とある聖霊の苦悩(中間管理職のジレンマ)
けたたましく鳴り響く内線。しかも緊急コールだ。俺が当番の時になるとはなんて運がない。コールをとる前に番号表示をみる。
『523』
あの僻地からか。最近、契約発動されちょっと話題になったあの場所だな。どうせたいした用件ではないだろう。水漏れか?電波障害か?どうせろくに確認せず緊急コールをかけてきたのだろう。全く、これだから田舎者は困る。
「はい。こちら本部。どうしましたか?」
「こちら523地区、責任者。現在、エルフ語・日本語の翻訳を行っていましたが、急遽、神語の翻訳が必要となりました。至急、機材搬入とスタッフ増員の手筈をお願いします。」
「え?」
こんな僻地が何を言っている。俺は無様にも聞き直す。
「え?じゃないですよ。至急、お願いします!」
今、神語と言ったのか?なぜそんな語源が。これはまずい。
「あ、はい。すぐに上役へ報告します。それまでの対応、よろしくお願いします。」
焦りを見せず、声色を変えず内線を切る。すぐに上司の元へ走り出す。これは俺の判断では対処してはいけない。コトの次第によっては減俸じゃすまされないくらい、レアな言語だ。
ただ、その上司が問題なのだ。ぶん殴りたくなるくらい。
「失礼します。緊急な用件です。」
俺は上司の個室にノックをして入る。ほら見ろ。このクズ上司。酒を飲みながら女性とイチャイチャしている。
「き、貴様!誰の許可を得て入っているか!今すぐ出ていけ!」
我慢だ。我慢しろ。こんなクソでも上司だ。
「申し訳ありません。只今523地区から緊急コールが入りました。神語の翻訳が必要になったので、至急増援してほしいとの要請です。しかし長官がお酒を召され、来客されていては対応が不可能なようなので、命令通り速やかに退出させて頂き、聖霊王補佐官と至急打ち合わせをさせていただきます。失礼致しました。」
ドアを閉める。勤務中に酒飲んで女抱く上司なんかに敬意はない。業務上、正式な手順は踏んだし、『出ていけ』と言う指示にも従った。これで問題はないはずだ。
ドア越しに『待て!待て!』と、聞こえるが、知ったこっちゃない。お前の尻拭いをしてるのは毎回俺なんだよ。今回こそは奈落の底に突き落としてやる。
俺は電話を持ち、聖霊王補佐官にコールする。
「こちら聖霊王補佐官室。」
無機質な声。
「こちら、緊急対応本部副長官。先ほど、523地区より神語の出現が確認されました。当地区責任者より専門家の派遣と翻訳機材の補充要請がありました。」
「なんだと?それは本当か!!」
「はい。緊急対応本部長官は勤務時間にも関わらず現在職務を遂行出来ない状態であるため、代理として私からお伝えさせていただきます。」
「あぁ、あの本部長官か。」
俺は知っている。あのクズ上司に政府直属機関から内偵が入っていることを。行きつけの居酒屋の飲み友達から聞いていたのだ。
「はい。今なら現場をすぐに押さえることが出来ると思います。しかし、今の問題はそこではなく、専門家を至急派遣できるかどうかです。可能でしょうか。」
「少し待て。おい、あの内偵調査員に連絡。今なら現行犯で押さえられる。あと、至急神語部門に連絡。今すぐ派遣できる人数の確認と派遣手筈を整えろ。」
ああ、仕事が出来る上司っていい。判断力も決断力も統率力もある。俺はこんな上司のもとで仕事をしたい。
「すまない、待たせた。今から10分後には523地区に直接向かえる専門家を10人確保出来た。翻訳機は2台送ろう。」
「有難うございます。」
「そして、これから対応本部には捜査員が向かう。混乱が生じると思われるが、しばらくの間は君が仮の責任者として場を納めてほしい。落ち着いたらすぐに代わりの責任者を送る。」
「わかりました。では、失礼いたします。」
電話を切る。
切ったとたん、ドアが激しく開き、クズ上司がシャツと下着姿で現れた。
「き、貴様!ここは私の業務室だぞ!誰に断って入っている!」
あぁ醜い。ぶっとり垂らした顎と腹の肉。汗まみれの体。縁故だけでついたその職をもうすぐ失うとは夢にも思っていないだろう。
「先ほど、長官より指示を承りましたので、その指示に基づき、行動しているまでですが。」
「うるさい!どこに電話してたんだ!」
「ですから、先ほどお伝えした通り、聖霊王補佐官室に緊急連絡をとり、指示を仰ぎました。」
「勝手なことを!貴様はクビだ!」
あー、話したくもないわ。けど、まだ更迭されてないから上司なんだよ。
「申し訳ありません。しかし、聖霊王補佐官よりこれからすぐ調査員が派遣されるとのこと。私はその対応を直接仰せつかりましたので、今の長官の命令には従えません。」
「なんだと?調査員が・・・・内偵か!?」
上司の顔が一気に歪む。こいつの自業自得なんだけどな。
「そういうことです、緊急対応本部長官。」
ずらりと捜査員が並んでいた。早いな、さすが王直轄の内偵調査員だ。
「違うんだ、話を聞いてください。あいつが、あそこにいる副長官が俺を嵌めるために!!」
「申し訳ありませんが、先ほどの自室近くに監視カメラを仕掛けてありました。全て調査済みです。」
「くっ、ふざけるな!放せ!俺は聖霊王の弟の孫の嫁の兄の子だぞ!無礼だ!」
それ、もはや他人ですよ。葬式でも忌引き休暇、使えない親戚筋ですよ。
ギャアギャア騒ぎながら上司は連れていかれた。
ふぅ、これで少しは静かになった。
モニターを見ると523地区に専門家と機材も無事についたようだ。
それにしても神語とは驚いた。神話でしかないと思っていたが、実在するんだな。今日の523地区の日報と専門家達の報告書が楽しみだ。
日報『523地区日報:神語を話す男が来たが、先輩が適当にやって無事に翻訳出来た。』
観察日記かな?こんなにこっちは焦ったのに、その程度かな?やっぱり523地区はバカがいるらしい。
専門家の報告書に目を通す。
『あの523地区の責任者が実施した神語翻訳は、過去の翻訳内容と比較し、最高クラスの精度である。特に未だ謎の多い神語方言に対する理解とその表現方法には、長年研究してきた我々の解答となりうるものであった。更に、エルフ語のみならず、難解な日本語においての同期は、非常に珍しいケースと言えよう。責任者の翻訳力能力は極めて高いと我々は断定した。詳細は後日、改めてレポートを送るものとする。』
なに、この温度差がある報告書。
なんなんだ?523地区の責任者は優秀なのか?バカなのか?あまりにも内容の精度が違いすぎて判断しかねる。
しかし、現状は神語以外にも日本語とエルフ語の翻訳もあるだろう。一応、俺が緊急対応本部副長官だから、長官ごいない今は俺が動くしかない。
人事に内線し、523地区スタッフを3人から30人に増員させた。30人の内訳には神語専門家も入っている。
そして、何か役職も与えなければいけない。30人の部下持ちなのにヒラでは他に示しがつかないだろう。しかし、まぁ、こんなフリフリのパジャマ着てるヤツに役職つけなきゃいけないとは、世も末だな。
『523地区翻訳主任』
ただのヒラから一気に主任に出世すれば、このフリフリパジャマも納得するだろう。一生、役職とは無縁だったはずなんだから。実際にそのくらいの成果を出しているのだ。
その辞令を出した後、すぐにフリフリから内線が来る。
「こちら523地区責任者です。先ほど、私への辞令が届きましたが、その昇進に納得が行きません。私はそんな長などという役職はする気がありませんので、取り下げて頂きたく思います。では失礼します。」
言いたい事だけ言って切られた。
そのくらいの身分では物足りないのか。・・・・いや、確かに形態の違う言語を翻訳する地域は他にない。歴史的に調べても数例程度。そう考えれば納得いく。あのフリフリ、そんな知識まであるとは。人は見かけによらないものだ。
俺は聖霊王に伺い書を書く。あのフリフリの功績や過去の同類時辞令、専門家の意見書を添える。
翌日、伺い書の返答。よし、いい返事だ。人事に連絡した後、あの523地区フリフリに指令を出す。
『523地区翻訳統括長』
これで納得してくれるはずだ。
後日、人事から連絡が来る。
「523地区翻訳統括長から異動願いが提出されましたが、笑い飛ばしたそうです。」
結構頑張っていい役職にしたのに、金銭的にもかなりアップしたはずなのに、まだ納得いかないのか。しかし、先日伺い書を提出したばかりなので、再度提出するには何か功績や変化がなくてはならない。ここは異動願いをどうにか止めてもらい、時間を稼いで貰おう。
後日の日報。
『523地区日報:ドワーフ語とフランス語の翻訳ご追加されたが、統括長がなんとかしました。』
なんだよ、なんとかって。しかもまたドワーフ語とは、レアなものが来たもんだ。聖霊王補佐官に連絡し、523地区にフランス語とドワーフ語専門家を派遣してもらう。これであのフリフリは50人の部下持ちになった。
『523地区統括指令長』
新しい役職だ。しかし、フリフリ指令長は納得がいかないらしい。人事によると、昨夜42回目の異動願いが提出されたとのコトだが、破り捨てたそうだ。破り捨てるのはどうかと思うが、もう時間はない。俺は万を持して、フリフリの身分向上のため、伺い書を作成し聖霊王に提出した。
しかし、返答は意外なものだった。
『貴殿を緊急対応本部長官に任命する。』
いや、そこじゃないし。俺の任命なんて後回しだろ。まずは現場をなんとかしないとですね、うまく回るものも回らなくなりますよ?俺は聖霊王補佐官にそう伝えるが、補佐官は聞き入れてはくれなかった。
『場を整えるのも大切だ』とかなんとか言われてしまった。場を整えてる間に、現場が崩壊したら元も子もないと思うのだが、確かに体裁を整えるのも必要なことだ。
これが現場と上層部の考え方や価値観の違いなんだろう。どちらの気持ちも理解できるから、何も言えない。
すまない、フリフリ。もう少し我慢してほしい。俺が内外ともに調整し終わったら、必ずお前の出世を約束しよう。
まだ、調整をしていた最中だった。
『523地区日報:ヴァンパイヤ語の翻訳が追加されるが、指令長が何事もなかったかのように、翻訳しました。』
あのフリフリ統括長は本当に肝が座っている。また、ヴァンパイヤ語専門家を依頼しなければ。
『523地区日報:鬼語の翻訳が追加されましたが、辞令長が適当に訳しました。』
あのフリフリ指令長、自棄になってきてないか?またまた補佐官に鬼語専門家の依頼をかける。聖霊王補佐官も『またか!またあの523地区か。』と、ぼやく。俺達の倍、現場はきついと思うぞ。
今、523地区は『エリート聖霊の就職したい地域ランキング』の1位を独占している。聖霊通信でも特設サイトが何件も立ち上がり、日本語管轄長とエルフ語管轄長のブログは登録者数がうなぎ登り。フリフリの顔写真も公開され大人気になっている。フリフリパジャマにはプレミアがついているそうだ。
『本日、103回目の異動願いが提出されましだが、川に流しました。』という報告書が人事からも上がってきている。ごめんよフリフリ、給料はあげるから堪えて欲しい。
俺はまたまた聖霊王に伺い書を書く。あのフリフリの役職を上げて欲しいと。このままでは、彼のモチベーションご持たなくなるであろうと。
しかし、返答は辛い。
『時期尚早である。暫く現状を継続し、うまくまとめあげること。』ですって。
ごめんよ、フリフリ。もう少し、もう少し待て。
俺は机の上の書類の束を眺める。523地区ご台頭したことで、他の地区の予算編成や異動願い、やっかみにごますりなど、色んな書類に目を通して決済していかなければならない。
胃薬に手を伸ばす。
はぁ。俺も異動願い、出しちゃおうかな。
この立場って一番きついと思うんですよ。




