わたしのグレッグ
『アイラ…俺の…恋…人…に』
わたしはグレッグと別荘に残り、しばらくこの近辺の村を見に探索しようと思っていた。グレッグにわたしをエスコートしてくれるようお願いしよう。
「グレッグ…グレッグ…?」
わたしはフラっとした足取りで、いつもモルガン邸との移動に使う転送陣の前に来ていた。
「グレッグは、前にここへ転送してきた時、わたしを白いデイジーと言っていたわ。わたし、あの時何故そんな形容をしたのか、分からなかった。でも、わたしたちの出会いで、わたしがあなたに白いデイジーを渡していたのよね?…」
…わたしは気づくと、調理場にいた。
「グレッグは、調理場で凄い包丁さばきを見せていたわ。最初大根を料亭の板前さんみたいにかぶらむきした時は、何者?と思ったもの。でもあなたにやってもらうと皆で料理をしなくなると思って、なるべく遠慮してもらっていたのよ?」
あれ、グレッグ?どこにいるの?
「グレッグは…?」
[ジュゼッペ視点]
私は以前アイラお嬢様にグレッグは少しあざといと話した事がある。彼は甘えたがりで、先代と会う時は良く可愛い子どものフリをしていた。私の意見はそんな昔の彼だ。
久しぶりに会った彼はまだ、それほどやつれてはおらず、美しかった母の面影をそのままに二人の実子とアイラお嬢様と穏やかに過ごしていた。
ハリソン坊っちゃまとロナルド坊っちゃまは旦那様が彼に早くから引き合わせていたらしく、すでにもう一人の父として認識していたようだ。グレッグの動かない姿を見て『パパが起きない』と泣いていた。
しかしあのアイラお嬢様が、正直あそこまでグレッグを慕うとは思っていなかった。グレッグは美しい男だが、近づきにくい雰囲気を持っていたからだ。だがそんな彼がアイラお嬢様によって、変わっていったのは私でも分かった。ゴボウの収穫が上手いと、アイラお嬢様はグレッグを師匠と呼ぶようになった。グレッグはそう呼ばれる度に何で?という顔をしていたが、お嬢様は御構いなしに呼んでいた。
調理場でグレッグがお嬢様の前でニンジンをウサギの形に切って、得意げな顔をしていた時は心底驚いた。あんな表情が出来るとは思わなかった。
旦那様も二人の仲の良さは知っていたが、アイラお嬢様があそこまで、正気を失うとは思っていなかったようだ。
「旦那様、アイラお嬢様はグレッグの死を受け入れられないのではないでしょうか?」
旦那様は仕事を落ち着かせてから、この別荘へいらした。アイラお嬢様のご様子をただ切なそうにご覧になっておいでだった。
「そうかも知れないね。ここでは何かする時は大抵二人一緒だったようだし。グレッグはね、あの子を小さな頃から、見守ってくれていたのだよ。あの子に似合う花をいつもクリストファーを通して飾ってくれていた…」
旦那様はグレッグに目を掛けていた。彼を跡取りのいない男爵家の養子にする用意も整っていたのだが、旦那様があのアルマ・サリヴァンと婚姻を結ぶと男爵家から辞退の申し出があった。男爵は旦那様の人柄もグレッグの人物像も好ましく思っていたようだが、アルマ・サリヴァンの親戚になる事は酷く嫌がられた。
旦那様はこの事をグレッグには話してはいなかったので、彼はアルマ・サリヴァンがモルガン家に来た時から、自分の人生が狂わされていた事をまったく知らなかった。いや知っていたら自己防衛が出来ていたのかもしれない。
何とも居た堪れない気持ちだ。私はそれを振り切ろうと前から旦那様とやり取りしていた件を確認する事にした。
「旦那様、例のあの方とはご連絡は取られたのでしょうか?」
「ああ、ここに来たのは、アイラの事ももちろん心配だが、君にその事を話すためでもあったのだよ。彼の紹介してくれた者ならば、アイラを満たしてくれるはずだ。その者にはもう制限をつける必要はないからね」
「なっ!?…ただの人に!?大丈夫なのでしょうか?」
「全てが理想通りだ。しかし、今のアイラが彼をちゃんと認識できるかだが…」
「そ…れは…」
[アイラ視点]
グレッグはどこに行ったのかしら?ハリソンとロナルドと遊んだ後は、わたしのところに必ず来てくれたのに…まさか…わたしに何も言わず、母の元に行ってしまったの?
わたしはグレッグのいない世界ではわたしではいられない。だってわたしはあなたのアイラで、あなたは…
「わたしのグレッグ…なのよ?」
また朝がきた。グレッグを探さなければ、そうだ!前にグレッグに頼まれて、野菜を固定する竹を取りに行った小屋の中に転送陣があったのを思い出したわ。あそこから外に出てグレッグを探しましょう。身体を壊しているのに外に出たら、危ないわ。あら?グレッグは身体を壊していたかしら?ここにいた時は…そうね、ゴボウも上手に収穫出来るくらい元気だったわ。グレッグを探しましょう。
[ジュゼッペ視点]
「旦那様、大変です!!アイラお嬢様が姿を消しました!」
「ああ、今気配が無くなったのを感じたよ。魔法を使った可能性が高い。"あの力"を使う」
旦那様は安寧の神さまと繋がり、アイラお嬢様を探し始めた。
「ええ、あなたはずっとあの子と繋がっていなかったのですね。あの子は今正気ではない。あなたのあの力を本来の使い方とは大きく異なりますが…あ…りがとうございます…」
どうやら安寧の神さまは快く力を貸して下さるようだ。お優しい…魔族は安寧の神さまだけは尊敬していた。
旦那様は神力を使い始めた。
[アイラ視点]
わたしは見たこともない洞窟の中にいた。転送陣はその中に書かれていた。おそらく避難用にわたしのご先祖が作った魔法陣だろう。困ったわ。別荘は出たけれど、グレッグが向かった先がわからないのに、ここからどこへ行けば良いのかしら?グレッグはもうこの世にいないのだから、この洞窟から出ても意味はないのだわ…………………………………………………
ウソだ…グレッグはこの世にいるわ?何を言っているの?いるわ。いる。いるの
…………………………………………………よ?
[ジュゼッペ視点]
旦那様がアイラお嬢様を発見されたのは、私が菜園として使っている庭の近くにある小屋にあった転送陣と繋がっている洞窟だった。お嬢様は仰向けに倒れていた。旦那様は優しく上体を起こし、泣き腫らしたお嬢様の顔を悲しげな表情で撫でられた。グレッグの死に行き場のない思いを抱えてしまったお嬢様。なんと切ない事だろうか?魔族である私は本来こういった感情が薄かったはずだが、人間とふれあいを持ってから、悲しいという感情が芽生えていた。旦那様は瞳に決意を秘め、アイラお嬢様を抱き上げられた。
旦那様は早急の対応で理想のただ人を呼びつけられた。そして"彼"が別荘についたのは、秋も深まった頃だった。
[アイラ視点]
別荘に来て1年以上すぎ、スタンレイ山脈の景色は紅葉していた。初めて、この紅葉を見た時、グレッグに何でこんなに綺麗に色づくのかなと話すと、好きな相手を思うのと同じかもね?と訳が分からない回答をしていた。何か話すと恋愛関連に無理矢理結びつけようとするのよね。まあ、途中から慣れてきたので上手くあしらうようになっていたわ。
グレッグはまだ見つからない。母はミッチェル・フロントライの元にまだいるらしく、グレッグがそちらに行く事は絶対にないと父は言っていた。わたしはちょっと気分が良かったので久しぶりに外に出ていた。庭にある紅葉した木の下で少しうたた寝をしてみようかしら?
黒いモヤさん、ご無沙汰です!『何を言っている!?おまえは大丈夫なのか?もうカラカラだぞ?辛うじて、この木がおまえを支えてくれたから、持っているが、何とかしないと…んっ?何だ!?スゴイ奴がおまえに近づいてきた…こいつは何者だ?人…なのか?こいつなら、こいつなら!!アイラ、良かった!だが…な、グレッグ叔父さんはおまえがそんな状態でいる事を決して喜んではいない!叔父さんはおまえと最期に心が触れ合った…それだけで満足だったようだぞ。大切な叔父さんにだらしないところを見せるなよ?』黒いモヤさんは、グレッグと知り合いなの!?彼は今どこにいるの?教えて下さい!!お願いです。『おまえが自分で"納得"しなければ、無理だろう。スコットに言っていたよな?一人じゃないと。おまえもそうなんだ。おまえは"グレッグのアイラで"あると同時に、"みんなのアイラ"でもあるんだよ?』
暖かい…わたしは暖かく心地よい中で目を覚ました。
深い青の瞳がわたしを覗き込んでいる。とても綺麗で整ったパーツ。肌は透き通るように白い。短い髪は栗色で秋にぴったりね。でも…素敵な顔なのに表情が変わらない。わたしは訳の分からない状態なのに、少年の動かない両頬に両手を添えて、軽く掴んでむにーっと伸ばしてみた。
少年はようやく、目を見開いた。わたしは表情が変わった事が何故か嬉しくて自然と笑みが溢れた。あら?久しぶりに…わたし笑ったかしら?
少年はわたしの顔を見て、急に固まってしまった。
どうして?わたしの顔って、変!?




