父の悲劇と変わっていくわたし
さらに月日は流れ、弟が二人産まれた!
初産で双子だったのでかなり大変だったらしいけれど、無事に産まれてきてくれた。
父はコナー先生(医師は言いにくいので、この頃は先生と呼んでいた)と乳母二人と産まれて3週間経った弟たちを別荘に転送させてきた。
「こちらの左の目元にホクロがあるのがセドリック。右の口元にホクロがあるのがドミニクだ」
双子はそれぞれの担当の乳母に優しく抱かれ、用意した部屋に入っていった。わたしは久しぶりに会ったコナー先生に淑女の礼をとった。
「コナー先生、ご無沙汰しておりました。アイラです」
今日はコナー先生が来ると聞き、淡いピンク色のシンプルなドレスにグレッグ師匠に染めてもらった布で縫った黄色いガーベラのブローチを左の襟元に留めていた。髪は淡いピンク色の細いレースをいつものように、顎辺りの高さで、左右に結んでいた。コナー先生はしばらくわたしを無言で見つめた後、父に小突かれ、目を覚ましたようにビクっと反応をした。
「お久しぶりだね。アイラ…ちゃん、と呼べないくらい立派な女性に成長したね?これは…ウィリアム、彼女は私から見ても"ルークスの一花"と呼ばれるに相応しい容姿と佇まいだ。社交界が久方ぶりに活気付くのではないかな?」
「アイラは社交界には、"デビューさせない"」
えっ?わたしは驚いた。もちろんコナー先生も。
「おいおい。ウィリアム。いくら可愛い娘だからって、上位貴族の娘が社交界にデビューしないなど、あの例外以外は有り得ないぞ。まぁ…デビューまでまだある。それまでに私がウィリアムを説得するよ。アイラちゃん安心してね?」
コナー先生は本当に優しい。また5年もの間、わたしのリハビリに付き添ってくれた。家族以外で心が許せる人物の一人でもある。彼が今回きたのは、双子の弟たちの事だけではなく、わたしや他の小さな弟たちの健康状態もチェックしにきてくれたのだそうだ。
因みにスコットは予定通り、今年王立学園に入学した。学園は必ず寮に入らなければならないが、上位貴族は使用人を一人連れていく事を許されていた。スコットはクリスについてきてもらおうか悩んだらしい。他の子たちとは違い、本当の父が近くにいるのは甘えなのではないかと思ったようだ。それを聞いて、わたしはスコットの大きな成長に目を細めた。でもわたしは敢えてクリス連れていく事を推奨した。
何故なら、サリヴァン伯爵であるお祖父様から、母に警戒するよう連絡があったのだ。母は素行の悪い友人たちと羽目を外して遊びまわり、父からもらった手切れ金も底をついたのか、お祖父様の元にきてお金をせびり出したとの事。
母はこの調子だと一番近づき易くなったスコットの元に向かう可能性がある。わたしはその事をスコットには隠さず、打ち明ける事にした。スコットは母が万が一来た時、クリスに渡した転送出来る魔箱にメッセージを入れて送受信できるようにした。
この家族の絆とも言えるやり取りは後に功を奏す事になる。
実は今回…双子が別荘に来た事も、父の正室だったジャネット・グワトキンが起こした騒動から、子どもたちを守る為の…父の素早い行動だった。
彼女は双子たちを産んですぐ契約通り、父と離縁した。彼女はサインした離縁状をわたしの部屋の机上に置いたままいなくなっていた。その時わたしの部屋の中は私物が一切なくなっていた。父はわたしに謝った。
それから1週間後、ジャネットはモルガン邸の門前に現れた。彼女は城に戻ろうとしたが、与えられたポジションは彼女の満足する地位ではなかった。腹を立てた彼女は父に元のポジションに戻れるよう命令する為、直接モルガン邸へ出向いたようだ。でも父は彼女が前の地位ならともかく、今は城勤もしていないので簡単に会える人物ではなかった。
彼女は門前で産んだ子どもたちがどうなるか覚えていろ!と散々喚き散らして、とりあえず居なくなったらしい。
父はこの事を相当危惧し、別荘にまだ赤ん坊の子どもたちを避難させる事にした。
今の話とここからの話は、ジュゼッペさんが、わたしの父に対する態度が、再婚で冷たくなった事に心を痛め、父の二度目の婚姻について調べ、語ってくれた真実だ………
別荘暮らしを始めてから、父は仕事のトラブルという表向きの理由で、ルークスの王…陛下に緊急に呼ばれた。陛下の御前に拝謁した父は、陛下から城勤をしているグワトキン侯爵の三女を今すぐ娶れ…と命が下った。王命は絶対。父は特に何も言わず、宰相であるノーマン公爵の手引きで、グワトキン侯爵の三女に引き合わされた。
二人はお互いの意見を述べ、契約を交わした上で婚姻をした。
この唐突な婚姻はグワトキン侯爵令嬢が、ルークス王国の王太子殿下を無理矢理暴行した事が原因だった。王家は理由が理由のため、ジャネット・グワトキンを表立って裁けない。彼女の父であるグワトキン侯爵は、彼女と顔を合わせるのも拒否していた。王家はせめて彼女が王太子殿下の子を身篭ったかどうかを調べるために、この時独身となっていたモルガン公爵と契らせた。
結果は安寧の神さまが父の子どもたちを彼女が宿したと告げたので、陛下と王太子殿下は一安心をした。
王家は父に、ジャネット・グワトキンが出産後、彼女が王太子に再び近づかないよう、どうにかする事を父に命じていた。
「お父様…ああ…」
父は私に嫌いにならないで…と言っていた。
わたしは父の行動が"機械"のようで怖かった。貴族はそういうものだ。でも…こんな愚かな婚姻はするな…とも言ってくれた…。
父は愛のない婚姻ばかりさせられている。だから子どもたちの父に対する無償の愛は父に安寧をもたらしていたのではないか?スコットもハリソンもロナルドもどんなに本物のパパがいても、"父だけは特別な父"だ。そして…わたしは…わたしだって、父は今も昔も"大好きなお父様だわ!!
子どものわたしに真実とはいえ、話しにくい事を語ってくれたジュゼッペさんに感謝を述べたわたしは、父の元にすぐ向かった。父は書斎にいた。
「どうした…のかな?アイラ。そんなに涙を…流して。可愛い顔がグシャグシャじゃないか…」
「お父様、わたしはお父様が大好きです。嫌ってないです。あの話を聞いた時、お父様が怖くなったのは事実ですが、お父様を嫌いにはなっていない。逃げようとしたわたしを許して…お父様。お父様、大好き………う、あああっ!!」
わたしは感情をコントロール出来なくなった。泣きながら立ち尽くすわたしに、父は複雑な表情を浮かべた。
「アイラ…知ってしまったのだね、私は権力に抗えない小さな男だ。君の母に関しては、君に似ていたから、何をしても許せたが、今回の婚姻はさすがの私も心がすり減ってしまった。アイラ…抱きしめても良いかい?」
わたしはコクリと頷き、ゆっくりと近づいてきた父の腕に抱れた。父は、ほっ…と安堵のため息を吐く。わたしは久しぶりに聞いた父の鼓動に安らぎを覚えた。父は小さくなどない。こんなに大きな腕でわたしを包み込んでくれるのだから。
「アイラ、ここだけの話だ。社交界へのデビューは了承出来ない。今の王家は乱れている。四大公爵たちも私だけでなく、宰相であるノーマン公爵の美しい妹は、公にされていないが王の愛人にされ、日陰の生活をさせられている。君もその美しさでどんな扱いをされるか分かったものではない。今回の事でも王家の我々への扱いが分かったよね?君には君の意志で生きて欲しいんだ。よく考えておいてね?」
父はそう言ってからも、しばらくわたしを抱きしめていた。
わたしはふわりと眠っていたベッドから起き上がり、寝間着の上にカーディガンのような上着を着て、別荘の外にある転送陣がある小さな小屋に到着した。アイラがグレッグ叔父さんに言われて、野菜を固定する竹があるこの小屋に入った時、床に薄っすらと転送陣が書かれている事に彼女は気づいた。
わたしは迷っている。彼女はクリス叔父さんも言っていたが、そこにいるだけで周りをそして、わたしまで、和ませてくれる。わたしが活性化してきたと言う事は、彼女の成長期と共に、途轍もない危機が迫ってきていて、わたしの本能までも目覚めてしまったのかもしれない。
ジュゼッペは、わたしにした事を悔いて、この別荘で隠居をしてしまった。アイラの父ウィリアムは、後悔はしていないが、ジュゼッペが別荘で好きなようにする事を了承し、たまに二人でわたしのいなくなったあの"摩天楼"の方向を向いて祈っていた。
わたしは迷っているが、奴らは待ってはくれないようだ。
「どうやら…"招かれざる客たち“が来たようだね」
アイラは、そう呟くと転送陣に入り、姿を消した。
今朝の目覚めは最高だった。父と和解でき、今日は一緒に朝食を作る予定だ。
調理場に着くと、父とジュゼッペさんがすでにいた。わたしはそこで思いがけぬ話を聴いてしまう。
「旦那様。あのジャネット・グワトキンが…昨夜、ここより少し離れた森で遺体となって発見されたそうです。彼女は一緒に遺体となっていた同行者…ならず者を数人引き連れていて、こちらへ向かってきていたと推測されます」
「そうか…しかし何故あの女がこの場所を知っていたのだろうか」
「おそらく…アルマ・サリヴァンが彼女に情報を流したのでしょう。最近彼女はフロントライの廃嫡されたあの方に貢いでいたようですし」
「相変わらず…」
「しかし…ここに連絡をくれました村人の話によりますと妙な遺体だったそうです。その…まるで全ての精気を吸われたように、身体が干からびていたとか……ああっ!まさか!?」
「ジュゼッペ、この件は他言無用だ。あとで今後の事を話し合おう。そろそろ、アイラも来る。頼んだよ」
父はわたしが調理場に入ると何事もなかったように朝の挨拶をしてくれた。父は朝食後、ジュゼッペさんと書斎に篭ってしまったので、どんな話をしているかは分からなかった。
わたしはハリソンとロナルドを連れて、赤ん坊たちの元に訪れた。幼い弟たちはほんわかとした笑顔で赤ん坊たちを見つめていた。わたしは赤ん坊たちの手をそっと握った。こんなに小さな手にも指と指には爪もある。
こんなにも愛おしい存在よりも、欲望に走る女たちがいた。
一人は昔愛した堕ちた男に貢ぐため、自分の子に害をなすかもしれない狂った女へ情報を売った女。
一人は高い地位にあったが故に誰もその狂気を止められず、欲望のまま行動し謎の死を遂げた女。
わたしはハリソンとロナルドを抱きしめた。
「二人とも、わたしがあなたたちを愛している事を忘れないでね?大好きよ」
「ボクもアイラお姉ちゃまが大すき!」
「ボクも…大しゅき…」
「二人ともありがとう!さて今日はあの絵本の続きを読もうね?」
小さな弟たちと手を繋ぎ、わたしは絵本のある部屋へと向かった。
第1章完
第1章完結です。
次章はもうしばらくお待ちください。




