三度の飯より本が好き
「ご主人様!ご主人様!」
自室の外から配下の呼ぶ声がする。が、我はそれどころではない。
「ご主人様!どうか・・・どうか、このドアを開けて下さい!」
五月蠅いやつだ。
渋々、本に栞を挟みサイドテーブルに読みかけの本を置く。
ローチェアから重い腰を上げると、四肢が軋むような感覚。我は一体どのくらいの時間、座っていただろうか。が、時間など今生で気に止めたことはない。我には時間が無限にあるのだから。
ドアの施錠を外し、ドアノブに手をかけ僅かに押す。
「何の用だ。緊急時以外は来るなと申しつけておいたはずだ。」
深々と頭を下げた老体。古くから我に使えている配下の1人であった。
「申し訳ございませんご主人様。今がその緊急時と判断いたしました。」
いつもは頭髪も衣服も汚れひとつない貴族のような風体の此奴が、髪は乱れ、服は煤と血液で黒ずんでいる。
「何があったか手短に話せ。」
「はいご主人様。」
頭を上げた配下と目が合う。
「人間達が襲来してきました。城には火が放たれ、他の配下は全て虐殺。現在の生存者は、私とご主人様のみです。」
「そうか、遂に来たか。」
我から人間達に危害を加えたことはない。生まれてこの方、一度足りともだ。それどころか人間達は我が城に野菜や果物や本を持ち込んでは、よく酒盛りをしていた。共に葡萄酒を飲み、共に話をし、良好な関係が気づけていたはずであった。
しかし、時代が流れ、国が変わると人間達は我が城には近寄らなくなった。我も必要以上の接触は避けた。無闇な諍いは時間の無駄だ。町に下り新しい本を購入する以外、人里にも下ることも一切なかった。
そして人間達は我が城を占領しようと攻め寄せてくるようになった。その度に配下達が追い払っていたのだが、今回は配下達だけでは追い払えない程の大群で攻め入ってきてのであろう。
時代の流れとは無情な物だ。あれほど我に懐いていた人間達が、勝手に抱いた恐怖心や虚栄心で攻め入ってくるとはな。
「ご主人様、お逃げ下さい。私がご案内いたします。」
「わかった。少し待て。」
一度ドアを閉めテーブルの上に置いた本を手に取り、再びドアを開ける。
体躯を四方から鉄槍に貫かれ、絶命している配下が佇んでいた。口元からは血が流れ、胸や橫腹から突き出た槍の隙間から、血がシュプ・・・シュプっとわずかに吹き出していた。見開いた目は既に焦点を失っていた。
引き抜かれる槍々。槍で堰き止められていた血液が一気に吹き出し、我が半身を朱色に染める。
「今までよく我に従ってくれた。礼を言う。」
暖かい配下の血潮に長年の感謝を告げる。
事切れた配下の遺体が崩れ落ちると、銀色の鎧を纏う人間が我の前に鉄槍を向ける。
目は閉じぬ。我の金色眼で人間達を視る。人間という生物はなんと矮小なのだ。弱く、脆く、臆病で、傲慢。だからこそ、本という素晴らしい物を作れたのであろう。
私が心から愛する本を生み出した人間達に殺されるヴァンパイヤ、数奇な人生であった。
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「で、気がついたらここにいたと。」
「そうだ。」
「えーと、ヴァンパイヤ・・・で、宜しかったですか?」
「そうだ。我の名はディディエン・ヴァンパイヤ・ジョエリックアンセーヌ。正統なヴァンパイヤ本家、父ジョエリック、母アンセーヌの間に生まれた正真正銘のヴァンパイヤだ。」
正真正銘のヴァンパイヤと、言われても・・・。
「日に思いっきり当たってますけど、灰になりませんか?」
「日中であれば太陽も昇るであろう。日の光如きで体が燃えるわけがない。」
「首からかけているその・・・十字架のネックレスは?」
「母の形見。」
「足下、海水でびしょびしょですけど。」
「後で乾かせば良い。」
「コウモリに変身するとか。」
「するわけないだろう。我はヴァンパイヤ。コウモリではない。」
怪訝な顔をされた。いや、むしろヴァンパイヤだから聞いたんですけど。
ハナ暦 1/10 午前
漁に来た俺とレビルさんが見たのは、海の中で佇む黒のタキシードを身につけた長身の男。
俺達は顔を見合わせ、頷く。久しぶりに誰か飛ばされてきたのだ。ハナとシャイン以来だから4ヶ月ぶりくらいになるな。
もう見るからにヴァンパイヤのコスプレ。オールバックになったその黒髪、血管まで見えそうな白い肌、全身黒のタキシードとマント、見るからに細い体つき。異様なのはその右半身。赤・・・いやアレは血液だ。血液が顔の半分を染め、白いシャツを染め、黒のタキシードもその液体で濡れている。そして何故か血にまみれた右手に本を持っている。
「我を殺さないのかい?」
突然話しかけてきた。この人も死にかけてここに来てしまった類いだろうか。
「我はここから動かない。いつでもその槍で我を貫きなさい。」
なんだ?
あ、この人のせいですね。俺の隣で太くて長い槍を持って仁王立ちしてる半裸のこの男がいたら、そりゃ刺されると思うわ。
レビルさんがいると面倒なのでとりあえず漁に行ってもらう。
レビルさんが海に潜っている間に、俺は彼に事情を尋ねる。『城が襲われて~、配下が死んで~』という下りをふんふん聞いていたら、まさかのヴァンパイヤ発言ですよ。どうしたものか。
「我を殺さないのか。人間だろう。」
「俺には貴方を殺す理由がないですよ。」
「それもそうか。ならそちらに行こう。」
ヴァンパイヤ男は海から上がり、砂浜まで歩く。海水で薄まった血液が砂に赤い足跡を残す。
「ここは一体どこだ?我は自室にいたはずだが、なんでこんな海辺にいるんだ。」
「それがですね・・・。」
俺は今までの経緯を簡単に伝える。
「異世界の者が集まる、異世界の島ということか?」
以外と理解が早い。
「そう考えてます。」
「そうか、まるでこの本の内容のようだ。」
そう言って、ヴァンパイヤ男は右手に持っている本を見る。
「我は人間が作った本を読むのが本当に好きで、それこそ寝る間も惜しんで、食事もとらず、ずっと読んでいられる。」
「なんで、本を持っているんですか?」
「逃げながら読もうと思って持ってきたのだ。まさか取りに戻っている間に配下が殺され、我まで殺されるとは思ってもみなかったが。クククククッ。」
あ、笑い方は悪役っぽくてイイですね。
「本が好きなんですか?」
「あぁ。たまらなく好きだ。人間の卑屈な欲望や羨望や嫉妬や色欲が、このような甘美で突拍子もない内容に生まれ変わるのとは、本当に人間の想像力に心から敬愛している。」
黄金の眼がキラキラしている。本当に本が好きなんだろう。人間に対するイメージはちょっと崩れているけど。
「これからどうされますか?」
「我は・・・その・・・1人で生きていく自信がない。生まれたときから両親や配下に守られ、自分の身の回りのことすらも半人前・・・それ以下だと思う。人間、我も一緒に養ってくれないだろうか。」
養ってって・・・。ペットじゃないんだから。
「もちろん、生活するために一緒に働いてもらいます。それでも良ければ、一緒に住みませんか?」
「クククククッ。なんだか人間世界の求婚のようだ。」
「いや、俺、そんな意味では!」
「わかっている、人間。ディディエン・ヴァンパイヤ・ジョエリックアンセーヌ、改めてよろしく頼む。」
「名前、長いので出来れば愛称とかあると・・・ありがたいんですけど。」
「そうだな人間。ディディとでも呼んでもらえるか。両親は子供の頃、我をそう呼んで慈しんでくれた。」
「あと、『人間』って呼ぶのも出来れば辞めていただけると。俺の名は『タケル』って言います。」
「そうか、タケル。これからよろしくお願いする。」
ディディは男の俺が見ても惚れ惚れするような所作で俺に礼を告げた。格好いいな、おい。
「あとで、他の人も紹介しますね。あと、その服も顔も血だらけなんで洗った方が良いですよ。いっそ洋服を脱いで洗って乾かした方が良いです。俺達、魚を捕って帰らないといけないんでもう少し時間かかるから・・・。あ、焚き火作るから、暖まってて下さい。」
「それには及ばない。落ちぶれたといえ我はヴァンパイヤ。異性の前で肌は易々と晒せない。」
「え?なんて言いました?」
「我はヴァンパイヤ。」
「いや、その後。」
「異性の前で肌は晒せない。」
・・・・・女子だったか。失礼しました。声、低いっすね。
「そ・・・そうですよね、ちょっと待ってて下さいね!さっきのあの槍を持ってた筋肉ダルマみたいな人、あ、レビルって言うんですけど!そいつが魚とってきたらすぐ魚を捌きますから。」
誤魔化せただろうか。
「わかった。ここでタケル達の作務が終わるまで待つから、そんなに慌てなくてもかまわない。」
誤魔化せた!誤魔化せたはずだ!
ノルマをこなし、拠点へ帰る。もちろん、顔の血は海で洗い流してもらった。
そしてみんな集合し、ディディを紹介した。
「我はディディエン・ヴァンパイヤ・ジョエリックアンセーヌ。正統なヴァンパイヤ本家、父ジョエリック、母アンセーヌの間に生まれた正真正銘のヴァンパイヤ。ディディと呼んで頂きたい。」
「タケルは勘違いしていたようだが、性別は女。よろしくお願いする。」
ばれてた。誤魔化しきれていなかったようだ。
女性達から『酷い』だの『サイテー』だの『信じられない』、『男の風上にも置けぬな』と一番勘違いしそうな男からも散々に言われ、凹む。大いに凹む。
そんな俺達を見て、ディディはクククククッっと笑う。
一瞬、時が凍ったが、流石皆様は大人だ。さらっと流す。シャインのみフリーズ。そうだよな、怖いよな。
そんなディディは、2054歳(本人申告)。今まで炊事洗濯家事育児、なにもしたことがないそうだ。最低限、自分のことは出来るそうだが・・・。趣味は読書で、集中すると一ヶ月間くらいは飲まず食わず無睡眠で読みふけってしまうとのこと。ここに本が無いことを世界の終わりのように落胆していた。右でに持っていた本も血まみれで、全く読めなくなってしまっていた。
あと、ヴァンパイヤだからといって世間一般に言われている能力は無かった。太陽・十字架・流水は全く問題ない。コウモリに変身はできない。銀の玉や杭・炎に弱いか聞くと、『人間は平気なのか?』と逆に問われた。そうだよな、ヴァンパイヤじゃなくても心臓に杭打たれたら死ぬわ。
じゃぁ、ヴァンパイヤって何だよって。って聞いたら『長命の血統』とのこと。それ以外の特別な身体能力はまるっきり無いそうだ。
食料に関してだが、『始祖は血を糧にしてたが、代々進むにつれ食糧供給が難しくなり、植物摂取からエネルギーに変えることが出来る内臓へと進化した。』だ、そうだ。それに燃費が良いらしく、少しの食料でも数ヶ月は持つそうだ。まったく羨ましい内臓だよ。
そして肝心のディディが出来る仕事・・・。これがまた何も出来ないんだよ。
ルルとシャインと一緒に行ってもらったら、すぐ疲労困憊。草を抜いたら擦過傷。ナイフを持たせたら裂傷。竹クラフトで皮膚剥離。薪運びで皮下出血。鍋をかき回したら熱傷。
ほんと、どうしたものか。俺の救急セットが大活躍。このままだと骨折しかねない。
「こんなにも何も出来ないとは我も思わなかった。」
夕食後、絆創膏だらけの手を見つめディディが呟く。まぁ、向き不向きがあるから。
「気にすることないぞ、ディディ。これから出来るようになることが増えると思えば、楽しいではないか。拙者も協力させていただくぞ。」
「しかし、これでは本当に養われているだけになってしまう。」
「いいのよ、タケルだって『俺、何でも出来るよ?』って顔してるけど、いまだに獣を捌けないヘタレなんだから。やってみてだめなら、違うことに挑戦してみりゃいいじゃない。」
ルル、良いこと言った。少し腹が立つけど、我慢してやる。
「皆様ありがとう。諦めずになんでも実施してみようと思う。」
「僕も協力するよ!ディディって鈍くさいけど、一緒にまたやってみよーね!」
ディディの笑い声に慣れたシャイン。相手は2000年近く年上の女性だよ?しかもヴァンパイヤだよ。この子はホントに遠慮って言葉を知らない。
それから数日、ディディは様々なことに挑戦した。しかし、悉く失敗に終わるか怪我をする。
この場所に来て俺が看護師として大活躍するのはこれが初めてだ。ルルなんかは『本当に治療が出来るのね。初めて会った日以外で、見たの初めてよ』ですって。そりゃ怪我しないメンバーがこれだけそろってりゃ、俺のスキルは出せませんよ。ディディのお陰で、俺はみんなから若干見直してもらったのは良かった。
更に数日。ハナ歴2月に入ると温帯気候のこの場所も寒い。ルル作の麻の服と獣の上着を着たディディは、まだ何も出来ずに悶々としていた。あのタキシード姿の時よりは、女性に見える・・・かな。圧倒的に胸が残念なんだよ。言えないけど。絶対に口が滑っても言えないけど。
「そんなに悩まなくても良いんじゃないかな。」
「だが、どうにか役に立ちたいのだ。」
・・・沈黙。
本当に何も出来ないので、どう声をかけて良いのかわからないのだ。
「ディディは、今何がしたいの?」
ハナがディディに聞く。
「・・・本を読みたい。」
「でも、本は無いわよね。本どころか、紙すらもないわ。」
俺のメモ帳はなかったことにして、ハナが話してるって事は何か意味があるはずだ。俺は黙ってハナの話を聞く。
「なら、紙を作ってみない?」
「・・・紙を?」
「そう。今、私とルルは木板に墨で書いて在庫表を管理している。だけど、これが紙ならもっと管理がやりやすくなるわ。」
「作り方はわかるんだけど、紙を作る時間まで割けなくて今まで木に書いていたけど、ディディが紙を専属で作ってくれたら凄く嬉しいの。」
「紙ってそんな簡単に作れるのか?」
「簡単ではないわ。色々工程があって手間暇がかかる。やり方は私が伝える。必要な者はタケルやレビルに作ってもらわなくちゃいけないけど。」
今までに無いくらいディディが話に食いついている。興味がある証拠だ。
「紙があれば、ディディの大好きな本を自分で作れるんじゃない?」
ディディの顔がパァッと明るくなる。その顔見て、初めて『あ、やっぱりディディは女か』と思ってしまった。申し訳ないディディ。
「それに墨の作り方は覚えてるでしょ?」
「覚えている。確か煤と膠を混ぜて作る。」
「そう。その仕事も任せたいの。」
「我で出来るだろうか。」
「出来るわ。ディディなら大丈夫。ねぇ、タケル、任せていいかしら。」
俺は頷く。
「やってみる。我に出来る事、何でもやってみる。」
顔が今までにないくらいイキイキしていた。よかった。
夜、ハナに聞いた。なんでそんな仕事をディディに頼んだんだと。
「自分の好きなことは頑張るのよ。どんな下手でもどんなに面倒でも、好きなことは頑張れるのよ。」
さすがハナ。ヲタクの心理をそのデータバンクでよく心得ていらっしゃる。
更に数日後、
ディディは和紙を完成させた。
「我にも1人で、1人で作り生み出せる事が出来た!見てくれ!」
少し涙目で、俺に初めての和紙を手渡してきた。
良かったな、ディディ。
ヴァンパイヤってなんでしょうか




