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130.すわのでお手伝い

「ふんふーん♫……っ。ふふっ」


 鼻歌まじりに温泉から帰ってきた舞香が口を手で押さえる。部屋に戻り、着替えを置こうと布団を敷いた部屋に入ると、目の前には人差し指を口の前に立てる涼葉の姿があった。


「あらー。幸せそな顔しちゃってるっすねぇ」


 声を落として舞香が言うとにっこりと笑った涼葉が頷く。


「なんだかんだお疲れだったんでしょうね。マッサージしてあげたら数分でこれです」


 三組並べて敷かれた布団の一番外側に、完全に爆睡してある様子の諒一がうつ伏せで寝ている。

 そのそばに座った涼葉も微笑んで諒一を見下ろしている。


――ふふ……幸せそなのは、諒一先輩だけじゃないっすね


 ひと足先に夢の世界に旅立った諒一を見る涼葉の顔が、とても優しげなのを見て舞香も嬉しくなってくる。やきもちする事も多いが、本当に良い関係だと思う。


 同じ年代でこんなに純粋に相手を想い合う人達がいるだろうか。そんな二人を見ているだけで心がぽかぽかしてくるのだ。


「さ、舞香さん。私達も寝ましょうか?舞香さんだって疲れたでしょ?」


「そっすね。でも、涼葉先輩だって疲れたっすよね?明日は諒一先輩にマッサージしてもらうといいっすよ?」


 ここでそうですね、で終わらないのが舞香だ。つい、からかうような事を口にしてしまう。まぁ、この二人の反応が面白いから、と言うのが大きいのだが……。


「……そうですね、考えておきます!」


 ――あら……


 顔を赤くしながら、私はいいです!みたいな反応を予想していた舞香は、少し考えた後ニッコリと笑ってそう言った涼葉をしげしげと見つめてしまった。


 涼葉はといえば舞香に答えたあと、諒一の隣に敷かれた布団に座って、飽きもせず諒一を眺めていた。

 それを見て舞香もそっと布団に寝転んだ。


 こうして旅館「すわの」での夜は静かに更けていった。


 ◆◆ ◆◆


「お二人、今日はどうする予定っすか?」


 ご飯に味噌汁、焼き鮭に納豆と、昨日の夕食にもでたお漬物とおひたし。そんな定番の朝食を頬張りながら舞香が聞いた。


「ほら、舞香ちゃん。口に物を入れたままお話しないの」


 やんわりと佳乃さんにたしなめられて、バツの悪い顔をした舞香に、きちんと口の物を飲み込んでから涼葉が答えた。


「特にこれといって予定を立てているわけじゃ……りょういちくんは何かありますか?」


 少し考えて諒一に振ると、お茶を飲んでいた諒一も首を振って言う。


「俺も特に……何か手伝う事ってないですか?」


 諒一にそう聞かれた佳乃は、少し目を丸くした後柔らかく微笑む。


「まあ!そんな事気にしないでゆっくりしていたら?ここは観光できるような所はあまりないけど、泊まった人は皆さん気分が落ち着く場所だって言って下さるのよ?」


 申し出自体は嬉しいのだろう。嬉しそうな顔をしながら佳乃は言ったが、諒一は引き下がらない。


「ありがとうございます。でも、ご厚意でただで泊まってるわけですし……客としてじゃなくて、諏訪崎さんの友人として何かお手伝いできれば、と」


 諒一がそう言うと、佳乃は諒一をまじまじと見て言った。


「あなた、年齢よりしっかりしてるって言われない?」


 その言葉に心当たりのある諒一は一瞬ドキッとするが、曖昧に微笑んで誤魔化した。


「普段のお休みの時でも用事がない時は、午前中にお掃除とか家事を片付けておいて、午後はゆっくりする事が多いので」


 涼葉もそう言って助け舟をだした。

 その隣で舞香だけがげんなりした表情になっている。


「周りが優等生すぎて、ジブンのいい加減さが浮き彫りになってツライっす……」


 それを見て佳乃さんは大笑いするのだった。


「はい、りょういちくん」


 涼葉がそう言って下から替えの電球を渡してくる。


「はいよ。……よしっと、ここはこれで終わりかな?」


 脚立の上から周りを見渡して、もれがないか確認する。涼葉も廊下の奥まで確認しながら行って、突き当たりまで行くと手で大きく丸を作った。


 手伝いの申し出を固辞していた佳乃だったが、涼葉と舞香が諒一の何でも屋ぶりをアピールして、最後は渋々ながらいくつかお願いされた状況だ。


 それほど広くないとはいえ、夫婦二人と住み込みの従業員一人の体制では手が回っていない部分もやはりあった。高いところの作業だったり、業者を呼んだ方がいい所などだ。


 いくら元気が良くても、高齢に差し掛かろうとしている十郎さんや佳乃さんに高所作業をさせるわけにはいかないし、住み込みの蕃さんと言う人もあまり器用ではないと言う事だった。


 なので、諒一が脚立が必要な作業だったり、業者を呼ぶような事でも、一度見てみて出来そうなら治してしまおう。という事で、まずは少し複雑な作りの電灯の電球を替えて回っている。


「工具セット、持ってきてよかったですね!」


 涼葉は諒一が役に立っているので、すごくご機嫌である。 工具セットは、以前涼葉の部屋の水道を修理した時に亜矢子と行ったホームセンターで揃えたものだ。

 ドライバーやモンキーレンチ、プライヤーなどの基本的によく使う工具と、交換する頻度の多いパッキンまで揃えて購入してある。

 亜矢子曰く、どうせ何かあったら諒一くんに治してもらうでしょうし……すぐ取り戻すわよ。と言ってまとめて買ってもらったのだ。


 確かに、ちょっと業者を呼べばそれなりの金額がかかる。ちょっとした修理ならできるので、業者を呼んだと思えば数回で元が取れてしまう。


「あらやだ、本当に器用なのねぇ。脚立もスイスイ登るし……。ここの電灯はちょっと複雑で、いつも電気屋さんに頼んでたのよ?」


 諒一達の様子を見ていた佳乃は感心してそう言った。


「一箇所切れたからって呼んだりしたら、費用がかさみますもんね」


 脚立を降りながら諒一が言うと、佳乃は近寄りながら頷く。


「そうなのよ!費用もばかにならなくて……。どうしてもまとめてじゃないとお願いできなかったのよ」


 そう言いながら取り替えた切れている電球を入れた箱を佳乃が受け取る。


「あの、諒一くん?厨房の蛇口が何箇所か、水がきれいに止まらないとこがあるのよ。ギュッと閉めてもポタポタ出ちゃって……」


 窺うように佳乃が言うと、諒一はなんでもない事のように答えた。


「ああ、パッキンですね。消耗品なんで仕方ないんですよね」


「あら……もしかして修理できちゃうのかしら?」


「まれに水栓本体が悪い時もありますけど、大体大丈夫ですよ。パッキンもあります」


 一応持ってきているパッキンなどの小物を入れた袋を確認して諒一が頷くと、佳乃は申し訳なさそうにお願いする。


 厨房に行き、水を止めてからパッキンを交換する。古い建物だからか、混合ではない水栓が割とあったので全部。それでも三十分もかからない。


「おう!」


 ピタッと止まる水に、たまたま洗い物をしていた十郎が驚いている。


「大した量じゃねえんだろうけどな。それでも気になるんだよな止まらないと……。ありがとな!」


 そう言って嬉しそうに使っている。その後、扉の建て付けや鍵が閉まりにくい裏口のドアなど、使いにくいけどわざわざ業者を呼ぶまでもないと放置されていた所を言われるがまま修理していくと、気づけば昼を回っていた。


「もう!ごめんなさいねぇ、私ったらつい……」


 十郎から昼食の話をされて気づいた佳乃が平謝りしてくるのを、諒一は慌てて止めた。


「そんな!こっちが手伝いたいって言ったんですから。少しでも役になったのなら、俺たちの気持ちも楽になります。またこの後友人達もくるんだし、ね?涼葉」


 話をふられて、絶賛ニッコニコの涼葉は大きく頷いた。


「そうですよ。まぁ、働いたのは主にりょういちくんですけど。私も少しはお手伝いできてよかったです」


「ちょっと待っててくれたり、必要な物を取ってくれるだけでもだいぶ違うんだからね?涼葉も十分だと思うよ」


 そう言って笑い合う二人を、佳乃はとても微笑ましそうに見ていたが、笑顔で話しかけてきた。


「涼葉ちゃんが言ってた「一家に一人、諒一くん」の意味がよくわかったわぁ。確かに諒一くんみたいな人が一人いればすごく助かるわね」


 混じりっ気なしの称賛に諒一が照れて頭をかきながら答える。


「そんな……なんでも出来るわけじゃないですし、もう少し専門的なことになると、業者さんにお願いしないといけないですけどね」


「十分だと想いますけどね?」


 謙遜する諒一を涼葉が混ぜ返して、また笑いが起きる。すると佳乃が少しだけ茶目っ気のまじった笑顔で言った。


「ほんと十分よ。業者さんを呼ばないといけないラインもわかるんでしょ?もう、うちのお婿さんに来てもらえないかしら?」


 佳乃がホホホと口に手を当てて笑うと、諒一は少しだけ苦笑し、涼葉がびっくりした顔になる。そして……


「だ、ダメです!りょういちくんは……その、私が言う事じゃないですけど……」


 だんだん尻つぼみになりながら、諒一の腕を掴んで引く涼葉を、まるで孫を見るような目で佳乃は見る。


「ホホホ……そうね。お婿さんじゃなくても、孫みたいな子でいいわね。涼葉ちゃん?舞香ちゃんとずっと仲良くね?そうしたらきっと諒一くんもついてくるんだろうし」


 そう言って笑うと、佳乃は優しく涼葉の肩に手を添えた。

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