へぇ、今どきそんな事を知ってる子もいるんだねぇ」
そう言って司は柔らかい笑みを浮かべて諒一を見た。今は普通の恰好をしているが、舞香がこの神社でお守りを買った事や、色々と助けられたことをかいつまんで話し、そのお礼に来たと言うとまず感心した顔でそう言った。その後すこしバツが悪そうな顔をすると、諒一と涼葉がそれぞれ持ってきて、今はテーブルの上に並べて置いてあるきつねの根付を見た。
「まあ、確かにうちの神社で販売しているものだね。ただ……その、このお守りのおかげで助けられたという所はなかなか、ね?」
この神社で買ったおまもりでご利益があったと言っているのに、何か言いづらそうにしている司に諒一も涼葉も不思議な顔をして見ていた。司はそれに気づくとそのわけを話し始める。
「確かに少し前にテレビ局の取材があって、それから参拝客が増えたよ。でも、テレビで流れた情報に語弊があるというか……。ウチの神社で祀っている神様は豊穣の神様で、縁結びとかによりも、どちらかといえば、稲とか穀物とか……いわゆる五穀豊穣にご利益がある神様だからね。勿論解釈の仕方は色々あると思うけど……。テレビに出た後、若い人が増えてね。その人たちは良縁とか片思いの相手と結ばれたいって思ってやってくる事が多くて、ここの神主としてはやっぱり素直に喜べないところがあるんだよね」
言いにくそうに司がこの神社が祀っている神様の事を教えてくれる。確かに話を聞く限りあまり関係のない神様のように思えるけど、確かに諒一たちは不思議な事を経験している。それだけに困ったように諒一と涼葉が顔を見合わせる。
するとその間にいる鈴が口を開いた。
「りんがもっと小さい頃聞いたことある。神様のお父さんお母さんがお腹が減った時に生まれたのがここの神様だから、お米とかの神様になったって」
きっとお父さんやお母さんが、自分のうちの神社でお祀りしている神様の事をそう教えたのだろう。そう思ってほっこりして見ていると、司は何とも言えない顔をしていた。まるで……また困った事を言いだした。そんな事を言いたげな顔に見える。
すると、諒一たちの視線に気づいた司が苦笑しながら話し出した。
「いや、鈴には困った所があってね……。今みたいなことを所かまわずというか……、学校や友達の前でもいうらしくてね、その……浮いてしまっているというか、仲間外れにされてしまうというか……。少し普通のお宅とは違う環境に生まれてしまったから、そこはかわいそうなんだけど……」
困ったように言う司の話を聞けば、鈴にはほとんど仕事の事は話さないという。なんでも子供の可能性を狭めたくないとかで、跡を継いでもらいたいとも思っていないそうだ。
「え、今のお話……お父さんが教えたんじゃないんですか?」
涼葉がそう聞くと、司は苦笑したまま頷いた。
「その……、すわのさんも知ってるだろうから言うけど……鈴はね、ここ一年くらい学校に行っていないんだよ……。さっきも言ったようにお友達にもあんなことを言うから気味悪がられてね。特に子供たちのリーダーっていうか、いつもみんなを引っ張って行く子が特に嫌がっているらしくてね。それを聞いてから一切この子には神社関係の事は話していないつもりなんだけど……。一向におさまらないんだよ。それどころか僕も曖昧にしか覚えていない事を言い始めたりするものだから、少し困っているんだよ。普通のお宅に生まれていればこんな事にはなっていなかったんだろうけど、ねえ」
そう話して、司は最後に疲れと憐憫さをごちゃまぜにしたような表情を浮かべた。その話を聞いて、諒一と涼葉は顔を見合わせ驚きを隠せなかった。まさかこんなところで自分達と同じように学校に行けなくなった子にあうとは思ってもいなかった。そして、その子が諒一の手を引いて自宅まで連れて来たことに……




