和洋折衷 その3
レックスとダブルスが悲鳴を聞きつけて着いた先には、ある二人の男が民間人を襲っていた。
一人はライダースのジャケットを着て、肩には鋼に輝く棘がついている。
そして手にはいわゆるモルゲンステイン(鉄の棒の先に棘のついた鉄球がある武器)が握られている。
もう一人の男は、立派なロングコートに身を包み、メイクをした金髪の男だ。
「ねえお嬢さん?そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?次はアツーいのがくるわよ?」
と令嬢のように少女に話しかけている。
「おい!そこまでだ!その手を離せ!」
レックスがその言葉を言い終わる前にはもう、ダブルスはジャケットの男に距離を詰め切り掛かる。
そして男から少女を引き剥がす。
「大丈夫か!」
レックスが少女に駆け寄る。
見たところ少女に傷は無いようだ。
「あら、いい男ね...ちょっと後でサシで話さない?」
金髪の男はレックスに同じ調子で話しかける。
そこにダブルスが飛び蹴りを放つ。
「アンタの相手は僕だよ」
「あら、こっちも悪くないわね?でも、幼い子は趣味じゃないわ。それと、その女の子、早く病院に連れってった方がいいわよ?軽くアタシの毒針に触れてたから。早くしないと死んでしまうわ」
少女の顔を見ると、さっきとは比にならない程、顔が青ざめていっている。
「じゃあ、ナイフボーイ?こっちにいらっしゃい。いっぱい遊んであげるわ」
と、ふたりは林の奥へ消えていった。
「さて、お前はどうする?その女を守りながら戦うのか?」
レックスは葛藤に苛まれて、少女の頭を腕に抱いたまま立ち上がることができない。
そこに、タルタロスのブローチが突然振動する。
「よお、レックス!」という声がそれから聞こえてくる。
「その声...デバフさん!ど、どうして!」
「いやあ、ちょっと本部からそっちの様子を見ててよ、なんか危なそうだか手配しといたぜ」
「手配?な、何をです?」
「ペスト医学騎士団の数名をだよ。カンタンにいえば、郷衛神団の医療専門チームだ」
「こっちです!」とそれらしき人間がこちらに近づいてくる。
彼らは皆、ペストマスクにシルクハットを被っていた。
「ほう...なるほど。この俺がのこのこと助けさせると思ったか?」
男の右目にゆらゆらと揺れる魂の炎の円が現れる。
そして彼の武器も、棘の付いた鉄球が放射線状に開き、全体が橙色の炎で燃え上がる。
彼は右脚をグッと後ろに引き、身を低くして構える。
彼の右手に持たれたそれは熱を増し、テニスで言うテイクバックのように身を作っている。
瞬時に体重移動をこなし、右脚を蹴って前にとんでもない速さで突進する。
腰、胸、肘、手首の順々にスイングされていく炎の鉄球が、市民に襲いかからんと燃え盛る。
そこにすかさず、レックスが間に入って攻撃を止める。
熱く、鈍く、そして重たい打撃が、大剣「ケルベロス」を隔ててもよくわかる。
「貴様、邪魔をするな!噂に聞いてはいるぞ、郷衛神団に入ったレックスとかいう新人だな?」
「おお、俺も有名になったもんだな」
「調子に乗るなよクソガキ、この俺を舐めるんじゃないぞ」
レックスが作り出した少しの隙に、ペスト仮面の人間はいなくなっていた。
「逃したか...まあいいだろう」
「お前、何者だ?何故アーティファクトを狙う!」
「質問はひとつにしろ...ナイク・レックス
ただ初めの質問には答えてやる。
俺はペシミズム「悲哀」...フランマ・プロメテウスだ」
その筋骨隆々とした体は、とてつもない速さでレックスへ向かって、燃え盛る鉄の塊は、彼の頭を狙う。
大剣と鉄球は、激しくぶつかり合って火花を散らす。周りの建物を崩し、地を割って、またそこから出てきた土や粘土すらも削り取っていく勢いだ。
プロメテウスの攻撃の手は全く止まない。一撃一撃が重くなって熱くなって、最終的には焼け焦げる。そんな事がレックスには既に想像出来ていた。
「悲哀」に満ちた彼が、振り上げ、そのまま地面に燃え盛る鉄を叩き込むと、レックスのいる所まで大地に亀裂が入って、その隙間から炎が吹き出る。
それは爆発と大差なかった。
だがレックスは、プロメテウスの隙を見落とさなかった。足は瞬発的に、目の前の敵に向かって轟速で走り出していた。
プロメテウスは、顔と体を未だ地面に向けたままだ。彼の間合いに入った時、レックスが一ノ字に切りつける。
だがそれは無を切り裂く。既にプロメテウスの首元はそこになかった。
視線を下に少し向けると、先程よりも低い姿勢でテイクバックの構えをとっているプロメテウスが映った。
レックスは「まずい」と思った。
思ったまで。世界がスロウに見えた。
「甘いな、レックス...俺はそんな速さじゃ攻撃は喰らわん...『炎上』!!」
レックスの視界は、青空になった。だが個体と化したような炎に、目の前は歪む。
その炎は、レックスの顎に完全に打ち上げられた。
その勢いは死なぬまま、上空へと舞い上がる。
プロメテウスが少し手に力を込めると、鈍い音と共に、棒から炎が落ちる。
モルゲンステインの状態から、持ち手と鉄球が鎖で繋がれた武器、モーニングスターへと、瞬時に姿を変えた。
プロメテウスの追撃は止まらない。すかさずジャンプで飛び上がり、すっかりとレックスよりも上空へ昇り詰めた。
彼がそこで天に拳を突き上げると、あとから順々と続いて鎖が伸びていき、ぴん、と、鉄球を頂点にして伸びきる。
間合い、タイミングは、一瞬の崩れもなかった。
「少々早い気もするがレックス...終わりだ!『地獄鐘』!!」
プロメテウスの手が振り下ろされ、鉄球が高速を纏ってレックスに叩き込まれた。
物理学というものは、本当に末恐ろしいと、いつもこの技を使ってプロメテウスはつくづく感じる。
「哀れだ…レックス」
プロメテウスはそこから立ち去ろうとする。
悲哀の炎は過ぎ去ろうと風に揺らぐ。
だが、それを掴もうする別の炎はまだ、絶えずいる。
プロメテウスが後ろを振り返ると、レックスがすでに立っていた。
「お前…なぜ血の一滴も出んのだ…?」
「それは…俺も聞きたいね」
「奇妙なやつだ…面白い」
「あ、だけどすげえ痛えよ」
「痛覚はあるんだな」
「そうじゃなかったら人間じゃねえからな」
「…血が出ない時点で人間離れしていると思うがな」
「ははっ、確かに」
「笑う余裕があるのか、ならもう一度叩き込んでやる」
プロメテウスは地面が凹むほどのジャンプで空に躍り出る。
鎖に繋がれた鉄球は、紅く燃えて演舞する。
まるで小さな隕石が、レックスに降りつける。
隕石を跳ね返すように、レックスは大剣を振るう。
鋼と鋼がぶつかり合った振動が、鎖を伝って、大剣を伝って。
両者の体に衝撃が響く。
多くの爆発が、至る所で勃発する。
レックスは剣を二つにして応戦する。
新体操、というには言葉が足りないが、モーニングスターはリボンのような繊細な動きをしている
それほど華麗で美しく、なおかつ文字通り爆発力がある。
一度のみならず、何度もレックスの真隣で爆発が起こる。
二人の眼光は、鋭くなっていく。
ナイフの起源は、旧石器時代まで遡るが、ダブルスがそんなオーソドックスな武器を使っているのには訳がある。
彼は「いかに迅速か」を重視する。
そのため、暗殺者にありがちなスナイパーなんかは、準備に時間がかかるため好まない。
最も穏便で簡単な方法、毒は入手するまで時間がかかるし、調合するのにも手間取るため好まない。
命令された顔と住所だけ知れば、ダブルスはナイフ2本で殺しに向かえる。
ナイフを2本持っているのにも理由がある。
右からきた敵も、左からきた敵も、一度に対処出来るためである。
目の前に対峙するのは、命令外の男である。
今まで命令、任務に関係のない人物は殺さないと心に決めていた。
だが、その心に反さなければならないかも知れないと思った、初めての瞬間だった。
「アナタ、アタシに挑もうっての、本気かしら?」
「本気じゃなかったら、ここまで追って来てないでしょ」
「ウフフ、それもそうねぇ...」
男は自分の腕をさする。
「ところでアナタ、今の地球でご満足?」
「それはどう言う意味かな?」
「そのままの意味よ、坊や」と、今度は指の横腹を素早く擦り合わせる仕草をする。
「今の地球は、とっても可哀想なの。それも、アタシたち人間のせいでね」
ダブルスは静かに佇む。
「環境破壊や地球温暖化の進行が限界を迎えそうになっている今、アタシたちがこの地球にいる事でどれだけ負荷がかかっているか...」
なにか言葉を言い終える前に、ダブルスは男に斬りかかっていた。
いつの間にか腕に装備されていた謎の武器で、男は攻撃を見事に防ぐ。
「...そういうことを教えようとしてたんだけど」
「居なくなった方がいいのはお前らみたいな奴だけで十分だよ」
「へぇ、面白いじゃない」
武器には大きな針がついている。男は両腕にあるそれを、金属音と共に擦り合わせる。
「いいわね、アンタ。アタシの名前はモンストゥルム=デモゴルゴン。まずは口の利き方から教えてあげなくちゃね?」




