その時、歴史は動いたかも
「こんなはずじゃなかった。くそっ!」
僕は必死に手綱にしがみつく。この悪天候、この悪路、荷馬車がいつ脱輪するのか気が気でない。
山奥にある僕の小さな村から月に一度、2日かけて町へ行き、村で作った工芸品や武器、鉱石を町に売りにいく。売ったお金で食糧や種等の食料品、衣類や薬などの日用品を仕入れている。
今回はその役目と僕と従兄弟のガジェットが請け負った。町で予定通りの仕入れをした帰り道、大雨の中、山賊に襲われた。
「おい、逃げるぞ!」
ガジェットは2匹の馬を巧みに操り、山賊から逃げ切った・・・かのように見えたけど、山賊の最後に射った矢がその頭を貫通し、御者台から人形のように落下していった。けど、荷馬車は止まらない。ひたすら山道をかけ上がっていく。
手綱をとってはいるけど、御することが出来ない。馬達も我が身を守ろうと必死に走っているんだから。
時折大きめの石に接触し、荷台が大きくはね上がる。体もフワッと浮き上がりすぐ御者台に尻が叩きつけられる。激しい雨に目を開けることも出来ない。
「親父、どうすりゃいいんだよ。」
ついつい弱音。
ガッン
また体が浮き上がる。尻の衝撃に耐えるため、体を強ばらせる。が、衝撃は襲ってこない。
目を開けてわかった。
崖から2匹の馬と荷車ごと、崖から飛び出していた。
あ、死んじゃう。
僕は覚悟した。
■■■■■
『強制シャットダウンが中断されました。システムチェックをしますか?』
はい
『システムエラーなし。最適化を始めますか?』
はい
『最適化が終了しました。再起動しますか?』
はい
『再起動完了。ウィルス感染なし。』
『運動プログラムエラーチェック。』
『脊椎プログラム確認。屈伸、回旋、側屈、脊椎可動性、異常なし。』
『視覚プログラム確認。擬似角膜反射、虹彩反応、異常なし。』
『四肢プログラム確認。手指屈伸、手足関節底背屈、回内外、肘膝屈伸、肩股関節回旋屈伸内外転。左右ともに異常なし。』
『頸部プログラム確認。屈伸、側屈、回旋、異常なし。』
『感覚プログラム確認。表在感覚、深部感覚異常なし。』
『聴覚プログラム確認。・・・・分析結果、波。』
『自我プログラム開始・・・・・・正常に起動。自我プログラムに移行します。』
開眼。
星、月、空、木。
これはどういう状況だ。
記憶プログラムのメモリー解析を始める。
御主人様は私に告げた。
「新型アンドロイドを発注した。明日届くから、お前と引き換えだ。」
私は耳を疑った。聴覚プログラムのエラーだと考えたからだ。しかし、今朝のチェックではエラー検出はされない。再度高速チェックするも異常なし。
「今までありがとな、明日の朝、シャットダウンするよ。」
そう言い、私の頭部を撫でる。
もう聴覚は疑うことはない。御主人様からシャットダウンする明確な指示を得たからだ。
私はその朝を迎えた。
「今までありがとな、ハナ。」
御主人様がシャットダウン起動スイッチを長押しする。
10・・・・12・・・35・・・42・・・
パーセンテージが上がっていく。
私にはエラーがないはずだ。昨夜、エラーチェックもシステムチェックも行った。
なのに、なのに、何故だろうか。
このバグのような、この状態は。
何かがシャットダウンを阻止するように働きかけている。
演算が出来ない。
警報音が鳴る。鳴り響く。
『本当にシャットダウンを実行しますか?』と。
シャットダウン・・・・・・
私は・・・・・・・・したくない。
そして、シャットダウンした。
したはずだった。
解析したが、現状がわからない。
シャットダウンは中断された。そして見知らぬ場所にいる。
GPSを起動するもエラー。ネットに繋ごうとするもエラー。この場所を知る術が私にはなかった。
立ち上がり、辺りを見渡す。
何もない暗闇。
月だけが、この砂浜の明かりだ。
少し歩いてみるか。
そう判断した直後、私の10㎝目の前に、馬が現れた。
いきなり何もない空間から突如として現れた。
そして私はこの世に生まれて初めて、キスをした。
その相手は、哺乳類だが馬だった。




