クジタが折った
ハナ暦 6/26
トトンっと、出来るだけ小さな音で扉をノックする。
「タケルです。入りますよ。」
「どうぞ。」
扉を開ける。
ここはカムイ一家の部屋。
「タケルどん、わざわざ朝早くすまねえぁ。」
「クジタの様子はどうですか?」
ベッドの上に寝ているクジタを見る。良かった、寝ている。
そっと手首にある橈骨動脈を触れる。まだ脈拍数も呼吸数も早い。
額に手を当てる。体がかなり熱い。かなり汗をかいている。
「夜中に熱さ上がって苦しそうだったが、今はルルどんの薬さ飲んで、少し楽になっだみてーで、やっどさっき眠った。」
「なら良かった。」
クジタの布団を少しまくり、右前腕を見る。固定はズレていないようだ。
「熱はまだ高い。えっと、ここと・・・ここに冷たい布を乗せて。足元は出来るだけ冷やさないように。患部はできるだけ動かさないように。」
「わかっだ。すまねえ、朝支度も任せてしまって。」
「そんなことかまわないですよ。」
事は昨日に遡る。
昨日は5回目の探索。午前中は西路の開拓、午後は地下堀りだった。
午前中の開拓は難なく終わったが、午後の地下堀りをしていたときだ。クジタが足を滑らし、転んだ。ただ、転んだだけならまだ良かったのだけど、その際に右手を突いてしまったんだ。まぁ子供にはよくある骨折、コーレス骨折。すぐに前腕部が腫れだし、熱を出した。
歩くレントゲン、ハナの身体スキャンで単純骨折って事がわかったので、麻布と木板で固定したのだ。複雑骨折じゃなかったのは不幸中の幸いだ。
ルルが煎じた痛み止めの薬を飲んで少しは痛みは和らいでいたようだが、滅多に泣かないあのクジタが『痛い痛い』と泣くもんだから、キヌコさんも動揺してしまってね。そりゃ自分の子供が怪我をしたら慌てるわな。
「じゃぁ、朝ご飯を作ってくるから、出来たら声をかけますね。」
「すまねぇ。恩に着る。」
ペコッと、頭を下げるキヌコさん。
俺は音を立てないように、そっと扉を閉める。
キヌコさんがすぐに食べれるように今日は竹串焼きとオニギリにしよう。あ、クジタは食欲がないかもしれないから細かく具を切ったスープも作っておこう。
「クジタの仕事は当面は俺がやろうと思う。」
朝食を食べながら、今日の作業の打ち合わせをしていたみんなに俺がそう切り出す。
「自信は無いので、カムイやキヌコさんに聞きながらになりますが、よろしくお願いします。」
キヌコさんとクジタの分は部屋に運んだ。
「すまん、タケル。息子の尻拭いさしでもらっで。おでもやっからな。」
「いやいや、いつもクジタは頑張ってるもん。でも、俺は頼りないのでご教授、お願いします。」
「そうね、最近のタケルは暇さえあれば子猫と遊んでいたんだから、たまには遊ぶ暇が無いくらい働くのも良いんじゃない?」
そうなのだ。俺は可愛い子猫達と遊ぶ・・・もといお世話をするため、色んな日々の作業を巻きで済ませまくっていたのだ。
「うぅぅぅ、反論できない。」
「ま、私もできるだけ早く自分の作業終わらせて、そっちを手伝うから。」
「僕も手伝うよ。どうしても作らなきゃいけない鋳型があるから午後からになっちゃうと思うけど。」
「悪いな、ルルにシャイン。出来るだけ早く終わらすようにするから。」
俺はいつもより早めに朝食を済まし、子猫とダイヤ達の朝食残骸を片づける。
「片付けながら、もう一回確認しておきたいんだけど。動物たちの小屋の掃除は終わっているんだよな?」
「拙者が先ほど終わらせましたぞ。」
「じゃぁ、俺は昼までにトイレ用葉っぱの採集と、餌と水やり、馬と牛の散歩、ブラッシングと餌の補充をすればいいんだな?」
「そだ。あと、鶏の卵の回収、山羊の乳搾りだ。」
「了解。じゃぁ、先に作業はいるから、洗い物をこの木桶に置いといて。あ、水につけてくれよ。レビルさん、漁に行くとき声かけて。ギリギリまで動物小屋のトコロにいるから。」
「了解した。拙者の準備が出来たら、お声をかけよう。」
「あ、タケルどん、洗いもんくらいは、わだしがやっとくから。」
「そこは素直にキヌコさんに甘えようかな。」
俺は土間を出て、1回自室に戻る。漁に行く準備をしてから井戸に向かう。
井戸の側に置いてある桶に水を汲み、担い桶を肩に背負う。
馬と牛、山羊と鶏の小屋にある水飲み場にそれぞれ水を入れていく。
風車の隣に新たに作成した餌置き場に向かい、手押し車に藁や雑草を大量に乗せる。
それをそれぞれの餌箱に入れていく。テリーとドリーも草を食べるようになってきたから、餌の消費量は多い。だからこんな量では足りない。
「タケル殿、準備が出来ましたぞ。」
はいよ。
俺は馬達と牛、山羊を小屋から出す。海へ漁に行くついでに、こいつらの散歩だ。馬4頭に牛2頭、山羊2匹。これ以上増えるようなら放牧地を作らなくてはな。
レビルさんが海に潜っている間、砂浜よりやや拠点よりの場所に家畜達を連れていく。こいつらはそこらにはえてる雑草を食べ、俺はトイレ用の葉と、バナナ、パパイヤ採取。
レビルさんが海から上がってくると、魚の内臓処理。今、海に5畳ほどの小さな小屋を作ってあり、処理するための作業台を設置している。こいつのお陰で作業も大分楽になったもんだ。日よけにもなるしな。
今日もレビルさんは大漁。むしろ大漁じゃない日はない。みんなもよく食べるし、この海も魚が豊富なのだ。
「とってきたよ~。」
岩場からシャインとエメラルドが俺達と合流する。そっちも籠そこそこの貝が入っていた。そのまま、シャインは魚の捌きを一緒に行う。もう、魚の捌きだけを見たら、どこに嫁に出しても恥ずかしくない腕前だ。
俺達が捌いている間、エメラルドは砂浜のアサリやハマグリを掘って持ってくる。エメラルドの感知能力と掘り能力は素晴らしい。
レビルさんの籠がいっぱいになったところで、俺達は拠点に帰る。一斗缶分の籠が満杯になったら、漁はおしまい。
家畜達を呼び集め、拠点へ戻る。拠点に戻るとそれぞれを小屋に入れ、ブラッシング。
ブラッシングが終わったら居間に戻る。昼御飯の下準備。煮込めるものは先に用意し煮込んでいく。
鍋に火をかけたら、山羊小屋へ向かう。
山羊の乳絞りと鶏の卵の回収。
今、鶏の数は22羽。そのうち20羽は雌鶏。雄鶏はゲージに入れてある。数が増えたので有精卵は今のところ必要ないからだ。
10羽ほどいた雄鶏は、俺達の胃袋とダウンジャケットになった。
生まれた卵を次々と回収していく。
乳と卵を回収したら一旦土間に戻って鍋の様子を確認。少し水を足して、食糧保存倉庫へ行く。
土間に子猫のゲージを置いてあるが、今日は遊んでる時間は無さそうだ。
バタン
夕食後、俺は早々に自室に戻りベッドに倒れこむ。
流石に疲れた。
昼食後も稲や麦の畑の手入れに加え、竹の伐採に家畜の餌になる草刈りや穀物の採取や二度目の散歩。
いつも1日はあっという間に過ぎるが、今日は倍速のようだった。
目を閉じると、すぐに睡魔が襲ってくる。クジタの骨癒着が起こるまで、なんとか頑張らなければ。
そんな生活が3日ほど続く。
ハナ暦 6/30
レビルさんとカムイが北路の右側の土地を開墾した。広さにして1ヘクタールほど。
『動物達の放牧が以外と大変だ』という愚痴をポロっとこぼしたら、なら『朝から放牧出来る安全な場所を作ろう』と言うことになり、二人が北の森を伐採し、整地し、外敵避けの柵を建てた。
その柵で囲まれた土地を6分割にわけ、そこに餌になるクローバー、ゴルフ場でよく見る芝草、サツマイモ、レンゲ、トウモロコシ、食べられない稲を植えていく。全て一年草なので、放牧するにはもってこいらしい。そこにカムイが角の粉を撒いていた。成長率が5倍になる粉だから、ものすごい早さで育つに違いない。
3日での仕事量とは思えないが、あの2人はやれてしまうのだ。
ただでさえカムイは早朝から夕方まで畑仕事、レビルさんは伐採した場所の整地や建物の補修、薪の確保、鉱石発掘など手広くやっているのに凄いもんだよ。
そして、今日。
朝起き、身支度を整え、土間に行く。
担い桶を肩からかけ、川に水汲み。時間がないのでついでに自分の洗濯物も洗っておく。
土間に戻ると、キヌコさんが朝食準備を始めていた。
「キヌコさん、クジタは平気なんですか?」
「もう、でーじょうぶ。熱も下がっだ。今頃、馬の小屋さ行ってる。」
「まだ、本調子じゃないのに。ちょっとクジタを止めてきます。」
「わだしも止めたけど、言うこど聞かなくってな。タケルどんに、悪いけど、様子さ見てきでくれっか?わだしは朝食さこしらえとくから。」
馬小屋に行くと、クジタが片手でサニーにブラッシングしていた。
「こら!クジタ!治ったばかりなのに無理するとまた具合悪くするぞ!」
「あ、タケルにーちゃん、おはよ。もー、熱はねぇ。大丈夫だ!」
「ったく。」
クジタの首もとに手を当てる。熱も脈も大丈夫だ。
「痛みは?」
「全然ねぇ。もう治った。この板、外していいか?」
「ダメだ。」
「片腕だと、面倒じゃ。」
「変な風に骨がくっついて、大人になるまで痛みが残るのは嫌だろ?」
「・・・それは嫌じゃ。」
「ならあと7日はつけとこう。それまでは無理しないこと。片手で出来る仕事だけする事、いいね。」
「うー、仕方ね。」
そしてまたブラッシングをする。
小屋の掃除は終わっている。きっとカムイかレビルさんがやってくれたんだろう。
「カムイにーちゃんは放牧場見たか?」
「昨日見た。まだ新芽が出てたくらいだったけど。」
「な、草がもういっぱいだっだよ。見てきてみぃ。スッゲーよ。」
小屋を出て、放牧場が見える場所に行く。
紛れもなく草が伸びきった立派な牧場になっていた。
「ほぉー、凄いな。」
「なぁ!ブラシ終わったらアニー達を連れてく!」
動けるのが嬉しそうだ。何でもかんでも止めたら、クジタもストレスがかかるだろう。
「俺もブラシ手伝うから、一緒に連れていこうか。」
「うん!!」
馬と牛を連れて、放牧場に行く。山羊くらいの餌量は拠点にあるストックで十分事足りる。牛と馬は本当によく食べるから、こうして放牧するだけなら餌やりもだいぶ楽になるはずだ。
6面あるうちの一番よく育っているクローバー畑にサニー達をいれる。我先にと競うように入り、黙々と草を食べ始めた。後で水桶を持って来よう。
「スゲーな、トーチャンもレビルおじちゃんも。僕も早くおっきくなりてぇ。」
魔王と鬼二人になったら、牧場どころか城が建つかもな。
「ほれ、母屋に行って、カーチャンの手伝いしに行こうか。」
クジタの頭にポンっと軽く手を置く。
「だな!カーチャンももうすぐ赤ん坊生まれるし、僕も頑張らなきゃだ。」
え?
え?
え!?
「気づいてなかったの?」
と、ルル。
「わかんないよ!」
俺以外、皆知っていた。
「我ですら気づいておった。ククククククククククククッ。流石タケルた。我を男と見間違うだけの観察眼の良さよ。」
ディディすら知っていた。ってか、男に間違ったのまだ根に持ってるのかよ。
だってキヌコさん、全然体型変わんないし、いつもゆったりした服着てるからわかんないよ。確かに少しだけふっくらしたかなって思ったけど、『女性に体型の話をする男はノミ以下』と、新人時代に先輩に説教されたから。
「みな知ってるんだど、おもっでた。おでもちゃんと言わながった。」
俺だけ初耳。
なに俺、妊婦をキリキリ働かせてたわけ?男として恥ずかしい。
「タケルどん、気にせんでいいがら。別に体調さ悪くねぇし、クジタん時も生まれる直前まで、畑にいただ。生まれんのはまだ先だしな。」
「予定日って・・・・いや、どのくらいで生まれそうなの?」
歩く臨床検査器具、ハナに聞く。
「遅くても来週、早くて今週。」
「だから拙者もベビーベッドを作っておっただろう。」
「私もオシメ用の麻布を結っていたわ。」
「我は絵本を作成していた。」
ほんと、初耳だ。
ショック。
しかし、俺と同じ表情しているヤツがいた。
そうか、シャイン、お前もか。
ウマって草消費量が凄いんですね。




