128.美人の湯には興味深々
「おいしかったです。ついつい食べすぎちゃいました!」
食事と和やかな時間を過ごして、三人は部屋への廊下を歩いている。お腹をポンポンと叩きながらそう言う涼葉は、確かにいつもよりもたくさん食べていたように思う。
「ふふ。ばーちゃん喜ぶっす。ウチは四季の味を大切にしてるらしくて、そのせいであんまり若者向けではないって心配してたっすから」
そう言いながら、舞香も家族が作った料理を褒められて嬉しそうにしている。
「いえいえ、特製お味噌の牡丹鍋とか絶品でした。私、思わず心の中で猪さんにありがとうって言ったくらいです。お肉も全然臭みがなかったですし」
「確かになぁ。あんまり食べ物に興味のない俺でも、うまいって感じたよ。俺は柚子胡椒入れて食べるのがよかったかな。爽やかな味わいになるし」
どうやら本当に美味しかったようで、普段は料理の講評などしない諒一も加わってくる。
「ありです!柚子胡椒も美味しかったです。おうどんとかに入れてもおいしそうですね!」
「よかったら少し持って帰るっすか?今の話じーちゃんとばーちゃんが聞いたら、ニコニコしながら色々持たせてくるっすよ、きっと」
その様子を十郎さんの真似をしながら再現する舞香に、諒一も涼葉も大笑いする。
「あー、お腹痛いっす。そうそう、お二人はこれからお風呂でいいっすか?他にお客いないんで、いつでもいいんですけど。希望を言えば今の時間帯に入っていてくれれば、後の掃除の段取りとかが楽になると思うんで」
十郎達の都合も考えて舞香が言うと、なるべく負担をかけたくない二人はもちろん頷いた。
「ふふふ、他はともかく温泉は自慢できるっすよ。温度はあんまり高くないんですけど、一応源泉の掛け流しっす。お肌にもいい効能があるらしくて、昔は美人の湯って言われてたみたいっす」
自分の家というせいか、全体的にこの旅館の評価が低い舞香も温泉には自信があるのか、胸をはって言う。
「美人の湯ですか!興味あります。楽しみですね!」
それに涼葉も食い付く。やはり女子だけあって美容に関するものには興味があるらしい。
「涼葉先輩はそれ以上美人になってどーするんですか。……まぁ、皮膚病とかにもいいって聞いた事ありますから、お肌にはいいみたいっすけど」
「そんな事言って舞香さんも可愛いですし、お肌綺麗じゃないですか。やっぱり温泉のおかげもあるんですかね?これは期待がもてますね!」
ますます温泉の効能に興味を持った涼葉が、両拳を握ってますますテンションをあげている。美容の話になると置いてけぼりになる諒一も、楽しそうに話す涼葉達を後ろから眺めて微笑んでいると、急に涼葉が振り返った。
「何してるんですか、りょういちくん!早く行きますよ。美人の湯が待ってます。きっとりょういちくんも磨きがかかりますから!」
そう言うと、諒一の手を取って引っ張るようにして着替えを取りに部屋に向かうのだった。
◆◆ ◆◆
「おお……」
「雰囲気ありますね!」
浴場の入り口まで来た諒一と涼葉は思わず立ち止まって周りを眺めている。
「すわの」の大浴場は、一度外に出て屋根付きの階段を降りた所にあった。川が近くなったせいか、部屋にいた時よりも川のせせらぎが大きく聞こえる。
「さすがに案内まではできないっすけど、男湯には外風呂があって露天も楽しめるっすよ。すぐそこに川が流れてるし、自然と一体化した気持ちになれるっす!」
自慢の温泉だけあって、舞香もテンション上げ気味になって説明してくる。
「へぇ、そりゃ楽しみだなぁ」
「えぇ!男湯だけなんですか!どうして女湯にはないんですか、露天!」
話を聞いてウキウキする諒一の隣で、涼葉が舞香の肩を掴んで不平を訴える。そんな涼葉はあまり見る事がないので、舞香は少し困ったように答えた。
「いやー……さすがに女湯は。周りから丸見えっすからね。山と川しかないすけど、入り込めないわけじゃないし……。ジブンはないっすけど、猿が入りに来る事もあったそうっすよ?」
舞香がそう説明すると、涼葉は胸の前で手を組むと嘆き出した。
「はわ……。お猿さんと混浴……もしかしたらさっきのきつねさんも来たかもしれないのに」
悲しそうにそんな事を言い出した涼葉を見て、舞香がニヤリと笑う。そして澄ました顔をして言った。
「や、別にいいんじゃないっすか?他にお客さんいるわけじゃないし、涼葉先輩男湯の方に入ってもいいっすよ?」
ニヤニヤと笑いながらそう言った舞香を見て、涼葉が口を閉じる。本気で検討しているように見えて、慌てたのは諒一だ。
「ちょ、待って待って!そしたら俺はどうしたらいいんだよ。入れないじゃん」
慌ててそう言う諒一に舞香は待ってましたとばかりの笑顔で言う。
「一緒に入ればいいじゃないっすか」
それを聞いて、涼葉がぽふんと音が聞こえてきそうな勢いで赤くなる。諒一は額を押さえながら項垂れる。
「そんな事できるわけないでしょ……いくら他の人がいないからって」
呆れたように言う諒一の隣で、真っ赤な顔をしながら涼葉はブツブツと呟いている。
「タオルをつけたまま入れば……むしろ、内風呂と外風呂に別れれば問題ないのでは」
そんな事を呟いている涼葉に諒一は苦笑いになり、舞香はお腹を抱えて笑いながら、大浴場の入り口に辿り着いた。
「すごく残念ですけど諦めます……。水着を持ってくればよかったです」
本当に残念そうな顔をしながら涼葉が言った。その目は未練がましそうに男湯の中をチラチラと見ている。
「まあまあ、涼葉先輩。内風呂だけでもきっと満足できるっすから」
「でもでも、お猿さんもきつねさんもいないですよね……」
女湯の暖簾をくぐった後もそんなやり取りが聞こえ、諒一は苦笑いしっぱなしだった。
「どうにかしてあげたいけど、こればっかりはなぁ……」
万が一にも他人の目に涼葉の何も身につけていない姿を晒すなどという事は、諒一的にも許容できない。ここは諦めてもらうしかないだろう。
「内風呂だけで満足してくれるといいんだけど……」
そう言いながら暖簾を潜ると、温泉の匂いと温かい空気が諒一を出迎えてくれる。簡素な棚が並んでいるだけの脱衣場は、
熱気が伝わってきて、暖房装置など何もないのに、もう上着はいらないくらいの暖かさに保たれていた。
諒一は旅館のタオルと浴衣、それから着替えをカゴに入れ
洋服を脱ぎ出す。他には誰もいない事もあって、少し開放的にタオルを片手に持っただけのフルオープンスタイルだ。
そして、いざ温泉へ!と扉に手をかけたとき、反響してくぐもった声が聞こえてきた。
「わお、涼葉先輩スタイルいいっすねぇ!意外と着痩せするほうっすか?」
誰が言ってるかなんて考えるまでもない。反響して聞こえるからか、いつもと少し違う感じに聞こえるが、あの特徴的な喋り方は分かりやすいし、そもそもここには他に誰もいないという前情報がある。
「も、もう!舞香さん、声が大きいですよ!」
今度は涼葉だろう。少し抑えたような声でたしなめている。
「やぁ、きっと聞こえないっすよ!向こうからも何の音も聞こえないじゃないっすか」
そんな舞香の呑気な声もしっかりと聞こえている。
「まったく、聞こえ……」
聞こえてるからな!そう伝えようとした諒一だったが、思わず止めてしまった。
「涼葉先輩って、そんな下着付けてるんすね。ちょっと意外っす」
聞き耳を立てようとしたわけじゃない。そうではないのだが、諒一はその場で声も出せずに動けなくなっていた。
――け、健全な男子だったらみんな興味はあるはず……き、聞こうとしていたわけじゃないし、けっして!
諒一が心の中で誰に対してかわからない言い訳をする。
「舞香さんだって可愛いの付けてるじゃないですか。本当に聞こえてないですよね?」
不安げに言う涼葉の声を聞いて、ようやく諒一は自制心を取り戻した。
――こっそり聞くのは、覗きをしてるのと変わらない……
まだ聞いていたい欲求をなんとか抑えて、音がしないようにそっと洗い場に行く引き戸を開けた。
むっと湯気が押し寄せてくるのを感じつつ、またそっと引き戸を閉めた。
「ふう……。」
大きく息をついて、諒一は火照った頭を冷ます為にも体を洗いに行くのだった。




