わたしがあなたのアイラになる
ミッチェル・フロントライは、星が降ってきたように美しい銀髪をうなじで軽く縛り、明るめのアメジストの瞳も目元涼やかに、背もスラッと高く、彼の話題になると同年代の娘たちは皆色めき立っていたという。
母は彼を一目見たくて、彼が通う騎士の訓練場に入り浸っていた。彼もまたいつも応援にくる彼女の濡れるように美しいエメラルドの瞳と夜の帳のような濃い黒髪に劣情を感じていた。だが二人は結ばれる事はない。
何故なら、王家と四大公爵家は、王家及び別の四大公爵家間での婚姻を結んではいけないという盟約を交わしていたからだ。
王家の理由は不明だが、四大公爵の場合は魂宿神の魂混在を防ぐためだ。
魂宿神は一体を宿すのが、人の限界と言われている。もし公爵家当主の子ども同士が婚姻を結ぶと魂は明らかに混在する。
昔事例があり、子どもたちは全て短命だったとされる。また先先代当主の孫の場合も混在した例があったため、かなり血が薄くならないと婚姻は出来なかった。
母は先先代当主の息子であるサリヴァン伯爵の娘だった。
ミッチェル・フロントライは、母をすぐ諦めたが、母は彼に執着していた。幼い頃アイラの祖母を亡くした母は欲しくなったものへの執着が人より異常に強かったのかもしれない。
母は社交界にデビューする前日、フロントライ家に侵入し、ミッチェルと"心中"しようとした。不意打ちだったにも関わらずミッチェルは無傷、母は瀕死の状態に陥った。彼は無意識に武のフロントライ家が持つ力の一つを発動しさせてしまったのだ。母はすぐに医院に運ばれた。
ミッチェルはたかがモルガン系統の小娘に"力を発動させた"と一族から馬鹿にされるようになった。
ミッチェルには騎士団に入り、父のような立派な団長になるという夢があったが、周りの眼差しが羨望から嘲笑に変わった時、彼の本当は脆い心を打ち砕いてしまった。自暴自棄になった彼は、全ての者が自分を蔑んでいると思うようになり…人を殺めてしまった…
「わたしがジュゼッペさんから聞いたのは牢獄に入っている間にミッチェル・フロントライは廃嫡され、その後出所した時期が、母がロナルドを産んでしばらくしてからの事だったらしいと。母はまたあなたのところに行くつもりだったようですが…ミッチェル・フロントライの出所の報せを耳にして、そちらの方に飛びついてしまったようですね」
この国の出産技術は意外にレベルが高い。赤ん坊が産まれて3日もすれば、健康体ならすぐ動けるようになる。母は1週間もしない内にロナルドを置き去りにして、ミッチェルの元に行っていた。
「お嬢さ…いえ、アイラ…すみません…」
グレッグは震えながら、泣いていた。いいえ、すまないのは、グレッグの孤独につけ込んだ女詐欺師の方よ!
「アイラ…俺はあなたにもう一つ、隠している事があ…りま…す」
「うん、別荘に来た本来の理由よ…ね?」
「あ…あ」
「グレッグ師匠、水臭いわね?ゴボウを抜きあったり、ネギの栽培で長さを競った仲じゃないですか!さいごまで一緒にいますって!」
「ああ…ア…イラ…、あああああっ……………………」
泣き崩れる孤独だったグレッグの両頬にわたしはとびきり優しくキスをした。
「あなたのアイラで、いさせて…」
わたしはそれから、父を説得して再び別荘へ向かった。グレッグとハリソンとロナルドとジュゼッペさんと5人で暮らすために。
グレッグは前に別荘に来た時、父に自分が不治の病に罹り、あと1年持つかどうかと言われた事を明かした。父は子どもたちに実の父との思い出を残してやりたかった。
月日は1年を過ぎた。グレッグがもう大丈夫ではないか?と安心したのも束の間、本邸に戻ると大量の血を吐いてしまった。
怖くなった。外に出た育ての親に連絡する事も躊躇われた。
わたしがグレッグをパーティーに誘った時、本当はこのまま天に召されても良いと思うほど幸福だったそうだ。叶うなら、わたしとダンスをしてみたかったと言ってくれた。
別荘に再び転送した日、グレッグがこの前わたしとダンスをしてみたかったとこぼしていたので、それならばと別荘の広間でダンスをする事になった。ジュゼッペさんのアコーディオンっぽい楽器での演奏をバックに、ハリソンとロナルドもわたしたちを真似をして踊っていた。
「アイラ、あなたはなんてダンスが上手なんでしょうね」
「グレッグも上手よ?」
「ねぇ、アイラ…あなたは俺を"呼び捨て"にするようになりましたね?」
「あら?だって…あなたもわたしをお嬢様ではなく、"アイラ"と呼ぶようになったし、わたしももう"あなたのアイラ"になったのですもの。敬称はいらないかなって?」
「可愛い事を言いますね。姪でなければ…」
「わたしは姪で良かったと思うわ」
「何故?」
「グレッグが孤独ではないと分かる存在なのですもの。血の繋がった姪よ。そして、そこであなたの真似をして喜んでいるのは、あなたの血を分けた息子たち。ほら、ここには三人もあなたを孤独にしない存在がいるわ。素敵ね?」
「やはりあなたは"俺のアイラ"です。ありがとう…」
グレッグはふんわりと微笑み、わたしの右頬にサッとキスをした。わたしもそっと彼の頬にキスを返した。
グレッグが別荘の一室に入って3日目に大量の血を吐いた。
昔わたしがメイプルだったクリストファーにしてもらったように、わたしはベッドの横に座り、彼の背中を摩った。
「グレッグ、大丈夫。あなたはまだわたしたちといるわ?」
わたしは彼の意識がある限り、存在が分かるよう伸びた髭を撫でて整えたり、瞼にキスをしたりした。その度に気持ち良さそうにするグレッグに、まだ大丈夫と話しかけていた。
別荘に来て5日目、父が二人の子どものためにメイドと使用人を、グレッグのためにコナー先生を連れて来てくれた。
コナー先生はグレッグの病状を診ると首を横に振った。
「もう彼は…覚悟しておいて…ください」
わたしはグレッグの側で少しうたた寝をしていた。また夢で黒いモヤが纏わりつく。『この前のパーティーで大量に取り込んでおいて正解だったな。グレッグ叔父さんのを取り込まなくても大丈夫だ。叔父さんはもう孤独では逝かない。安心して見送ってあげなさい。わたしのアイラ』
あなたはだーれ?
声が温もりが欲しくて
いまここに欠けている
あなたの優しい言葉と腕
満たしたい
ただそれだけが願いだったのに
会いたかった
いまそれだけが願いだったのに
ここにあなたを満たしたい…
熱を慟哭を抑えたくて
いまここで消えて行く
わたしの強い感情と思慕
感じたい
声温もりをこの腕の中に
触れたい
肌優しさを与えるあなたを
ここであなたを愛したい…
微笑むあなたを思い出して
いまここで探している
ふたりの平凡で穏やかな日々
会いたい
ただそれだけが願いだったのに
抱きたい
いま幻のあなたの温もり
ここでわたしが愛したい…
『それは何という歌ですか?』
ネギの長さを競っていた時、わたしは前世で大好きだった歌を思わず、口ずさんでいた。
グレッグは『何だか切ない歌ですね…』と呟いていた。
『この歌はね、会えない人を想う歌なんですよ』と答えたら、グレッグは『お嬢様もいつか…俺を想って…歌ってくれますか?』と悲しい表情で願っていた。
わたしがうたた寝から覚めた時、グレッグは少し目を開いてわたしをジッと見つめていた。彼は掠れた声でこう言った。
「たとえ…叔父でも…俺は…アイラの…恋…人に…な…り…た…い」
「グレッグ…姪は…恋…あっ!?」
どこにこんな力が残っていたのか、グレッグはわたしの二の腕を掴み、強引に横たわった自分にわたしを引き寄せ、唇を奪った。わたしが思わず口を少し開く…とグレッグは…そして………
姉宮松雲の【ふたり】という歌は、離ればなれになった姉を想って作った曲だと聞いた事がある。本当ならば…どこか結ばれてはいけない相手への思いも見え隠れする歌詞だと思った。
そう…まるでグレッグのわたしへの思いのように…………




