風の魔王の悩み
拙者は泣いていた。気がつくと目から涙が溢れていたのだ。
その原因はこのDVD、若い部下が拙者に貸してくれたのだ。
「魔王様は他の魔王様と違い、あまりに娯楽に興味を持たれません故、余計なことかと思いましたが、お持ち致しました。以前、日本という国の『お笑い』に興味があると仰っていられましたので。」
そういって部下が差し出して来たDVD。
『お笑い』というのに興味があるわけではない。確か、あの時は水の魔王が『笑いをとれたら座布団が増えていくものだ。』みたいなことを言ったので、ただ『それは興味深いな』ぐらいのものであった。
拙者を心配し、貸してくれた部下の心を無下にしたくはない。見ないで返すわけにいかないから、一応再生をした。しかし、座布団など出てくることはなく、そして面白くも感じず、ただ画面を眺めていた。
しかし、上半身裸の男二人のやり取りを聞いた瞬間、拙者は雷をその身で受けたような衝撃を感じてしまったのだ。
『毎日毎日、同じことの繰り返しで、生きてる気がしないんだよ!』
拙者の心に響いた。
何であろうこの感情は。彼の叫びが拙者の何かを揺すぶるのだ。
その時だ。拙者の目から涙が溢れてしまっていたのは。
これ程までに生について深く考えたことがあっただろうか。
拙者は生きていると感じた事が本当の意味であっただろうか。
生を受けた時から風の魔王という職であった。この職につき長い年月が経つ。そこに迷いや躊躇いなどなく、今まで職務を果たしてきた。
しかし、この画面のなかの男達の問いに、拙者は答えを見出だすことができない。
『生きてるってなんだろ、生きてるってなあに』
拙者にはわからない。そんな風に考えたことが1度もない。
わからないが、何故か揺さぶられる。
翌日、部下にDVDを返す。
「魔王様、少しはご気分が晴れましたか?」
「うむ、大変考えさせられる内容であった。」
「そうですか。喜んで頂けたのなら何よりです。」
サッと、マントを広げ、踵を返し職場の自室へと戻る。
『生きているってなんだろ』と、彼の発言が頭を離れず、一睡も出来ずにいたのだ。
考えすぎなのであろうか。いや、あのDVDに出演していた男性二人は、どこぞの高尚な学者なのかもしれぬ。
自室に戻り、椅子に腰かける。
机の上には目を通さねばならぬ報告書が山のようにつまれているが、手をつけることが出来ずにいた。
少し頭を冷やしたほうが良いやもしれぬ。
そう思い、自室からデッキへと移動する。
土地の体表温度を調整するのが拙者の職務である。本来は天空にて数値を見ながら各魔王達と連絡を取り合いつつ、部下達のたてた業務計画に認印をおすのが拙者の本来の役割である。
しかし、今年は様々な世界で記録的な地表温度となり、部下達の手が足りず、こうして自らこの暴風雨を操る船、通称『嵐艦』に乗り、現場にて進路の指揮を取っている次第であった。
デッキから、地表を見下ろすと、いつもと変わらぬ景色が見える。激しく風が吹き、大量の雨が地を濡らす。こうして地表温度を下げることで、地表の生き物は生命を維持する事ができるのだ。
デッキで佇む拙者の元に、部下が現れた。
「失礼致します魔王様。化学部隊より連絡が入りました。地表温度は標準値に戻ったとのことです。」
「そうか、では皆に伝えよ。これから帰還行動を開始する。」
「はっ、これより帰還行動を開始致します。」
そう言い、部下は室内にへ戻って行った。
拙者も戻らねばならない。
グオオオオオオオオオオン
突然、嵐艦が大きく右に傾く。
その反動で次の瞬間には左に振り子のように傾いた。
「接触か!」
ごく稀に嵐艦の規模が大きいと、ぶつかる事がある。そのくらいで艦が破損することはない。
ないのだが、外に出ていれば振り落とされるのだ。拙者はデッキから上空へと体を投げ出されていた。
「魔王さまぁぁぁぁ・・・・」
遠くで拙者を呼ぶ声がするが、すぐに聞こえなくなる。
嵐艦から落ちてしまえば、重力により地表に向かって物凄い加速度で落下していく。
こうなってしまうと、燃え尽きるか、地表に激突し木っ端微塵になるかだ。
「結局、生きてるとはなんぞやというのは問いに答えられぬまま、死ぬのだな。」
拙者は目を閉じる。
痛みは一瞬であろう。
覚悟を決める。
・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。
地表は思ったよりも遠いのだな、中々つかぬではないか。
・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。
まだか!これでも拙者は緊張しておるのだ!
・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。
もうよい!
どうせ命を落とすなる死ぬまでの景色も楽しむとしようか。拙者は目を開ける。
・・・・・・・・・・・。
既に地表であった。
落下の衝撃もなく、いつの間にか地表に己の体が横たわっていた。辺りは凄まじい風と雨。地表から嵐船を見上げるとこのようになっておるのだなと感心してしまった。
荒ぶる海の側にいては危険である。内陸の方に足を進める。空はやや明るいことから明け方か夕暮れであろう。
何か雨風をしのげるは場所はないものか。風が唸るたびに、体が風にとられ、歩みを止める。風が弱まる時を待ち、少しずつ前に進む。
遠くで光が見えた。
民家があるやもしれぬ。その場所を目指し、ゆっくりと歩む。
途中、川が拙者の行く手を阻んだ。この川を渡らぬ限り、反対岸には行けそうもない。
助走をつけ、飛び上がる。が、2mほど届かず川に落下する。流されながらも泳いで岸につく。泳ぎは得意ののだ。
そして光を目指し、歩く。この岩山の上のようだ。
助走をつけ、岩山手前で下肢に力を入れて垂直に飛ぶ。
岩山の上につくと、簡素な竹で出来た小屋があった。
「家主の方はおられるか?」
声をかけるが、風で声がかき消されてしまう。しかし、大声を出しても驚かせてしまうやもしれぬ。
入れる場所を探し中に入る。人影が2つ、男と女のようだ。
男の方と拙者の目が合う。固まる男の顔。そうであろうな。まずは何かなごむような話をしなければなるまい。
「あの、少し休ませてはくれませぬか?」
更に男の顔は凍りつく。拙者の言葉の選択が間違っておったのか?よもや、通じていないのかもしれぬ。
「すみませんが、どちら様ですか?」
言葉は通じているようだ。しかし、警戒されていることには変わらぬ。ここは波風をたてぬよう、自己紹介をした方がよいのだろう。
「驚かせてしまいかたじけない。」
まずは謝罪。そして拙者の身分を正直に明かす。
何故なのだ、より警戒されてしまったようだ。
男は、一呼吸した後、
「嵐のなか、道に迷われたのですね。こちらに入って休まれて下さい。体もずいぶん濡れているようですし、焚き火の前で暖をとって下さい。」
男の方は肝が座っている。女は動く気配がない。まだ拙者の事を警戒している気配が十二分に伝わってくる。そして、これは狼の子供らか。こちらはあからさまに警戒行動を呈している。
「ありがたい心使い、痛み入ります。」
拙者はマントを外し、上着を脱ぐ。
「どうぞ。体が暖まると思いますよ。」
竹筒を受け取り、飲み干す。味はしないが温かいだけで、心休まる。
「その、先ほど自己紹介された『風の魔王』というのは・・・。あ、いえ、俺が無知なもので、教えて頂ければと思いまして。ダメならいいんですよ!ダメならなら!」
拙者は、拙者の職務内容を説明する。
風の魔王というのは、役職の名前であること。
職務内容は地表の温度調整をすること。
職務遂行中に落下したこと。
気がついたら地表にいて、光を目指して歩いてきたこと。
途中、
「え?川をジャンプして飛び越えたんですか?」
「あの崖をジャンプで登って来たんですか?」
などと男と女、いやタケル殿もルル殿も驚いていた。拙者にとって特段困難なことではないのだが。
「いや、お話下さってありがとうございます。この後、どうされる予定ですか?」
先程よりも二人の警戒は大分薄くなったようであった。
「拙者もどうして良いのかわからぬ。」
「そうですよね。俺達もどうして良いかわからず、こうしてただ生きる為に生きているのですから。」
「生きる為にか。」
あの上半身裸体の男達の言葉を思い浮かぶ。
『生きてるってなんだろ。生きてるってなあに。』
ここにいれば拙者に、その答えがわかるのであろうか。
「ご迷惑がかかるのは百も承知しておる。常識も生活する知識も劣るやもしれぬ。お二人の足枷になるやもしれぬ。しかし、願わくば拙者、暫くここに共に居を構えさせては頂けないであろうか。」
頭を深々と下げる。
「あ、魔王様!顔を挙げてください。俺達はこうして何かの縁で出会ったんです。一緒に、生きていきましょう。」
有難い言葉であった。
拙者、年甲斐もなく人様の前で涙を流してしまった。
「ちょっ、泣かないで下さいよ魔王様。はい、これで涙を拭いてくだいな。」
ルル殿が汚い雑巾のようなものを差し出してきた。一瞬躊躇したが、好意を無下には出来ぬ。借りた雑巾で涙を拭う。
「あの、魔王様。不躾なお願いかも知れませんが、これから一緒に生活していくので、初めてに伝えておきたい事があります。」
「拙者にできることなら何でもいたそう。」
「無理はしないこと、疲れたら休むこと、情報交換を密にすること、ご飯は一緒に食べること、よく寝ること。」
「相、わかった。タケル殿。」
「他人との共同生活になるので、お互い気を使うと思います。けど、気を使いすぎると滅入ってしまいましので、気も適度に抜いて魔王様らしく生活していただければと思っています。」
「拙者、らしく、か。」
この世に生まれてこのかたずっと風の魔王だったが、拙者らしさを求められたのは初めてであるな。
「承知した。不慣れな所も多いかと思うが、タケル殿、ルル殿、どうぞ宜しくお頼み申す。」
深く、頭を下げる。
「魔王様、手を出して下さいよ。」
タケル殿に言われた通り、手を差し出す。
そこにタケル殿とルル殿の手が添えられる。
「こちらこそ宜しくお願いします。」
「宜しくね、魔王様。」
二人の体温で、手が暖かい。
拙者、これからタケル殿とルル殿と一緒に、生きている意味を探してみようと思う。
わかる人にはわかるけど、わからない人にはわからないコントネタを出してしまい、申し訳ありません。
頭の中でそう浮かんで魔王様が動いてしまったので取り返しがつきませんでした。




